23 第二部 観賞用の人形
レミィの両親は生きていたらしい。
当然、レミィはそいつらと暮らす事になった。
組織から姿が消えて、数か月経つ。
α地点に
アスウェルの日常は特に変わりがない。レミィがいなくなったこと以外は。
変わった事はクルオが組織に入ったことぐらいだろう。馬鹿かと思った。
そんな日々の合間に思うのはレミィの事だ。
生きていたという両親のもとに引き取られていって、今頃は普通の生活を送っているはずの少女。
元気にやっているのだろうか。
せっかく家族が生きていたというのに、別れ際に駄々をこねてアスウェルの手伝いがしたいとか言っていたものだから少しケンカになってしまった。しかし悔やんではいない。
せっかく家族が生きているのだから、その傍にいるべきだ。アスウェルの考えは間違っていない。自分にはもう、家族と過ごす日常は得られないのだから。
ライトにはレミィの事は聞いていない。
もうレミィとは関わらないつもりだからだ。
どこかで幸せにやっているのならそれでいい。
その時のアスウェルはそう思っていた。
だが、そんなアスウェルの想像は甘かった。
ある日、ライトに言わずに禁忌の果実の人間について調べていた時の事だった。
事の成り行きは、クルオが何も言わずに姿を消した事だった。
フィーア達が探したが見つからない。
失踪する直前、あいつはレミィについて何か気づいたようだった。
それが関係しているのか分からない。
そんな事があったわけだからアスウェルは気が立っていたのだ。
だからその日はいつものように数人でではなく、一人で行動した。
禁忌の果実に関わりがあると疑われる一人の貴族の下へと潜り込む。
金持ちの屋敷の中。
「私のコレクションに興味がおありとは、貴方はなかなか価値が分かるようだ」
ドールコレクターを自称する金持ちの懐に、同じ趣味を持ちコレクションに興味を持つ旅の者としてアスウェルは入り込んでいた。
収集された人形とやらを見せてもらうために、アスウェルは金持ちの男と共に保管庫へと向かっていく。
「最近とてもいい品が手に入ったんですよ、まるで生きているかのように精巧な人形が」
興味ない。
「もちろん、人間ではありませんよ。この目でしーっかりと確認しましたからね。いやはや最近の職人はすばらしいものを作りなさる」
どうでもいい。
自慢話を適当に聞き流し、案内されたのは薄暗い部屋だった。
人形が日光で痛まないようにと、窓はない部屋らしかった。そんな事心底どうでもいいが。
「いま、明りをつけますね」
金持ちの男が部屋の明かりをつけていく。
「……これは」
薄気味悪い。
少しづつ明かりの灯っていく薄暗い部屋に、何千体とある物言わぬ人形。
そしてそれらの人形たちの横に、ガラスの筒に入れられた液体が並ぶ。
その中に浮かんでいる物は…………。
脳…………か?
横に開いてある赤い液体の詰まった箱は何だ。
まさか血液…………。
レプリカか?
そう思うが光景の異様さが、アスウェルの想像を拒絶する。
ならば本物……?
そんな馬鹿な、薄気味悪い空間に充てられて突拍子もない事を考えるにもほどがある。
人形が嫌いだとあいつは行っていた。
なまじ人間に似た見た目をしているせいか、物言わぬ様子を見ていると本当に薄気味悪く感じてしまうらしい。
使用人から聞いて、レミィからいつか聞いた言葉なのだが、その気持ちが少し分かったような気がした。
「ふふ、素晴らしいでしょう。世界各地を周って集めた品なのですよ。こうして中身も作ってそれらしく飾っていると、まるで人間をはく製にして観賞用の人形に加工したようだと思えません?」
アスウェルの反応を勘違いしたらしい男が、自慢話を続けながら部屋の奥へと案内する。
はっきり言って、その人形がどれだけ素晴らしかろうと今のアスウェルにはどうでもいい事だ。
それでも付き合っているのは、気分を良くした本人から、禁忌の果実について口を滑らせないか様子を見る事、実力行使に及ぶ前に相手の情報をできるだけ得たかったからだ。
「ああ、これです、これです。どうですか、すばらしいでしょう。他の者もいですが、これは別格です。まるで本物の人間の少女の用でしょう?」
だが……。
冷静でいられたのはそこまでだ。
「……レミィ…………?」
目を疑った。
あるはずのないもの。
こんなところにいるはずのない人間。
見間違えるはずがない。檸檬色の髪をした少女、レミィ・ラビラトリがそこにいた。
アスウェルは手を伸ばす。
冷たかった。だが……。
その姿はまるで、ただ眠っているかのようだ。
「こいつは……何だ」
人形だと言う。
けれどスウェルの手は人間のそれと全く同じ感覚を脳に伝えてくる。
何故。
何故だ。
あいつがなぜこんな所にいる?
レミィは、本当の両親の下で幸せに普通の暮らしをしているんじゃなかったのか?
これは本物なのか?
それとも……偽物?
「とあるツテから頂いたものでしてね、何でも、この人形を持っていると幸運が舞いこんでくるとか、ドールコレクターの間では有名な品なのですよ。わざわざ手を尽くして譲っていただいたかいがありました。実際、凄いですよ。うちで結婚を望んでいる使用人が、式を挙げましたし、もう一人は芸術家を目指していて賞をとったくらいですから」
そんな事はどうでもいい。
こいつはこんな所で展示されて見世物にされていいものじゃない。
「こいつはお前らが愛でていい人形じゃない」
傍に在るものが目に入った。
筒に入った液体、そこに浮かんだ歪んだぶよぶよした球体。
赤黒く染まった液体。
その隣にあるのは白い……骨の欠片……。
見た事がある。
アスウェルはこれと同じ物をどこかで見た事がある。
「「「ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」」
脳内で響き渡る絶叫。アスウェルの叫び声。
俺は確かに見たんだ。
この世界ではないどこかで、禁忌の果実の建物に侵入したときに。
人形のように飾られている妹……クレファンを。その隣にある、クレファンの中身だったものを。
この俺は知らない。
けれど別の俺は知っている。
クレファンも、レミィも同じだった。
目の前のこいつは、…………………………………………
アスウェルはその男に銃を突きつけた。
何だ、一体何が起こっている。
何でこんな事になるんだ。
禁忌の果実か。
あいつらがクレファンを、レミィをこんな風にしたのか。
……何故。
……何故だ!
何故!!
「な、一体なんのつもりで」
「言え! お前にこの人形……レミィを渡したのは誰だ。そいつについて洗いざらい知っている事を……」
感情の赴くままに怒りの声を上げる。
その背後で、何かが動き出す気配がした。
銃口を突き付けられている男が信じられないといった顔をする。
「そんな、なぜ人形が……」
アスウェルは振り返る。
そこには、元いた位置から一歩踏み出した位置で、こちらを見つめるレミィの姿があった。
「ごちゃごちゃとうるさいわね」
「生きていたのか……?」
違う。
ありえない。
そんなはずはない。
頬にはうっすらと赤みがさしている。先程の人形のように白い顔ではない。まるで生きているかのようだった。
「だれ?」
レミィは邪魔な虫けらでも見るような視線をアスウェルへと向ける。
「誰でもいいけど、とりあえず死になさい」
レミィは何もない所から槍を取り出して、それを突き出した。
「ひぎっ」
そしてそれで一切の容赦なく
アスウェルの近くにいた男を殺した。
ありえない。
全てがあり得ない。
レミィの姿を模した人形がここにいる事も、
その人形が動き出すのも、
そいつがレミィの声で感情のない声を出しているのも
そいつがレミィの姿で全く躊躇いもなく人を殺すのも。
「あの金髪は私を観賞用の人形にでもするつもりなのかしら。こんな風に体をいじってくれちゃって、これじゃああまり持たないわ。せっかく組織の駒としての運用が決まっていたのに、横からかすめ取るなんて。とんだ泥棒ネコね。そもそも……」
あいつがこの体を組織に連れ戻したくせに、とそいつはこちらに向けて槍を振るう。
アスウェルは下がる。
だが相手は容赦しない。
「今の避けたの? ならただの有象無象ではないのね、貴方。申し遅れましたが私の名前は槍使いのエクストーヴァよ、よろしく」
槍が振るわれる。
アスウェルは反撃できない。
思考が追いつかなかった。
目の前の光景が、状況が、わけが分からない。
そこに影が踊り込んだ。
フィーアだった。
傷だらけだ。
「アスウェル、逃げなさい。ライトが裏切ったのよ! クルオはたぶんあいつに殺されたの。レミィだって、禁忌の果実に売り渡されて、奴らの駒に……死神にされちゃったのよ!」
レミィの槍を、フィーアは自らの武器の曲刀で受ける。
向かい合うレミィそっくりのそいつを見て彼女は表情を歪め、背後にいるアスウェルへ叫んだ。
「外に仲間がいるから、そいつを頼って! あいつ等なら絶対信用できるから!」
何がどうなっているのかまるで分からない。
いや、分からないのは最初からだ。
過去に飛ばされた意味も。ライトが裏切った理由も。
いや、もっと前から。なぜ俺が、家族を殺されなければ無ければならなかったのかも。
戦闘はあっけなく終わる。
実力が違い過ぎた。
ほどなくしてフィーアが殺された。
レミィが殺したからだ。違うあいつはレミィではない。
アスウェルはそいつを殺そうとしたが殺せなかったから逃げた。
外で待っている人間達と合流する。その顔には見覚えがあった。
軌道列車で乗り合わせた貴族の少年と使用人の少女だった。確かラッシュとリズリィだったか。
だが、そこでエクストーヴァに追いつかれた。
「逃げるの? だったら逃がさない」
それからは何がどうなったのかアスウェルは詳しく覚えていない。
長い時間が経ったかのようにも思えるし、短い時間しか経っていない様にも思える。
ただ一つ分かるのは。
アスウェルはレミィの槍で心臓を突かれて死んだ、という事だけだ。
思い出した。
自分がなぜ元の時間で廃墟となった水晶屋敷にいたのか。
その理由をようやく思い出したのだ。
元の時間、巻き戻る前、軌道列車の中で出会った死神はエクストーヴァだった。その後、事故で倒れていたアスウェルはレミィと出会ったのだ。
俺の知っている声で、表情で、俺の名前を読んだあいつはまぎれもなくレミィ・ラビラトリのはずだった。
レミィはどうやったのか瀕死の俺を助けた。
そして入れ替わりにやって来たのは友人のクルオだ。
あいつはうわ言のような俺の頼みを聞いて、アスウェルがわけありの身だと思い俺をこっそりウンディまで運んで行った。
そして、友人の世話になるまいと意識を取り戻したアスウェルが、知らぬ間に宿から抜け出したのを追って廃墟となった水晶屋敷まで来たのだ。
そこで俺は……、しつこく復讐を止めるように言ってくるあいつを撃った。
『俺の邪魔をする奴は殺す』
殺す。
本当にするわけがない。
けれど、それくらいしないとあいつはきっと諦めない。
俺を追いかけるよりもあいつには他にするべき事があるはずなのだ。
だから動けないように手足を撃ち抜いて屋敷のホールに放置した。
急所は避けた、仮にも医療に携わる者だから手当をすれば簡単に死ぬこともないだろう。
そう思って俺は、どうした?
人を呼ぶくらいのことをしてやろうと思っていたのに、あいつの事を忘れて、そのままにして。屋敷をさまよっていた。事故のせいか、ちゃんと医者にかからなかったせいか。俺はおそらく屋敷の中で何度か意識を失ったり、もうろうとさせながら短い時間をさまよった。
そうして、俺はたどり着いたボードウィンの部屋でエクストーヴァに殺され、二年前への風の町へと巻き戻った。
そう、一年前ではなく。
これは一番最初の巻き戻りの記憶。
俺は禁忌の果実の拠点に侵入し、レミィを保護した後、どういう風のふきまわしかそいつの保護者を気取って各地を連れまわした。
どうかしていると思うが、組織が噛んでいる以上下手な所に預けるわけにもいかず、妹を重ねていた事もあって俺は前向きではなかったが後ろ向きでもなく、レミィの面倒を見ていたようだった。
様々な場所に言って、だが復讐の道を諦める事はできなくて、そして最後に軌道列車の事故に巻き込まれて、命を落とした。
次に再会したのは二年前でなく一年前の風の町ウンディでだった。
その時も0地点で、廃墟でエクストーヴァに殺されて二番目に
あいつは組織に捕まることなく、両親と名乗る貴族の人間の下で普通の生活を送っていた。
俺は、前の記憶を覚えていたが、レミィは覚えていないのだと思ってしばらくすれ違ったまま日々を送っていた。
けれど、アイツが帝国兵に狙われ事件に巻き込まれた事がきっかけで、再び交流を持つ事になった。
家族に黙って旅に出る事にしたレミィとケンカしたりして、最終的にはまた一番最初の時みたいな形に落ち着いて、けれど次の日にはレミィは行方不明になった。
再会したのは、それから大分経った後で、帝国貴族の奴隷にされていた。
次の
α地点のウンディで、レミィはネクトの一員となっていて。アスウェルもそこに入る。二人共これまでの
だが、クルオもその組織にいたのには驚いた。奴は武器を持っていて戦っていた、それだけではなく、アスウェルの復讐に賛同していて、人殺しにもためらわなかった。
あいつは俺を追いかける途中で禁忌の果実に捕まってしまったらしい。そこから逃げ出したクルオは変わった。組織にいるあいつはレミィの素性を怪しんでいて、陰でレミィに奴隷契約をしていた、組織でアスウェルの妹の悲惨な最後を見届けた事をこちらに伝えた後、レミィを殺したのだ。
その次はそんなおかしな世界ではなかった。記憶はいつも通りあって、周囲の状況も物騒なものではなかった。だが、レミィの状況だけがおかしかった。あいつはアスウェルとは明らかに違う回数を、何度も
屋敷の連中を物のように見つめて日々を過ごし、ただ淡々と最後の日に化け物と化してしまったそれを始末していく様子は見ていられなかった。
何度目になるか。
ある巻き戻りでは、レミィが敵と協力していたことがあった。
レミィはこれまでに何度も帝国兵に狙われ、禁忌の果実に捕まり、屋敷の人間達の異形化を防げなかった。
レミィはどんな勢力に狙われても、魔人としての力なのか手加減されているのか死ぬことはなく、必ず最後には敵に捕らわれてしまう。
そんな未来に嫌気がさしたレミィは敵と自ら手を組むことを選び、己の苦痛を最小限にとどめる事に決めたのだ。
アスウェルはそんなレミィと戦って、言葉をかけて説得し……。未来の幸せを諦めるなとそう言って……。二人で戦い続ける事を約束したのだ。
「「「俺は絶対に忘れない。必ずまた思い出してやる」」」
そして儚き明日の幸福を得るために、永劫の日々を抜け出すと。
それからも二人は
何度か二人の巻き戻りの回数にずれが生じる事があったが、それでも確実に状況を打開する鍵は増えきていたのだ。
だが……。
アスウェルはある時を境に、その記憶を全て失くしてしまったのだ。
レミィ一人に、全てを背負わせたままで。
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