27 第三部 拒絶



 当てがない。

 危険を承知でもアスウェルは、水晶屋敷に留まり続ける事を選んだ。

 風の町へたまに繰り出してクルオを探すが中々見つからない。

 

 時間がある時に屋敷の中を調べてみるが、ボードウィンの私室で前にレミィが言っていた隠し通路を見つけたくらいだった。

 地下には牢獄があるだけだ。その先にも何かありそうだが、鍵かかかっていて開かなかった。

 部屋の中を物色するが隠し通路を先に行くための鍵は見つからない。おそらくボードウィンが肌身離さず持っているのだろう。


 数日。

 時間だけが過ぎていく。

 そろそろ屋敷を離れるべきかもしれない。


 情報がない。

 打つ手がない。

 打開策が見つからない。


 クルオの言葉が脳裏によぎる。

 ここに長くいてはいけない。


 しかしその決断は少しばかり遅かった。





 朝アスウェルは部屋を出て、使用人の部屋がある区画へと向かう。

 行先はレミィの部屋だ。最近アスウェルは朝飯を運んでこなくなった、少女の体調を見るのが癖になっていた。


 レミィは最近顔色が良くない。

 リセットされた奴隷契約がまた結ばれてしまったのかもしれない。


 そう考えながらレミィの部屋の前までやってくるのだが、その日は部屋の前に人だかりができていた。

 良くない雰囲気だ。


「何があった」

「あ、アスウェル様、中には……」


 その中の一人、レンに尋ねるも、答えを聞くより先に部屋へと入る。

 中に踏み入ると、荒れ果てた内装が目についた。

 ありとあらゆる所が、傷つけられ、壊されていた


 それは部屋の住人も同じだった。


 ベッドに腰かけた姿勢でアレスに気遣われているレミィも。


「誰が、やった」


 レミィは、傷だらけだった。

 包帯を巻いて、手当した後だ。

 血痕が足元に落ちている。


 アレスは分からないと首をふる。


「誰が、やったんだ」


 レミィにも尋ねるが、答えは返ってこなかった。


 その日を境に、レミィは仕事ができる状態ではなくなり、そして笑わなくなった。


 このままではいられない。

 だがそんなのは今更だ、決断は遅すぎた。





 アスウェルは眠っていたレミィを背に担いで、屋敷を出て行く。

 しばらくここには顔を出さないと決めた。

 復讐も、しばらくは。

 いや、今まで気づいていなかっただけで、おそらくずっと前からアスウェルの優先順位は変わっていたのだ。


 今はレミィの事が最優先。

 ただそうと決めた今でも一つ、残して行く使用人達の事が気にかかるが。

 アスウェル一人にはどうする事もできない。


「……アスウェルさん? どこに行くんですか」


 起きたレミィが尋ねる。


「知り合いの医者に見せる」

「どうして私、外にいるんですか?」

「寝てろ……」

「でも」

「大人しく寝ていてくれ」

「……」


 アスウェルが懇願するように言えばそれ以上の言及はなく、しばらくするとレミィの寝息が背中から聞こえてきた。





 町の宿屋にレミィを置いて探し回れば、今度は友人を見つける事ができた。

 記憶は、あるようだった。どこまでかは分からないが。巻き戻る前にした廃墟でのやりとりは確実に覚えているようだった。


 遅いと文句を言い、どこにいたのかと問えば、ウンディではなく帝国にいたというのだから少し驚いた。

 何度も同じ場所に戻ったアスウェルが特殊なのだろうか。

 やがて目を覚ましたレミィがクルオの存在に気づく。


「えっと、初めましてじゃないよね?」

「……」


 ベッドにいるレミィは近くに立つアスウェルの服を握る。そいつの事を窺っているようだった。

 クルオの事はレミィも知っているはずだが、前も、その前の巻き戻りキャンセルで会ったのはわずかな時間であったし、いつかの時には殺された事もある。

 簡単には打ち解けられないかもしれない。


「覚えてないかな。じゃあ、もう一度。僕の名前はクルオ、アスウェルの友達だ。仲良くしてくれると嬉しいけど……」

「……レミィ、です」

「うん、レミィちゃん。よろしく」


 道を誤った友人を十年追いかけ続けているような人間だけあって、アスウェルの友人クルオは会話をすればすぐにレミィの警戒心を解いた。


 そのお人よしついでに屋敷の人間まで助けようとするのだから、説得するのに骨が折れたが。

 レミィの保護者役を任せなかったら、おそらくたぶん、いや絶対クルオは屋敷へ行っていただろう。


 アスウェルはさっそく、レミィの症状を説明して、クルオに意見を求める。

 だがクルオは、心当たりがあるような素振りを見せるているにも関わらず、まだ話そうとはしなかった。

 レミィとアスウェルの簡単な身体検査やなどを行ってからまとめて話すと言った時には、いつかみたいに勝手に逃走させないためだろうと思った

 クルオのくせに悪知恵をつけたようだ。

 いや、アスウェルの自業自得か。


 そんな風に数日を過ごす間は、レミィの様子は前の時と比べて比較的安定していたようにも見える。

 ただ手放しでは喜べない。

 ゆっくりだが、症状は悪くなっているのだから。





 そんなある日の夜、眠れないらしいレミィを連れて宿屋の屋上に出た。

 数日滞在しているこの宿屋は、巻き戻る前の三日ほどしか滞在しなかった時や、思い出したくないがレミィを怪しんでいた時にも利用した建物だ。だが、その宿に屋上なんてものが存在するのは知らなかった。クルオが言わなかったら永遠に気づかなかった自信がある。


 満点の星空を眺めるレミィは、いつもよりほんの少しだけ楽しそうに見える。


「……クルオさんは、アスウェルさんのお友達……なんですか?」

「そうだよ。僕とアスウェルは親友だ」

「羨ましいです。私には、友達がいないから……」


 星を見上げながらの、レミィのその言葉を意外に思った。

 思い返してみる。

 レミィの周囲にいたのは使用人や主人、レミィに見えるという猫だけだ。

 確かに、友人と呼べるような存在がいるようには見えなかった。


「お屋敷の皆さんは優しいですけど、でもやっぱり、友達という感じじゃ、なくて……。だから、アスウェルさん達が、うらやましいです」

「だったら、僕達じゃ、レミィちゃんの友達になれないかな」

「お二人は、何だか、友達とは、違う感じで……」


 レミィにとっては、クルオもアスウェルの事も友達だとは思っていないようだった。


「大きくて、温かくて、頼りになる人です……」


 どちらかというと保護者よりの立場になるだろう。


 その後は、いつもは破廉恥だとかふしだらだとか、やかましく騒ぐクルオを巻き込んで、レミィの希望により三人まとめてベッドで寝ることなった。

 宿のベッドは二つを移動させ、どうにか三人分のスペースを作り出した。

 レミィは二人の間に挟まる形で横になるのが、それが幸せそうだった。


 よく聞く、親子が川の字で寝るやつみたいだと言っていた。

 どうにもあいつは快適な睡眠にこだわりがあるようだ。

 それは悪夢を見ないために考えてそうなったのか、それとも元からなのか分からないが。





 そして、さらに数日が経過する。

 ここの所レミィに対して違和感を感じるようになった。

 アスウェルの名前を呼ばなくなったのだ。

 それだけではない。こちらを見るその目に、時々怯えの色が交ざる様になった。

 原因が分からない。

 クルオに対してはそんな様子は感じられないというのに。


 そしてその日、その異変は分かりやすく目に見える形となって表れた。

 それは、遠くから屋敷の様子を見て、変わりがない事を確かめ帰って来た時の事だ。


「あ、お帰りアスウェル」


 扉を開けてすぐ、クルオが帰って来た自分の名前を呼んだ。

 レミィはベッドの上で眠っている。


 ここの所そうやっている時間が多くなってきている気がする。

 レミィは起きてても何をするでもなく大抵ぼうっとしているのだが、ふと気が付くといつの間にか眠りについている事がよく合った。

 まさか次はそのまま目覚めないのではないか、と不安になるくらい頻繁に。


 悪夢にうなされる事も多くなった。

 これも、奴隷契約の影響なのだろうか。分からない。

 クレファンに聞けば何か分かるかもしれないが、適当な水場が近くにない。

 今長期間ここを空けるわけにはいかないので、探す事もできない。


 眠るレミィに近づいていくと、気配に気づいたのかレミィが瞼を開ける。

 ぼんやりとした目線でアスウェルの方を見つめてくる。

 しかし、その視線が一瞬揺らいだ後、


「ぁ……いや……こないで」


 怯えた様子でレミィはアスウェルから体を遠ざけようとした。


「どうした」


 手を伸ばす。


「いや……、ゃ……」


 レミィは逃げていく。


「やめて……こないで……」


 自分の体を抱いて、こちらを見て震える。

 分からない。


 怯えているのか、俺に?

 なぜ?


「俺だ。分からないのか」

「いやっ!」


 近づいたアスウェルをレミィは突き飛ばした。

 まさかそんな事をされるとは思っていなかったので、踏みとどまる事が出来なかった。

 レミィが部屋から逃げ出していく。

 呆然としているとクルオの言葉が飛んできた。


「アスウェル、追いかけないと!」


 そうだあの状態のレミィを放っておくわけにはいかない。





 手分けをして、風の町の中を探し回る。

 見つけたのは、町の大通りの真ん中だった。

 少女の肩を抱いている人物がいる。見覚えのある姿、フィーアだった。


「あ、アンタはこの前の……」

「そいつは俺の連れだ、返してもらう」

「いいけど、何かあったの? この子すごい怯えてるみたいだけど」


 訝しそうな視線をこちらとレミィの間で交互させる。

 不信感を隠そうともしない無遠慮さ。

 うっとおしいなりにも率直だと評価していたアスウェルが思うフィーアの長所だが、今はそれが胸に刺さる。


「……っ」


 その時、レミィがこちらを見て後ずさった。

 まずい反応だ。


「そう言えばさ、町の中で聞いた話なんだけど。何でも金髪の女の子が行方不明らしいよ。その子は屋敷で働いていたみたいなんだけどさ、そこに客人として来ていた茶髪の旅人も行方不明になってるって話だし……」


 見る見るうちにフィーアの瞳に剣呑な光が宿っていく。


 こいつを敵には回したくはない。


「攫ったわけじゃない。俺はこいつを保護しただけだ」

「怯えてるけど?」

「急にそうなった、理由は分からない」


 我ながら説得という言葉の存在を忘却したかのような台詞だった。

 そんな言葉が通じるはずがないだろう。

 今だったら、クルオの方がもう少し上手い言いようができただろう。


「あんた、アタシと話しする気ある?」

「俺は真面目だ」

「……」


 フィーアは迷うようなそぶりを見せる。

 ややあって、ため息と共に妥協案を提案してきた。


「分かった、アタシをアンタの寝城に案内してくれる? 初対面の人間の良し悪しを見抜く目に定評のあるフィーアお姉さんとしては、自分の目を疑いたくはないけど、もうちょっと疑っておいた方が良いと思って。この子の為にも、ね」



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