11 間章
帝国歴1500年 1月1日
何者かに水晶屋敷の地下で殺された。
そして気づけば、アスウェルは元の時間軸に戻っていた。
目の前には先程までとは違った、廃墟となった屋敷がある。
一年前の風の町に巻き戻る前、アスウェルは列車に乗って元々はこの場所に向かうつもりでいたのだ。
しかし、その途中で事故に巻き込まれ自分は他の乗客と共に死んだはずではなかったのか。
住人の全てを焼き尽くすような火事が発生したと、そう言われている廃墟となった水晶屋敷、本来ならアスウェルはここに向かう事はできなかったはずだ。
死んだあとに幽霊となりでもして、ここに来たのか?
それこそまさかだ。
感覚もあるし、生きているという実感もちゃんとある。
ならなぜ?
いくら考えても分からない。
分かるような材料がないからだ。
「またここに戻って来たのか」
結局、どうして自分が一年も過去に戻って、そして再び元の時間へと戻って来たのか、原因が分からずじまいだった。
考えながら屋敷の中を歩き回る。
一年前に屋敷に最初に踏み入ったホール、使用人達と懇親会を行った部屋、鉱石のコレクションが飾ってある部屋、使用人達の部屋が並ぶ区画の通路、盗聴した部屋と、その隣のレミィの部屋。
アスウェルは最後のその部屋に踏み入った。
荒らされた様子はない。それはなぜか他の部屋も同じだった。
ほこりだけが積もったその部屋を歩いて行く。
予想よりやや物が少なくはあるが、それは普通の少女の部屋だった。
これをもっとはやく見ていたら、いや見ていた所であの時のアスウェルは信じもしなかっただろう。
その部屋の中に何かを見つけた。
鈍く光る金属の物だ。
床の隅に転がっていて、気づいたのは偶然だった。
本来の機能としては動かない、レプリカの時計。
アスウェルが持っていた妹から送られた時計と似ている物だ。
それが、復元される途中の中途半端な状態でこの部屋に転がっていたのだ。
何故?
そう思いながらアスウェルはそれを拾い上げた。
次に向かったのはボードウィンの屋敷の主人の部屋だ。
外れかけた扉を開けて、室内に踏み入る。窓が開いていた。
アスウェルは目を疑った。
なぜならそこから、部屋の中に……、
「お前は……」
檸檬色の髪の少女が中へと侵入してきたからだ。
「へぇ、こんな場所に人間が来れるものなのね。ふぅん」
こちらへ歩み寄ってきて、ジロジロと遠慮のない視線で眺める。
「レミィ……」
「あら、ひょっとしてこの体の元の持ち主の関係者なのかしら」
首を傾げるその少女の仕草は、アスウェルの知っているレミィのするものとは似ても似つかない。
「レミィなら死んだわよ。最後に、皆を助けられなくてごめんなさいって、泣きながら、ね」
その言葉を聞いてアスウェルはようやく銃を構える。
「あら、貴方は私の敵?」
思い出した。
一年前の過去に遡行する前、自分の身に何が起きたのか。
こいつだ。
アスウェルは確か、この女に殺されたのだ。
そして、気が付いたら一年前の世界に、ウンディの町にいた。
なら、過去に戻ったのはこいつの原因なのか?
「お前が俺を過去に送ったのか」
「さあ? 私はただ組織に命じられてある物を回収しに来ただけ」
信用するなど論外だが、その言葉からは嘘の気配は感じられない。
「お前は誰だ」
「名前を聞かれたら名乗らなければ失礼よね。わたしの名は長槍使いのエクストーヴァ。お見知りおきを」
優雅に頭を下げるその少女は、幼い見た目にそぐわない言葉を発し、妖艶な浮かべて続ける。
その姿は一年前(アスウェルにしてはついさっきだが)からはまったく成長していない十四歳の見た目のままだった。
「最も、貴方と仲良くする時間はもう無いようだけど」
言葉の意味を考えるよりも先に、アスウェルは血を吐いて呻いた。
「が……は……っ」
体の中を火であぶられたような痛みが支配する。
膝をつくアスウェルを見下ろす少女は、ため息をつく。
「つまらないわ。私が手を下すまでもなかったなんて。やっぱり、この屋敷に踏み入った時点で貴方の運命は決まっていたみたい。さようなら、名前も覚えていない人間さん」
それはどういう事なのか。
今、自分の体に何が起こっているのか。
少なくとも目の前にいる少女はアスウェルに対して何もしていないのは明らかだった。
それは見ていた自分自身が分かっている。
ならば、自分はいったい何に攻撃を受けたというのだろうか。
しかしそれを聞き返す体力はなく、アスウェルは埃の積もった床に倒れ伏した。
命の火が消える瞬間。
目の前のそいつではない、檸檬色の髪をした少女の顔が脳裏をよぎった。
朦朧とする意識の中、記憶が流れていく。
帝国歴1499年 12月下旬
それは、列車事故の後の事だ。
「……っ」
アスウェルは痛みで覚醒した。
奇跡的に自分は無事だったようだ。列車からは投げ出されたようだが。
本当か?
俺は確かに、列車が脱線した直後に死んだと思った。
その感覚が……というのもおかしいが、あったはずなのに。
目の前の地面に影が落ちる。
視線を上げるとそこにはフードを被った死神がいた。
そいつは肩に止まった白い鳥に何事かを呟いている。
「ありがとうございます。この私にここにいるアスウェルさんを殺させないでくれて」
その声には聞き覚えがあった。
だが、思い出せない。
死神がこちらへ近づいてくる。
「アスウェルさん」
何故、俺の名前を知っている。お前は誰だ。
「別のアスウェルさんですし、ここにいるのもきっと別の私ですけど。どこかの世界の私をありがとうございました。死なないでください」
傷口が熱い。
炎であぶられているような感覚が襲って来た。
いや、ような、ではない。その通りだった。
だがこれは止血だ。
血がこれ以上流れ過ぎないように焼いて止めたのだ。
意識がだんだん遠くなっていく。
俺は、そいつを知らない。
違う。思い出せない。
まだ、思い出せない。
いつか思い出せる時が来るのか。
「さようなら」
死神は去っていく。
その後ろ姿がだんだんと霞んでいく。
視界が歪んで、白に染まっていく。
「アスウェル……? どうして君がここに」
気を失う寸前、友人の声が聞こえた気がした。
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