第二部

12 第二部 気づかぬ再会



 帝国歴1499年 1月1日


 わけが分からない事だらけだった。


 アスウェルは奇妙な暗闇を歩かされて、気が付いたら二年前の風の町に立っていた。

 火災で廃墟となった水晶屋敷を調べる為に、軌道列車に乗り、事故に遭ったことまでは覚えている。

 意識を失って、そして気が付けば過去に戻り別の場所に立っていた。


 理解を超えている。

 だがそのまま混乱しているわけにもいかない。

 アスウェルは行動を起こす事にした。


 風の町を巡りながら、情報を集めていく。

 残念なことに自分が過去へ移動してしまった原因は分からなかったが、過去の正確な日付は知る事ができた。それが現状どれだけ役に立つのかは分からないが。


 考えを整理するために。

 過去への移動を、巻き戻りキャンセルと名付け。

 元の帝国歴1500年1月1日の廃墟の水晶屋敷にいた時間を、0ゼロ地点。

 巻き戻った時間……帝国歴1499年1月1日の時間を、α地点と名付けた。


 通りを歩く人間達は誰も彼もが呑気そうな顔をして、二週間後に行われる祭りの話をしている。

 そんなのほほんとした光景が非情に苛立たしかった。


 そんな風に歩いていれば、アスウェルは通りで一人の青年に話しかけられた。

 一瞬、脳裏に軌道列車に乗り込む前に話しかけてきた人間の顔が浮かんだが、別の人間だった。


「情報を探しているようだね。君の欲しい情報なら、そこのホールに行けば手に入ると思うよ」


 金髪の男だ。

 人当たりの良さそうで、かつ嘘くさそうな笑顔を浮かべているその男は、近くにある建物を指す。

 身なりは、旅人が着るような簡素な服だが、どれも生地は丈夫なもので良く見れば仕立てのよさそうなものばかりだった。


「お前は何だ」

「僕の名前はライト・フォルベルン。組織を追っている人間さ」

「……」


 組織。

 思い当たる節は禁忌の果実しかない。

 ライトと名乗った男は建物の中へと入っていく。


「待て」


 制止の言葉をかけるもライトは聞かなかった。

 遠ざかっていく背中を見失うわけにも行かずアスウェルは、ホールへと入っていった。


 ホールの中では多くの人間が集まっていた。

 内部では演奏会をやっているようだ。

 ピアノの旋律が流れ、人々が並べられた椅子に座り聞き入っている。

 アスウェルはその中には入らず、先ほど見た少年の姿を探すのだが見つからない。


 そんな風にして入り口の辺りで中の様子を窺っていると声が聞こえてきた。

 人が言い争っている声だ。


「あぁん、俺の服がこんなに汚れちまったじゃねぇか。一体どうしてくれんだよこのガキ」

「弁償しろよ弁償。さっさと小遣い出せって」

「俺たちは懐が広いからな、ガキの金でも我慢してやるって言ってんだよ」


 ガラの悪そうな連中が内部の通路でたむろしていた。

 その連中に囲まれているのは一人の子供と……、


「ひっ、ご、ごめんなさい。謝るから許して……」

「怖がってるじゃないですかっ」


 その子供をかばうように立つ、使用人服を着た檸檬色の髪の少女だった。

 顔を見るのは初めてのはずだが、なぜかそんな気がしない。


「「「死んでください」」」


 ……まるでつい最近どこかで会ったような気さえしてくる。そんなはずはないのに。


「貴方達は恥ずかしくないんですか。寄ってたかってこんなに小さな子供をいじめて。懐が深いというのなら、子供がした事ぐらい笑って許して上げたらどうなんです」

「うぅ、ミィ姉ちゃん」


 子供に寄り添うように立つ少女は、居並んだ男たちを見つめて、冷淡な口調で言葉を続ける。


「それとも、それをしないのは、ただお金が欲しかったからですか? だからわざとこの子にぶつかって来たんじゃないですか?」

「なっ、こいつ」

「ガキだからって調子に乗ってんじゃねぇ」

「いっぺん痛い目にあわせてやろうか」


 少女の言葉は男たちの図星を突いたようだった。

 威嚇するように声を低くし表情を歪める男達だが少女の様子は変わらない。

 無表情で相手を眺めるのみだった。それだけならまだしも、


「どうぞ、やれるものならやってみればいいじゃないですか」


 挑発するような言動をおまけにつけた。


「この……っ」


 アスウェルは近寄って殴り掛かろうとした男の腕をとる。


「な、なんだ。おいてめぇ」


 こいつらを助けてやる義理はないが、わざわざ見過ごしてやるほど悪党に寛容なわけでもない。


「目障りだ。俺の視界からとっとと消えろ」

「な……んだとぁ?」


 こんな物言いをすればどうなるか、分かってはいるのだがそんな物言いになった。

 少女のことを言えた口ではなかった。


 挑発するような言葉に男たちが敵意を露わにしていると、演奏がちょうど終わったのか部屋から人が出てくるところだたった。


「ちっ、行くぞお前ら」


 それぞれ捨て台詞を残しながら男達は去っていく。


「うぅ、怖かったよー」

「……大丈夫?」


 少女が子供へと声を掛ける。

 アスウェルは何も言わずにその場を去ろうとする。礼などを期待しての行動ではない。余計な関わりを持たれても面倒だ。

 しかし、そこに声を掛けるものがいた。


「あら、レミィ。こんな所にいたの?」

「レン姉さん」

「今日は用事に突き合わせてごめんなさい。本はちゃんと借りられたわ。こんな所で何かあったの? そろそろボードウィン様のお屋敷へ帰らなくちゃいけない時間よ」


 ウェーブのかかった淡い金の長い髪をした女性だった。

 泣いている子供とアスウェルへ視線を向けて困った顔をする。


「とりあえず何があったか聞かせてもらえませか」


 そして、何故かアスウェルに事情を尋ねるのだった。

 そういうのは最初に身内に聞くもんだろう。

 だが、こちらも用があるのは事実なので話が面倒でなくて助かる所ではあるが。


 ボードウィン。

 禁忌の果実のメンバーの名前だ。

 単なる名前が似ているだけの別人か、当人か調べる必要があった。



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