第5話

 あの人を守るために私は一度消えた。

同じ空白の書を持つ愛しいあの人。自らが主役になることを夢見るあの人を、傍らで見ているのが好きだった。


少し乱暴で、でも優しくて無邪気なあの人は、私の心を溶かしてくれた。


空白の書をもつ私は、自分の運命をどう決めるべきなのか悩んでいた。


何にでもなれると言われても、特になりたいものなんてなかった。


そして同じように空白の書を持つ彼に悩みを打ち明けた時に、

彼はなりたいものが出来るまで、気楽に生きていれば良いんだと笑い飛ばした。


難しく考えすぎていたのかもしれない。

なりたいものを今すぐに決める必要なんてない。


屈託なく笑う彼に幼い私は恋をした。

一緒に過ごすうちにその気持ちは強くなる。


なりたいものはタオのお嫁さんだと告げた時、彼は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


考えておくという返答と、反応の可愛さに、何度もお嫁さんにしてねと繰り返して、彼が照れる姿を目に焼き付けた。


そんな優しい日々が続くなか、ある日私の前に白いフードを被る大人の人が現れた。


フードが顔を覆い隠していて、男の人なのか女の人なのかも解らない。声も中性的だ。


その人は私にこう告げた。

「お嬢ちゃん。空白の書を持っているものがいると聞いたんだけど、どこにいるか知らない?」と。


それは私とタオの二人だ。

でもどうして空白の書を持つものを探しているのだろうという疑問がすぐに浮かんだ。


「どうして空白の書を持っている子をさがしているの?」

そう聞くと、


「不安の芽を早いうちに摘んでおくためだよ」と言われた。

その返答を聞いた瞬間に気づいた。

この人とタオを会わせてはいけない。


幸い少し話をすると、空白の書を持っている者が二人いることまでは知らなかったようだった。


そこで私は告げた。

自分が空白の書の持ち主だと言うことを。


白いフードの大人の人は、私の頭に手を乗せた。

「本当みたいだね。まず何か書き込んでからじゃなきゃ消せないな。

塗りつぶして浮かび上がってきたその後に、記述を書き加えて私の手足にするとしよう」


とても恐ろしいことをされるという確信があった。


消した後に書き加える?

どうなるのか、何をされるのか検討もつかない。


それでも私は目的を一つやりとげられたという満足感があった。


これでタオが狙われることはない。

愛しいあの人を失うことはないのだ。


何をされたのか解らない。

いつのまにか足元から自分が消え始めていた。


幸い移動することは出来たので、タオのもとに走った。

最後に彼に会いたかった。


少しするとタオはすぐに見つかった。呆然とする彼の前で、私は最後に伝えたかった事を告げる。


「大好きだよ」


「大好きだよタオ」


「だからあなたは生きて」


最後にタオに名前を呼ばれた気がして、幸せな気持ちと共に私は消え去った。


『塗りつぶせ』


『黒く塗りつぶせ』


消え去った私。

多分そのあと別の何かに生まれ変わったんだと思う。


生まれ変わった私は何をし、どう生きて、どう過ごすのだろう。

願わくば、タオと一緒にいられますように。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 エクス達はこの想区から出る準備を始めていた。

イレイサが消えた後、残ったものはイレイサのものと思われる空白の書だけだった。


その空白の書はタオが預かっている。

メンバー全員の総意で、タオが持っているべきだろうということで意見は一致した。


村の宿で一泊してからの出発となった。エクス達は心身共に疲労困憊で、その日のうちに出発するのは無理だとの判断になったからだ。


宿の部屋でタオは肩を落としてベットに座り込んでいた。


そうすると部屋の扉がノックされた。

「タオ兄。入って良いですか?」


シェインが心配して部屋に押しかけてきたのだ。

タオは入って良いと声で返事をし、部屋にシェインを招き入れる。


「大丈夫ですかタオ兄」

心配するシェインに力なく笑顔を作り、タオは答える。


「あぁ大丈夫だシェイン。心配かけてばかりでスマン」


明らかに無理をしているタオに、シェインは微笑み答える。


「無理しないで良いんですよタオ兄。今は弱い姿を見せたって」


タオがシェインの目を見れなくなり、うつむく。

そしてシェインを抱きしめた。


「すまないシェイン。少しだけこのままで居させてくれ」


少しだけ驚いたシェインは、一瞬間を置いて、タオを抱きしめ返した。


「わかりました。今回だけですよ」

二人は抱きしめあったまま、少しだけ一緒に時を過ごした。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 次の日、次の想区に向かうため、村の宿をあとにした。


するとレイナが急に声をあげた。

「そんな! この想区に、急にカオステラーの気配がっ」


「なんだって!?」

エクスが叫び、とっさに導きの栞を取りだし臨戦態勢に入る。


今まで戦い続けて身につけた経験が、あまり良くない予感を感じさせていた。


すると遠くから誰かが歩いてくるのが見えた。

白いフードを被っているその人物は、遠目で男性か女性かわからない。


ゆっくりと歩を進める姿に、優雅ささえ感じる。

こちらに向かって歩いてくるその人物。

警戒を崩さないままタオも自分の導きの栞を取りだし、空白の書にいつでも挟めるように準備をした。


目の前まで来たその人物は、エクス達を見ると嬉しそうに声をかけた。


「おやおや。空白の書を持つ者かな?

こんなに沢山いるなんて」


「あなた何者です?」

エクスは警戒しながら問いかける。


「それは言えないね。それに今回は回収しに来ただけだから」

フードの人物は回収しに来たと言った。いったい何を?


そう考えていると、フードの人物の周りにヴィランが現れた。


「やっぱりカオステラー!」

レイナが叫び、全員が導きの栞を空白の書に挟む。


ヴィランとの戦闘が始まり、それぞれが確固撃破に努める。


タオは気づかなかった。戦闘で手一杯になり、フードの人物が自分に近づいてきていることに。


「君が持っているようだね」

フードの人物は、タオが持っていたイレイサの空白の書をタオの懐から抜き取った。


「今回はこれでオイトマさせてもらうよ」

そう言うとフードの人物はその場から消えるようにいなくなった。


「待ちやがれ! ソレをどうする気だ!」

タオの声だけが響きわたり、静寂が訪れた。


それきりこの想区にカオステラーが現れることはなかった。


謎は深まるばかり。それでもエクス達は止まることは出来ない。


いつかこの事件の真相にたどり着くまでは。

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グリムノーツ~空白の刺客~ 猫被 犬 @kaburi-cat

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