第16話 免罪
キャリーはオラトリオを駆けていた。
一目散に受刑者の間を抜け、時には声をかけられながらも、すでにキャリーの耳には届いていなかった。
鼓動も、呼吸も、ますます早くなるばかり。
空には星が出始めていた。
その下で、キャリーは今までの旅路を思い出す。
ある日唐突にパルマがいなくなった事。
孤独に打ちひしがれた事。
それでも明るく生きていこうと決めた事。
真相を暴こうとパルマと同じ道を進んだ事。
オレンジと出会った事。
共に捕らわれた事。
パルマを救おうと決心した事。
レクイエムに入った事。
キリシマやハーディ達と旅をした事。
シシーを撃った事。
レクイエム計画を知った事。
捕らえられ絶望した事。
本当に長い道のりだった。
その先に辿り着いたのは、初めてレクイエムに来た日にハーディと共に訪れた宿屋である。
キャリーが勢いよく戸を開けると、そこには懐かしい顔が立っていた。
「キャ……キャリー!?」
「オレンジさん! 無事でしたか!」
「どうしてここに……!? シシーさんの話だと外に出たと聞いてたが……」
オレンジはオラトリオに来る途中、シシーとパルマからキャリーの抱えた使命を聞かされていた。
息を荒げるキャリーに全てを察し、微笑みかけるとオレンジは二階を指さした。
「キャリー、一番奥の部屋だよ」
「あの! ありがとうございます!」
キャリーは階段を駆け上がりそのまま扉を開けた。
「お母さん!!」
一瞬時が止まったようにキャリーは感じた。
あの日、留置場で別れて以来見ていなかった母の姿。
ずっと追い続け、そして夢見続けていた母の姿。
目の前にいたのは確かに、そのパルマに間違いない。
パルマは机に向かい、なにやら書き物をしていた。
しかしキャリーに気付くと立ち上がり、胸に飛び込んでくるキャリーを抱きしめる。
「キャリー!!」
「お母さん! ……お母さん!」
「……辛かったわねキャリー。もう……大丈夫だから……」
パルマの体温を感じ、キャリーは泣き出してしまった。
母の優しさに触れ、今まで保ってきた責任感が揺らいでしまったのかもしれない。
思えば、受刑者の中に放り込まれ、目の前で多くの人が死ぬのを見てきて、自分も同じく危険にさらされてきたのである。
この瞬間、ようやくキャリーは一人の少女に戻ることが出来た。
「辛かったのね……。まったく、無茶ばかりして……」
「……だって、あの、そうしなきゃオレンジさんもお母さんも……」
「もう、キャリーったら、いつまで泣いてるの。ほら、ここからは私達の戦いよ」
パルマは机に置いてあったメモ用紙をキャリーに手渡して見せた。
そこにはセルゲイについて。
パルマのこの十年について書きしたためられていた。
「私達の武器はなに? キャリー。そこのオレンジに教わったんでしょう?」
「あちゃあ、バレてましたか」
扉を開けると、オレンジが頭を掻きながら部屋に入ってくる。
「盗み聞きなんて感心しないわね」
「何言ってるんです。あなたに教わったんですよ?」
オレンジはからかう様に笑って見せた。
「キャリー。早速特集を組むわよ。あなたの知ってるレクイエムの事、教えて頂戴」
「ええ!? あの、今!?」
「当たり前じゃない! 他所に先越されるわけにはいかないんだから!」
「もう、相変わらずだなあ……。あのね――」
キャリーは今までの冒険を語り始めた。
パルマはまるでこの十年を埋めるかのように、キャリーの話を楽しそうに聞いている。
ずっと待ち望んでいた親子の会話。
それはパルマなりの照れ隠しだったのかもしれない。
*** *** ***
「さて、なんでてめえがここにいるんだ。説明して貰おうか」
キャリーが去ったマーリーで、ハーディはハルゲイに尋ねた。
コレシャがレクイエムの刑殺官に就任したあの日、ハーディは腕途刑を持たない侵入者を罰した。
後にハーディはそれがセルゲイの一人息子であった事を聞かされ、レクイエムに入れられることになる。
なのに、なぜその本人がここに立っているのか。
何が起きているのか、ハーディは聞き出そうとする。
「あなたは……、あの時の……」
「ハーディ様。落ち着いてくださいまし。私から説明いたしますわ」
メロウは間に入り、ハルゲイが歩んだ道のりを語る。
一先ずは敵ではないと誤解を解き、ハーディはデイトナから手を放した。
「あの時は誤解を生んでしまった。巻き込んで申し訳なかったと思っている」
ハルゲイは深々と頭を下げる。
もし、あの時出くわさなければ、エウロアは連れ去られる事はなかっただろう。
だが、今それを考えていても仕方がない。
ハーディは、今度はシシーに尋ねる。
「シシー。エウロアと言う女には会わなかったか?」
その名を聞き、シシーは船で出会った一人の少女を思い出す。
「……エウロア。その、あの娘は……。途中まで私達と一緒にレクイエムに送られていたわ」
「途中まで……だと!?」
ハーディの顔が曇る。
幽閉されていた者たちは全員まとまって行動していると思っていた。
しかしエウロアだけがいないと言う事実はハーディの焦燥を駆り立てるばかりである。
「ええ。私達が監禁されている間、ほんの少しだけど、そのエウロアと言う子と話しをしたの。でも、その。なぜかセルゲイに連れていかれた。それからその子は帰らなかった……」
ハーディは最悪の事態を想定した。
エウロアだけがセルゲイに連れ去られた理由。
真っ先に思い浮かんだのは。
「人質……だろうなぁ。きっとハーディの旦那の動きを封じるつもりなんだろうぜぇ」
「ちょっと! ポール!」
「いや、いいんだ……」
リップはハーディの気持ちを察したが、それよりも、ハーディはとにかくエウロアを助けたかった。
予想外のハーディの反応に、シシーがエウロアとハーディが親密な関係であったと予測をたてる。
「その、セルゲイは、もしかしたらまだレクイエムにいるかもしれないわ。一緒の船に乗っていたんだものね。恐らくは、そのエウロアって娘と……」
「キリシマ。おまえは全員を連れてビクトリアと合流しろ。俺は――」
「待て、俺も行く」
ハーディは一人で研究棟に乗り込もうとした。
しかし、キリシマはどうしても追わなければならない理由がある。
「恐らくセルゲイの傍には……親父がいるだろう。それに、俺の護衛はここで終わりだ。後は好きにやらせてもらうぜ」
キリシマの一番の目的はキャリーを母親に会わせる事だった。
その任務が終了した今、キリシマは父を追う事をためらう理由もない。
ハーディは深くため息をついた。
「レイラ、お前が全員を連れてって――」
「なに言うとるんですか。はーでぃはん。早よ行き。ここで待っとりますわ」
もしかしたらエウロアが捕らわれているかもしれない。
そうなれば、勿論、レイラもハーディについていきたいのは山々だった。
しかし、レイラまでが離れてしまえば、残された者たちを守る人間がいなくなってしまう。
レイラはそれを察し、譲る様に身を引いてみせた。
「はーでぃはん。うちはあんたが帰ってくるまでここで待っとります。今度は、絶対帰ってこな許さんで」
「……ああ、約束する。……ハルゲイ、俺はお前の親父を見つけたら――」
ハルゲイは首を横に振り、ハーディの言葉を止めた。
「わかっている。父は、私の尊敬する人間だった。優しい父だった。しかし、母が死んで父は変わった。この方法は、間違っている! 父を止めてください! ハーディさん!」
「行くぞ、キリシマ」
「おう!!」
二人はマーリーを飛び出していった。
*** *** ***
オラトリオを出発し、二人は再びカンツォーネまで走り抜ける。
洞窟から研究施設に侵入し、そのまま管理者棟へと進んだ。
キリシマは始めて入る施設であったが、ハーディは養成所時代、何度も足を運んだ場所である。
その道程は順調のはずであった。
しかし、やはり一人の男が道を遮る。
その男は通路の壁に静かにもたれかかっていた。
男の存在に気付き、ハーディとキリシマは足を止める。
すると男は目を瞑ったまま、ゆっくりと通路の中央に立ちふさがった。
「セルゲイからの命令よの。ここから先に賊を通すわけにはいかぬ。悪く思うな」
「親父……。どうしてもか……」
キリシマは刀を握り込み、ハーディは二つの銃口をキリヤマに向けた。
「ハーディ。……ビズキットの時の作戦で行く」
「ああ。キリシマ、お前が前線。俺が護衛に回る」
キリシマは抜刀と同時に地を踏み込み、キリヤマと一気に距離を詰めた。
ハーディもそれに合わせるように、駆け出し、キリヤマに引き金を引く。
キリヤマは腰に添えた刀を抜いてはハーディの弾丸を潜り抜け、キリシマを迎え撃った。
その隙にハーディはキリヤマの横を走り抜けていく。
「……策か」
キリヤマは鍔迫り合いを続けながらハーディを横目で追う。
キリシマは最初からハーディだけを先に行かせる心持であった。
しかし、それを直接話したらキリヤマに悟られる。
故に、ハーディだけに分かる様指示を出した。
コンツェルトでハーディにガストロを追わせ、ビズキットの目を掻い潜った時の事である。
ハーディも咄嗟にそれを理解し、キリシマに合わせた。
「まあよい。すぐに追いつくでの」
キリヤマが刀を一振りするとキリシマが吹き飛ばされた。
「ぐっ!!」
キリシマは壁に叩きつけられる前になんとか踏みとどまる。
刀を鞘に納め、そのまま距離をとる。
「親父、俺があんたを斬ったら、洗いざらい話してもらうぜ」
「ふん。それくらいの褒美は用意してやるが……キリシマ、おまえに儂が斬れるとでも?」
キリシマは腰を落とし、体から力を抜く。
対してキリヤマも同様である。
向かい合った二人の取った構えは、寸分たがわず同じであった。
二人とも、指一本動かさない。
静寂と緊張が流れ、その末に、先に動いたのはキリシマであった。
地を蹴りだし、一気に縮地し、キリヤマの面前まで飛びかかる。
キリヤマはそれに対し抜刀し、キリシマの刀を再度受けようとした。
しかしキリシマにとって、遥か格上の存在であるキリヤマ。
取った戦法は意外なものだった。
「抜かぬ……だと!?」
互いが命を取れる距離。
すでに間合いに入っていると言うのにキリシマは刀を抜かなかった。
一方キリヤマは抜刀した刀を止めようとする。
しかし、居合により勢いづいた刀はすでにキリヤマ自身にも止めることは敵わなかった。
「避けろ! キリシマ!!」
キリヤマが叫んだ瞬間、とうとうキリシマが抜刀した。
自身めがけて振りぬかれた刃先に、キリシマは抜刀し、そのまま刀の柄、すなわち持ち手の先端をぶつけた。
キリヤマの刀は真っ二つに折れ宙を舞った。
キリシマは納刀し、振り返る。
「真剣勝負の最中に避けろとは、どういう了見だ。親父」
「ふっ」
キリヤマは笑った。
「はっはっは! やられたわ! まさか刀を抜かんとはのう!」
「一か八かの賭けだった。だが、あんたにまだ俺を殺す気が無いって事は、先の鍔迫り合いで勘付いたからな。そこに付け込ませてもらった」
「歳々年々人同じからずとはこの事かの。まあいい。今日のところは儂の負けだ。強くなったなキリシマ」
キリヤマはあの夜、家に帰ると賊に寝込みを襲われていたキリウタに遭遇した。
賊はマキナ家のシノビで、国から使命を言い使っての事だった。
キリヤマは賊を捕らえようと刀を取るが、これを取り逃す。
賊の返り血を浴びたキリヤマは、その時、キリシマに遭遇した。
国はサムライの血を引くエンカ家とシノビの血を引くマキナ家を脅威に感じていた。
故に、この両家を殺し合わせ、残党を国が始末する予定であった。
誇りを持つこの両家、必ずやエンカ家の報復が行われると国は考えていた。
しかし、キリヤマはマキナ家に降伏した。
次の世代に争いを引き継がせたくないと、キリシマに真実を隠し姿を消した。
しかし、それは無用の心配であった。
真実を聞かされたキリシマはある人物と親交を持っている事を語る。
「キリシマ。国を、マキナを恨むな。くだらぬ争いは儂が墓場まで持っていく。おまえらは手を取り合い、先の時代を築いていけ」
「心配するな、親父。俺はイカルガ・マキナという男と酒を酌み交わす仲だ」
「あの鎖鎌の小僧か。そうか。そうであったか」
誰が悪いと言う話でもない。
だが、人は弱い。
その弱さ故、悪人を作りたがるもの。
しかし、キリシマは知っている。
イカルガの人柄を、生い立ちを、人情を。
後に、エンカ家当主となるキリシマと、マキナ家当主となるイカルガは同盟を結び、国に召し抱えられることになるのだが、キリヤマはその未来を、この時、なんとなく予感した気がした。
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