24 間章
そして元の時間へとアスウェルは戻った。
やはり廃墟の水晶屋敷に立っていた。
屋敷には当然人の気配などない。
だが、アスウェルは玄関ホールへ向かう。
そこにいたのはクルオだった。
奴は銃弾で体に風穴を何か所も開けられて瀕死の状態だった。
ふと思う。過去に移動して行動したというのなら、未来が……この現在が変わるはずなのではないか。
それなのに、クルオがこうして倒れているという事は、どういう事なのだ。
過去に俺が何を行動しようとも、現在置かれている状況には何の影響もないという事なのか。
「「「一定の行動を起こしても、基準点に満たない過去の改変だと、アスウェルの〈廃墟の水晶屋敷に立っている〉という現在は覆らない。結局オリジナルの過去のまま歴史は動いていって、改変した過去は採用されることなく歴史から弾かれてしまう。失敗した小説の書き直しみたいなものよ。後から書いた物が良くても、必ずしも採用されるとはかぎらない。色んな人間の思惑や締め切りの都合があるしね。私はそう考えている。それを覆す為には、そいつらを黙らせるほど魅力的なシナリオを書くしかない」」」
詳しくは思い出せないが、それはどの世界の誰が言った言葉だっただろうか。
考えながらもアスウェルはクルオを背中に担ぎ上げる。
「アス……ウェル……」
「喋るな」
友人は生きていたようだ。そうでなければ意味がない。
余計な事で体力を使うな。
いくら致命傷を避けていたとしても、まったく死なないというわけじゃない。
「だいじょぶ、だ。知り合いに教えてもらった暗示をかけて痛みを制御してるから、それほど……辛いわけじゃない」
知らない間にただの薬学士が何を覚えている。
それは十中八九、アスウェルを追いかけ続けるためのものだろう。
まったく俺はどうかしていた。
何故、こいつを撃った。
荒事など一切したことがない、軟弱な奴だぞこいつは。
思い出した記憶の中ではそうではない物もあったみたいだが。
「はは……何が、あったんだ。まるで、あの時の君……みたいじゃ……」
この時間でのクルオの言う最近の期間では、アスウェルは相当冷たかったようだ。
そうだ、狂想化した人間を何のためらいもなく殺すくらいは、確かにそうだった。
その近くで悲しむ人間を見ても、何も思わないくらいには。
「いいから黙ってろ」
「レミィちゃん……が」
屋敷を出た直後、アスウェルは足を止めそうになった。
「いた時、みたいだ」
「お前は、覚えているのか……」
過去はこいつの中ではどうなっている。
俺が記憶している三日間だけウンディに滞在していた過去なのか、それとも一ヶ月いた過去なのか。
だが、俺がここに立っている現状は変わっていない。それは事実だ。
あの時間を経験した俺が、クルオを撃つとは思えない。
「さあ、両方……?」
訳の分からないことを言うな。
いや、待て。違う。
こいつは今、両方と言ったのか。
まさか、お前も過去に、一年前のα地点に戻っていたのか?
俺にあんな目に合わされたのに、わざわざまた俺の前に現れたのか?
馬鹿だろう。
「と……」
かすれ声だったが聞こえた。
友達、だからな、と。
やはり馬鹿だ。
常々思っていたがこいつは正真証明の馬鹿だ。
お前なんかを友人に持つんじゃ無かった。
俺には、もったいない。
「もど……れ」
クルオは今までのぐったりとした様子が信じられないくらいの強い声で言う。
「アスウェル、君は屋敷に戻れ」
「馬鹿を言うな」
「馬鹿は、君だ。レミィちゃんを助けられなくなる」
助けると言っても、過去に戻る方法など俺は知らない。
あれは知らない間に、いつの間にか一年前に巻き戻っていたんだ。
いや、一つだけ心当たりはある。
だが、それを選ぶと、クルオを見捨てる事になるのではないか。
そこに、白い鳥が舞い降りる。
鳥はクルオの肩にとまった。
「屋敷の、奥にいる。レミィちゃんに会え! そうすれば……まだ助けられる、諦めるな」
何故、そんな事が分かる。
彼にそうだとしても、お前をここに放っておく事になるんだぞ。
「――早く行け! この時間にいる僕達はもう、駄目なんだよ。だから……、行け。そしてあの子を助けるんだ」
「何を言っている、クルオ」
「……名前、久しぶりに呼んでくれたな」
いいから黙れ、そう言おうとした瞬間。体の中を無数の針で刺す多様な刺激が襲った。
「が……っっ……」
真っ赤な血が地面へとこぼれて、クルオを背中から落としてしまった。
「何……が……」
「いいか、よく聞け、アスウェル。この屋敷は実験場だったんだ。ここにいてはいけない、今も過去も。あの時あの場にいた者達をここから遠ざけるんだ。う……ぐ、もう、時間が……い……け、とりかえ、しが……」
取り返しがつかなくなる。
アスウェルは元来た道を逆走して戻った。
クルオを、友人を一人その場に残して。
もし、もしも失くしたすべてが戻ってくるのなら。
もし、あいつらがそれで生きながらえるのなら。
もし、ここで何もせずにいて、全てが終わってしまったら。
アスウェルは屋敷の奥へたどり着いた。
「っ……く……」
息をしているのもやっとの様相でたどりついたそこにはエクストーヴァが待っていた。
「あら、来訪者? 組織に言われた時計は見つからないし、困ったわね」
いい加減うんざりしたといった調子のそいつがこちらを見つめてくる。
そいつは手に持った長槍を振り上げて。
「あら、抵抗しないの? お利口さんね。不気味なくらい」
振り下ろす。
アスウェルは抵抗しなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます