29 第三部 約束されない再会
屋敷に着いたら、雰囲気がおかしくなっていた。
使用人達の姿はなく、内部は静かだ。
感じた事のある違和感。アスウェルは一瞬、慣れ慣れしい使用人達の事を思い浮かべる。
おそらくもうあいつらは手遅れだ。
気が回らなかった、レミィを助けてもあいつらまでは……。
そこまで考えて、だがすぐさまそれらを振り払って歩みを再開させる。
襲い掛かる異形の生物を打ち抜いて進んで行く。
ボードウィンの部屋にたどり着く。屋敷の主人はいない。
だが、以前調べた隠し扉が開いていた。そこから逃げたのか。
隠し扉を開けて、下り階段を降りる。
しばらくすると地下牢に辿り着いた。
人の気配はない。
そのまま進んで行く。随分長い事歩いた。
なぜだか胸騒ぎがする。
奥の出口でそれは判明した。
二つの影が折り重なる様にして倒れている。
フィーアとレミィだった。
何故。
何故ここにいる?
安全なはずじゃなかったのか。
こいつらがこんな所にいる意味が分からない。
何がどうなったらこうなる。
町の宿の、部屋の中にいるはずの二人。
偽物などではない。
「本物だよ」
影。
一人の少年がやってきて、その二人を蹴って引きはがす。
フィーアは心臓を貫かれて、死んでいた。
レミィも血だまりの中に倒れて……、動かない。
「この地下牢の出口からやって来たんだ、レミィが彼女自身の記憶を頼りにね。この通路は町の中のどこかにつながっているんだよ。僕はその後を見つけてつけて来たってわけさ」
鍵のかかった扉は、レミィが魔法で壊したのだろうか。
「君に伝えなきゃいけない事があるとかで、急いでたみたいだったよ」
「ライト……」
アスウェルはその少年の名前を口にする。
そこに立っていたのは、フィーア達やアスウェルを裏切った……あのライトだ。
「裏切った、なんて思っているのかい? それは間違いだ。僕は最終的にレミィを助けるつもりだし、君だって別に好きで困らせたわけじゃないよ」
「うるさい、戯言を吐くな」
「ああ、そう。そんな事言うんだ。だったら言っちゃおうかな。君が過去へ戻って繰り返しているのは知ってるよ。でも、それ誰がやってあげてると思う?」
嫌な予感がした。
認めたくない。
そんな事実はありえてはならないからだ。
これまでのアスウェルの苦労を、クルオやレミィの想いを無駄にする事だ。
「僕だよ。シナリオを攻略するためにはデーターの引継ぎが必要だろう。だから記憶を引き継がせたり、引き継がせなかったり、させたんだ。僕にはそういう力があるんだよ。物語に登場する人間を選んで一定時間過去へ巻き戻す力。そういうのがあるんだ。だって、僕主人公だしね。そういう特別な能力の一つや二つ、あっても不思議じゃないだろう。もちろん、放置しておくだけじゃ進展がないから、たまに周回ごとに色々介入して、行動を変えさせたり工夫してたけどね」
それは、アスウェルたちは自分たちで足掻いているのではなく、最初からライトの絵の平の上で踊らされ、利用されていただけという事なのか。
「ふざけるな……」
「ふざけてない、僕は真面目だよ」
感情が膨れ上がる。
胃の底が煮えたぎる。
怒りで、どうにかなりそうだった。
こいつは、許せない。
駄目だ。
禁忌の果実と……同等、いやそれ以上に。
許す事が出来なくなった。
「そう睨まれてもね、どうせすぐ忘れてしまうよ。だってもう、繰り返させないから」
終わり。
そうだ、こいつが何もしなければアスウェル達は今度こそ終わってしまう。
奴が気まぐれを起こさない限り、おそらくアスウェルたちは今までの
「お前は……お前は……、お前だけは……」
「おやおや、そんな口を聞いても良いのかい。ここは冷静になって僕の機嫌をとるべきなんじゃないのかな? だって、そうしないと、もう二度とこの二人は助からないよ。だって死んじゃったし」
「……っ!」
「おはは、悩んでる悩んでる。いいね。頭の良い人間は嫌いじゃないよ」
殺してやりたい。
今すぐこいつに銃弾を撃ち込んで、その口を閉じてしまいたい。
だがそうすれば、レミィ達を永遠に助けられなくなってしまう。
もう、二度と、会えない。
「だからさ、君の手で親友を殺してみてよ。そうしたらあと一回ぐらいは巻き戻りをさせてあげてもいいよ?」
ライトは近くにある牢屋の一つを示す。
そこに、クルオが倒れていた。
どうしてその存在に、今まで気が付かなかった。こいつが大人しくしているはずがない、ここにいてもあかしくはないのに。
見た所目立った傷はないようで、生きているように見える。
だが……。
「ほら、殺してよ。大切な女の子を守る為に、親友をさ。できるだろう。どうせ殺した事実なんてすぐになくなるんだからさ」
「……」
アスウェルは銃口を向けてみる。
だが、引き金に添えた指は動かない。
ライトはどちらか選べと、そう言った。
選んだとしても、選んだ事自体なくなるだろう。
だが……。
選ぶ事など……。
「お前の、目的は何だ」
とにかく時間がほしかった。
「目的? 僕はただ悲劇のヒロインを助けたいだけだよ」
ライトはフィーアとレミィ、二人を貫いた血濡れの剣を掲げる。
「だから、こうやって手間暇かけて、謎を解いたり、思惑を考えたり、必要な知識を集めてるんじゃないか」
狂人の戯言だ。
意味が分からない。
何を言っているんだ。
お前の話は最初から理解できない。
「撃てないの? だったらしょうがないね。舞台からの退場を願おう。じゃあね、名もなき登場人物さん」
ライトは剣を掲げた態勢でこちらへ向かって来ようとして……、アスウェルは。
「駄目、です……」
気が付いたら、目の前に少女の背中があった。
硬質な物が響く音。
アスウェルはライトに殺されるところをレミィに守られていた。
レミィは生きていた?
先程までまったく動かなかったのに。
そんな事が、ありえるのか。
「アスウェルさんは殺させません」
「さすが禁忌の果実の最高傑作。人間でありながら魔人となった少女だ。死なないようにぎりぎり手加減してたのに、まさか動き回れるなんて。頑丈過ぎる玩具だね」
レミィが手にしていた長槍を振るえば、風の刃が相手を襲う。
次いで孟風が吹き荒れ、地下を満たした。
「アスウェルさん! 今のうちに」
「あいつは……」
「クルオさんは、もう……っ」
ああ、分からないように倒れていただけでもう、殺されていたのか。
アスウェルとレミィはフィーア達の亡骸を置き去りにして、その場から逃げ出すことしかできなかった。
帝国行きの軌道列車に飛び乗る。
取るのややはり個人客室だ。
レミィの顔色は悪い。
元から相当な傷を受けていた少女が、ここまでこれただけでも奇跡だろう。
帝国に着いたら医者に診せなければ。
「寝てろ」
「でも」
怯えた様子で窓の外を見つめる少女を強引に、横にして寝かしつける。
「私……言わなきゃいけない事が、……った、かも、……なのに……」
小さく言葉をこぼして目を閉じる少女。
あどけない表情を見せ、眠りについた。
疲れた体を休めるためにアスウェルはしばらくその様子を眺めた後、眠りについた。
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