第三部
25 第三部 もう一度あの日へ
帝国歴1499年 1月1日
「戻れた、のか……」
エクストーヴァと名乗ったレミィそっくりの人間に殺されて次に目を覚ましたら、アスウェルは一年前……α地点のウンディへと戻っていた。
信じられなかった。
だが、自分は今ここにいる。
やはり巻き戻りの条件は、アスウェルがエクストーヴァに殺されることなのか。
元の時間に戻るのはただのアスウェルの死だというのに、違いが分からない。
「……」
あいかわらず原因が分からないそれにいつまでも付き合っていた所で、答えが降ってくるわけでもない。
考えながら、アスウェルは公園へと走る。
誰が何の為に、一体どういう意図を持ってこんな現象を引き起こしているのか知らないが、利用しない手はないはずだ。
これで、あいつを守ることができるのだから。
アスウェルは、最初にレミィと出会ったベンチを探す。
そこには、……。
檸檬色の髪の少女が座っていた。
近くには女が一人立っている。
珍しい深緑の髪をした、二十になるかそこらの女だ。
格好は見世物にでてくる踊り子が着る様なものだ。
「そいつになんの用だ」
「そんな怖い顔しないでよ。私はこの子が具合悪そうにしてたから声をかけてただけよ」
その人物が振り返る。知った人間だ。フィーアだった。
何故、ここに。
こんな事は前にはなかったはずだが。
フィーアはこちらを頭のてっぺんからつま先まで見るなり、レミィに視線をやってまたこちらを見る。
「お前は……」
ふとクルオの事が頭によぎった。
まさかアスウェルと同じで覚えているのではないか、そう思ったのだが、相手は聞いていないようだった。
レミィの様子を心配そうに気にかけている。
そこで少女がようやくこちらに言葉をかけてくる。
「アスウェルさん……?」
レミィは信じられないといった表情でこちらに話しかけた。
「レミィ・ラビラトリ」
目の前にいるのは本物だ。
正真正銘、間違いなくアスウェルの知っているレミィだ。
エクストーヴァだのというよく分からない存在ではない。
「もしかして、覚えているんですか?」
レミィは初対面にも関わらずこちらの名前を呼んだ。そして覚えているか? と来た。
ということは、お前もなのか。
「どうやらちゃんとアンタはこの子のお連れさんだったようね。じゃああたしのお役目もごめんか」
放置していたそんなフィーアの声を聞いて、アスウェルは状況を察する。
どうやらこいつは、体調の悪そうなレミィに余計な人間がちょっかいをかけないようにいてくれたらしい。
「助かった」
「ん、別にいーわよ。こっちの素性で、そういう目を向けられるのは慣れてるしね。良かったね、レミィ。じゃね。また悪い奴に目を付けられないようにそこの目つきの悪そうな王子様に守ってもらうんだよ」
「お、王子様? あ、ありがとうございます。フィーアさん」
去っていくフィーアを見送る。
向こうからの反応は、たまたまそこにいた少女とその保護者以上の物ではない。
どうやら彼女は覚えていないようだった。
という事はフィーアは前の時でもこの辺りをうろついていたのだろうか。
残されたアスウェルはレミィに尋ねる。
「お前は、本当に覚えているのか。前の事を」
「はい、でも……」
レミィは口ごもる。無言で先を促すと、レミィは観念したように口を開いた。
「アスウェルさんが覚えているだなんて、どうして。そんな事。最近は……」
その言い方だと、アスウェルはもう何度も覚えていない
思い出せていない物もおそらくはあるのだろう。
レミィはアスウェルの覚えていない部分も含めて全て覚えている、という事になるのか。
「お前は何度目か覚えているのか」
アスウェルのそれは思い出したと言ってもひどく曖昧な情報の断片だ。欠けているものもあるし、混ざりあっている様なものもある。とても正確な回数は数えられない。
「……、まだ私の歳の数あたりぐらいだと思います」
お子様のくせに、珍しく頭を使った言い方をするな。
ともあれ、聞かねばならない事は他にもある。
「前回は……ライトは裏切ったのか」
どこへ連れていかれてどうなった。
そんな風に聞けるわけもなく、遠回しな質問になった。
レミィは悲しそうに首を縦に振った。
「私、待っていたのは……お母さんとお父さんじゃありませんでした。知らない人達で……」
ライトに連れていかれたのは禁忌の果実の拠点だった。
そこで部屋に通され、レミィの記憶はそこで途切れているらしい。
「私、あの場所知ってます。記憶の最初の方で私、あそこにいたんだって、思い出しました。ライトさんは……ネクトの人ですけど、禁忌の果実の組織の一人、敵だったんですね」
アスウェルは顔をしかめる。
レミィは自分が組織に捕らわれた事を思い出してしまった。仲間だと思っていた人間の裏切りによって。
「私のお母さんとお父さん、他の世界では生きてたけど、ほとんどこのα地点では再会できてません。
あいつが禁忌の果実だというのなら、レミィを連れ戻すための交渉カードとして両親を見つけ出し目をつけるのも分からない話ではない。それにしては今まで使われた事はなさそうだが、血のつながっている彼らをレミィの代わりに実験台にでもしたのかもしれない。考えたくはないが。それが自然だ。
しかし、今の会話で気になる事が増えた。
「俺はお前にα地点の事も、
「覚えてないんですね。それは元々私が考えた言葉なんですよ。アスウェルさん。これまでの時間で忘れてしまったかもしれませんけど。ミラージュとかも……僭越ながらです」
「……」
あれはお前が名付けたのか。
知らない間に適当につけていた名前が他の人間によるものだったとは。
いや、それとも無意識につけた名前が偶然レミィと同じだった……とは思いたくないな。
頭の中身が能天気だと言われているようなものだ。
「何かいま、失礼な事を考えられているような気がします」
気にするな。いつもの事だ。
「少し喉乾きました。ちょっといいですか」
何をするのかと思えば、近くで露店を出している店に走り寄って行って、飲み物を買いに行く様だった。
アスウェルは立ち上がろうとしたレミィの額を指ではじいて、代わりに買ってくる。
「これ、前の
一口飲んだレミィが、財布を出そうとしてどこにやったのか探しながら話した。
「毎回同じじゃないのか」
「はい、たまこんな風に違う事が起こるんですよ。何でかは分かりませんけど」
そうこうしているうちに会話に気を取られて財布の事を忘れたレミィだが、水分を補給する事は忘れなかったようで、容器を定期的に口に運んでいる。
「私達が巻き戻ってくるのはこの時間ですし、私達の行動が影響を与えて歴史を変えたわけではないんでしょうから、不思議です。そう言えばライトさんだって最初に、現れる時はだいたいこの日なんですよね」
ライト・フォルベルン。
あいつはレミィを、俺たちを裏切ったのだ。
この
そしてライトがいないのなら、ネクトがどうなっているのかも分からない。
リーダーのような人物の顔は見なかったが、素振りからしてライトがそれらしい立場にいたようだった。
ライトがリーダーだとしたら、ネクトはライトの意向を受けて動く事になる。
とても当てにする事などできない。
敵は、レミィを実験台にしようとしている禁忌の果実に、その抵抗勢力を装った同じ組織であるネクトの二つ。そして、屋敷の主人であるボードウィンも禁忌の果実として警戒しなければならないし、屋敷の使用人たちの異形化も考えなければならない。
問題は山のようにある。
巻き戻る前、元の時間でクルオは、屋敷にも何かあるような口ぶりだった。
「お前は屋敷で起こる事についてどう思う?」
「分かりません、どうしてあんな事が起こるのか分からないんです。分かっているのは夜に起こるということだけで、大体は
そんな事を会話していると思い出す事があった。
「前回お前は窓から何者かに攫われた、犯人の顔は見ているか」
「あ、それは実は窓からじゃないんです。ボードウィン様の私室にある資料棚のところに隠し通路があって、そこから地下へ……。犯人は、顔は見えなかったんですけど、今思えばライトさんだったと思います」
地下……、あの時気が付いていれば……。
その場所はレミィと敵対しそうになった二つ前の
そうだった、一つ前の時には記憶がなかったから分からなかったのだ。
「お前から見てボードウィンはどう思う」
二つ前では、屋敷の主人であるボードウィンを擁護するような事を言っていたレミィだが、正直どう思っているのか気になる所ではあった。
「怪しいです。アスウェルさんから見たら真っ黒でしょうし、私から見ても黒だと思うんですけど。でも、あの人に困らされた事ってあまりなくて、時々地下に閉じ込められたり機嫌が悪い時はたまに嫌がらせされたりしましたけど、それだけでしたし、大した事が出来る人ではないと思います。できるなら、そう……情報を流したり、伝えたりするぐらいだと思います。戦闘の能力はないです。だから実力で脅威になる事はほとんどなくて。たぶん使い捨ての駒なのではないでしょうか」
聞いてみればレミィの口からすらすら分析の言葉が出てくる。
前の巻き戻りの時もそう思ったが、こいつは猫を被る方向性を間違えているのではないかと思う。
「アスウェルさんは……どれくらい覚えてるんですか」
戦いなれた戦士のような事を口走った矢先に、レミィは不安そうにこちらの様子を窺う。
成長する方向を間違えているのはおそらく置かれている状況のせいだろう。
まともに育っていれば、こんな事に頭を使って悩む事などないのだから。
「さてな。お前が思っているよりは多くだ」
「はぐらかさないでくださいよ……」
頬を膨らませて抗議している姿を見るとやはり安心する。
こちらの方がレミィにはふさわしい。
そうして気を緩めた瞬間だった。
「っ……」
レミィがその場に膝をつく。
表情を、様子を窺う。苦しそうだが見た目からでは何も分からない。
「どうした」
「何でも……ないです」
何でもないわけあるか。
こんなところで悠長に話していて良いわけがなかったのかもしれない。
「医者の所に……」
アスウェルはレミィの腕を掴んで立ち上がらせる。
「大丈夫、です。体の状態は前の状態からリセットされて、元に戻ってますから……今のはただの覚えていない過去の分の、禁忌の果実にいた時の後遺症で」
そうか。一年前に戻ったというのなら、体の異常はなかったことになるのか。
アスウェルの死んだも同然だった状態が何度も、無い事になっているのと同じ事なのだろう。
だが、レミィを見つめる。
アスウェルの記憶の中の前にこの公園で(アスウェルが思う限りは)初めてここで会った時の少女の姿とはまるで違う。
記憶はなかったことにはならないからだ。
精神は消耗している。
休息が必要なのは確かなのだ。
例の祭りの時の症状も突き止めなければならない。
アスウェルは前回と同じように屋敷を尋ね、世話になる事にした。
しかし、かかりつけ医に見てもらうようして、それとなく前回怒った事を聞いてみたが、体調が突然悪くなるようなことに心当たりはないという事だった。
前回の体調の変化の正確な事は分からずじまいだ。
だが、それについて前にも同じような事があったと、レミィは言う。
おかしな世界に巻き戻った時に、クルオに奴隷契約をされた時のようだったと。
しかし、体を襲った痛みは似ている、症状は違うという事だ。
その時レミィは、異常なほど周囲に敵意を持っていた。周囲にある何もかもが信じられなくなり、疑わずにはいられない、と。
祭りの時のそれと、レミィがクルオの時にされたそれが同じ物だという保証はないという事だった。
実りは少ない。
屋敷に留まる時間は少なくするべきだ。
だが次に行動するべき事が分からない。
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