第13話 上下
――カランカラン――
「今日はもう店じまいだぜえ。帰って――」
「ポールさん。お待ちなさい」
ポールの言葉を遮り、メロウは、その男の顔をじっと確認した。
メロウにはその男に見覚えがあった。
しかし今となってはもう、古い記憶になる。
セレナーデの一人娘として、数えきれないほどの会食をこなしていたメロウ。
その晴れやかな舞台で、その男もまた、偉大な父を持つ者の一人として出席していたのである。
お互い、好きで参加しているわけではなかったパーティ。
言葉こそ交わさなかったものの、互いはそれぞれに心中を察し、またメロウも深く印象に残っていたのである。
「なんやめろうはん。知り合いか? まあええわ。そこの金髪、行かんのやったらおいていくで。ほな」
レイラは入口に立ちすくむ男の横を通り過ぎ、管理棟へと向かっていった。
マーリーからレイラが消えた後も、メロウはただじっと男をみつめ、リップとポールは怪訝そうに眺めているばかり。
「メロウ誰なのよこの人?」
じれったくなったリップはメロウに尋ねる。
「この方は――」
それを口に出していいものか、メロウは悩む。
ポールの手前であったからだ。
「お気遣いなく。私はハルゲイ。セルゲイ・オペラの実の息子だ」
ハルゲイはメロウに向けて深くお辞儀をする。
ハーディがレクイエムに入れられたのは、ハルゲイを殺害した為である。
しかし、その本人が現れたとあって、リップも、メロウも、そしてポールでさえも、一様に驚きを隠せずにいた。
「な、なんであんたがここにいるのよ!? それより、生きてたの!?」
「話せば長くなります。その前に――」
ハルゲイはポールの面前へと歩いてきた。
「私は、あなたを許しません」
ポールは過去、議員宿舎を襲った。
社会に対し、テロを起こしたのである。
結果、多くの罪のない命を奪い、新たなる罪を背負った。
ハルゲイの母、マリアもその一人である。
どんな理由があれ、許されるものでは無かった。
「……わかってる。俺っちを、……殺しに来たのか」
ポールは、あの事件を悔いていた。
悔いて、悔いて、悔いて、悔みぬいてきた。
眠れぬ夜も多かった。
目を瞑れば、一人になれば、罪悪感に押しつぶされそうになった。
ポールがキャリーを助けた様に、目に入る人に親切を続けてきたのは、罪悪感から解放されたかったからなのかもしれなかった。
「あなたを殺すのは法を犯す。殺したいのは山々だが」
「ハルゲイ! ポールは――!」
ポールは十分罪を償ってきた。
そう言いかけたリップの言葉をポールは止めさせた。
リップは今までずっと、一番傍でポールが苦しむ様を見てきた。
妹を亡くした深い悲しみ。
それに対する報復は、ただただポールを苦しませるだけだった。
しかし、そんな話をしたところで、死んだ人間は帰ってこない。
ポールには、目の前のハルゲイに対し、今この場で、何の抵抗もなく殺される覚悟があった。
「あの、とりあえず落ち着いてくださいまし。ハルゲイさん。ここに来たのは、お話があってのことでしょう?」
ハルゲイは頷き、語り始めた。
「まずは私の話を聞いてほしい。あなた方の誤解も解けるはずだ。私は十年ほど前まで、レクイエムの研究施設にいた。そこでシシーと出会った」
「シシーって!? 確かキャリーの!?」
リップも、メロウも、ポールも、未だキャリーが真実を隠していた事を知らない。
彼らにとって、シシーはキャリーの母のままだった。
「キャリー? その方は知りませんが、シシーは優秀な人だった。私は彼女と恋に落ちた。しかし、私の父、セルゲイはそれを快く思わなかった」
それを聞いてメロウは心中を察する。
やはり似たような境遇に置かれていたこともあり、共感を示したのだ。
「父は私からシシーを引き離そうと、レクイエムに投獄した。それも、かなり、強引なやり方で。私は、シシーが残した手掛かりで、それを知ったのだ。私はシシーを探そうとレクイエムに入り込んだ。しかし、二人の刑殺官に鉢合わせてしまった」
「それが……、ハーディ……」
「そうだ。私が侵入した事を、政府に知られるわけにはいかなかった。バレれば、二度とシシーに会えなくなるだろう。そこで私は、銃を取り出し二人の口を封じようとした。……しかし、敵わなかった。私はその内の一人から銃撃を受け、気を失ったのだ」
ハルゲイは胸から一つのボイスレコーダーを取り出した。
そこには、ハーディ以外は考えられないと思う程、大きな弾丸が突き刺さっている。
「幸いな事に私はこれで一命をとりとめた。私を処罰した刑殺官から話を聞いたのだろう。次に目が覚めたのは、葬儀屋のマークが私を運ぼうとした時だ」
「マークさん。馬車にのった青年ですわね」
メロウは何度か、レクイエムでマークを見かけていた。
同じ管理者として話をした事もある。
「ああ。私はマークに事情を説明し、そのまま死亡届を出してもらった。その方が、シシーを捜索しやすいからだ。その後はマークの馬車に乗り、仕事を手伝いながら、シシーの情報を探して周った」
「でも、シシーは見つからなかった」
「ああ。つい先日、私がカンツォーネでマークと仕事をしていると、シシーらしき人物がコンツェルトに居ると聞いた。急いで駆け付けたが、コンツェルトはすでに焼き払われた後だった。そして私は知ったのだ。シシーは外の世界に出たのだと」
「それで、ハルゲイさんも外に出ようと?」
「ああ、しかしそれは容易ではないだろう。私はヴェンディと名乗り、多くの人手を集めている」
「あなたがヴェンディですって!?」
リップは驚きの声をあげる。
顔を見せないカリスマ。
やはり、血は争えないと言ったところである。
「それで、俺っちにどうしろって?」
ずっと黙りこくっていたポールが口を開く。
「私に協力して貰いたい。私は、父の不正を暴き、このレクイエムを終わらせる!」
「そういう話かい。ならハルゲイ。あんたの希望はおおむね叶ってる」
「どう言う事だ」
ポールは、すでにセルゲイがレクイエムを見捨てた事を説明した。
「なるほど。なら、まずは受刑者達の暴動を抑える必要があるな」
それでもハルゲイは冷静だった。
「そんな事言っても、街から管理者が全員消えたら、気付かれるのは時間の問題よ。隠せっこないわ」
「ならその事象に、納得のいく理由をつけてやればいいだけだ」
「どう言う事ですの?」
「自分で言うのも何だが、私はすでにかなりの有志を募っている。彼らにデマを流す。噂が広まるのは早い」
「どんな噂だい?」
「……そうだな。ヴェンディが、ある方法で管理者を一時的に集めている。お前たちは次の指示が出るまで、騒ぎを起こさない様大人しくしていろ。そんなところか」
ヴェンディの指示なら、仲間は聞くだろう。
管理者がいない事にも説明が付く。
もし他の受刑者が暴れ出したら、数の力で抑えられる。
「なるほど」と、ポールも納得した様子だった。
「と言っても、やはり数日が限界だろう。それに、今こうしている間にも、受刑者達が勘付き、動き出しているかもしれない。時間がない。協力してくれ」
こうして受刑者の暴動を防ごうと、ポール、リップ、メロウは、ハルゲイに協力し、デマを広げに取り掛かったのである。
*** *** ***
「この部屋だ」
海上の船にて。
セルゲイに連れられ、エウロアは一つの船室へと通された。
そこは先程までいた倉庫のような場所とは違い、まるで通常の部屋の様に生活感が溢れていた。
セルゲイはエウロアに、ソファへ座るよう促した。
「まずは初めましてと言っておこうか」
セルゲイはエウロアの事をよく知っていた。
対して、エウロアも同様である。
しかし、こうして面と向かって話し合うのは、初めての事だった。
「あ、どうも。初めまして。それで、うちになんか用なの?」
「まず、君に言う事がある。先のグラミーへの幽閉。それを指示したのは私だ」
エウロアからしてみれば、何が起こったのかわからなかったし、それは今も変わらなかった。
その事件の真相を目の前の男が知っていると、エウロアは身を構えた。
「聞きたい事が山のようにあるだろう」
「なんで……うちを?」
「復讐だよ。断片的に話しても仕方がない。最初から恙無く話そうか」
なんで自分がこんな目にあったのか、エウロアにはわからない。
だが、なぜ自分だったのか、はなんとなくだが気付いていた。
他ならぬ、刑殺官官長、ハーディ・ロックの嫁であったからだ。
「私は、息子をレクイエムで亡くした。エウロア君の旦那にあたる、元刑殺官官長の手でな」
管理棟に送られた死亡届。
マークが送った写真は、ハルゲイに間違いなかった。
レクイエムでは火葬も、葬儀も内部で行われる。
セルゲイの一存で葬儀こそ外の世界で執り行われた物の、ハルゲイが死亡したと、未だ思い続けているのは無理からぬ話であった。
「私は、許せなかった。どうしても。私が作り出したレクイエム制度。しかし、罪人たちはレクイエムでのうのうと過ごしている。私は、失敗したのだ」
マリア、そしてハルゲイ。
愛する二人を失ったセルゲイは自分を責めた。
幼き頃、家族を失ったセルゲイは、罪人に二度と同じ過ちを犯させぬよう、レクイエムを設立した。
だが、それによって、報復の機会を失ってしまったのである。
セルゲイは悔いた。
そして、罪を犯してでも、ポールとハーディを許せなかった。
「私は君を誘き出し、そして幽閉する様に命じた。ハーディ君には、君が死亡したと伝えてある。私の、私の苦しみを! 少しでも味合わせたかった!」
「一つだけ……。聞きたい事がある」
エウロアに罪はなかった。
セルゲイの執念に巻き込まれただけだった。
それを伝えられ、抑えきれなくなり、エウロアは、どうしても聞き出したい事を尋ねる。
「……なんだね」
「ハーディがあなたの息子を殺したのは、不当なものだったの?」
セルゲイは黙りこくった。
その様子から、エウロアは答えを察した。
「報告によれば、私の息子、ハルゲイは、無断でレクイエムに侵入したそうだ。腕途刑を課さないままレクイエムへ入り込むのは法で禁じられている。故に、刑殺官であるハーディ君には、……罰する権利があった」
「やっぱりかあ」
エウロアは天を仰いだ。
その表情は、どこか嬉しそうだった。
思わぬ反応に、セルゲイは困惑した。
「ハーディが何の理由もなしに人を殺したりするわけ、ないもん」
「君は、私を恨まないのか?」
「勿論、怒ってるよ。でもまあ、気持ちもわからなくもないし。私もお父さんとお母さん。殺されちゃったから……」
そう言ってエウロアは笑って見せた。
セルゲイは目を伏せる。
「それで、うちを呼んだのはその話をするため?」
「ああ。それともう一つ。君に一つ頼みごとがしたいのだ」
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