28 第三部 屋敷を取り巻く闇
宿に戻って来て、クルオに事情を説明する。
レミィは相変わらずアスウェルには寄ってこない。
「それにしても過去に戻るとか眉唾ものねー」
初めの内はごまかしていたが、フィーアの目は彼女自身が自称するだけとにかくするどく、中々事情を偽る事が出来なかった。
ネクトに所属していた事も、ささいな嘘や誤魔化しを見破るのが得意だったと思い出す。
それで、とうてい普通の人間が信じられないような事情を、アスウェルは仕方なしにあらいざらい吐かされる事になったのだ。
「でも、いいわ。嘘じゃなさそうだから。信じてあげる。だけど、アンタ達これからどうするの?」
疑問を投げかけるフィーアは眉唾ものだと言ったにもかからわず、一応信じるようだった。
「それに関しては僕の説明を聞いてから考えてほしい。例の調べ物、結果が出たんだ」
薬学士の端くれでもあるクルオはできる限りの手を尽くして、レミィの体調について調べ上げた。
そして、その結果が出たのが、つい先程だという。
「ありえない。ありえないほどの毒素が君達二人の体から検出された。こうして生きているのが不思議なくらいだ」
クルオは信じられないという様子でアスウェルに説明する。
ベッドの上で疲れて眠ているレミィが聞いていないか心配そうだったが、場所を移して目を離すわけにもいかない。
今回の調査にあたって、心配性のクルオはレミィを調べるついでにアスウェルの体調まで調べていたのだが、それが思わぬ結果を生んだようだった。
「アスウェル、君の体からも毒素が出たんだよ。すぐに病院に入院するべきだ」
冗談を言うな。
「最悪の結果になるとは思わなかった。屋敷があんなふうになったのは、特別な事があってのことだと思っていたのに、まさかこの時間から日常的にそんな状況になっていたなんて」
しかし、こいつが冗談を言うような人間ではないことは他の誰でもないアスウェル自身がよく分かっている。
クルオは、アスウェルが宿に来る前に屋敷でくすねてきたクッキーの小包を目の前に置いた。
そして、屋敷のかかりつけの医者から処方された薬も。
「これらは毒物だ。たぶん、路傍に放っておいたらアリの死体の山ができあがるだろう。どれも劇薬ばかりなんだ。ライズとか聞いたけど、アスウェル……屋敷にいるその人は医者じゃない」
そう述べるクルオの顔は、復讐の道に突き進んでいたアスウェルの前に立ちはだかる時と似たようなものだった。いや、その時は悲し気な色も含まれていたが、今のものはそれがない。
ライズ。
平然とした顔で屋敷の医務室に居座り、医療行為をしていたあの人間が医者ではない、と言ったのかクルオは。
ならばあいつはなんなのだ?
ボードウィンの協力者なのか?
使用人達と同じ被害者ではない?
もう、誰が味方で誰が敵なのか分からなくなりそうだ。
まさか、レンやアレス達も禁忌の果実だというわけではないだろうな。
町から逃げだせばいいものを、レミィが幾度もの巻き戻りをあの屋敷に留まって戦っていたのは、おそらくあいつらの存在があったからだというのに。
しかしクルオ話はそれだけではない様だった。
「続けさせてもらうよ。屋敷には毒物で溢れていると思う。……そしてこれは推測になるけど、そこでは強力な電磁波も発生している。君の装備品に、電磁波に影響する物質があったから調べておいたんだよ。だからあの屋敷は日常的に有害な物であふれかえっている事になるんだ」
「何それ、何でそんな事になってるの? というかそこにいる人大丈夫なの?」
しばらくは大人しく聞いていたフィーアが、アスウェルも抱いた疑問を口に出して尋ねる。
そうだ、見た所レミィを除いて体調を崩しているものはいなかった。
唯一レミィの変化でさえも、奴隷契約と禁忌の果実の時に捕まっていた後遺症という理由がある。
「それは分からない。だか、仮説は立てられる。アスウェルが前の
「嘘でしょ……。アスウェルの話聞いただけでもひどそうなのに、そんなことを帝国の軍人がやってたっていうの? ちょっと話大きくない?」
フィーアは冗談を期待するように言うが、黙ったままのクルオを見て、事実だと受け取ったようだった。
「これは、限られた者しかしらない極秘の情報だから、でも確かな事だよ」
電磁波うんぬんは屋敷のどこでどうなっているか分からないが、鉱石なら分かる。
いや、レミィがいつか言った事を思い出せば異形化の際に使われたそれは願い石だろう。
ボードウィンの鉱石収集は、異形化に役立てるために、集めていたのだ。
と、すると禁忌の果実は帝国と繋がっていたというのか?
帝国の実験と同じ事を、禁忌の果実の構成員がいる屋敷で起こす。
構成員であるボードウィンは鉱石を集め、帝国は電磁波をなんとかする。
だが、禁忌の果実……と同じような組織であったネクトは一度、前の巻き戻りで帝国兵に襲撃されている。
それが理解できない。
そんな様な事を口に出して話せば、二人は頭を抱えて悩み始めた。
その中でフィーアが考えながら言葉を口にする。
「こう考えるのはどうかな? 帝国はなんの理由か分からないけど人体実験がしたい。禁忌の果実はとにかく非道な人体実験をして
それ以外には上手く説明できるものはない、か。
確証は持てないがそう的外れな意見でもない気がしてくる。
そうだとすれば、事態はかなりややこしい事になるが。
ライトの行動の意味不明さや理解できなさは、他の二つの組織とは決定的に相容れないものだし、強大な力を持つ帝国を相手にどう立ち回ればいいのか考えるのは骨が折れる。
そうなると……、
「なんだかやる事が急に増えてきたみたいに思えるわね」
対処が格段と難しくなるのが問題だろう。
屋敷についての話や各組織の思惑についてはいったんおいておき、薬学士としてクルオは話を続けた。
「そして本題に入るけど、僕は彼女の謎の衰弱の症状に心当たりがある。彼女の衰弱は外的要因以外のものじゃない事は分かっているだろう? 原因は奴隷契約だ。それも分かるな。今レミィちゃんは意思を放棄していないし、何の命令も受けていない。それは主人が近くにいないからできない。だけど、近くにいなくてもできる事はあるんだよ」
「それは、何だ」
アスウェルの疑問に答えたのはクルオじゃなく、フィーアだった。
「アスウェルは別のアタシから聞いたんでしょ。真名を使った精神の繋げ方。それが奴隷契約でもできるのよ。ちょっとしたコツがいるけどね。二つの物は一見してみると大分違うもののようにみえるけど、実は基本はまったく同じものだから」
すらすらと流れて出てくるフィーアの解説に、アスウェルは思い出した記憶の中で、『廃墟となった屋敷にいるアスウェルと怪我をして倒れているクルオ』その現実が変わらないことについて、『基準点に満たないから現実が変わらない』と言った誰かの声を思い出す。
それはこいつだったのか。
「奴隷契約でも心の中を荒らしまわれるの。けれど、アスウェルの方法と違うのは、両者の立場が分かれるという事よ。契約を交わしてしまうと、契約主……相手の方が立場が上となってしまう。だから、好き放題の行為を許すことになるのよ。それで心の中を荒らされてしまうと、その子はね……精神的なダメージを受けてレミィみたいになってしまうの。私の知り合いの魔人にも、そんな子がいたわ」
アスウェルはいつも能天気にしている所しか見ないフィーアを見つめる。
ネクトにいた頃から魔人に理解がある人間だとは思っていたが、そう言う過去があったからか。
「フィーアさんが言う通りだ。先に言っておくけど、この現象は普通の手段じゃ何とかする事はできない。むしろ下手に介入しようとしたら、繋がった人間も巻き込みかねないんだ」
「……」
アスウェルの不満を読み取って言葉を述べるクルオとて、何もできないという現状に悔しさを覚えているようだ。
自分達に何もできる事がない、という現実はなかなか堪える物がある。
ややあって、アスウェルは結論を出した。
「殺せばいい」
「え?」
「まさか、アスウェルあんた」
部屋を出て行こうとするこちらをフィーアが引き留める。
手段を選んでいる暇などない。怪しい人間を片っ端から殺して行けばレミィが助かる確率はうんと上がるのだ。相手は死んで当然の人間。躊躇う必要などない。
「駄目だ、アスウェル。復讐なんて」
「ならお前はこのままあいつが弱っていくのを黙って見てろというのか」
「それは……」
復讐なら口やかましくなる友人も、人の命がかかっているとなっては、口を重くするしかない。
そんな口論の影響か眠っていたレミィが起きたらしく身を起こした。
こちらを見て口を開く。
「駄目です……。行かないで、ください」
レミィはもう先程みたいに怯えた様子ではなかった。
「行っちゃ駄目です。一人で行かないでください。私は……」
「……すぐに戻る」
不安げな視線から、逃れる。
アスウェルはそれ以上何も告げず部屋を出て行った。
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