第11話 円環

「振る事もなく勝負を投げよるか。多少は賢しくなったの、キリシマ。だがやはり、お前には欠如しておる物が多い。武士として、エンカ家に脈々と継がれた気概がお前にはない。故にお前の剣には未だに光が刺さぬのだ」

「……親父。後ろの二人は見逃してやってくれ……」

「そうもいくまい。何分命まで取ろうとは言わん。セルゲイの図り事が終わるまで、大人しくしていろと言った話よ」

「セルゲイ……? 親父、セルゲイと繋がってるのか?」

「……ふん。キリシマ、お前がその答えを欲するならば、否応なしに儂に斬りかかるべきだったのう」


 グラミー留置場地下。

 ハーディ、キリシマ、キャリーの三人は、それぞれ、そこにある別の牢へと入れられていた。

 壁に背を付け、キリヤマとの会話を思い返すキリシマ。

 久しぶりに目にしたキリヤマは、あの日から変わらず、ただ冷酷な眼をしていた。

 その心中は定かではない。

 しかしわかるのは、キリヤマはセルゲイの命で動いている事。

 自分らの敵にあるという事。

 エンカの剣豪を動かしたのは金か、権力か。

 あの日、祖父を斬ったの真の目的はなんだったのか。

 恐らく囚われられただろうシシーは、今どこにいるのか。

 その背中が去った今になって、キリシマは問いただしたい事が山の様にあった事に気付く。

 だが、それはもう叶わない。

 留置所に捕らわれる際、キリシマ、そしてハーディの二人は、くまなく全身を調べ上げられ、武器を取り上げられた。

 階段の手前には見張り兵。

 地下である故、窓すらない牢獄の鉄扉は堅牢で、もはや脱出は絶望的だった。


「……マ」


 微かに声が聞こえる。

 隣の牢に入れられたハーディのものだった。


「おい、キリシマ……」

「……ハーディ」

「なんとかここから出られないか?」

「いや……無理だ……」


 刀を取り上げられた今、キリシマは脱出が不可能であるとハーディに告げた。

 仮に、運よく出られたとしても、外には兵が待機しているだろう。

 もしかしたら、まだキリヤマもいるかもしれない。

 セルゲイの陰謀を知る三人は、ただ、無情に過ぎ去る時間に焦りを見せながらも、なにもできないままだった。


「キャリー。そっちはどうだ? どこか抜け道はないか?」

「あの……、無理です。どうしても出られそうにありません」

「コラ! 私語を慎め!」


 ハーディはなるべく小声で、二人が聞き取れる最小限にまで抑えて話しかけてはいたが、階段前の見張り兵に聞きつけられてしまった。

 壁に背をつき腰を落とすハーディ。

 その脳裏にはエウロアの顔が浮かぶ。

 こんなところで、なにもないまま、なにを考えて過ごしたのかと、ハーディはその心中を察した。

 それはキャリーも同様だった。

 十年と言う膨大な年月。

 母、パルマが過ごしたその日々は、キャリーが想像するより、遥かに長く感じられただろう。

 キャリーは溢れる涙が抑えられなくなった。


「ううっ……。お母さん……」


 留置所にキャリーの嗚咽が響く。

 ハーディも、キリシマも、何も言えないでいた。

 ただ、耳に入る鳴き声を静かに聞く事しか出来なかった。

 失敗した。

 会えなかった。

 助けられなかった。

 捕らえられた。

 もう打つ手はない。

 地下に作られたその空間を、どれだけ見渡しても希望などなかった。

 恐らくは、近い将来ここにセルゲイが訪れるだろう。

 その結果どうなるのか。

 当然ながら無罪放免とはいくまい。

 一度脱走したレクイエムである。

 再び入れられるとも考えられない。

 このまま幽閉され続けるか、あるいは殺されるか。

 考えれば考えるほど想像は悪転していく。

 しかし、やはり三人は、その悪いイメージを止めることなど出来なかった。




*** *** ***




 捕らえられてからどれだけの時間が経っただろうか。

 一時間か、二時間か。

 気が遠くなるほどに、時間の進みが遅く感じ、それでも、進み去る時間に焦りを覚える。

 今こうしている間にも、シシーは、パルマは、エウロアは。

 時計すらない留置所では、過ぎ去っていく時間、それすらもわからない。

 三人は同様にうずくまり、いつしか留置所は静けさに支配されていた。

 そこに聞こえてきたのは、誰かが階段を降りてくる足音だった。


「お疲れ様です!」

「交代や。上に行って休んできい」

「ハッ!」


 どうやら、階段の前で見張っていた兵と、新しく降りてきた兵が見張りを変わったようだった。

 暫くすると、先程とは対照的に、今度は階段を上がっていく足音が聞こえてくる。

 その足音が聞こえなくなった後、降りてきた見張りはハーディの牢の前に立ち、鍵を差し込むと、錠を開けた。

 突然の出来事に顔を見上げるハーディ。


「……お前!」

「久しぶりやな。はーでぃはん」

「レイラ! なにして――」


 レイラはハーディの口を塞ぐ。


「しっ! 気づかれるで」


 レイラに気付いたのはキリシマ、キャリーも同様だった。

 レイラはハーディの牢と同じく、キリシマ、キャリーの牢も開け、三人を解放した。


「レ、レイラさん?」

「嬢ちゃん……何でここに……?」

「……政府は、れくいえむを捨てたんや」


 あの日、レイラがメロウをマーリーに送り届けた日。

 レクイエムにいる全管理者の腕途刑が鳴り響いた。

 要件は一様に、管理棟に迅速に集合する様にとの事。

 レイラ、カンテラ、見習い、そして管理者たち。

 全ての人間が一度に召集される事など、レクイエム始まって以来の事である。

 その後は指示を受け、タンカーで、皆同様にグラミーへと送られた。

 セルゲイにとって、もうレクイエムは必要なかった。

 全武力をグラミーに結集させたのだ。


「そんな!? じゃあ、ポールさんは……、リップさんは!?」

「安心しい。お嬢はん。れくいえむでは受刑者たちも自給自足はしとる。ちょっとやそこらで全員餓死なんて、そないに笑えん事にならんやろ。それに――」

「それに? なんだ、レイラ?」

「……いや、なんでもあらへん」


 レイラの脳裏には、ポールの話していたヴェンディが浮かんだ。

 あるいは、その顔も明かさぬカリスマがレクイエムをまとめ上げるかもしれない。

 そう言いかけたのをこらえた。


「それより、時間があらへん。早よ逃げるで」

「レイラ、お前どうして――」


 レイラは政府側の人間である。

 どうして――助けるんだ。

 ハーディの言葉の先が聞かなくても分かる。


「はーでぃはん。隠し事は無しって言うたやろ」


 ハーディは直感する。


「……エウロアか」

「なんで話してくれなかったんや……、うちかて、えうろあはんの事――」

「すまないレイラ。お前を巻き込みたくなかった。お前は、政府側の人間だ。それに、お前がいなくなったら……レクイエムは終わりだ」

「えるびすはんも、きっと同じ理由なんやろなあ。まったく、余計なお世話やで」


 エウロアは、レイラにとって数少ない友人だった。

 しかしそれでも、レイラは刑殺官である。

 ハーディの後を継ぐのは、レイラしかいないと二人は考えていた。

 故に、今までエウロアの真実を隠し、ハーディはレイラに恨まれる道を進んだのである。

 レイラはハーディの頬をさする。


「はーでぃはん。辛かったやろ、えうろあはんは――」


 ハーディはその手を掴み、首を横に振った。


「……レイラ。エウロアは……。エウロアは、まだ、生きているかもしれねえ」

「……なんやて? ほんまなんか!?」


 ハーディは、以前キャリーが、エウロアに似た人物から、ここで指輪を受け取っていた話をレイラに伝えた。

 か細い希望。

 確証の無い話。

 しかし、それを信じたいのはレイラもハーディと変わらない。


「レイラ、時間がねえ。あいつらがどこに連れていかれたのか、心当たりはないか?」

「そんなの、一つしかあらへんやろ」


 世界にある刑務所はただ一つだけ。

 社会からの完全隔離。

 今は管理者すら存在せぬ、犯罪者達の孤島。

 レクイエムだ。




*** *** ***




 四人は留置所から脱出し、再び地下道に侵入していた。

 キリシマの刀、そしてデイトナとハロルドは、地上の一部屋に保管されていた。

 無事、取り戻した後、イカルガの隠れ家を目指し走り出していたのである。


「そう言えばレイラ。エウロアの事は誰に聞いたんだ?」

「ああ、めろうはんからや。知らんかったか? あんたらのせいで、脱獄の手引きしたちゅうて、めろうはんは左腕に腕途刑することになったんや」

「そんな! メロウさんが!?」

「といっても一先ず心配あらへん。今もまーりーにおるやろ」


 その一言を聞き、キャリーは安堵した。

 マーリーに滞在した事のあるキャリーは、ポールの元なら、安全であろうと胸を撫でおろした。


「それで、そのいかるがっちゅうやつに会って。その後はどうするんや?」

「ハーディ、行先はレクイエムだろ? 地下道を抜けるより、適当に船を奪った方がいいんじゃねえか?」


 確かに、キリシマの言い分も一理ある。

 だが、ハーディは最悪のケースを想定していた。

 それは、船でレクイエムに行こうとした際、海上でセルゲイに見つかるケースである。

 不慣れな船の操縦はそれこそ退路を断つようなもの。

 見つかれば完全に逃げ道を失くすだろう。

 加えて言えば、パルマ達はまだ、このグラミーにいるのかもしれなかった。

 レイラの話からすれば、セルゲイがレクイエムを捨てた事は間違いないだろう。

 しかし、幽閉されていた者たちの口封じが目的なら、もう一度レクイエム行きの便を出すかもしれないのだ。

 希望は依然薄いが、それにばれない様乗り込んだ方が確率は高い、とハーディは考えていた。

 どちらにせよ、今は情報が足りなさすぎる。

 一先ず安全を確保できる場所が必要だった。

 ハーディがそう説明しようとした、その時である。


――ビーッ! ビーッ! ビーッ!――


 四人が一様に聞きなれた電子音が鳴る。

 慌てて取り出したキャリー。

 音の出所は――キャリーのポケットに入っていた腕途刑だった。

 目を見やると、そこには『通話中』と表示されている。


『ハーディ! 聞こえる!?』

「その声!? あの、ララちゃん!?」


 腕途刑から聞こえてきた声はララに相違なかった。

 ララの功績の後、ビクトリアはシシーの部屋を漁りまわり、そしてとうとう、研究の為に記録していた、レクイエムの研究機関から盗み出した、キャリーの持つ腕途刑の個体番号を見つけ出していた。

 そこへゴッドフレイの腕途刑から通話をかけたのである。

 腕途刑の操作は難解であるが、セルゲイへの報告の為、ゴッドフレイは前もって使い方を聞かされていたのである。


「ララ! お前なのか!?」


 ハーディの声を聴いて、ララは安堵した様である。

 腕途刑ごしに「はぁっ」と声を漏らしたのが伝わってきた。


『おいハーディ! 今どこにいる!』


 続いて聞こえてきたのはビクトリアの声であった。


「ビクトリア! 地下道だ! 場所は――」

「あの、八-四です! ステイツ・グラミーホテルの丁度真下辺りです!」


 ハーディが目配せし、キャリーが応えた。

 腕途刑から紙をめくる音が聞こえてくる。

 どうやら、ビクトリアも地図を見ながら通話している様だった。


『わかった! そのまま突き抜けて八―九まで進め! あたいの仲間をそこにまわす! 合流してあたいたちが迎えに行くまで待機しろ!』

「わかるか? キャリーちゃん?」


 キリシマに言われ、キャリーもまた地図をなぞっていく。


「大丈夫です! あの! わかりました!」

『頼んだぞキャリー! 道を切り開くのは女の仕事だ! あんたがちゃんと案内してやんなあ!』

『ハーディ、キャリー、シシー、……あとキリシマ。気を付けて』


 ララのその一声で、ビクトリア達は未だ、シシーが捕らわれた事を知らない事にキリシマは気付いた。

 その上で。


「安心しろよララちゃん。直ぐに会えるからよ!」


 そう、答えてみせた。


『キリシマ、本当?』

「ああ、武士の言葉に二言はねえ!」

『わかったら切るよ! 電波を傍受されて奴らに気付かれたら終わりだからねえ』


 ハーディ。キリシマ。キャリー。

 走り出した三人の戦いは、すでに多くの人を巻き込み、加速していた。




*** *** ***




 指定されていた場所が近くなると、そこに一人の青年が立っている事に気付く。

 青年はこちらの姿に気付くと、手を振って合図した。


「おまえがビクトリアの使いか?」

「ああ、セオル・ポルカだ。案内するからついてきてくれ」


 ポルカ――

 その名にキリシマ、キャリーは聞き覚えがあった。

 セオル・ポルカは母と二人で暮らしていた。

 しかし、ある日、母をレクイエムに奪われる。

 レクイエムに不信感を抱いたセオルは、母との再会を目論み、戦火のグレゴリオに加入していた。


「ポルカ……。あの、キリシマさん……」

「キャリーちゃん。今はそれは後回しだ。兎に角、落ち着ける場所に行くまではな」

「ん? なんや二人とも。どないしはったん?」

「いや、なんでもねえ。それよりセオル、今、どこに向かってるんだ?」


 怪訝そうな顔を見せたレイラに、キリシマはそうごまかした。


「俺達のアジトだ。まあ、アジトって言っても、ただのなんにもない空き地だが――そこから海底洞窟に繋がる道がある。恐らくビクトリアは探査船を派遣してそこに迎えに来るだろう。それよりあんたの顔、報道されてるぞ」


 セオルはレイラを指さした。


「脱獄犯に加担した反逆者だそうだ。事情は知らないが、あんたも、もう外には出られそうにないぜ?」


 留置所は消えた三人と、見張り役のレイラに気付き、すでにそれが全国的に報道されていた。

 グラミーの警備はより一層強化される事となる。


「……すまなかった。レイラ」

「何言うてますのはーでぃはん。あんた助けた時から、こうなることは承知の上や。それに――」

「なんだ? レイラ」

「せるげいも会った時から気に入らんかったしな」


 エウロアを助けたいのは自分も同じ。

 そう言おうとしたが、恥ずかしくなり、レイラは軽く笑って言い換えた。


「もうすぐ着くぞ」


 セオルは地下道に突き刺さる様に存在する土管を指さした。

 その土管こそ、地下洞窟へとつながる、隠されたアジトへの入口であった。

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