13 第二部 猫の皮を被る少女
ボードウィンの屋敷で世話になる事になって、それから数日の時が過ぎた。
この数日で、色々と情報を得たがどれもこれもまともなものはない。噂話の粋を出ないものや、距離感を間違えているとしか思えない鳴れ慣れしい使用人の戯言しかなかった。
その中でも唯一最年少であるレミィには遠巻きに距離を取られていたが、アスウェルの行動の大した支障にはならなかった。
そろそろ次の手を考えなければならない、そう思っていた頃、ようやく本来の護衛の話が出てきた。
趣味が高じて鉱石収集家となった水晶屋敷の主人。
ボードウィン・ドットウッドの鉱石採集の護衛だ。
採集場所はウンディから離れた町の海の浜辺。
伝えられた日程を頭に入れ、装備を念入りに手入れを行い。その日を待つ。
油断はできない。
敵が仇であり、闇組織の住人であることもそうだが、何故かその日程にはレミィも同伴する事になっている。
世話係として使用人がいるのは納得できる、だが……。
もし万が一彼女が敵に回るのなら、怪我を負わずにボードウィンに余力を回すことを考えて排除しなければならない。
そして、その予定された日。
アスウェル達はトラブルに襲われることなく風の町ウンディを離れて、軌道列車に乗り込み博打と冒険の国と謳われる大国キタリカの海辺にいた。
軌道列車にちゃんと乗り込むのが初めてだと言ったくせに、妙に慣れた様子を見せるレミィは、湖にかかる水上の橋を列車が通る際、外から見るウンディの町の景色にもちゃんと見るのは初めてだと言った。
ならばウンディの町の出身なのかと思うのだが、それについてはボードウィンが答えた。
レミィは違う町の出身だという事。
しかし、軌道列車にちゃんと乗るのも、ウンディの町を外からちゃんと見るのも初めてだと言った。
矛盾している。
だが、下手な事を言って相手に逆に不信感を抱かれるわけにもいかないのでアスウェルは黙っている事にした。
ほどなくして列車はキタリカについた。
海の近くの砂地にある国。
ここの土地の人間は、金がなくなって夕飯が食えなくなっても能天気で笑っていられるような連中だが、追い詰められた人間がそれだけ多いという国だ。
国の地底に眠る黄金郷とやらの夢を見て、一世一代の大勝負に出ようと食い詰めた人間がわんさと流れてくるからだった。
「私はそういうところも面白い感じるがの、ふふふぅ、ひょひょひょっ」
アスウェルとは対立的な考えを持つ、屋敷の主人は浜辺を適当にうろついてたまに石ころを拾い上げたりしてはレミィに何かを確認している。
何をしているのかを問えば鉱石鑑定だという。
レミィには願い石とそうでない石を区別する目が備わっており、その力を見込んでいた為、今回の鉱石採集の共には、熟練の使用人ではなく新参者のレミィが選ばれたらしい。
「これと、これと、これ、ですね。あとはこちらがそうです」
そうやって鉱石を判別しながら時間を使った後は、宿に引き上げていく。
その後ボードウィンは、後の時間は好きに使っていいというものだから耳を疑った。
護衛の意味がない。
「プライベートの時間を持ちたいという主人の意向を察してくれと言っとるんだ」
だが、そう言われては、それ以上こそこそ嗅ぎまわることもできない。
日数が浅いのと、そして何より初回の仕事だ。信頼関係がないのは必然だろう。
信頼して欲しいとは思えないが。
自分が目を離した隙に賊に襲われたらどうする、と抵抗を示すアスウェルだが、宿に懇意にしている腕利きがいるのであり得ない、と返って来た。
アスウェルへの信用は皆無のようだ。
やる事が無いと言っても宿にいるとイラつきそうだ。かといって町中は歩きたくなかったので、適当に浜辺に戻ってうろついていようと思っていた。
そしたら……。
「海です。海ですーっ」
波間ではしゃぐ別人がいた。
「ムラネコさん、水が冷たいですよっ」
少女は何かに向けて喋っているようだったが、彼女以外の人間などアスウェルの目には映らない。
視線の先が空宙に向かっているようなのが、理解できない。
まるでそこに何かが浮かんでいるかのような仕草だ。
今までさんざん色んな人間に出会ってきたが、ここまで訳の分からない人間に出会ったのは初めてかもしれない。
しばらく観察した後に近づいていくと、その少女と目が合う。
「はっ……」
「……」
無言で見つめ合った後、少女は顔を背けて、また戻した。
すっかりいつもの表情に戻っている。
「何か?」
御用ですか、とは続かない。
「何に話しかけていた」
「アスウェルさんには関係ありません」
「独り言か」
「ちーがーいーまーす!」
頬をふくらませて、怒る少女は年相応の普通の少女にしか見えない。
アスウェルを追い越して、海から上がろうとする少女に声をかける。
そうしたのは、そんなにも海が好きなら、着替えでも持ってるのではないかと、ただ思ったからだ。
「泳がないのか」
「泳がないわけじゃありません、泳げないんです。……あ」
有能なのは仕事の時の表情だけのようだ。この少女はどうも、根本的な所でおかしなミスをやらかすらしい。
そんな折りに、空から一羽の鳥が降りてきて、レミィに手紙を何通か渡していった。
何も言わずにしまう少女に当然尋ねる。
「何だ、それは」
「何でもありません、ただの手紙です」
それは見れば分かる。
ぷい、と無表情に顔を背ける様子を見れば、少女がアスウェルに対してどう思っているか、分からない方がおかしい。
「お前は俺の事が嫌いだな」
何故か、その時アスウェルはそんな事をレミィに聞いていた。
意味のない問いかけだと普段は思うだろう。
だが、何となくそれは聞いておかなければならないような気がしたのだ。
「「「アスウェルさんっ。私、海が見てみたいですっ。湖よりもっともっと大きいみたいなんですよっ」」」
目の間にいる少女には、もっと本来の……別の姿があるのではないのかと。
そう思えたからだ。
「……そうです。アスウェルさんは、嫌いです。……ごめんなさい」
「なぜ謝る」
別に好かれたいと思っているわけでも、関係を修復したいわけでもないが、気になる事は確かだ。
好かれる性格だとは思っていないが、初対面から大した事もしない内に嫌われる事は中々ない。
「貴方を嫌いになるのは筋違いだって分かってるんです。でも貴方は私の嫌いな人とそっくりなんです。だからどうしても嫌いになってしまって」
「そうか」
頭で分かっていても、感情で割り切れない事などは実に多い。
友人に、意味のない事だと、復讐の道に生きることは正しくないと否定され、その考えが正しいことをアスウェルは分かっている。
だがそれでも感情は別なのだ。正しい事をそのまま納得できるようには人間は作られていないのだから。
レミィはアスウェルの方を向いて、確認するように言葉を放つ。
「貴方は私の事を疑っていますね。それは私に聖域への立ち入り許可がある事、そして新参者の使用人なのにも関わらず個室を与えられている事、後は……お菓子、じゃなくて特別な報酬をもらっている事ですよね。色々考えてみたら、この事だろうなって」
「……」
アスウェルは答えられない、敵に限りなく近い人間にやすやすと肯定していい言葉ではないからだ。
だが、外れではない。
それらは屋敷に滞在している数日のうちに集めた情報だ。
それらを聞いたアスウェルは、レミィ・ラビラトリを怪しいと判断してどうにかして正体を探れないかと考えていた。
いつの間に少女はこちらの内心に気が付いていたというのか。
距離を置いているようで、どこかよそよそしく感じる事が日々の生活の中であたが、それはアスウェルの考えている事にきがついていたからなのか。
目の前、海の中に立つレミィは悲しそうな表情で言葉を続けていく。
「一つ目はもう少し時間がかかるので待ってください。二つ目は、そうですね……どこから話せばいいでしょう。私には過去の記憶がない、というところからでしょうか?」
「お前は海辺で倒れていた所を、屋敷の主人に拾われたらしいな」
どこの海辺かは聞かなかったが。
「はい、でも前の主人です。半年ほど前に亡くなってしまいましたが。アレイスター・クローリー様です」
もたらされた情報は、最初の一日にボードウィンから聞いた話だけでは分からなかった事だ。
前の主人がいたのか。
それが半年前に亡くなっている。
そいつの立場はどうだったのか。
組織の人間だったのか、それとも違うのか。
そんなことは使用人達から聞いた事がない、そう言えばレミィはボードウィンに口外しないように言われているからと言葉を返した。
きな臭い。
わざわざ情報を隠すなど、何か後ろめたい事をしているとでも言っているようなものだ。
前の主人は、殺されたのかもしれない。
「はい、そうです。ですがアレイス君に拾われた私には、それまでの記憶がありませんでした。覚えていたのは自分の名前のような言葉と、両親の最後だけです。研究者だったらしいお父さんとお母さんが何者かに襲われて殺されてしまう最後……、それだけです。今でも夢に見るんですよ。覚えてないのに、その夢の中の私は全部覚えていて、それが辛くて……、ですから眠るのは少し怖いです。それは二つ目の答えですよ」
レミィの言う言葉を信じるならば、一人部屋の答えはただの個人の事情となる事だった。本当なら、だが。
部屋を見て詳しく調べてみたい気がするが、それは別の時に考えるとしよう。
調べないという選択肢はまだない。
「それで三つ目ですが、本当に何でもない事ですよ? 頑張ったご褒美にお菓子をもらっているだけなんですから。たまに果物を分けてくださる時もありますね。美味いしかったなぁ」
その情報は最初に口を滑らせたときに想像できた。
「それで、最初の一つ目ですけど……そろそろですね。ついてきてください」
海の中を、奥に向かって進み続けるレミィ。
しばらく考えた後、アスウェルは無言でその後を追いかける。
「もうちょっと深い所で潜った方が良いかな。でも、……あっ」
波しぶきの音を立てて少女は、足を滑らせた。
「ひゃあっ、あわわ……助けてくださいアスウェルさん、私泳げないですーっ」
「足がつくだろう」
どうやらそんな簡単な事も頭から吹き飛んでいるようで、間抜けにも水面で暴れている。
ため息をついて手を貸そうとしたら勢いよくしがみつかれて、……アスウェルは巻き添えをくってしまった。
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