第15話 雪面

「……そうか。やっぱりシシーはやつらに……」


 シシーが捕らえられたと聞いて、ビクトリアの顔色が曇った。

 ビクトリア号はアジトからハーディらを回収し、グラミーを離れていた。

 それから、ハーディの指示でそのままレクイエムに舵をとり、ビクトリア号は深海を進む。

 今現在は全員を集め、情報整理の為会議を開いているところである。


「キリシマ……」

「大丈夫だララちゃん。必ずシシーは俺が連れてきてやる。心配すんな」


 キリシマはララを不安がらせないようにそう言い放った。


「ビクトリア。シシーの件と言い、艦隊の待ち伏せと言い、こちらの情報が向こうに漏れていた可能性が高い。心当たりは?」

「……わ! わしが――」


 ハーディが尋ね、ゴッドフレイは自ら名乗り出ようとするが、ビクトリアはその言葉を遮る。

 話しても仕方のない事だと、ビクトリアはゴッドフレイに目線を送った。


「いや、わからないね。それより今はこれからの作戦に集中すべきだろう。そこの銀髪、レクイエムの状況を話しな」

「状況言われてもな。せるげいは管理者を全員れくいえむから避難させた。れくいえむにいた全武力をぐらみーに集結させた。うちが知っとるのはそんくらいや。……ああ、あと、そのししー言うんは、恐らくれくいえむに送られたっちゅうことか」


 作戦は失敗した。

 それは同時にレクイエム計画が止められなかった事を表す。

 だが、僅かながらまだ希望は残っている。


「問題はセルゲイがどこにいるのかだ。セルゲイを叩ければレクイエム計画を止めさせる事はまだ不可能じゃねえ。これだけの謀反がすんなり受け入れられたとは考えられないからな。ここからはシシー達を救出する班と二手に分けて、行動を二分するのが得策だと思うが」


 ハーディの提案にビクトリアは長考する。


「うちで刑殺官とまともに戦えるのはハーディ、キリシマ、そして銀髪くらいだ。その案でいくなら最低でも一人は孤立することになる。あまりいい案とは言えないねえ。万が一その一人が捕まって見ろ。もう先はない。今は三人でまとまっていたほうがいい。それにセルゲイの居場所もわからないしねえ」


 結局、レクイエム入りはハーディ、キリシマ、キャリー、レイラの四人が担当する事となった。

 この四人でエウロア、パルマ、シシーの救出を狙う魂胆である。


「救出後は再びこの艦に集合。こちらはその間情報を集めておく。あんたらを回収しだいセルゲイを追う」

「レクイエムへの上陸方法は? まさか崖を登れなんて言わないだろうな」


 キリシマの問いにビクトリアは答える。


「安心しな。少し離れるが海岸がある。そこから上陸し研究施設裏から侵入。まあ、侵入と言っても管理者がいないなら、ここは問題ないだろう。おまえら、地形は覚えているか?」


 たった一度、無我夢中で走り抜けただけの研究施設であったが、ハーディとキリシマは頷いて見せた。

 それを確認するとビクトリアはレクイエム周辺の海図を広げる。


「見てくれ。おまえらを回収した場所だ。そしてこっちが予定地の海岸。しかしここら辺は浅瀬だからこの艦では近づけない。だからおまえらにはグラミーに行く時に乗った探査艇を使ってもらう」

「使ってもらうって――。おいおい、あんなの運転できねえぜ?」


 キリシマはシシーの操縦を思い出していた。

 目まぐるしく動かされる指先、とてもすぐに覚えられるものとは思えない。

 それにはハーディも同意見だった。


「安心しな。なるべくまで近づいて、そこから直進すればいいだけだ。操縦はオートに切り替えておく。これなら乗り込んでから座礁するまで待つだけだ。簡単だろ? ハッチを開くだけ。まあ、まだ実験段階だが……短距離なら……大丈夫だろ」

「大丈夫だろって! ホントに平気なのかよ!?」

「なんだキリシマ。怖いなら残ってもいいんだぜ」


 キリシマは已然納得していないようであったが、ハーディに煽られ船に乗る事を承諾した。


「回収時は脱獄した時の様に断崖に近づく。あとはわかるな?」

「またあそこから飛び降りろってか」


 ハーディはため息をついた。

 つい先日レクイエムを脱獄したばかりだと言うのに、また戻る事になるなんて、だれも予想はしていなかった。

 しかし、そこにはパルマ、エウロア、シシーがいる可能性は高い。

 四人の救出作戦が始まった。




*** *** ***




 その後、ハーディら四人は小型探査艇に乗り込み、予定通りにレクイエムに向かった。

 ビクトリアの話通り確かに勝手に運転されている様だ。

 計器は相変わらず目まぐるしく動いているが、操作は要求されていない。


「それにしても、相変わらず狭いな。キャリーちゃん、そっち詰めれるか?」 

「こっちもいっぱいですよ。あの、仕方ありませんよ。シシーさんも言ってたじゃないですか。二人乗り用だって」

「だったらなんや、無駄なもん降ろしてくればくればよかったんちゃいますか? ほれ、そこの袋とか」

「あの、なんなんでしょう。これ?」

「ちょっと開けてみい」

「もしかしたら断崖用にロープでも入れてくれたのかもしれない」


 確かに、レイラが指さしたそれはまるで不要なものに見えた。

 かなりの大きさの麻袋。

 キャリーはその中身を見て、狭い艇内で大声をあげた。


「ララちゃん!?」


 麻袋を開くとララが申し訳なさそうに頭を覗かせる。


「ララ! おまえなにやってんだ!?」

「……私も、行きたい!」


 ララはハーディらの会議を聞いていた。

 しかしまた置いていかれると考え、途中で姿を消しては、先に探査艇に乗り込んでいたのである。

 ばれないように麻袋に包まれたまま。


「なんや、おらとりおにおったがきか。これやからこどもはいやなんや」

「どうすんだよハーディ。もう引き返せねえぞ」

「……仕方ねえ。一緒に連れてくぞ」


 観念したようにハーディは承諾する。

 ララはシシーが捕らえられたと聞いて心底不安を抱いていた。

 故に、ただビクトリア号で待つことに耐えられなかったのである。

 その表情は嬉しそうに見えた。


 十分ほどの船旅は探査艇が砂地にぶつかる衝撃で終了する。

 予定通りキャリーがハッチを開くと、五人は海岸に上陸した。

 押し寄せる波に足をとられながらも、なんとか海から体を引き剥がした五人。

 目の前に広がるのは森である。

 その森の遥か先に、天まで届きそうな、懐かしい塀が見える。


 五人は森を抜け、研究施設までたどり着いた。

 キリシマが錠を切断し、中に侵入すると、やはり誰もいなかった。

 よほど急だったのか、設備は電源が入ったままで、全てがあの時のままだった。

 ただ一つ変わったのは、一か所、激しく損傷した部分がある事。

 あの時、エルビスが破壊した計器。


「おいハーディ、なにやってんだ? 行くぞ」

「……ああ」


 研究施設からコンツェルトの洞窟を抜け、五人はオラトリオを目指す。




*** *** ***




 一方、シシー一行はすでにオラトリオに到着していた。

 幽閉されていた者たちは初めて見るレクイエムの街並みに困惑を見せている。

 シシーは誰もいない宿屋へと彼らを誘導した。


「その、私は情報を集めてくるわ。あなた達はここで少し待っていなさい」


 シンシア、パルマと別れたシシーはその足でマーリーを訪れる。

 レクイエムの内情を聞き出そうとしたのだ。

 シシーは周りを見渡す。

 管理者がいないと言うのに、いつもと変わらないオラトリオの景色だった。


――カランカラン


 マーリーの戸を開けたシシーは言葉を失った。

 そこにいたのは、遥か昔に引き離された最愛の人だった。


「……シシー? シシーなのか!?」

「嘘……。その……なんであなたが……」


 ハルゲイはポール、そしてリップと共にこのオラトリオから受刑者に行動を起こさないよう指示を出していた。

 そんな折現れたシシー・ゴシック。

 父に引き離され、死亡したと告げられた。

 しかしあのボイスレコーダーがハルゲイに希望を捨てさせなかった。

 会いたかった。

 話したかった。

 もう一度だけ――

 再会はあまりに突然だった。

 ハルゲイにも何が起きたのか理解できない。

 ただわかるのは、目の前にいるのは最愛の人、シシー・ゴシックに違いないという事だけ。

 顔を抑え、涙を流すシシーをハルゲイは抱きしめた。


「ハルゲイ……。あなたなの?」

「ああ。そうだよシシー。辛い思いをさせてしまったね」


 シシーがレクイエムに入れられてから十一年が経とうとしている。

 二人が合えない時間はあまりにも長すぎた。

 しかしこうして抱き合えば、まるで当時に戻ったかのように感じられる。


「シシー、これを覚えているかい?」


 ハルゲイはあのボイスレコーダーを取り出した。

 それは紛れもないシシーが使っていたものだ。

 シシーは涙をぬぐいながら頷く。


「これが僕達をまた会わせてくれたんだ。あの時、君が残してくれた手がかり。これだけが僕の希望だった」


 ポールとリップは状況が理解できず、ただ二人を見守っていた。

 その時である。


――カランカラン


 マーリーの戸が開く。


「な! なんでここにいるのよ!?」


 リップが驚いたのも無理はない。

 店に入ってきたのは、つい先日脱獄したばかりの四人と、政府に呼び出された刑殺官だったのだから。


「あの、へへ。戻ってきちゃいました」

「シシー!!」


 シシーの姿を見つけ、ララはそのままシシーに飛びついた。

 ハルゲイはその子を見るとシシーから手を放す。


「無事でよかった。シシー」


 ララはシシーの腰に顔をうずめた。

 シシーはララの頭を撫でながら「心配させてごめんね」と、やさしく語り掛け、「ララに紹介したい人がいるの」と、顔をあげさせた。

 シシーはララをハルゲイの前に立たせるが、ララはハルゲイを知らない。

 困惑した表情を見せた。


「ララ。その、あなたのお父さんよ」


 驚いたのはララだけではなくハルゲイも同様だった。


「私の……子供!?」

「ええ、そうよハルゲイ。その、あなたの娘よ」


 研究施設で身籠り、そのままレクイエムに入れられたシシーはハルゲイに懐妊を伝えられないままだった。

 やがてシシーはレクイエムで出産を迎え、ララを隠して育てていた。

 それに協力したのがエルビスであり、解放軍の設立に繋がっていく。

 ララ、シシー、そしてハルゲイ。

 この時こそ、初めて家族三人が揃った瞬間だったのである。


「よかったね。ララちゃん」


 キャリーはララの頭を撫でた。

 すると今度はシシーがキャリーの頭を撫でる。


「キャリー。その、あなたもお母さんに会ってきなさい」

「え?」


 キャリーは唖然とした。

 確かに、シシーがいるならエウロアも、パルマも一緒にいてもおかしくはない。

 しかし、あまりにも唐突だった。


「その。今、宿屋にいるわよ」


 キャリーはハーディとキリシマに目を向ける。


「行ってこい。キャリー」

「行ってきな。キャリーちゃん」


 キャリーの目が潤んでいく。

 やがて大粒の涙が零れ落ちそうになった時、キャリーはマーリーから飛び出し広場を駆けて行った。

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