第12話 感情
「大丈夫よ、その、シンシア。安心なさい」
シシーは電波塔で捕らえられた後、留置所に幽閉されていた者たちと共に船に乗せられ、レイクエムへと送られていた。
グラミー発の船に乗せられ、その船内で出会った一人の少女、シンシアに優しく付き添っていた。
シンシアは、丁度自分の娘、ララと同じくらいの年に見える。
一人震えるシンシアに、シシーは心を打たれたのだ。
なぜ、この年端もいかない少女が幽閉されるに至ったのか、シシーは未だ聞けないでいる。
船室は物資の運搬用なのか、倉庫の様に簡素な作りをしていて、鉄板が壁を為していた。
とめどなく聞こえてくる波の音。
波に煽られているのか、それに合わせて揺れる船。
その中にいるのは、グラミーの地下留置場に長年捕らわれていた、二百名ほどの者たち。
彼らは皆、急遽牢から解放されたものの、しかし、いよいよ殺されるものだと一様に悪い予想を抑えられなかった。
死期を悟り、頭を抱えうずくまる者。
発狂したかのように暴れ、兵に取り押さえられるもの。
なかには、突然大声で泣きだす者もいた。
男も、女も、人種も、年齢も。
すべてごちゃ混ぜになった狂気の船旅。
周りに係わらぬよう、シンシアを抱きしめたシシーに、唐突に声をかけたものがいた。
「やっぱり! あの、あなた。前に会った事あるよね?」
「……え? あなた? ああ、あの時の!?」
その女とは遥か昔、一度会話をしただけである。
しかし、シシーの記憶力はずば抜けていた。
瞬時に女の顔を思い出す。
「うん。あの時は道を教えて頂いてありがとうございました。ところで、なんでここにいるの?」
「それはこっちの台詞よ。その、あなた、なにをしたの?」
女はかつて、管理者棟で研修を受けていた時期がある。
そこから本部へと向かう際、道を間違えて研究施設まで入り込んでしまった。
その時、偶然出会ったシシーに道を案内されたのである。
何時かは恩を返そうとしたが、それ以来会わないままでいた。
そう、シシーがレクイエムに入れられた、あの日である。
「エ・ウ・ロ・ア」
「その……エウロア?」
「名前だよ。私はエウロア・マキナ」
こんな状況だと言うのに、エウロアは笑って見せた。
もしかしたら、一度レクイエムに船で渡ったことのあるエウロアである。
これからレクイエムに送られると悟って、ハーディに会える事を確信していたのかもしれなかった。
その時だった。
シシー達を捕らえていた部屋の扉が、ガラガラと音を立てて開かれる。
皆一様に音の出所に視線を移した。
扉の外に立っていたのは無数の兵。
その中央にいたのは、セルゲイ・オペラだった。
セルゲイは兵に囲まれながら、ゆっくりとシシーに近づいてくる。
「風月玄度だな。シシー君。まさかまた君の顔を見る日がくるとは」
「ええ、久しぶりね。セルゲイ。まさかこの船に乗っていたなんてね。その、この子を開放しなさい。レクイエムに入れるにはあまりにも幼すぎるわ。まだ子供でしょう」
シシーは処罰を受ける覚悟は決めていた。
しかし、せめてシンシアだけでも守ろうと、セルゲイに訴える。
しかし、セルゲイは首を横に振った。
「そうもいくまい。その娘は我々を裏切った男の血を引いている。奴らを誘き出すのに、まだ利用価値もあるのでな」
「ふん。相変わらず人を道具としか見てないようね。セルゲイ、私たちをどうするつもりなの。私をレクイエムに入れて隔離しても無駄よ。その、あなたの計画はもう全て明るみに出るわ。あの子たちが、必ずそれを――」
セルゲイはシシーの言葉を遮って止めた。
「シシー君。あの子とは、脱獄犯の事を言っているのかね? 奴らになにができる。もう、動き出した歯車は止められない。私のレクイエム計画が達成されるのは時間の問題だ。先の演説、私も拝見させてもらった。実にいい余興だったよ」
すでにセルゲイはグラミーを掌握し、手中に抑えている。
これからは、住民の一人一人に腕途刑を課していき、やがてはそれをグラミーに留めず、全世界へと広めていくことだろう。
動き出したレクイエム計画。
しかし、まだ今なら――
シシーが残した最後の希望。
レクイエム計画を止める最後の手段。
ハーディ、キリシマ、キャリーの三人に、シシーは全てを託したのだ。
「確かに、あの放送では何も変わらなかったかもしれない。それでも、その、あの三人なら……。さあ、セルゲイ。私を殺しなさい。最後まで、私も戦い抜いて見せる!」
「その必要はない……」
「ならレクイエムにでも入れる?」
「わからんのか。お前はもう用済みだ。それに、私は此処に会いに来たのは、お前ではない」
セルゲイはシシーから目を離し、それをエウロアへと向けた。
「え? うち?」
「……少しきてもらおう」
セルゲイは兵に指示を出す。
それを受けた兵がエウロアの右腕を掴んだ。
「痛いっ! ちょっと何するの!?」
「あなた達! やめなさい! その子は関係ないでしょう!」
シシーは必死に兵にしがみついた。
しかし、その抵抗も虚しく、猫を扱うかのように、兵はシシーを引き剥がした。
止めるシシーの声も聞かず、部屋から出ていくセルゲイの後を追うように、兵はエウロアを連れ、再び扉は固く閉ざされた。
結局、エウロアがこの部屋に戻る事はなかった。
*** *** ***
時は少し遡る。
オラトリオの情報屋、マーリーにて。
メロウを送り届けたレイラが、マーリーを去ろうとした、その時である。
――ピーッ! ピーッ! ピーッ!――
「ん? なんや急に?」
レイラは腕途刑を見やる。
そこには『通話中』と表示されていた。
『お疲れ様です。レイラ官長。こちらレクイエム管理部です。突然のご連絡にて失礼しました』
「あー。ええからええから。はよ要件だけ言い」
『はっ。只今、レクイエム最高顧問のセルゲイ氏から、レクイエム関係者全員に召集命令がかけられました。場所は管理棟です。レイラ官長も、迅速にご足労願います』
「なんやって!?」
突然の召集命令。
街を監督せねばならない刑殺官にそれが出るのは異例であった。
しかも――
「関係者全員やと?」
『ええ。兎に角、受刑者以外の人間は、直ぐに召集されたしとの事です。直に刑殺官関連者以外の者にも、連絡が入るでしょう』
「どうしたんや。なにかあったんか?」
『それが……。我々も事情を聴きだせていなくて。ただ、セルゲイ氏の命は集めろとだけ……。どうか、レイラ官長も』
「わかった。ほなせるげいから直々に聞き出すわ。切るで」
腕途刑との通話はそこで終わった。
話を聞いていたメロウは口を開く。
「レクイエム計画……」
「メロウ。なんなのよ。そのレクイエム計画って……」
リップが尋ね、メロウは解放軍の長、エルビスから伝えられたレクイエム計画の全貌を、ポール、リップ、そしてレイラの三人に話して聞かせた。
「恐らく、あのセルゲイは、グラミーに兵を招集する気なんですわ」
「なんだよそりゃあ。じゃあ、このレクイエムを捨てるって事かぃ!?」
――ピーッ! ピーッ! ピーッ!――
遅れてリップの腕途刑が鳴り響く。
リップが目をみやると、やはり通話中と表示されている。
「政府からの直通通話?」
『レクイエム、関係者各位に告げる。至急、管理棟に集合されたし。繰り返す、至急、管理棟に集合されたし』
ポールはやれやれと言った面持ちだった。
「リップ、どうやらおめぇさんの仕事も、今日で終わりみたいだぜぇ?」
「終わりって! そんな事言わないでよ。ポール」
「いや、おめぇとはいろいろあったが、楽しかった。行けよ、リップ。こうなったら事情が違ぇ。レクイエムはきっと、荒れ果てるぜぇ?」
「そうですわ。リップさん。政府とて、罪のない管理者を見捨てるような真似はできないはず。大人しく、従った方がいいですわ」
ポールは察していた。
エルビスが就任するはるか前、刑殺官が力を持たない時代。
黎明期のレクイエムの内政は酷いものだったと知っていたからだ。
今の連絡は、恐らく、管理者をレクイエムから避難させる腹積もりなのだろうと、ポールは悟った。
ならせめて、リップの安全だけでも確保しようと思惑し、かけた優しさだった。
「だから今日でリップの仕事は終わりだぁ。今まで俺っちに付き合わせてわるかった」
「そんな! つき合わせただなんて、ポール。私は自ら望んで――」
「もういいリップ。セルゲイに言われてたんだろぉ?」
オラトリオ一の情報屋マーリー。
開店初期の話である。
受刑者間での刑期のやり取りは、どうしても仲介屋を間に介さなくてはならなかった。
街には仲介屋がいる。
しかし、客が訪れる度にその仲介屋を探すのも骨が折れる。
故に、専属の仲介屋を探していたポールの前に現れたのがリップだった。
「……ポール、いつから知ってたの?」
「最初っからだあ、リップ」
極々自然に思われた二人の出会い。
しかし、それは作られた物だった。
マリア・オペラの命を奪った十五年前の議員宿舎爆発事件。
当時十八歳だったポールを、セルゲイは憎んだ。
何度も、何度も殺そうと思った。
しかし、その時にはすでに、自身が作り出したレクイエム制度により、死刑制度は廃止され、叶わなかった。
「……違う。聞いて、ポール」
刑殺官に殺しの依頼は出来なかった。
セルゲイがポールに殺意を抱いたのは誰の目にも明らかだったから。
もし、そんな事をすれば、エルビスに感づかれ、セルゲイに殺人容疑がかかり、レクイエムの運営事態に終止符を打ったかもしれなかった。
そこでセルゲイは、管理棟に赴き、まだ幼かった仲介屋見習いであるリップに目を付けた。
リップをポールに接触させ、監視させ、ポールが街から離れた際、受刑者の犯行に見える様、殺害しろと命じていた。
しかしポールは、オラトリオから出なかった。
「俺っちは情報屋さぁ。情報屋ってのは誰よりも疑り深ぇ。いきなり管理者が接触して、なんも調べないってのができないんだよなぁ」
ポールはリップを政府からの刺客と分かったうえでマーリーに受け入れた。
だが、普段通りに生活し、寝る時も部屋に鍵をかけなかった。
それは、せめてもの罪滅ぼしのつもりだった。
「俺っちを殺そうと思えば、リップ、おめぇはいつでも殺せたはずだ。悪かったなあ。俺っちのせいで、今まで、辛い思いさせちまった」
リップは他の管理者同様、元孤児である。
故にレクイエムの管理者として生きていこうと決意した。
しかし、それでも、ポールとの生活は、初めてできた家族との時間だった。
「ポール。……私、いつからか、ここでの生活が楽しくなってたの」
ポールに限った話ではなかった。
情報を買いにくる受刑者、反対に売りに来る受刑者、共に働くオラトリオの管理者達、中にはリップを口説きに来るものもあった。
リップは街から愛されていたのだ。
それは心地の良い時間だった。
生まれて初めて手にした幸せだった。
しかし一方で、セルゲイからの連絡を恐れていた。
結局、入所から一度も連絡がくることはなかったが、リップは、セルゲイが業を煮やして、ポールを殺害する様に念を押してくるのを恐れていた。
「行きなぁ。リップ」
「リップさん。お行きなさい」
しかしそれももう終わり。
レクイエムは管理者を失い、以前の姿を取り戻す。
仮初の平和は崩れ、受刑者による受刑者の為の受刑者の世界が始まる。
「あたしは、……行かない。ここに残る」
「無茶言うな。リップだってわかんだろう? レクイエムは――」
「じゃあ! あなた達はどうなるの!? あたしも街の一員よ! 辛い時に助け合わなくてどうするのよ!!」
リップは、すでに心までオラトリオの一員だった。
受刑者なくして管理者は生活できず、また逆も然り。
例えどれだけ形が変わろうと、リップはそれを受け入れる覚悟を持っていた。
「レイラのお嬢。リップを、連れてってくんなぁ」
「嫌よポール! レイラ! あたしは行かないからね!」
――カランカラン
マーリーの戸が開かれた。
同時に入ってきたのは一人の男。
「今日は店じまいだ。帰ってくんな」と、ポールは追い返そうとしたが、メロウはそれを止めた。
メロウがその人物に会ったのは、外の世界での会食以来の事であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます