第4話 雄弁
「……なぜ。なぜ! てめぇがこれを持ってる!?」
キャリーが落とした物。
ハーディが拾い上げた物。
それは一つの指輪だった。
なんの変哲もない、ただの指輪。
キリシマも、イカルガも、落としたキャリーの目にすらそう映った。
だが、ただ一人、ハーディだけはその指輪を見て驚愕した。
「それが……、覚えがないんです。あの、気付いたらポケットに入っていて――」
「思い出せ!! どこで手に入れた!? いつからこれを持っていた!? 答えろキャリー!!」
ハーディは激しくキャリーの肩を掴み、問い詰める。
突然大声を上げたハーディにキャリーは動揺を隠せないが、それでも思い出せないままでいた。
「お……、おい。いきなりどうしたんだよハーディ!?」
ハーディの剣幕にキリシマは割って入ろうとするが、ハーディはキリシマを突き飛ばし更にキャリーに詰め寄った。
その形相からは冷静さの欠片も感じさせない。
「いてえな! ハーディ、何すんだよ!?」
「てめぇは黙ってろ! キリシマ!!」
突如デイトナを引き抜きキャリーに銃口を向けるハーディ。
仲間の暴挙に、キャリーは愚かキリシマも焦りを見せ声を荒げる。
「お、おい! やめろ! ハーディ!!」
「答えろキャリー! それをどこで手に入れた? 脅しじゃねえ! 返答次第では容赦なく撃つ!!」
「……あ、あの! 本当に知らないんです! レクイエムにいる時、気付いたらポケットに入ってて!」
キャリーは身分を欺いていた。
シシーの娘として、ハーディらと共にしていた時間がある。
キャリーの実母、パルマ・ポップ。
上司、オレンジ・ガバの為だったとはいえ、それは紛れもない真実であり変えられぬ過去である。
ハーディには分らなかった。
目の前の年端もいかないキャリーが再び嘘をついているのか、あるいは否か。
果たしてその言葉が真実であるのかどうか。
キャリーの目は真剣である。
とても嘘をついているとは思えない。
だが、レクイエムのどこかで、万に一つでも偶然拾ったと答えたならば話は変わるが、これだけ問いただしてもどこで手に入れたのか。
それすら語らぬ彼女を手放しで信用できるほど、ハーディの心中は穏やかでは無かったのである。
――ダァーン
キャリーの背後。
イカルガのアジトを形成している壁に穴が開く。
ハーディが向けていたデイトナから一発の弾丸が放たれたのだ。
それはキャリーを掠め、ハーディが返答次第では本当にキャリーを撃ちかねないと思わせるに十分な一発だった。
「おい! いい加減にしろハーディ!!」
キリシマが刀の柄に手をやると、ハーディは左手にハロルドを構え、それはキリシマへと向けられた。
硬直状態の末に口を開いたのは、今まで傍観していたイカルガだった。
「おい、金髪ぅ。あまり人ん家で暴れんなよう。それにあまり騒ぐと――」
イカルガは潜り抜けてきた土管の先へと目線をやった。
音の響く地下である。
騒げばまた政府の人間に見つかる。
無言でそう訴えるイカルガ。
ハーディはため息をついて両銃を降ろした。
「本当に、……知らないのか?」
改めてハーディはキャリーに問う。
キャリーは向けられていた銃口が降ろされた事と、ハーディの目つきが少し和らいだ事により少し安堵し、「本当に知りません」と小さく答えた。
「ハーディ。その指輪、一体なんなんだ?」
キリシマの問いにハーディは目線を落とし、手に持った指輪を再度眺めた。
忘れもしない。
これは――
「……婚約指輪だ。俺が……、エウロアに送ったものだ……」
「……あの、たまたま形状が似ているだけじゃありませんか?」
キャリーが問うとハーディは首を振った。
「……これを見てみろ」
ハーディは指輪の裏面をキャリーに見せた。
そこには『26.H.E』の刻印がされている。
2126年。
ハーディとエウロアはレクイエム内でささやかな挙式を挙げた。
「これはその時、レクイエムの鍛冶屋、ドンに作らせた特注品だ。この世に二つとない。俺が見間違えるわけがねえ」
「Hが金髪でEはエウロアって事か……」
エウロアは殺害された。
だが、ハーディは実際にその現場にいたわけではない。
セルゲイ・オペラによって事後に話を伝えられただけだ。
エウロアがレクイエムで殺されたのか。
はたまたそれが外の世界での出来事だったのか。
それすらもハーディは知る由もない。
あの日、最後にハーディがエウロアを見た時、確かにその指にはこの指輪が嵌められていた。
いや、あの日に限った話ではない。
エウロアはハーディから指輪を貰うと、それを至極嬉しそうに、いつも、いつでも指に嵌めていた。
恐らくは、息が途絶えたその時も。
「気付いたらポケットに入ってたって……。キャリーちゃんが最初に気付いたのはいつなんだよ?」
「レクイエムに入って直ぐです。ポールさんの家でベットに横になった時、なにかポケットに入ってるなって……」
キャリーはレクイエムに入って直ぐにキリシマに助けられている。
キリシマによって廃ビルの一つに連れられたキャリーは目を覚まし、自身が何を持っているかを一時確認した。
所持品は全て没収され、持っていたのはこの指輪一つだけであった。
その直後に同じ廃ビルに避難してきたハーディと遭遇した。
「あの、私は、その、かなりイレギュラーな入り方をしましたから……」
キャリーは仕事中、取材用のメモとペン。
それとボイスレコーダーと通信機器を常に携帯していた。
だが、それら全ては当然の如く、オレンジと共に捉えられた際に没収されている。
「なるほど。キャリーちゃん。その時に所持品は全部奪われてるんだな?」
「もしかして……。キリシマさんに連れられて、廃ビルで気絶していたあの時に、誰かが私のポケットに入れたのでしょうか? でも、あの、……何の意味があって?」
「キャリーちゃん。さすがにそれは無いんじゃないかな……」
「それについては俺もキリシマに同感だ。目の前に気絶している若い女がいれば、間違いなく刑期を奪われるか、あるいは慰み者にされていただろう」
それ以前に、あの付近を縄張りとしていたハイエナ達……、通称待ち伏せ組は、キリシマの手によって壊滅させられている。
残すは――
「シシーか……」
キリシマは呟いた。
キャリーがレクイエムに入り、キリシマがそれを助け、直後にハーディが入所し、キャリーに出会う。
キリシマはその間、待ち伏せ組を斬り伏せていた。
その後に会った人物と言えばシシー・ゴシックだけである。
キリシマはそこで娘であるララの護衛を依頼された。
と言っても、勘違いからキリシマはキャリーの護衛をする事になったが。
「あそこらへんであの時生き残ってたのは俺とキャリーちゃんとハーディ。あとはシシーくらいのもんだ」
シシーは隠れ、キリシマの戦闘を見物していた。
キリシマの腕が噂通りであるかどうか。
それを見極めんとしていた。
理由は謎に包まれたままだが、シシーがキャリーと接触していた可能性は十分にある。
「でもなんでシシーがキャリーちゃんに指輪を? さっぱりわけがわからねえ。それに、それなら潜水艦で会った時に――」
ハッと、キャリーの顔色を窺ったキリシマ。
潜水艦で会った時に――。
シシーはキャリーの顔に気付くだろう。
そう言いかけたが、キリシマはキャリーを気遣って言葉を止めたのである。
「キリシマ。決めつけるのはまだ早ぇ」
「あの、どういう事ですか? ハーディさん? 決めつけるって?」
ハーディは改めてキャリーに向き直る。
「そのままの意味だ。キャリー。……その指輪、本当にレクイエムに入る前は持っていなかったのか?」
「あの日、私が持っていたのは取材用のメモとペン。それとボイスレコーダーと通信機器。いつも通りだったはずです……。あの……、それだけです」
キャリーは申し訳なさそうに肩を落とし話を続ける。
「いつも通りの仕事道具……。それらもオレンジさんと捕まった時に、全て取られてしまいました……」
「レクイエムに入る前、この指輪に見覚えは?」
「いえ、外の世界で見た事は一度もありません……」
「つまり、キャリーちゃんはやっぱり所持品を何も持たないでレクイエムに入れられたって事だろ? なら結局、やっぱりその指輪はレクイエムの中で手に入れたって事だろう?」
キリシマはレクイエムで、どうやってキャリーのポケットに指輪が入れられたのかを考える。
今となっては、連絡の取れないシシーに問いただしたくて仕方なかった。
しかしそれも叶わない。
一方、ハーディは未だに、キャリーが真実を語っているかどうかを考察していた。
キャリーを信用したかった。
だがしかし、その気持ちの傍ら、溶けない矛盾にハーディはキャリーを疑ってしまいたかった。
そうすれば全て解決するから。
真実に近づくことが出来るから。
イカルガは話が全く見えてこず大きくあくびをした。
頭を掻きむしり簡素なベッドに横たわる。
「キリシマァ、金髪ぅ。どうやら話し合ってても答えは出なさそうだぜー? それよりこれからどうするか考えた方がいいんじゃねえか?」
「待て。キャリー、……思い出してくれ。囚われてから本当に何か無かったのか?」
キャリーはもう一度、あの日の事を思い出す。
議員宿舎でセルゲイと交渉するアポを取り、キャリーはオレンジと共に警察に捕らえられた。
所持品を全て取り上げられてから、牢屋に投獄され、その後にセルゲイが訪れた。
グラミーの留置所に幽閉されている人々を見せられ、その中の一人であるパルマに会わされ、裁判を受け、反強制的にレクイエムに入る事が決定する。
牢屋に戻されたキャリーは直ぐに判決を受け、懲役二十年の判決を受けてレクイエムに入った。
「駄目です、ハーディさん。……指輪なんて、まったく覚えがないです……」
「金髪ぅ。……おめぇもしつけえなあ」
イカルガに茶化され、ハーディは軽く舌打ちをして返した。
二人の間に険悪な空気が流れる。
それを察したキリシマがサッと仲介に入った。
「まぁまぁ……。ハーディの嫁さんがイカルガの従妹って事はよ、二人は遠い親戚って事だろ? 少しは仲良くしろよ。そうだハーディ、エウロアちゃんの事、少しはイカルガに話してやってくれよ」
イカルガはずっとエウロアの事を探していた。
だが、エウロアの事を何も知らない。
血が繋がっているという事。
エウロア・マキナと言う名前である事。
家族を強盗により失っているという事。
イカルガが知っているのはそれくらいの情報であった。
エウロアが死んだと聞いてイカルガが何も思わなかったのは事実だが、それでも自分の従妹について興味が無いわけではなかった。
ハーディに耳を傾けるイカルガ。
エウロアの死に未だ罪悪感を持つハーディは「ふん」と一言放ち、仕方なしに語る。
「エウロアの事と言ってもな……。一言で言えば変わった奴だった」
「おいおいそれだけかよ? 他に何かねーの?」
イカルガにそう言われハーディはため息をつく。
エウロアについて語れる事――
「そうだな……。あんたやキリシマと同じさ」
「俺と同じ?」
キリシマが反応し、ハーディはキリシマの頭を指さした。
「その髪の色。エウロアもブラックの髪色だった」
「俺とキリシマが生まれた島国じゃあ皆黒髪なんだぜー? むしろおめぇみたいな金髪の方が少ねーんだ。エウロアの父親も元は同じ島出身だからなー。黒髪が遺伝したんだろーな」
グラミーには多種多様な人種が生活している。
世界最大の経済都市にして先進国。
移住してくる人間は数えきれない。
そんなグラミーでは黒髪である事は別段珍しい事でもなかった。
実際、シシーとララも、キャリーでさえ黒髪である。
だが、キャリーはそれである事を思い出す。
「もういいだろう? エウロアの事は……」
「あの、ハーディさん……。エウロアさんの事、もっと詳しく教えてください。あの……、髪みたいに……身体的な特徴を……」
「別に……、変わった奴とは言ったが、外見は普通だった。髪はブラック。身長はてめぇと同じくらいだ。顔立ちは……、そうだな。それもキリシマ達みてぇに東洋の血が入ってたな。それがどうした?」
「あの……、ハーディさん。イカルガさん。確証はありません。でも……もしかしたら……、その――」
「どうしたキャリーちゃん? なにか思い出したのか?」
キリシマに問われ、キャリーは大きく息を吸い込む。
それを一気に噴き出すと、静かに口を開いた。
「あの……、もしかしたら違うかもしれません。……すいません!」
「なんだキャリー? はっきり言え」
「――私、エウロアさんに会ってるかもしれません」
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