第14話 芸接
セオルに案内され、ハーディ、キリシマ、キャリー、レイラの四人は、入り江に作られた隠れ家を訪れていた。
セオルの話通り、そこにはランタン、通信用の無線と思われる機械、そして地面に寝そべられるようにシートが敷かれただけの、本当に簡素なアジトであった。
すでにグラミーより海側になるこの地では、地下道の様に舗装もされておらず、周りを洞窟の岩肌が囲っている。
先に進むとそのまま海に繋がっていて、セオルはそこから上陸を図った事が伺える。
政府もまさか、こんな、唯の空き地同然の空洞に、人がいるとは思いもよらなかったのだろう。
「さて。あとはビクトリアからの連絡を待つだけだな。まあ何にもないところだが、走り疲れただろう。座りなよ」
セオルは先にシートにドカッと座り、ポンポンとそこを叩いてみせた。
三人の背中に離されないよう、長い距離を走り続けたキャリーが座りながら尋ねる。
「えっと、セオルさん。あの、ビクトリアさんたちはいつ頃来る予定なんですか?」
「ビクトリアは、本来ならば、もう到着しているはずだった。でも――」
「でも? なんだ?」
キリシマは不吉な予感を抑えられない。
「海底には政府の艦隊が待ち伏せていたらしい。ビクトリア達は一時海域を離れ脱出した。ここにこれるのは、せめてその艦隊が警戒を解いてからでないと難しいだろうな」
「艦隊だと? こんな短時間でそれだけの艦を集められるわけがねえ。情報がどこかから漏れていたと考えるのが自然だろうな。レイラ、何か知らないか?」
「知らないかって言われてもなあ。うちはぐらみーに呼び出されて、脱獄犯を捕らえた聞かされただけや。せやから見張りを変わる振りして留置所に潜入したんや」
考えても先の見えない話。
どうやら、ただ待つしか出来なさそうだった。
「結局、大人しく待つしかいみたいだな。なら、少しあんたらの話を聞かせてくれよ。なあ、あんたら、レクイエムにいたんだろ?」
セオルにはどうしても聞いておきたい事があった。
察したキリシマが答える。
「それが、あんたが過激派に入った理由か」
「え? あ、ああ。まあ、そうなんだが、レクイエムでララル・ポルカと言う女には会わなかったか?」
悪い予感が的中し、キャリーは「あっ」と声をあげる。
セオルはそれを聞き逃さなかった。
「そこの女。なにか知っているのか?」
「あの……、ララルさんは……」
「短い間だったが共に旅をした。あんたに似て、いい奴だったよ」
キリシマが答えるとセオルは嬉しそうに笑って見せた。
「会ったのか!? 俺はそのララルの息子さ。母さんは、犯罪を犯すような人じゃなかった。きっと、なにかの間違いなんだ! だから俺は、母さんを助ける為、戦火のグレゴリオに入った」
「ああ。知ってたぜ」
「え? どういうことだ?」
キリシマはため息をついた。
「俺と、そこのキャリーちゃんは、レクイエムの中で旅をしてたんだ。ララルに出会ったのはそん時だ。ララルは、必死に外の世界に出ようとしてた。……あんたに会うためにな」
「母さんが、俺に!?」
「ええ。ララルさんは、あの、外に残したセオルさんの事だけが気がかりだって……。おっしゃってました」
「そっか……。そっか! それで! 母さんは元気にしてたのか!? 今、なにしてる? 外に出られそうか!?」
「ララルは……もう出てこれない」
「え?」
顔を伏せるキャリーとキリシマ。
黙りこくった二人の表情で、セオルはララルの最後を薄々勘付いたようだった。
「ララルは、俺達の為に食料を取りに行ったんだ。その時、他の受刑者に見つかって――」
静寂が流れる。
セオルは立ち上がり、キリシマに詰め寄った。
「あんたは何してたんだよ! 一緒にいたんだろ!? なんで母さんを助けなかった!?」
キャリーはセオルにしがみつき、それを止めようとした。
「セオルさん! キリシマさんは悪くないんです! ララルさんは――」
キャリーが言いかけた言葉をキリシマは止める。
「いや、俺が悪かった。あの時、無理やりにでもララルを止めていれば……。殺される事はなかったかもしれねえ」
「そんな!」
キリシマの襟元を掴んでいたセオルの両手から、ふっと力が抜けた。
そのまま座り込み、目を固く瞑った。
「……わかってんだ。あんた、悪くねえんだろ! 防げなかったんだろ! でも、あと少し! あと少しだったのに!」
「セオルさん……」
キリシマ、キャリー、そしてハーディとレイラも、セオルの心中を察した。
長年会う事が出来なかった母の存在。
今まで、セオルはどんな気持ちで過ごしてきたのか。
そして同時に、レクイエムには、エルビスやセオルの様に、家族を外に残し、
そしてその願いが届かなかった人間が多くいた事に気付く。
エウロアとの再会を願うハーディ。
ハーディはセオルの肩に手を置いた。
「終わらせるぞ。この戦いを」
「なんやはーでぃはん。似合わん事言いますわ」
「レイラ。迎えがきたらお前はビクトリアと残れ。あいつらの傍なら――」
「言うたやろ。もう仲間外れはごめんやって――」
『セオル、聞こえるか。そこにいるのか』
ビクトリアの声だ。
声の出所は、アジトに置かれていた機械からだった。
セオルはゆっくりと立ち上がり、それに応答する。
「あ、ああ。ビクトリア」
『現在グラミー沖三キロまで接近した。これより上陸する。準備しときな』
ハーディ、キリシマ、キャリー、レイラ。
全員の視線を受けて、セオルは答える。
*** *** ***
場所はレクイエム入口。
狭く、暗く、長い通路の終点。
船での長旅を終えた捕らわれし者たちは、皆一様に集められた。
ゆっくりと開いていく小さな扉。
開ききると兵が、一人づつその中へ入る様に指示を出した。
シシーはシンシアを手を繋ぎ、自分の番を待つばかり。
結局、あれからエウロアは帰ってこなかった。
エウロアの安否を心配しながらも、今はとにかく、このシンシアを守り切ろうと、シシーはその手を強く握った。
「シシー。これからどこへ行くの?」
「その、この通路はレクイエムの入口よ。安心なさい。中は受刑者で溢れているけれど、私にも心当たりはあるわ」
シシーはかつて在籍していた解放軍を尋ねようと考えていた。
エルビス亡き今、統率力を失っているだろう解放軍。
しかし、頼れるものは他にない。
シシーの目の前にいた男が、吸い込まれるように扉を潜っていく。
「シンシア。ほら」
シシーはシンシアを促し、先へと行かせた。
続いてシシーも扉を潜る。
扉は小さい見た目とは裏腹に分厚かった。
先に外に出た者たちは、初めて訪れるレクイエムに困惑し、傾きかけた陽に照らされながら辺りを見渡している。
シシーはシンシアの手を繋ぎながら、彼らに指示を出した。
「止まらないで! その! ビルの間に歩くのよ!」
一か所にまとまっていれば刑期を狙う受刑者に襲われるかもしれない。
シシーは大声で、手振りを使って誘導を続ける。
彼らは何が起こっているのかわからないまま、シシーの言う事に従った。
やがて最後の一人が扉を抜け、それと同時に扉は固く閉ざされた。
「その、あなたも彼らについていきなさい」
シシーは最後の一人に話しかける。
「あの、あなた。ここに来たことがあるの? なにやら知っている様だけど」
「その、ちょっとね。私はここに入れられていた時期があるの。つい最近までね。それより早く――」
最後の一人はとっさにシシーの両腕を掴んだ。
突然の出来事にシンシアはビクッと肩を震わせた。
「その、どうしたの? あなた?」
「教えて! この中で、黒髪を肩まで伸ばした二十歳位の女の子をみてないかしら!?」
レクイエムに若い女は少ない。
シシーは、まずキャリーを想像した。
「会ったわね。キャリーという女の子……」
それを聞くと最後の一人はその場に崩れるように泣き出した。
「その、どうしたのよ? ここは危険よ。その、行きましょう」
「……ごめんなさい」
最後の一人は顔をあげ、立ち上がる。
目元を拭きながら、シシーと共に歩き出した。
「その、あなた。キャリーとどういった繋がりなの?」
「……私はパルマ、パルマ・ポップ。キャリーの実母よ」
「あなたが……! あの娘の!?」
「ええ。キャリーにはいつ頃会ったのかしら? ええと――」
「シシーよ。ほんの今朝までは、一緒にいたわ……」
「ど、どう言う事なの!?」
パルマは、シシーが自分たちと同じく、留置所に幽閉されていたと思い込んでいた。
故に、あの日、レクイエムに行ったキャリーと、今、目の前にいるシシーが、つい最近、それも今日まで一緒にいた事が信じられなかった。
「キャリーは、外に出たの。その、仲間と一緒にね。心配しないで頂戴。強い子たちよ」
「脱……獄……?」
「ええ。あなたの娘さん。普段は気弱そうだけど、その、目標の為にとても頑張ってたわ。本当に、強い意志を持ってね」
思い出し、シシーは腹をさする。
「そう。あの子が……」
シシーは隣で一緒に歩くシンシアの頭に手をやる。
「その、子供っていうのは本当に。親の知らないうちに強くなっているものよ。これからの時代は、あの子たちが作ってくれる」
シシーはララの顔を思い浮かべる。
まだ生まれたばかり。
その最中で引き離された二人だった。
しかし年月を経て、次に会った時、ララはシシーの想像だにしない、強い女になっていた。
どこでどんな経験をしてきたかも知らない。
だれと、どんな会話をしてきたのかもわからない。
それでもララは、強く生き続けてくれた。
同じ子を持つ母親同士、シシーはパルマを気遣ったのだ。
「ところで、シシー。今、どこに向かっているの?」
「オラトリオと言う街よ。その、レクイエムには四つの都市があってね。入口から一番近いオラトリオと言う街に向かっているの。まずはこの子の安全を確保しなくてはね」
シシーはシンシアに目をやる。
パルマもシンシアに笑いかけると、シンシアは恥ずかしそうに目線をそらした。
「それにしても妙ね……」
「どうしたの、シシー?」
「受刑者達が一人も見えない……。ある程度の戦闘は避けられないと思っていたけど……」
シシーは腹に隠していたナイフに手をやり、パルマにレクイエムの中では、受刑者達が刑期を取り合っている事を説明した。
「レクイエムには、三人の……。周りを巻き込む大きな存在がいた。良くも悪くも、彼らによってバランスを保ってきた。今、その三人がいなくなって、レクイエムも変わり始めている。そう言う事かしら……」
シシーの推測は遠からず当たっている。
オラトリオ周辺を拠点とする受刑者達は、シシー達の存在に気が付いていた。
しかし、襲おうとはせず、見逃した。
ポール、リップ、そしてヴェンディの流した噂話を忠実に守っていたのである。
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