第8話 動力

「セルゲイ。留置所の方はどうだ」

「ああ。そちらもすでに手配済みだ」


 議員会館は、既にセルゲイに従う刑殺官見習いによって制圧されていた。

 警備兵も、また議員も一様に捕らえられ、それは宿舎も同様だった。

 家族を人質に捕られた議員たちは、兵に武器を下ろさせ、セルゲイに国の中枢を明け渡さざるを得なかったのである。


 セルゲイらの次の目的は留置所であった。

 次々とレクイエムから送られてくる訓練生たちに、グラミーは密かに色を変えていく。

 だがしかし、未だ国民の知る由はない。


「セルゲイ。放送時間が迫ってる」


 国の心臓を奪ったセルゲイが手にしたのは、この国の武力そのものである。

 つまりは、グラミーに配置されている警察官への指揮権を手にしたのだ。

 勿論、まだ彼らがそれを知ることは無い。

 だが、司令塔を抑えた今、彼らはセルゲイの指一つで動く駒に成り下がった事が事実。

 セルゲイは彼らに議員を軟禁する事を命じると、エルビスと共に放送局へと向かった。




*** *** ***




 時刻は正午を迎える。

 予定通り、ハーディら脱走犯の報道を流すと、エルビスの思惑通りに映像は切り替わり、彼らの電波ジャックが始まった。

 ただちにセルゲイはグラミー市街、及び地下にまで包囲網を敷く事を警察官、及び刑殺官に命じた。


「セルゲイ様。指名手配犯のシシー・ゴシックを捕らえたとの事です」


 放送局にいたセルゲイに吉報が入る。

 電波塔に侵入したのは、やはりシシー一人であった。


「ご苦労。以下三名の捜索も引き続き続けろ」


 地上にも、地下にも逃げ場は無い。

 ハーディ、キリシマ、キャリーが見つかるのも、もはや時間の問題だろう。

 残す問題はあと一つだ。


「セルゲイ。ビクトリア号に送り込んだ技師から連絡が入った。グラミーに向けて今現在も潜航中だそうだ」

「案ずるなエルビス。入り江には第三世代の刑殺官を配置してある。海中には潜水艦の布陣。袋のネズミだ。抜かりはない」

「スタジオ、準備できました!」


 放送局の局員がセルゲイに声をかける。

 セルゲイは、この度の脱走事件、及び、脱走犯による電波ジャック事件を受け、生放送で一言、国民に言葉を贈ると、放送局にかけあっていたのである。

 セルゲイはネクタイを締め直しカメラに向かった。




*** *** ***




「――私、エウロアさんに会ってるかもしれません」


 イカルガの家にて。

 突如発せられたキャリーの一声は静寂を生んだ。

 あれだけ考察しても身に覚えの無かった指輪。

 しかし、ハーディが語る度、キャリーは真実に近づいていった。


「エウロアに会ってるって、いったいどう言う事だ! キャリー!」

「あの! もしかしたら違うかもしれません。本当に、憶測を出ないんですけど……」


 キャリーには未だ確証が無かった。

 しかしそれでも、あの女性はハーディの語るエウロアそのものだった。


「キャリーちゃん。エウロアに会ったってのは、レクイエムの中か?」


 キリシマの問いに、首を横に振る事でキャリーは答えた。


「間違っていていもいい。言ってくれ。どこでエウロアに会ったんだ。キャリー」

「あの、……留置所です」


 オレンジと共に捕らえられた留置所。


「留置所? でも、キャリーちゃん。そこに入る時に、荷物はとりあげられたんだろ?」

「はい。その後で――」


 キャリーはそこで地下へと連れていかれた。


「その後で、私はお母さんと再会したんです」


 束の間の親子の再会。そこには――


「そこには、多くの人が幽閉されていました」


 キャリーの手を掴み、引き寄せた女性がいた。


「私はその中で、女の人と接触したんです。もしかしたらその時――」


 そう、その時だった。

 幽閉されたエウロアが、これからレクイエムに行く事になるだろうキャリーに手渡したハーディへのか細いメッセージ。

 外の世界で生きていると伝えるため、手渡した命より大切な指輪である。


「おい、おまえら! これ見ろ!!」


 叫んだイカルガが指さしたのは、部屋に置かれていた小さなテレビである。

 その中には、セルゲイの姿が映し出されていた。


「おい! 音量上げろ!」


 キリシマに指示され、イカルガはボリュームのつまみを回す。


『……であるわけでして、脱獄犯の語っていた事は、一部を除いては、おおむね、今私が言った事と一致するわけであります』


 セルゲイが何を語ったのかはわからない。

 だが、その一文に疑問を持ったのか、隣に映った男はセルゲイに質問を投げかけた。


『は?』

『はい。ですから、今申し上げました通り、国民の皆様方には先に説明した腕途刑をしていただき、それを元に、我々新政府が、このグラミーを維持していこうと、つまりはそういうわけであります』

『ちょ、ちょっと何言ってるんですか!? あなた!?』

『既に、警察、及び官僚はこれに同意し、また、政府内外問わず、関係者各位が迅速に準備をすすめているところであります。直に国民の皆さんには一人一つ、この腕途刑が配給され、またそれを拒んだ者はレクイエムへと送られる事が、先ほど決定されました』

『レ、レクイエム!? ちょっと、放送止めて!!』

『国民の皆様方には、突然の事で大変驚かせた事をお詫びいたします』


 放送はそこで途切れ、先ほどの電波ジャックの時の様に、画面には砂嵐が映し出された。

 ハーディ、キリシマ、キャリー、そしてイカルガ。

 目の前で起きた非現実的な光景に、皆同様に言葉を失った。

 事態は、想定したよりも遥かに深刻だった。

 レクイエム計画にむけて、すでにセルゲイは動き出していた。

 電波ジャックを成功させ、キャリーの演説が流れていたとしても、あるいは、それに意味などなかったかもしれない。

 まさか、こんな力づくでくるなんて。

 しかし、セルゲイがこれほどの公で公言したのである。

 根拠も、確証もないとは思えない。

 恐らくは、既にグラミー自体を手に入れたのだと、ハーディは直感した。

 それはすなわち、警察関係者も取り込んでいるという事。


「急ぐぞ! 時間がねえ!」


 パルマ・ポップ、エウロア・マキナが幽閉されている留置所にも手が及んでいると言う証明である。




*** *** ***




 グラミー沖二キロ。

 水深百メートルをビクトリア号は進む。


「艦長! まもなく動力停止します!」

「ようしお前ら! 準備しなあ!」


 ビクトリアの一声に、乗組員たちは、その狭い艦内に大きく声を荒げ、上陸の準備を進めた。

 予定されていた放送時間は約二分。

 しかし、実際はそれよりも明らかに短かった。

 そして、あの三人の動揺。

 ビクトリアは作戦の失敗を感じ、最悪の事態に備え、四人の救助を目的にグラミーへと近づいたのである。

 同乗していたララは、四人の安否を気遣った。


「ビクトリア……」

「ララ。安心しなあ! あいつらは必ずあたいが助け出して見せる。それに、簡単に捕まる連中でもないだろう?」


 それを聞いて安心したのか、ララはホッと胸を撫でおろした。


「ララ。艦内はこれから少しバタバタする。邪魔になんない様に奥に引っ込んどきな!」


 ララは、せめてビクトリア達の邪魔にならない様にと、ハーディらの救出を任せ、ビクトリア号のパイプ梯子を下りて行ったのである。

 ビクトリア号には、大きく分けて三つの階層がある。

 上部は、シシーの部屋を含み、作戦室、医務室、食糧庫、風呂そして乗組員の寝室など、生活に係わる空間が設けられていた。

 中部は操舵に携わり、大小様々な計器がそこかしろに配されている。

 ならば下部はと言うと、複雑にパイプが絡み合い、狭い空洞は常に熱を持っていた。

 所謂、エンジンに近く、そのメンテナンスが主な存在意義である。

 ララは普段、この場所に人気が無い事を知っていた。

 だから、梯子を下りた時、そこに一人の老人がいた事に少々驚きを見せた。


「ああ。今、グラミー沖約二キロまで……。そうだ、それより娘は、娘は無事なんだろうな! セルゲイ!」


 セルゲイ。

 ハーディらの敵にして、自分をレクイエムに送った張本人。

 その名を聞き、ララは固まる。


「約束は守った。シンシアを開放し――。待て、話が違うぞ! セルゲイ! 貴様よくも!」


 どうやら通話は切れたようで、老人は全身から力を失くし、がっくりと膝まづいた。

 その様子を見て、ララは話しかける。


「おじさん」


 ララの存在に気付き、老人は慌てて振り向いた。


「おまえ! たしか脱獄犯の……! 話を聞いていたのか!?」


 ララはゆっくりと頷く。

 だが、老人は焦ることも無く、悟ったように語りだした。


「わしにもなあ。丁度おまえさんくらいの孫がいるんだよ――」


 その老人こそ、セルゲイの送り込んだスパイ。

 ゴッドフレイ・ポリフォニーだった。

 元々、その名を世界に響かす武器開発人であったゴッドフレイは、主に拳銃を世に生み出していた。

 だが、世界には犯罪が絶えない。

 ゴッドフレイは、自身の生み出した拳銃により娘夫婦を失くしたのである。

 残された忘れ形見であるシンシア・ポリフォニーを、一人前になるまで育て上げると誓ったゴッドフレイは、武器開発の道を離れ、その力を整備技師として、レクイエムの研究施設で振るうようになる。

 グラミーで起きた殺人事件。

 その被害者たるゴッドフレイとシンシアの両名に目をつけたセルゲイは、シンシアの身柄を拘束し、解放を条件にビクトリア号への潜入を命じた。


「――だが、駄目だった……」


 ゴッドフレイはその役目を十分やり遂げた。

 しかし、それよって得たセルゲイからの見返りは、その艦毎海に散ってくれ、というものだった。


「おじさん……」

「どちらにせよ、わしはもうシンシアに会えない。合わせる顔もない……」


 ララは慰めるように、ゴッドフレイの肩にポンと手を置いた。


「おじさん。泣かないで。まだ決まったわけじゃないんだから」


 同じ女の子で、年が近いせいもあったのか、ララの面影は久しく会っていないシンシアをゴッドフレイに思い出させた。

 シンシアがまだ、殺されると決まったわけではない。

 幽閉されているなら、助け出せばいい。

 今ここで諦めたら、それこそ全て終わってしまう。

 ゴッドフレイは立ち上がった。

 ララと共に向かった先は、ビクトリアの元である。




*** *** ***




「ビクトリア。すまなかった」


 ゴッドフレイがそう頭を下げた時には、すでにビクトリア号は静止し、今まさに浮上しようと令をかける寸前であった。


「まったく。あのキャリーって娘といい、あんたといい。この礼は高くつくぞ、セルゲイ」


 事情を聞かされたビクトリアは、それだけ放つとゴッドフレイを咎めなかった。

 ビクトリアは急遽乗組員に行動の変更を伝える。


「おまえら! グラミーから離れるぞ! 沖にむけて全速前進だ! ゴッドフレイ! なにしてる!? お前がエンジンを見るんだろうが!!」


 乗組員たちは皆、急遽予定を変更したビクトリアの真意を掴めなった。

 だが一様に、皆、なんの不満も、疑問もこぼさずビクトリアに従い、艦を進める。

 ビクトリアの信頼はそれほどまでに厚かった。

 ゴッドフレイは目元を拭いていたようにも見える。

 静かに下層部へと戻って行った。


 海底では、ソナーで探知されるギリギリまで、セルゲイが手配した艦隊がビクトリア号を待ち構えていた。

 あと少しで攻撃を開始しようとしていた。

 その時である。

 ビクトリア号は唐突に進路を変え、速度を上げて進みだした。

 包囲網に気付かれた事を悟った艦隊からは魚雷が次々と発射される。


「艦長! ソナーに反応有! 魚雷です!」

「一番、二番、デコイ発射ぁ! 続けて魚雷管注水急げ! 女の尻を追いかけまわしやがって! いいかお前らぁ! 絶対に逃げのびるぞ!!」


 艦内に雄たけびが響く。

 その中には、一人の少女と、老人の声も交じっていた。

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