第23話 戦火のグレゴリオ2
「まあ、安静にしておれば平気じゃろう。とにかく、命に別状はないようじゃ」
狭い医務室に運ばれたシシーの治療が行われ、並んだ二つのベッドにキャリーとシシーが横たわっている。
ハーディ、キリシマ、ララ、そしてタオルを渡した男が見守る中、シシーの治療をした老いた船医がそう告げると、シシーはホッと一息つき、安心した表情を見せた。
「そう。その、助かったわ。ありがとう」
「何言っとる。これがわしの仕事じゃ。それじゃあお大事にな」
船医はそう言って部屋から出ていった。
横たわるシシーにキリシマが話しかける。
「なんにせよ、命が助かってよかったな。シシー」
「そうね。今死ぬわけには行かないもの。これから私にはやることが……うっ……」
起き上がろうとしたシシーは痛みに顔を歪め、それを男が心配した。
「シシー様。まだ安静にしておかないと」
「そうはいかないわ。その、もう、時間がないのよ……」
――ガチャリ
部屋の扉が開いて三十代と見られる一人の女が医務室へと入ってきた。
癖のある金髪を揺らし、片目に眼帯をしたその女は、いかにも権力を持っていると思わせる恰好をしている。
シシーはその姿を見て頭を下げた。
男は敬礼し、叫ぶように女を迎え入れた。
「艦長どの! お疲れ様です!」
「ご苦労。シシー。賊に撃たれたと聞いて肝を冷やしたぞ」
笑いながらその女はシシーに話しかけた。
「もう大丈夫よ。あなたは持ち場に戻りなさい」
「わかりました……失礼します。シシー様、何かありましたらお呼びください。すぐに駆け付けます」
ハーディらにタオルを差し出した男は、艦長と呼ばれる女に敬礼をした後、部屋から去っていった。
女はハーディらをまじまじと舐めまわすように見ると、腰に構えていた銃を抜いた。
それを見てハーディとキリシマはララの前に立ち、獲物を構える。
「あんたら、あたいのシシーに手出してただで帰れるとはおもってねえよなあ?」
「誤解よ艦長。彼らにはもう敵意はないわ」
シシーがすかさずフォローを入れた。
それを聞くとその艦長と呼ばれた女は不思議そうに眉を歪めた。
「へえ、じゃあなんでシシーを撃った? 一体何が目的だ」
「それは俺たちにもわからねえ。キャリーちゃんが起きれば、直々に聞けるさ」
「キャリーってのはそこの嬢ちゃんかい?」
女はベッドに横たわるキャリーを銃身で指さした。
ハーディは答える。
「キャリーは気を失って今は話せねえ。その間にてめぇらの事を話してもらおうか」
デイトナとハロルドを女に向ける。
「なんならこっちは力づくでも構わねえんだぜ?」
女はハーディの顔を睨み付けると大笑いした。
「ハッハッハ! 威勢のいいガキだあ! だがな、助けてもらってその態度じゃあ、ちょっと筋違いなんじゃないのかい?」
「俺たちはまだ自分が助かったかどうかすらわからねぇ状態なんだ。礼を言うのはその後だ。違うか?」
ハーディの眼光は鋭くなるばかりだった。
「なるほどねえ。まあ確かにそうだろうねえ。一理ある」
銃口を向けたままハーディは尋ねる。
「レクイエムにエルビスを迎えに来たのはなにか目的があるからなんだろう? てめぇらは一体何者だ?」
「あたいは面倒くさい説明すんのが嫌いでねえ。シシー、話してやんな」
面倒事を押し付けられたとシシーはため息をつく。
「その、私たちは『戦火のグレゴリオ』、反レクイエム団体よ。私はその、しばらく前に入ったばかりだけどね。この人はこの船、ビクトリア号の艦長。ビクトリア・ビバップよ」
キリシマがそのセリフに反応した。
「……ビクトリア! 聞いたことがあるぜ。確か世界中で名を上げた海賊だ。狙った金品を必ず略奪するって評判だ」
「あら、あたいを知ってるってことはあんたも裏稼業なのかい?」
「昔護衛してた要人の積み荷があんたに襲われたって聞いたのさ。まさかこんな魅力的なご婦人だとはな」
ビクトリアはにやりと笑った。
「あんたろくでもないねえ。あたいは汚ねぇ金にしか手を出さないんだが。この年で容姿を褒められるのは悪い気はしないよ」
「話を戻せ。なぜ海賊がエルビスを迎えに来る」
ハーディがそう言うとシシーは再び話し始めた。
「左手に腕途刑を付けた者なら知ってるでしょう。その、レクイエムに一度入れられた囚人は出てこれないって。裏世界ではレクイエムをよく思っていない人間の方が多いわ」
「なるほどな。それで犯罪者同士が結託してレクイエムを潰そうって考えたのか?」
キリシマの疑問にビクトリアが答える。
「それは違うねえ。あたいにはレクイエムなんてどうでもいいのさ。海であたいに勝てる奴なんていないからねえ。捕まるやつが悪いのさ」
「じゃあなんで反レクイエム団体なんて入ったんだよ」
シシーはポケットから、先ほど見せた物を取り出す。
それはハーディ達が着けている物とは似て、非なる、全く新しい腕途刑だった。
シシーはそれを解放軍に所属するカルロに盗ませていた。
そう、カルロとエルビスが散った、あの研究施設から。
「あなたたち、レクイエムという場所がなんなのか考えたことはあるの?」
「なにって、そりゃあ刑務所だろう?」
キリシマの答えにシシーはうなずく。
「そうね。その、その答えは正しいわ。人口が増え、犯罪者を匿えなくなったこの世界が、世界から犯罪者を隔離する為の巨大な刑務所。管理国家、それこそがレクイエム。……表向きはね」
「表向き……だと?」
ハーディにシシーは尋ねる。
「あなた、見たことあるわね。一目見て引っかかってたけど、もしかしてレクイエムの刑殺官?」
「元刑殺官だ。その後に受刑者としてレクイエムに入れられた」
シシーはハーディと目を合わせる。
「あなた、その、『レクイエム計画』については聞かされていないの?」
「いや、聞いたことはねえな」
シシーは納得したかのように何度か頷く。
「それならおそらくあなたは第二世代の刑殺官ね。エルビスの事は知っているでしょう?」
ハーディはコクンと頷いた。
「刑殺官は年代により分けられるのよ。その、エルビス世代の刑殺官は第一世代。もともと実力のあった軍人や工作員がレクイエムにスカウトされ、務めていたわ」
レクイエム創始後の話である。
当時は当然養成所などなかったし、セレナーデ家の活躍により、新人を育てている時間もなかった。
結果、元より戦闘経験のある人間を募ったのである。
「あなたたちの世代は第二世代。その、幼少期から訓練を重ねさせることでより強く、そしてより多くの人員を確保することに成功したわ」
ハーディ、レイラ、コレシャなどの代はこの第二世代に当たった。
第一世代と比べてもその戦闘能力は秀でている上、レクイエムに集められる孤児は後を絶たなかった。
結果、レクイエムの管理者はより盤石に職務を全うできるようになった。
「そして第三世代。あなた達は、その、ビズキットと言う男を知っているかしら?」
「ああ、レクイエム要注意人物の一人だった男だ」
「第三世代はそのビズキットの遺伝子を組み込まれた世代。第二世代同様教育を受け、その上で、あの人間離れした身体能力を持つ者たちよ。研究施設はその力を制御するため、第三世代の腕途刑には高圧電流を流せるように細工をした」
電流に倒れるカルロを思い浮かべ、キリシマは頭を掻きむしる。
「納得いったぜ。あれは人間の力じゃあなかった」
「そう、実際に見てきたのなら話は早いわ。レクイエムは言わば実験場なのよ。世間にも政府にもバレずに人体実験を容易に行える。それともう一つ」
「まだ、なにかあるのか」
ハーディは自分が今まで過ごしていたレクイエムの事を何も知らず、ただただ驚かされるばかりであったが、それをすんなりと受け入れた。
なぜならば、レクイエムを牛耳るのはセルゲイである。
なにをしていてもおかしくはない。
ただ、エルビスがどこまでを知っていて、なぜそれを自分に話さなかったのか。
それだけが気がかりだった。
「ここからが本題よ。第三世代の刑殺官を量産するのは、それを『レクイエム計画』の道具として使うため」
「真の実験ってのはレクイエムの制度の事か」
ハーディはピンと来てそう答えたが、キリシマには何の事だかわからない。
「どうゆう事だよ。説明してくれ」
「レクイエムは犯罪者で構成された国。いつ殺し合いが起こってもおかしくはない。それでも街には秩序が保たれている。その、なぜだかわかるかしら?」
「なんでって、刑殺官にびびってるからだろ?」
キリシマの答えにシシーはうなずいた。
「そうよ。その、セルゲイはこの世から犯罪を無くそうと考えた。そのためにまず犯罪が起こらない状況を実験的に作り出し、三十年間様子を見ていた。結果はさっきも言った通り、秩序は保たれ、腕途刑の警告音がなるなんて滅多にない事だわ。外の世界でさえ、毎日のように犯罪が起こっているというのに」
シシーは先程の腕途刑を手に取り、それを眺めながら話を続ける。
「セルゲイの手駒はもう揃っている。長い年月をかけ作り上げた最強の第三世代達。そして今なお量産されているこの腕途刑。三十年に渡りデータを取り続けた犯罪を絶つ三つのルール」
「おい待てよ。それじゃあつまり――」
「そうよ。セルゲイは外の世界もレクイエムと同じく、自らの手で管理するつもりなのよ。世界をレクイエムにする。それこそが彼の悲願『レクイエム計画』」
シシーがそう言うと部屋は静まり返った。
しばらく静寂が流れた後、口を開いたのはハーディだった。
「なるほどな。つまりその腕途刑は外の一般市民用ってわけか」
シシーはコクリとうなずき、語りだす。
「私たちはそれを止めなければいけない。あなた達もレクイエムで恐怖に怯える囚人たちの目を見てきたでしょう? 確かに、その、犯罪は減るかもしれない。だけれども、こんな方法は間違っている。そこで私はメロウに頼み、反レクイエム団体を立ち上げ、政府を忌み嫌う世界中の犯罪者達に連絡を取った」
「その中で手をあげたのが、あたい達、戦火のグレゴリオってわけさ」
「利用してるみたいで悪いけど、他に仲間にできそうな人もいないのよ。その、民衆の多くは未だにセルゲイを支持しているわ」
「気にすんなよシシー。あたい達は今時世界征服なんて企んでるやつをへコませたいだけさ。それよりそこの嬢ちゃん。もう起きてんだろう? いつまで狸寝入りなんて決め込んでんだい?」
言われてキャリーはビクッと体を震わせ起き上がった。
「キャリーちゃん!!」
「あたい達はもう話せることは話した。今度はそっちの番さね」
キャリーはシシーの顔を見ると、慌てて体中を探りだした。
ハーディがそれを見てキャリーから奪い取ったペレットミニを取り出す。
銃を取られた事に気づくとキャリーは深くため息を吐いた。
「あの、そうですか。やっぱり私、失敗しちゃいましたか……」
「キャリー、なぜシシーを狙った?」
ハーディの問いにキャリーはしぶしぶ答える。
「私のお母さんのパルマと、上司のオレンジさんはグラミーに幽閉されています。シシーを殺せば解放すると――」
「セルゲイに言われたのか!?」
キャリーがうなずくとハーディの歯ぎしりの音が聞こえてきた。
「なぜだ! なぜ今まで言わなかった! 俺たちは仲間だろう!? もっと信用してくれよ! 頼ってくれよ!!」
「あの、すみませんキリシマさん。絶対にバレない様にと……言われてましたので」
嫌な予想が当たっていたシシーはキャリーを恨むこともなく静かに話す。
「その、気の毒だけど、私を殺せていたとしてもセルゲイはあなたの母親を解放しなかったでしょうね」
冷たい物言いにキャリーの叫び声が響く。
「わかってますそんなの! あの、でも、他にどうしようもないじゃないですか!? もう十年もあんなとこに閉じ込められたのに、この先一生解放されないなんて、私、耐えられなくてっ!!」
キャリーも薄々は気付いていた。
パルマも、オレンジも、そして自分でさえセルゲイについて知りすぎたのだ。
外で言いふらされる可能性を、セルゲイが許すわけがないと。
シシーを殺したと報告すれば、セルゲイは間違いなく自分も殺す。
それでもキャリーには他にどうしようもなかった。
「キャリーは知ってたのか? ララの母親がシシーだと」
ハーディがぼそりと呟いたのを聞いてキャリーの頭は真っ白になる。
「え……あの、そんな……嘘です……」
キャリーはララの目をじっと見た。
「そんな! ララちゃん…… 嘘! 私、なんてことを……」
キャリーの瞳からは大粒の涙がこぼれ出した。
「ララちゃん!! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
母親を助けようとしたキャリーは、偶然にも出会ったララの母親を奪おうとしていた。
その事実を知ってしまったキャリーは自分のした行動を深く悔やんだ。
「大丈夫だよ、キャリー」
ララは優しくキャリーの頭を撫でた。
今までの旅で、ララはキャリーが優しい娘だと分かっていたから、ただ慰めた。
「なるほどねえ、結局全部セルゲイの仕込んだ事だったってわけか。気に入らないねえ」
「ああ、あいつは必ず俺がぶっ殺す」
ハーディの顔を見てビクトリアはにやっと笑った。
「セルゲイの敵は皆あたいらの仲間さ。あんたら、これからどうするんだい?」
「そうね、その、エルビスが認めたくらいだったら仲間に入ってもらいたいくらいなんだけれど。戦力は多い方が助かるしね」
ますますセルゲイに敵意を強めたハーディが答える。
「セルゲイをやれるならてめぇらについていってやる。だが、俺のやり方に口出しはさせねえし、てめぇらと慣れ合うつもりもねえ」
ハーディの腕を掴み、ララが答える。
「私は、ハーディについていく」
シシーはそれを聞いて苦笑いをした。
まったく、自分もこの娘も厄介な男に惚れこんだものだと。
「ララ、一つだけ言わせて頂戴。私は母親らしい事は出来なかったし、あなたはそれでも立派に生きてきた。虫のいい話だけれど、生まれた時からずっと、私はあなたを……。その……、愛してるわ。私にできることがあれば、いつでも頼ってきなさい」
ララはうつむき、シシーは苦笑いをした。
ビクトリアは残る二人に尋ねる。
「あんたたちはどうすんだい?」
キャリーは涙を拭きながら答える。
「私は、あの……お母さんを助けたい! やっぱり諦められないです!」
キリシマはため息をつき、へらへら笑いながら答えた。
「政府とやろうってのか。面白れぇ! 乗った!!」
戦火のグレゴリオに加入した四人を乗せて潜水艦は進む。
光の届かない、暗く、冷たい海の中を。
先の見えないこれからの未来を。
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