第四部
31 第四部 暗闇のライト
私は物語の主人公じゃないから、どうやっても皆を助ける事ができない。
何か不幸が起きても解決する事が出来ない。
私は無力だ。
助けてと言って、誰かが助けに来てくれるならいくらでも言おう。
でも、現実はそうじゃない。
助けを求めたって、その人を巻き込んでしまうだけだ。
だから、私は一人で戦う。
物語の主人公みたいな人が現れて助けてくれたらいいのに。
もう二度とそんな風には思わない。
無駄な事はしない。
もう二度と。
帝国歴1499年 1月1日
「おい、通りで殺人事件が起きたらしいぞ」
「銃を持った若い兄ちゃんが鋭利な刃物でめった刺しにされていたらしい」
「怖いわね、一体誰がそんな事をしたのかしら」
風の町ウンディ。
それなりに人々の喧騒が満ちる通りを歩く一人の少年がいた。
金色髪の簡素な身なりをした少年は人の良さそうな表情を浮かべて、町の中を進んで行く。
行き先は公園だった。
その途中で少年は少女と出会う。
「ひゃあっ」
通りから出て来たその少女とぶつかりそうになり、少年は少女の体が激突しないように支えた。
「す、すみません」
頭を下げる少女は使用人服を着ている。髪の毛は檸檬色で頭にはうさぎの耳の様なリボンがついた、緑のヘアバンドがあった。
少年は少女の隣に漂っている物体へと視線を映す。
「やあ、可愛い猫だね」
「ムラネコさんが見えるんですか?」
少女は不思議そうな顔をしてこちらを見つめる、ライトはにこりと微笑みかけた。
「よかった、僕の見間違えじゃなかったみたいだ。浮き輪をつけた猫が空を飛んでるなんて、信じられないな」
「ムラネコさんが見える人がいるなんて」
口をあけて驚く少女は信じられないと言った様子で少年の方を見る。
「良かったら少しお話ししませんか」
「喜んで。僕の名前はライト・フォルベルン。まずは君の名前を聞かせてほしいかな」
少女の名前はレミィ・ラビラトリ。ボードウィンという人間の屋敷で働いている使用人だという。
彼女は記憶喪失で浜辺に倒れていた所を前の屋敷の主、アレイスターに拾われ屋敷で世話になったのだという。
そのレミィの横には、浮き輪を付けたネコが浮かんでいる。
レミィにしか見えない生物。
ゆえに彼女は、今まで誰とも猫について会話ができなくて不満を抱えていたらしい。
「それにしてもどうしてライトさんにはムラネコさんが見えるんでしょう」
「さあ、どうしてだろうね。僕にも分からないよ」
「見える方法が分かればもっと屋敷の皆さんとも話ができるんですけど……」
……。
……残念そうに話をするレミィ・ラビラトリ。いや、マツリ。
可哀想だがその願いはたぶん叶わないだろう。
その猫はレミィと心をつなげる事で、一定回数つなげ、親交度を上げた人間だけに見る事ができるのだから。
ライトは、主人公としての力を使って、特別な存在を見ているにすぎにない。
会話をしながらレミィがボードウィンの屋敷で働いているのなら、ライトはそこに用事があるという風に話を持って行く。
「それでしたら私が案内します。楽しいお話をさせてもらったお礼です」
「あら、どうしたのレミィ。友達でもできたの?」
そこにちょうど良くレンという使用人が現れ、町への買い出しが終わった二人の使用人と共に、ライトは屋敷へと向かう事になった。
しかし、ベンチに座っている間。
レミィとの会話が弾む一方で、ムラネコとよばれた猫とライトのやり取りは一つもなかった。
水晶屋敷を尋ねたライトは、屋敷でボードウィンの護衛を引き受け、客人として屋敷で世話になる事になった。
柔らかな口調に、丁寧な物腰の好青年。
冗談にも寛容で、近寄りがたい所は一切ない。
屋敷に住まう者たちは少しの期間を接しただけで、ライトを好ましく思うようになった。
当然だ。
それが主人公に与えられた力なのだから。
大した行動をしなくても無条件に一定の信頼を得る事ができる。
それは敵地に潜入する際や、情報を収集する時には大いに役立った。
当然の様に、その夜開催されたれた歓迎パーティーにもライトは出席した。
ゲストをそっちのけで盛り上がる使用人達を、苦笑いしながら見つめるライト。
開始から二時間も経てば部屋の中は、すでに出来上がっていた。
ライトはその中の使用人の一人に声を掛ける。
「大変ではないですか?」
「ええ、毎回毎回人が来るたびに騒ぐ男性の面倒をみるのに大忙しで困ってしまいますわ」
頬に手をあてて、おっとりと質問に答えるレンの腕の中には、酒の誤飲によって酔いつぶれてしまったレミィが眠っている。
「すぅ……」
起きる気配は、見る限りなさそうだ。
「子供はもう寝る時間だからな」
そこへ近づいてきた、比較的まともな状態の使用人アレス。
彼がレミィを部屋まで運ぶ役を申し出た。
「あらあら、可愛い妹に変な送り狼が付かないか心配だわ」
「そんな不埒な事するわけないだろ。妹に」
「そうかしら、このあいだ盗み聞きがどうとか言っていたのは誰だったかしら」
「あ、いやそれは言葉の綾で……」
にこやかに笑いながら牽制するレン、しどろもどろになるアレスに役目が回ってくることはおそらく永久にないだろう。
「なら、僕がその子を部屋へ運びますよ。任せていただけませんか? 屋敷のどこに何があるかは昼間にしっかり歩いて把握しましたから、部屋の場所を教えて頂けさえすれば送り届けましょう」
「そんな、お客様に運ばせるなんて」
遠慮の言葉を続けようとするレンをライトは遮る。
「いいんですよ、これくらい、宿とご飯のお世話のお礼ですしね、後は……理由としては、そうですね、しいて言えばこの子に一目ぼれした、事くらいかな。なに、変な真似はしません、……なんてこんな事を言ったらそこの人と一緒に送り狼にされてしまうかな? とにかく、信用していただけませんか? 僕は小さな親切を働きたいだけなんです」
そんな風に言えば、近くにいた女性の使用人たちが声を上げて盛り上がり始めた。
「そこまでおっしゃられるのなら。レミィをお願いしますね」
「はい、ありがとうございます」
「おい、レン。何で俺は駄目でライトは良いんだよ」
小柄な少女を抱き上げて、部屋を後にする。
見送りのリンが扉を閉めれば賑やかだった部屋の音は掻き消え。屋敷の廊下には夜の静寂が満ちた。
レミィの私室へとたどり着き、ベッドへと寝かせる。
眠るレミィは、過去の夢でも見ているのかうなされているようだ。
この彼女には、巻き戻りの記憶ない。
ライトが引き継がせなかったからだ。
「くく……、こんな風に僕の前で無防備に眠っているなんて事知ったら、あのレミィとアスウェルはどんな顔をするかな? 無理だろうけれどね」
禁忌の果実に実験台にされた影響によって、色の変わってしまった髪の毛を一房、手にすくい持て遊ぶ。
「ネクトの遊びもそれなりに面白かったな」
禁忌の果実の一員として行動した際、わざと見逃した人間が他の組織に泣きく前に回収するという茶番劇の事だ。
彼等は皆、自分たちが踊らされている事も知らず、良く働いてくれた。
そうして潰した、禁忌の果実の拠点たちも元々は廃棄予定の場所だったし、向こうとしては片付ける手間がかからなくて助かった事だろう。
適当に掴ませた、構成員のリストも禁忌の果実として行動させるには邪魔になった人間ばかりだし。
だが、シナリオはそこそこ盛り上げてくれたと思う。
ヒロインの敵となる悪の組織、それに抵抗する正義の組織なんて定番だろうし。
そうそう、盛り上げと言えば、奴隷契約のタイミングはちょっと考えたな。
いつだったかアスウェルとレミィが祭りに行った時、すごく良い感じになっていたからね。
主人公としてはああいうのは歓迎できないな。
何の特別な力もない、ただ通りかかっただけの、ちょっと悲しい過去を背負っただけの人間がヒロインといい雰囲気になるなんてね、許せないよね。
最近は物語でも、そういうのはあまり好まれないみたいだからね。俺の嫁にくだらない男を近づけるなって。所詮、ただの登場人物なのに何マジになってるんだよ、って思うけど。
「浮気はいけないなぁ。君はヒロインで僕は主人公。君と言う全てはシナリオ攻略者である僕のものとなるんだから」
手の中にある髪の毛を落として、眠っている少女の頬をなでる。
ドールコレクターの下から人形も奪った。
帝国の研究所からも摘出された保存臓器も奪い取った。
「観賞用、保存用、と手に入ったから次は実用用として僕の傍にいてくれると嬉しいな」
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