第24話 戦火のグレゴリオ3

「おい、頼むぞ!? そーっと、そーっとだぞ!?」


 キリシマは引きつった顔で男にそう告げた。

 差し出した左腕を掴んでいる男はにっこりと答える。


「いいかサムライ、ぜーったい動くなよ? ミスったら左腕ごと落としちまうからな!」

「おまえっ! このっ! 恐ろしい事サラッと言ってんじゃねえ!!」


 その光景を遠くから見ていたキャリーの顔は青ざめていた。


「あの……、私のはこのままでいいかなーって……」

「だめよ、その、腕途刑のGPSは海上に浮上したら敵に探知されてしまう。今のうちに完全に破壊しないと」


 今、何をしているのか。

 それはシシーが言った通り、腕途刑を外している最中。

 正確には壊している最中だ。

 腕途刑は下手に外そうものなら左腕の動脈を傷つけるように埋め込まれている。

 特殊な工具が無ければ分解できない為、一つ一つのパーツを正確に壊していくしかない。

 だが、政府も腕途刑が破壊される可能性を注視し、ちょっとやそっとの事では傷一つ付かない程度に腕途刑の強度を設定している。

 そこでシシー達の取った対策がこれだった。



――ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!



 巨大な歯が回転し、そのけたたましい駆動音が、良く響く部屋中に鳴り響いた。


「いつまでもビビってんじゃねえぞキリシマ。仮に左手が落ちたとしても、どうせ修行で右手しか使ってねえんだろ?」

「うるせえハーディ!! そういう問題じゃねえだろ!!」

「キリシマ。ビビりすぎ」

「良かったねー! ララちゃんは腕途刑付いてなくてねえ!?」


 ララに対してキリシマは無理に笑顔を作った。

 男が手にした工具。

 それは巨大なサンダーだった。

 それを使い、腕途刑の外枠を削り切ろうと言い出したのはビクトリアである。

 無責任な提案をしておきながら呑気にタバコを吸っている。


「他に方法が無いんだからしょうがねえだろ? さっさとやっちまいなよ。無理だってんなら船を降りてもらうしかねぇけどなあ。とばっちりはごめんだぜ」

「わかった! わかったよ!! 早くやりやがれ!!」


 キリシマが覚悟を決めると男はゆっくりとサンダーをキリシマの左腕に近づけた。



――ギイイイィイイイイイイイイイイイイイイ!!



 大量の火花が散り、焦げ臭いにおいが充満する。

 至近距離で、しかも自分の利き腕のすぐ近くでその回転する歯を見せられているキリシマは、生きた心地がしなかった。

 一分か、二分か。

 たったそれだけの時間であったにもかかわらず、キリシマにはとても長く感じられる。

 耳を裂くような音が、より一層不安感を煽ってくる。

 それを見ていたキャリーは歯をがたがたと言わせ、震えていた。

 次は自分の番、そう考えただけで恐怖心が募る。

 男が腕からサンダーを離すと、腕途刑の外枠がポトリと取れた。


「ハァッ……ハァッ……。終わったのか!?」


 汗だくになりながらキリシマは左腕を見る。

 そこには基盤部分がむき出しになった腕途刑が付いていた。


「その、それで充分よ。後は私が分解するわ。それじゃあ次、お願いね」


 キャリーはビクッと肩を震わせた。


「あの、どうしてもやらなきゃだめですか……?」

「キャリー、びびってるー」


 ララは自分に腕途刑がない事をいい事に、キャリーを見てにやにやと楽しそうだ。

 悔しいが、シシーの件もあり何も言い返せないキャリーであった。


「次はどっちだ? さっさと済ませろ」


 ビクトリアが言い切る前にハーディが左腕を差し出した。


「早くしろ」

「へえ? あんたは肝が据わってるみたいじゃないか。そこのサムライとは違うねえ」


 言われてキリシマはカチンとくる。

 だが臆するのも無理はない。

 ハーディの方が異常なのだ。

 問題なくハーディの腕途刑も処置され、残すはキャリーのみとなった。


「ほら、そこの嬢ちゃん。早くしなぁ」


 キャリーは顔を振り抵抗する。


「あ、あの、キリシマさん……?」

「ん? どうしたキャリーちゃん?」

「えっと、前言ってましたよね。キリシマさんには斬れないものはないって……。これ、キリシマさん斬れませんか?」


 キャリーはそう言って腕途刑をキリシマに向けた。


「斬れるわけないでしょう? 受刑者が外せない様に、外枠は硬度の高いジュラルミンを使ってるのよ? その、諦めて早く――」

「ちょっと待った! 斬れねえだって? 俺を誰だと思ってやがる?」


 キリシマはシシーの言葉を遮りキャリーの前に出る。


「キャリーちゃん。左手でそこのパイプを掴んでジッとしてな」


 キャリーは左手で壁に張り巡らされていたパイプを言われたとおりに掴む。


「馬鹿な事止めなさい! 刀で斬れるわけないでしょう! 刃の方が折れ――」


 シシーが言い切る前に、キリシマは左手に刀を構え、一振りした。

 キャリーの腕時計の上半分だけが、見事に床に落ちる。


「言っただろ? 俺に斬れねえもんはねぇ」

「その……嘘よ。あり得ない……」


 シシーとビクトリアは目を丸くし、唖然としていた。

 ハーディはため息をつき、キャリーはキリシマに頭を下げる。


「あの、ありがとうございます! キリシマさん」

「その刀、すごいんだね」

「ララちゃん。刀もだがすごいのは扱う俺の方だぜ? そのセリフだと刀だけがすごいみたいじゃねえか」

「へえ。あんた達、見た目よりは腕は立ちそうだねえ」


 ビクトリアはハーディの度胸を、キリシマの実力を認め、にやりと笑う。




*** *** ***




 別室に移動し、今度はシシーが、一つ一つの部品を懸命に手作業で取り除いていた。

 キャリーが腕を出し、それをライトに当て、丁寧に分解していく。

 後ろでララとキリシマとハーディはそれを見て感心していた。


「なぁ、なんであんたそんな事出来るんだ?」


 シシーは手を止めることなく答える。


「私は元、レクイエムの技術者よ。その、腕途刑の開発にも携わったわ。出るときに見なかった? 塀の外側の施設で研究していたのよ」


 ハーディはそれを聞き、戦火のグレゴリオがレクイエムの内部を詳しい理由に納得がいった。

 一切の情報を漏らさぬレクイエム。

 腕途刑の存在を知る人物すら外の世界には一握りしかいない。


「その、隠し事はしたくないから言うけど、第三世代を作るためにビズキットを研究したのも私よ」

「なぜあいつに手を貸した」「そんなことの為に私を捨てたの?」


 同時に繰り出されたハーディとララの問いにシシーは答える。


「言い訳をするつもりじゃないけど、その、……断れなかった。断れば殺されると知っていたから……」


 シシーは手を止めて、ララと目を合わせた。


「ララ、あなたを授かったのはその研究施設だけど、生んだのはレクイエムの内部よ。私はそこであなたと引き離された」


 ララは目をそらすように俯き、シシーに尋ねる。


「私の、お父さんはどこにいるの?」

「その、そうね。それも言うべきかしらね……」


 ため息をつきシシーは語る。

 顔色が曇ったのに気付いたララはその表情から父の所在をなんとなく理解した。


「……殺されたらしいわ。レクイエムの内部でね」


 顔も、名前も知らない父親だったが、それでもララは少しショックを受けたようだった。


「殺されたって、セルゲイにか?」


 ハーディが訪ねると、シシーは頭を振った。


「その、わからないわ。事故か、事件か、自殺か。ただ言えるのは私がレクイエムに入った十年前は、セルゲイが殺すとは考えられなかった。私が知るセルゲイはあれでも家族は大切にする男だった……」


 空気が重くなってしまったのを悟って、キャリーが口を開く。


「あ、あの! 戦火のグレゴリオって何をしてるんですか!?」


 シシーは再び腕途刑に目線を戻し作業に戻る。


「そうね。その、今までは抗議活動が中心だったけど……。悔しいけど、これと言った成果は上げれてないわね」

「今までは?」


 キリシマが不思議そうに聞いた。


「そう、今までは。その、セルゲイにはもう全ての駒が揃ったと話したわよね。こちらもそろそろ動かなければ、レクイエム計画は遂行されてしまう。話し合いでは、もう止まらないのよ」


 セルゲイが欲しかった駒。

 それはレクイエムでの三十年にわたる犯罪者の実験データ。

 全世界の人々が装着できるだけの大量の改良型腕途刑。

 それを管理するための一騎当千の戦力を持つ第三世代の刑殺官達。

 全てを手にした今、セルゲイが求めていた物はタイミングだけだった。


「動くって、いったい何するつもりなんだよ?」


 キリシマが訪ねるとシシーはふう、と息をついた。


「終わったわ、キャリー。しばらくは左腕を安静にしてなさい」

「あの、ありがとうございます」


 キャリーが左腕を見ると、跡は残るものの、腕途刑はきれいに取り除かれていた。


「次はどっち?」


 キリシマが左腕を突き出しシシーの前に座った。

 シシーはその腕を掴むと固定し、再び作業を始める。


「さっきの問いだけどね。その、見せたでしょ? あれを世界中に公表するつもりよ」


 シシーが言ったあれとは、開発途中だった段階の腕途刑の事である。

 民衆の支持はセルゲイ側に向いている。

 当然戦火のグレゴリオが、セルゲイは危険だ。全世界の人々を支配するつもりだ。と喚きたてたところで、誰も耳を貸しはしないだろう。

 そこでシシーは腕途刑という動かぬ証拠を盗み出し、それを公表することによってセルゲイの企みを公に晒そうと考えていた。

 腕途刑を見せれば、民衆がその話を信じなくても問題はない。

 なぜなら、先にシシーが公表してしまえば、セルゲイが腕途刑を人々に付けさせることが出来なくなるからである。

 過激派が手に持ち、絶対に付けるなと公表したものを不用意に装着する人間などいないだろう。

 それだけでセルゲイのレクイエム計画は実質破綻、あるいは腕途刑の作り直しにより、大幅な遅れを生じさせることが出来るのだ。


「なるほどな。それで、どうやって公表するつもりだ?」


 ネットでは注目される前に消されてしまう。

 なにより下らないデマだと思われるだけ。

 口伝で広めるには遅すぎる。

 マスコミは政府の犬だ。

 戦火のグレゴリオが導き出した結論。それは――


「電波ジャックよ。その、全世界に生放送されている番組をジャックする」

「電波ジャック!? そんな、あの、過激派みたいな事――」

「何言ってるの。その、戦火のグレゴリオは過激派よ。でも、それでいいの。それくらいインパクトがあった方が、噂は広まる。私たちは、全世界の人々、なるべく多くの人々にこの事実を公表する必要がある。一定の人数以上が同時に知れば、後は勝手に世間が騒ぎ立てるでしょう?」

「そんな事、この船から出来るもんなのか?」


 ハーディが訪ねるとシシーは首を横に振った。


「残念だけど無理よ。電波塔は対策をしている。その、外部から電波を乗っ取ることは出来ないわ。不可能よ」

「あの、じゃあ、どうするんですか?」

「内部からいじるのよ。私たちが予定しているのは正午の生放送中、全世界で最も視聴率が高い時間に発信しているスタジオを乗っ取り、電波を切り替える」


 この作戦に必要なのは最低でも二グループ。

 電波塔に侵入し電波を切り替える係。

 もう一つはスタジオを乗っ取り、世界中に向けて公表する係。

 大人数での移動は発見されやすくなるため、少数精鋭の人員が求められていた。


「技術的な切り替えは私が担当しているわ。スタジオの方はこの船から――」

「俺が行く」


 ハーディが名乗りを上げた。


「あなた、意味を理解しているの? 見つかれば殺されるだろうし、成功する確率の方が低い作戦よ。成功したところで世界中から狙われることになる。それに――」

「安いもんだぜ。気に入らねえセルゲイの鼻を挫けるならな」


 シシーは「呆れた」と一言呟く。


「一応候補には推薦しておくわ。その、決めるのはビクトリアよ」

「なら俺も行こうかなあ。大分面白そうだしな」

「キリシマ。わかってるの? その、遊びじゃないのよ?」

「わかってるって。仕事はちゃんと果たすさ」


 シシーは「呆れた」と一言呟く。


「あの、私も行きたいです。お母さんを助けるためなら、私、頑張れます!」

「あなたの母親はグラミーに幽閉されているのでしょう? なにもこの作戦に参加する必要は無いわ」

「いえ、レクイエム計画が明らかにされれば、お母さんが捕らわれ続ける理由が無くなります! あの、迷惑かもしれませんが、私も役に立ちたいんです!」


 シシーは「呆れた」と一言呟く。


「私も、行く」

「ララ、さすがにあなたは無理よ。危険すぎるわ」

「ハーディが行くなら、私も行く」


 シシーは「呆れた」と一言呟いた。


 後にビクトリアの人選でハーディ、キャリー、キリシマの三人がスタジオの乗っ取り役に選ばれることになる。

 レクイエムからの脱獄犯三人が公表すれば、より世間に印象付けられると考えた為だ。

 そしてビクトリアはハーディとキリシマはもちろん、密かにシシーを撃ったキャリーにも期待を寄せていた。

 政府が脱獄犯を公表するという情報が入った当日に作戦は決行される事となった。

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