第25話 最終話 閉幕の前奏曲

「その、それじゃあ作戦を説明するわよ。皆、今の内にしっかり頭に叩き込んでおいて頂戴」


 キリシマ、ハーディ、そしてキャリーの三人ががスタジオを乗っ取る仕事を一任された訳だが、さすがにそれにララを連れて行くわけには行かなかった。

 何とか説得し、ビクトリア号にララを一時預けることにする。

 ビクトリア号の一室では、一人、目立たないように電波の切り替えの仕事を請け負うシシーと、三人の作戦会議が行われていた。


「今このビクトリア号が潜水しているのがちょうどこの辺り。グラミー沖よ。その、作戦の決行は一時間後になるわ」


 シシーは机に広げられたマップの海上を指さす。

 三人が覗き込むようにしてその位置を確認した。


「私たちはこれから一時間後、ビクトリア号に付属している小型潜水艇でグラミーの入り江に上陸するわ」


 シシーはマップにしっかりと赤丸がされた入り江を指さした。


「そんなとこから正々堂々上陸するのか? どう考えても目立つだろう」

「いえ、大丈夫よ。このマップじゃわからないだろうけど、この入り江には海底洞窟があるの。私たちが海面に浮上するのはその洞窟を進んだ先。この洞窟を奥まで進めば、そのままグラミーの下水道に繋がっているわ」


 政府の人間の中でも、知っている人間の少ない上陸経路だった。

 海賊であるビクトリアは、海中をくまなく調査し、独自の海図を作った。

 そしてこの経路を発見すると、幾度となくグラミーに侵入を繰り返していた。

 シシーはビクトリアの了承を得て、一番安全であろうこの経路からの上陸を決定していた。


「……なるほど。グラミーの下水道ねえ」

「その、そこからは徒歩になるわ。次はこっちのマップを見て頂戴」


 シシーはまた別のマップを机に広げ始める。

 そこに表示されていたのは、グラミーの地下にある、複雑に張り巡らされた下水道の地図だった。


「その、私もスタジオまでは案内するつもりだけど、念のために一応覚えておいて頂戴」


 シシーはマーカーで地図に線を引いていき、目的地までの経路を示して見せた。

 思ったより距離があるうえ、複雑な地下道の地図を見てキリシマは早々に覚えることを諦めていた。

 キャリーは必死にメモに書き留めている。


「スタジオまで着いたら別行動よ。そこからはこの無線機で連絡を取るわ。私は単独で電波塔に向かう」


 シシーはスタジオから離れた電波塔に赤丸を付け、手に持っていた小型の無線機をハーディに手渡した。


「ハーディ。これはあなたが持ってなさい」

「おい、なんでハーディなんだよ?」

「この三人の中で、その、彼が一番冷静そうだからよ、キリシマ」


 不貞腐れたようにジロッとハーディを見つめるキリシマをよそに、ハーディは無線機をベルトに結び付けた。


「次はこっち。その、このマップを見て頂戴」


 シシーはさらにマップを重ね置く。

 今度は、スタジオがあるビルの見取り図だった。

 どうやらここから全世界に向けて放送を行っている様である。


「地下道から這い上がると、このビルの地下の、トイレの通風孔に出ることが出来るわ。あなた達三人は誰にも見られない様に、こっちの使われていないスタジオに侵入しなさい」


 シシーはビルの一室を指さした。

 予定では今日の正午をもって政府が脱獄犯を発表するはずだ。


「あなた達は確実に正午までにこのスタジオに侵入し、ここで機材の準備を済ませておきなさい。私が実際に放送が行われているスタジオと、あなた達のスタジオの電波を切り替える。これで、その、電波ジャックは可能なはず」

「おいちょっと待て。機材? それも俺たちがやんのか?」


 キリシマも当然だが、ハーディもそんなもの触ったことがない。

 まともに扱った機械は腕途刑くらいのものだ。


「心配しないで。その時間にはスタジオに人はいない予定ではあるけど、その、次の収録の準備は済ませているはずよ。あなた達は機材の電源を入れるだけでいい」

「不安だぜ、もし土壇場で使い方がわかんねえってなったらどうすんだ?」

「大丈夫よキリシマ。わからなかったら私が無線で教えるわ。その、それに、カメラが使えれば問題ないもの。あなたは得意なんでしょう?」


 シシーは元記者のキャリーと目を合わせた。

 当然使うカメラは取材用と収録用で違うわけだが、キャリーは自信満々に答える。


「わかりました。あの、機材の方は私に任せてください!」

「キャリー、その、これはあなたが持ってなさい。それが無ければ私たちの作戦に意味はないわ。絶対に落とさないでね」


 シシーはキャリーに試作型腕途刑を手渡す。

 今迄付けていた腕途刑よりも遥かに重く感じたそれを、キャリーはギュッと握りしめる。


「あなた達の脱獄が報道されたら、私が電波の切り替えを無線で知らせるわ。カメラに向かってセルゲイの陰謀を語れば作戦終了よ。すぐに逃げなさい」

「……俺は小難しい事はごめんだ」

「その役はキャリー、てめぇがやれ」

「あ、あの、わかりました……。頑張ります!」

「最後に。この作戦が終わったらグラミー中に包囲網が敷かれるはずよ。外から逃げることは、その、不可能でしょうね」

「……また下水道か」


 ハーディがそう言うとシシーはコクリとうなづく。


「電波を切り替えたら私は来た道を全力で引き返すわ。その、別れることになるスタジオ下でまた落ち合いましょう。私は一足先にそこで待ってるわ」

「あの、一つ質問してもいいですか?」

「その、いいわよ。どうしたの?」

「電波の切り替えって、何分くらい出来るんですか?」


 シシーはため息をつきながら答えた。

 その表情を見るに、あまり長い時間は期待できそうになかった。


「私が電波を切り替えて……、それに気付いた職員が飛んでくるまでおおよそ二分。長くてもそれくらいだと思うわ。その、最悪の場合一分くらいだと思っておいて頂戴」


 一分間。

 セルゲイの陰謀を語るにはあまりにも短い時間だった。

 だが、今はその一分間に縋るしかない。


「世界の命運がたった一分に懸かってるのか。キャリーちゃん、いけそうか?」


 ハーディが緊張しているキャリーの背中をバンと叩く。


「てめぇは記者だ。今のうちに記事を一分以内にまとめておけ。ただそれだけだろう」


 そう言われるとキャリーはなぜか気持ちが楽に感じた。

 体に無駄に力が入りすぎていたのかもしれない。


「は、はい! ありがとうございます!」

「他に質問が無ければ、作戦開始までに軽く食事でも取っておきなさい。その、何が起きるかわからないからね。最悪の事態も含めて、あらゆる事態を想定しておく事ね」


 三人が頷くとシシーは部屋から出て行った。

 シシーは他に、電波の切り替えに当たって準備することがあるのだろう。

 作戦開始まであと一時間を切った。




*** *** ***




「ハーディ、キャリー、気を付けて行ってきてね」


 小型の潜水調査船に乗り込む四人を、ララと、戦火のグレゴリオの搭乗員が見送っている。


「あれ? ララちゃん誰か忘れてないか?」


 ララは恥ずかしそうに眼をそらし、ぼそりと呟く。


「シシー、気を付けてね」


 唖然とするキリシマをよそ眼に、シシーはララに微笑んだ。

 ララのシシーに対する印象は今まで最悪だった。

 最悪だったからこそ、話せば話すほどシシーが悪者には見えなくなっていった。

 きっと、自分を捨てた事にも理由があったのだと、ララは自分に言い聞かせるようになっていた。

 普通の親子には戻れないかもしれない。

 だがそれでも、少しづつ理解し合えるかもしれない。

 そんなララの心優しさを受け取り、シシーが手を振ると、調査船のハッチはゆっくりと閉まる。




*** *** ***




 運転席にシシーが座り、狭い船内に三人がぎゅう詰めにされている。

 船には窓なんてものもなく、あるのはただレーダー探知が表示されたモニターと、それを操作するキーボードのみ。


「ずいぶん狭いな。身動き一つとれやしねえ」

「文句言わないで。その、元々二人用の調査船なのよ。我慢して頂戴」


 シシーがキーボードを叩くと船内が揺れ始める。

 三人はシシーの運転を見ていても、何をしているのかさっぱりわからなかった。


「なあ、あんた、いったい何者なんだよ。なんでこんなわけわかんねえもん操作できんだ?」

「言ったでしょ。私は科学者。その、この船のマニュアルならさっきの一時間で読破したわ」


 三人はサラッとこぼれたシシーのセリフに驚愕した。


「待て! てめぇ、まさか初めて運転すんじゃねえだろうな?」


 ハーディですら顔が引きつっている。


「運転どころかこれを初めて見たのも一時間前よ。その、安心しなさい。複雑そうに見えてそこまで難しくないわ」

「あ、あの、とても簡単そうには見えないんですが……」


 シシーの指はめまぐるしく動いている。

 とても一時間で操作を覚えたとは思えない動きだ。

 それもそのはず、海流、海層、水圧。

 さらには空と違って無数に障害物が存在する海中である。

 オートモードもあるが、それは試作段階の為、シシーは全ての計器を一人で把握し、全部の機能をマニュアルでコントロールしていた。

 人には到底出来ぬ芸当だが、才女、シシーにかかれば話は変わる。

 ビクトリアが気前よく潜水艇を貸したのは、シシーの異才っぷりを嫌というほど見せつけられたからであるというのは言うまでもない。

 船がしばらく進むと騒がしかった船内が静かになる。

 シシーはレーダーを注意深く眺め、まわりに生体反応が出なかったのを確認すると、口を開いた。


「その、準備はいい? 浮上するわよ」




*** *** ***




 四人は潜水艇から入り江へと飛び移る。

 入り江には明かりなんてものもなく、シシーはそれぞれに小型のライトを手渡した。

 照らすと、大きな水路にごつごつとした岩肌が続いている。

 シシーがハッチについているボタンを操作すると、潜水艇の入口は再び閉じられた。


「この洞窟を辿れば下水道に出る。その、行くわよ」


 四人は洞窟を走り出す。

 十分ほど走ると舗装された地面が見えてくる。

 間違いない、下水道だ。

 シシーは記憶をたどり、複雑に入り組んだ道を進み続けた。


「っかー! それにしてもひでえ匂いだぜ」


 キリシマは先に進めば進むほど酷くなる悪臭に鼻を塞いだ。

 中央を流れるのはグラミー中から集められた汚水である。

 街の人間はここに地下道がある事すら知らないだろう。

 だが、人の目のそらしたいものほど、確実に存在しているものだ。


「もう少しだけ我慢しなさい。あなた達の目的地はもうすぐ先よ」


 しばらく走るとシシーは一つの梯子を指さした。


「あそこね。あなた逮はここからスタジオに潜入しなさい。私はこのまま電波塔を目指すわ。その、何かあったら無線を使うのよ」


 目的のスタジオ下まで着いたものの、かなりの距離があったため、三人には帰り道がすでに分からなくなっていた。

 暗く長いこの道のりを、簡単に暗記できるのはシシーくらいのものだろう。


「あの、気を付けてください。シシーさん」

「あなた達こそ、その、……気を付けるのよ」

「あの、こんなところで言う事じゃないと思うんですけど、シシーさん。私、あなたに酷い事をしてしまって……、本当にすいませんでした!」


 シシーはやれやれと言った趣でキャリーの頭を撫でた。


「もういいのよキャリー。その、もし私とあなたが逆の立場で、ララが囚われていたら私も同じ事をしたと思うわ。気にしないで。それより今は作戦に集中しなさい」


 シシーの優しさに、キャリーの心は温かくなった。

 「ありがとうございます」と一言告げ、頭を下げる。


「おい。なにしてるキャリー。時間がねえぞ。早くしろ」


 先に梯子を上ったハーディがそう言うと、シシーは頷き電波塔に向けて一人走り出した。




*** *** ***




 慎重に通風孔を取り外し、身のこなしの軽いハーディから内部に侵入する。

 トイレには誰もいないようだ。

 それを確認したハーディの合図で、キリシマとキャリーも続けてトイレに侵入した。


「キャリー、道案内を頼む」

「通路に出て、まずは左です。それから、あの、突き当たったら右です」


 侵入したトイレを出てからも、キャリーの指示通りにハーディは進み、人がいない事を確認してから二人は後を追った。

 道中、通路に数人の通行者がいたが、三人は、なんとか気付かれることなく目的の部屋へと辿り着いた。

 部屋の扉を開け、中へと侵入する三人。

 そこには大量の撮影機材と、収録に使うであろうセットが用意されていた。


「キャリーちゃん」


 キリシマが小声で呼ぶとキャリーはコクリと頷く。

 次々と機材の電源を入れていくキャリー。

 セット内にある時計を見ると現在は午前十一時五十分。

 通路で見つからない様に細心の注意を払っていたため、かなりギリギリの時間になってしまっていた。


「後は待つだけだな。キャリー、やれそうか?」

「問題ありません。あの、こっちの準備は完了しました!」

「さっすがキャリーちゃん。記事はもう書き終わってるんだよな?」


 キャリーはポケットから、セルゲイの陰謀を、要点だけを簡潔にまとめたメモ帳を取り出し頷いた。


「後はシシー次第か……」


 ハーディは深く息を吐いた。

 普段やらない隠密行動に、少々疲れている様子だった。

 そこに無線機に呼び出しがかかった。

 ハーディがそれに出るとシシーの声が聞こえる。


「そちらの準備はどう? その、うまくいったの?」

「ああ、こっちはもう出来てる。シシーの方はどうだ」

「こちらも準備は終わってるわ。その、後は零時の時報を待って、あなた達の報道を確認するだけよ。私の方のモニターだと、後三分で正午ね。そろそろ準備しておきなさい。失敗は許されないわよ」


 ハーディがキャリーに手で合図を送ると、キャリーはカメラの位置を調整し、その目の前を位置どった。

 続いてキリシマがその後ろに並び、ハーディも配置につく。


「まさか俺の姿が世界中に放送されることになるとはなあ。俺の島国まで放送されてるのかなあ」

「キリシマ、今ならまだ間に合うぞ? これは、政府に対する宣戦布告みてぇなもんだ。ビビってんならやめとけ」

「別にビビってなんかねえ」

「良く言うぜ。震えてんじゃねえか」

「武者震いさ。世界中から狙われるなんてゾクゾクするじゃねえかよ。それより……、キャリーちゃんこそ平気なのかよ。別に声だけでも問題ないだろ?」

「あの、私も覚悟は決めています。例え世界を敵に回しても、私はお母さんを助けます!」

「今更だけどキャリーちゃんって変わんねえなあ。ハーディは……、聞くまでもねえか」

「俺はあいつの鼻が折れるなら喜んでやるさ」


 無線機からシシーの声が聞こえた。


「……正午になるわよ」

「どうだ? シシー?」

「……来た! あなた達三人が報道されているわ! その、十秒後に電波を切り替えるわよ!」


 失敗は許されない。

 世界の命運を賭けた演説が、今始まる。




*** *** ***




『お昼になりました。引き続き、ニュースをお届けします』




 世界最大の都市『グラミー』

 高層ビルが立ち並ぶこの都市を埋め尽くすように、行きかう人々は皆、忙しそうに隙間なき歩道を速足で歩く。

 車道では、まるで駐車場かと見間違うほど、一向に進まぬ渋滞に、ドライバーが皆同様に苛立ちを見せていた。

 人類がこれまで培ってきた技術や知識をふんだんに取り入れたその最先端大型都市には、余裕という言葉はまるで見当たらなかった。

 時代が進めば進むほど、そして文明が発達すればするほどに人口は増え続け、食料も、土地も、そして自由でさえ、人々は楽に手にすることが難しくなっていった。

 人類はこの星の大きさに比べ、過剰に繁栄しすぎたのである。

 高いビルに大小様々な、色とりどりの看板が立ち並ぶ中、ひと際目立つ大型街頭ビジョンが、正午の知らせと午後の速報をその場にいる人々に伝えていたが、もちろんそれを真剣に見ている人間などいなかった。

 皆、自分の事で手一杯なのである。

 だが、大型ディスプレイに映る女性アナウンサーは構わず話し続ける。


『先週、大型受刑者収容所、通称レクイエムより初の脱獄者が出たと政府が発表しました。脱獄した受刑者は、計三名です。

 ハーディ・ロック 殺人罪

 キリシマ・エンカ 殺人罪

 キャリー・ポップ 名誉毀損罪 信用毀損罪

 警察は以上三名を国際指名手配し、行方を追っています。凶悪犯につき、大変危険ですので、見かけましたら最寄りの警察官まで御一報ください』


――レクイエム


 そこは世界最大にして唯一の刑務所である。

 世界中のありとあらゆる受刑者を収容する巨大刑務所。

 設立以来脱獄は不可能と言われ、事実、三十年間その神話は守られ続けてきた。


 女性アナウンサーがレクイエムからの脱獄犯の名を読み上げると、大型ディスプレイには大きく彼ら、三人の顔写真が映し出された。

 歩き様にニュースを耳にした人々は、ディスプレイの顔写真をチラリと見上げ、すぐに目を離すとまた足を止めることなく去っていく。

 ニュースとしては特ダネだろうが、自分には関係がない。

 誰もがそう思っていたのだ。


『政府は、脱獄された経緯について調査を進めており、現在、周辺の警備体制の強化を急いでいます。このことに対し、レクイエム最高顧問のセルゲイ・オペラ氏は、「誠に遺憾であり、許しがたい。再発防止に務める」とコメントしています』


 誰も関心を示さないニュースは次の記事に進もうとしていた。

 だが、それより先に映像は乱れはじめ、砂嵐が吹き荒れるとやがて何も映らなくなった。

 画面が一面真っ暗にブラックアウトした事で、皮肉にも、先ほどまで素通りしていた人々が異常に気付き、足を止める。

 大型ディスプレイに向かって写真を撮るものまでいた。

 誰もが、テレビの故障か、あるいは放送局のトラブルだと判断し、それと同時に興味を無くし、再び歩み始めた時、ディスプレイに映像が戻った。

 だが、そこに映し出されたのは、先ほどまでのアナウンサーではなかった。

 変わってディスプレイに映し出されたのは二人の男と一人の少女。

 少女は画面越しに全世界に訴える。


「あの、聞いてください皆さん! レクイエムの真実を!!」


 道行く人々は何事かと足を止める。

 普段まともに見向きもされない街頭ビジョンにこれだけの注目が集まったのはいつ以来だろうか。

 画面内の少女はポケットから奇妙な機械を取り出した。


「皆さん聞いてください! この機械は腕途刑と言います! レクイエム内で受刑者を管理するのに使われている機械です! レクイエム最高顧問のセルゲイ・オペラ氏はこの機械を使い、レクイエム外の人々までも支配しようと企てています!」


 少女のあまりの剣幕は、世界中でそれを見ていた人々にただ事で無い事を伝えるに充分だった。

 しかもよく見ると、その少女は先程報道されていた脱獄犯ではないか。

 いたずらや愉快犯ではないことが容易に感じ取れる。


 あのオペラ氏が、人々を支配する?

 言ってることは突拍子も無い。

 だがしかし、この少女らが、恐らく弁明の余地無しに、確実にレクイエムに入れられるであろう行為をする必要が、どこにあるというのか。

 誰もがそう感じた時、少女の左後ろにいる金髪の男が、手に持つ機械になにやら怒鳴り始めた。

 しかしノイズがひどくて聞き取れない。


「おいシシー! 何があった!! おい! 答えろ!!」


 男はその機械に向かって叫び続けている。

 泣きそうな少女の顔を最後に、映像は乱れだし、元のニュースに戻った。

 ほんの数十秒の出来事であった。

 女性アナウンサーは予期せぬ事態に少々取り乱されながらも、やはりプロである。

 その後は平静を装い、淡々と番組を再開し始めた。


「失礼いたしました。今、映された三人は先程報道しましたレクイエムからの脱獄犯だと思われます。大変危険ですので、見かけましたら警察官までご連絡をお願いいたします」


 先ほどの映像は何だったのか?

 アナウンサーはそれに触れることなく次の記事を読み続ける。

 番組のスタッフと思われる人間がアナウンサーに原稿用紙を渡した。

 見ている人は先ほどの事だろうと予感したが、それは大いに裏切られた。


「えー。またしてもレクイエム関連の速報です。先程報道しました三名の脱獄を手引きした疑いで今日、セレナーデ財閥のご令嬢、メロウ・セレナーデがレクイエムに送られることが決定しました。繰り返します。セレナーデ財閥のご令嬢、メロウ・セレナーデがレクイエムに送られることが決定しました。以上速報でした」


 セレナーデ財閥の令嬢が刑務所に投獄された。

 世界中を震撼させるそのニュースを首切りに、世界は色を変えていく。

 セルゲイ・オペラは世界に宣戦布告。

 反レクイエム団体、戦火のグレゴリオの活動もせんなく、無慈悲にもレクイエム計画が実行に移されたのだ。








犯罪者達の前奏曲プレリュード   莞

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