天井裏の会話

あおいあきな

天井裏の会話

 僕の部屋の天井には、小さな穴が開いていた。

 その穴の大きさは丁度人差し指がすっぽりと入るくらいで、穴の向こう側は真っ黒な闇が広がっていて何も見えない。

 僕の部屋のベッドはロフトベッドであり、天井は手を少し伸ばせば届く距離にある。

 その小さな穴は、僕が幼い頃にロフトベッドの上で、天井をコンパスでほじくって出来た穴だと親からは聞いていた。なぜ僕はそんなことをしたんだろう。親に聞いてみると「なんだか、天井がうるさい。とかなんとか言ってたわよ」と、関心の無さそうな口調で答えられた。

 高校生になった今でも、僕は毎日のようにその小さな穴と向い合って寝ているわけだけれど、天井からはなにか物音が聞こえるわけでもなく、ただそこに広がる真っ黒い闇が僕を見ているだけだった。


 冬休みの出来事だった。

 友人が僕の家に泊りがけで遊びに来た夜。そろそろ寝ようということになり、ジャンケンで寝床を決めることになった。ロフトベッドか、パソコンデスクの前に毛布を敷いて寝るか、である。

 僕は運悪くジャンケンに負けてしまい、友人がロフトベッド、僕はパソコンデスクの前で毛布に包まって寝た。

 そして次の日の朝、友人がなんとも奇妙なことを言ってきた。

「天井裏がうるさくて、寝れなかった」と言うのだ。僕は親から聞いたあの話をすぐに思い出した。どういう風にうるさかったのかと聞くと、友人はすっかり隈が出来てしまった目をこすりながら「わからないけど、物音じゃあないような気がしたよ」とバツの悪そうな顔で言った。

 結局その日、友人は朝から昼過ぎまでパソコンデスクの前に陣取ってぐっすりと寝て、夕方辺りに帰っていった。

 友人が帰った後、僕はロフトベッドに登り、穴を見る。相変わらず穴の奥は真っ黒な闇が広がっているだけで、物音も何も聞こえてはこなかった。となると、猫か鼠の類が夜になると天井裏に忍びこんでくるのだろうか。僕はそう考えることにした。


 それから数日後の夜。僕は確かに聞いた。

 天井の小さな穴から、なにか音が聞こえてくるのだ。とても小さくて、耳を澄まさないと聞き逃す程の音。物音だろうか。いや違う。もっと何か別の音に聞こえる。これは……鳴き声だろうか。

 結局、その音の正体は謎のまま朝を迎えることになった。

でも確かに聞こえた。天井に開いた小さな穴から音が聞こえたのだ。猫の鳴き声だろうか、それとも……。

 次の日の夜も聞こえた。確かに穴から何か聞こえる。それも、昨日とは違ってほんの少しだけ、音が大きくなっているような気がした。

 猫の鳴き声ではなかった。これは、人の声だ。人が話している声だ。とても小さくて、何を話しているのかはまったく分からないが、人が複数人で会話をしているような、そんな音だ。

 天井裏のその会話は、日を増すごとに、少しずつ、少しずつ大きくなっていった。だけど相変わらず、耳を澄ませても会話の内容までは聞き取ることは出来なかった。がぜん、会話の内容が気になってくる。

 天井裏の会話が聞こえるようになってから丁度一週間を過ぎた日の夜。僕は遂に我慢ができなくなり、小さな穴に耳をあてて、会話を聞き取ろうとした。

「そ……き……は…………み…………き」

 小さな穴からは、確かに誰かと誰かが会話をしているのが聞こえる。何か音を発しているようにしか聞こえなかった小さなしゃべり声も、確かに会話をしているんだと分かった。

 息を潜めてその会話に耳を澄ますが、どうしても内容がわからない。もどかしい。もう少し、大きな声で喋ってはくれないものだろうか。

「こ…………て…………こ……み………や」

 僕の苛々が頂点に達する寸前。突然会話がぴたり止まった。なんだろう。どうしたんだろう。僕は気になって耳をもっと天井の穴に押し付ける。

 その時、僕の耳に何かが入ってきた。

「うっ……わっ……!」

 僕は反射的にベッドに倒れるように天井から頭を離し、その小さな穴を見る。

 天井から、人の指が生えているのが目に飛び込んできた。


 その日の朝、僕は天井の穴をガムテープで何重にもして塞いだ。これで、あの会話を聞くことも、あの穴から人の指が生えることもなくなるだろう。だけど、それでも安心できず、それから数日の間、僕はパソコンデスクの前で毛布に包まり寝ることにした。その間。天井からは会話が聞こえてくることはなかった。


 天井の穴をガムテープで塞いでから、また一週間程経った頃。今度は部屋の壁と天井との角に備え付けられた小さな物置から、例の会話が聞こえてくるようになった。

「あた…………ここ……す…………みれ…………あい」

 天井裏の時よりも、その会話は大きくなっていて、耳を澄まさずとも、聞こてくる。人間が二人、あの小さな物置の中で、会話をしている。それが、夜になると聞こえてくるのだ。そして僕が起き上がったり、なにか物音をたてると、会話はぴたりと止まるのだった。

 夜の会話は毎日のように、物置から聞こえてくる。僕は恐怖とストレスで、どんどん寝不足になっていった。そしてそれから一週間後。僕のストレスは怒りとなって、恐怖を超えていた。

 夜、もうすっかり窓の外も暗くなって数時間が経過した頃。あの会話が聞こえて来た。相変わらず、何を言っているのか、何を喋っているのかはわからないが、耳にひっついてくるような、気持ちの悪い声だ。

 僕は遂に癇癪を起こしてゆっくりと立ち上がり、物置の前に歩いていく。近くにあった椅子を台に、物音をたてないように、今も会話が聞こえてくる物置の取っ手に手を伸ばす。

 突然恐怖が湧き上がった。この中には何が居るんだ。この中の何かは何を喋っているんだ。そんなことが頭を過ぎり、口に溜まった唾を飲み込むと、喉がゴクリと音を鳴らした。

 会話がぴたりと止まった。やばい、と思い椅子から降りようとした時。

「君もこっちに来るかい!?」

 耳を貫くような大きな声と共に、物置が開いた。

 そこから伸びてくる四本の白い手に、僕は引きずりこまれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天井裏の会話 あおいあきな @itakkire

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ