第22話 戦火のグレゴリオ

「黙れセルゲイ!! てめーは俺がぶっ殺す!!」

『……………………』


 ハーディが叫ぶと

 腕途刑はなにもしゃべらなくなった。


 エルビス、カルロといった犠牲を出しながらもレクイエムから脱出したハーディ、キャリー、キリシマ、そしてララの四人は海岸に浮上し、待機していた謎の潜水艦へと乗り込んでいた。

 カルロの情報通りに船はあったが、それが潜水艦だとは誰も思いもよらなかった。

 潜水艦は空からの追跡を絶てる上、腕途刑のGPS信号も届かぬ海中へと逃げ込むことが出来る。

 最も効率の良い移動手段だった。


 四人が潜水艦に入り込むとハッチは閉められ、海中へと進みだしたのか、艦内は激しく揺れ出した。

 狭い通路に張り巡らされたパイプに、それぞれが倒れないように捕まる。


「エルビスはどうした!?」


 ハッチを開けた男はハーディ達に話しかけてきた。

 この船が真に連れて行きたかったのはエルビスなのだろう。

 だが、いつまでも海上に姿を現しているわけにも行かなかった。

 艦内からハーディらを追ってきた刑殺官見習い達の姿を見つけ、船はエルビスを待つことなく出航したのだった。


「あの、エルビスさんは――」

「エルビスは奴らに殺された」


 震えるキャリーの言葉をキリシマは遮った。

 男は深いため息をつき、しばらく何かを考えた後、静かにつぶやいた。


「お前らをどうするかは上が決める。とりあえずついてこい」

「一体てめぇらは何者なんだ?」

「俺からおまえらに話せることはない。今はそのずぶ濡れの体を乾かすことが先だろう? 狭い艦内で風邪でも流行らされたらたまったもんじゃない」


 男は狭い通路を進みだし、一行はそれについていった。

 艦内には所狭しと人が溢れていた。

 年齢も性別も、国籍すら統一性がなく、ハーディらに興味を示すことも無く、ただひたすらに自分の仕事に没頭していた。


「人数分はあるな。これを使え」


 艦内にある風呂場に通され、先ほどの男にハーディらはタオルを渡された。


「あの、ありがとうございます」

「体を乾かして待っていろ。艦長から呼び出しがかかるはずだ」


 立ち去ろうとする男をキャリーは呼び止めた。


「あの、待ってください! シシーはこの船にいるんですか!?」

「シシー様なら確かに船にいる。だが、それがどうした?」


 男はキャリーを睨み付けた。

 エルビスがいない以上、敵である可能性は否めない。

 警戒するのも無理はなかったのである。


「私をシシーに会わせてください! シシーは……あの、私の母です!」

「確かに、レクイエムにシシー様のご息女が入れられたというのは聞いている。だが、シシー様の許可なしに面会などさせられん」

「固ぇこと言うなよ。なあ、おっさん?」


 キリシマにおっさんなどという呼ばれ方をして、男は嫌そうな顔をする。


「一応、シシー様に話は通しておく。だが、面会されるかどうかはシシー様が決めることだ」


 男はそう言うと、狭い通路へと去っていった。


「ハーディ、さっき話してた人……」


 ララは急に腕途刑に向かって怒鳴りだしたハーディの心配をしていた。

 あの時の表情は、ハーディに好意を抱くララでさえ畏怖するほどの憎悪を感じさせていたからだ。

 ララはその声をどこかで聞いたことがある気がして、ハーディに聞こうと思った。

 だが、ララを怖がらせたと気付いたハーディはララの頭にポンと手を置き、言葉を遮る。


「なんでもねぇ。それよりよくやったララ。あの状況で良くこの船を見つけれたじゃねえか」


 ハーディに褒められてララは嬉しそうだ。

 いつも通りのハーディに戻ったことで、ララの不安は消し飛んだ。

 キャリーは走り疲れ、キリシマはキャリーを抱えて余裕がなく、ハーディはセルゲイの声に逆上していた。

 実際、あの時ララがハーディに潜水艦の存在を伝えていなかったら、四人は見習いに追いつかれていたかもしれない。


「ところでハーディ、カルロが言っていた『第三世代の』って、一体どうゆう意味だ?」

「さあな。俺も聞いたことがねぇ」


 ハーディはエルビスを殴った見習いの事を思い出した。

 あの腕力は、下手をしたらカルロと同等か、それ以上だった。

 エルビスに聞きたいことが今になって溢れてくるが、それはもう叶わない。




*** *** ***




 艦内の一室にノックをする音が響き渡った。

 パソコンを操作する一人の女性、シシー・ゴシックがそれに返事をする。


「その、入りなさい」

「失礼しますシシー様」


 部屋に入ってきたのは、先ほどハーディらにタオルを差し出した男だった。


「その、エルビスの救出には成功したの?」


 男はシシーの顔色を窺うように答える。


「いえ、エルビスは逃げるときに……殺されたそうです」


 それを聞くとシシーは悲しそうに呟いた。


「そう、エルビスが……。わかったわ。その、ご苦労だったわね、下がりなさい」

「シシー様、実は先程、エルビスの仲間と思われる四人を拾いまして……」


 男の報告にシシーは不思議そうに尋ねる。


「予定ではエルビス一人だけのはずだったけど。その、何者なの?」

「身元の確認はまだしていないのですが、その内の一人の少女がシシー様の娘だと……」


 シシーはハッとした。

 考えられるのは、ララがレクイエム内でエルビスに接触し、察したエルビスが一緒に連れ出そうとしたといったあたりか。


「その、その中に刀を持った、変な着物を着た男はいるかしら?」

「はい、二十代と思われる男が一人います」


 シシーは確信した。間違いなくキリシマだろうと。

 キリシマは用心棒として高名を轟かせていたが、まさかレクイエムの外にまで出てきてその依頼を達成するとは、シシーにとっていい意味で大きく期待を裏切る働きをしてくれたわけだ。


「シシー様。それで、どうなさいます? やはり一度、艦長に話を通してから――」

「大丈夫よ。その、四人を先に私のところに連れてきてちょうだい」


 母らしいことは何もできなかった。

 世界の為に一度は見捨てるしかできなかった。

 自分のせいで危険な目に合わせてしまった。

 恨まれていることも、必要とされていないこともわかっている。

 だがそれでも、十年ぶりに娘が自分に会いに来たのであれば、シシーは会わざるを得なかった。




*** *** ***




 体を拭き、そのままその場で待たされていた四人の元に先程の男が戻ってきた。


「シシー様が、おまえらとお会いになられるそうだ」


 長い長い旅路の末、やっと念願のシシーに会えると決まったのに、キャリーの表情はあまり浮かない様子だった。

 それを心配したキリシマが話しかける。


「どうしたんだキャリーちゃん? やっとシシーに会えるってのによ」

「キャリー、具合悪いの?」


 ララもその様子に不安になる。


「あの、なんでもないです。ちょっと緊張しちゃって……」


 キャリーはそう言ってごまかした。

 いざ会えるとなると、自分の信念が揺らいでいくのがわかる。

 だが、キャリーは頭にパルマとオレンジの顔を思い浮かべ、決意を固めるのだった。


「こっちだ。ついてこい」


 それだけを言い残し、男は艦内を進む。

 四人はその後を追った。

 潜水艦はかなり大型なのか、結構な距離を進み続ける。

 歩きながらハーディはキリシマに話しかけた。


「キリシマ、てめぇ、これからどうするんだ? レクイエムに戻るのか?」

「忘れたとは言わせねえぜ。お前と決着をつけんのが先だ。後の事はそれから考える」


 ハーディはため息をついた。


「キリシマ、俺はてめぇと戦う気はねぇ」


 キリシマはショックを受けたのか、ハーディに怒鳴り返す。


「何言ってんだハーディ!? お前! だって、刑期はどうすんだよ!!」

「馬鹿かてめぇ。ついさっき、刑期なんて必要なくなっただろうが」


 ここはすでにレクイエムの外である。

 とうに腕途刑に意味はなくなっていた。

 キリシマはこの時初めて、ハーディが自分と戦う意味を失っていることに気づいたのである。

 念願の決着がつけられないと分かりキリシマは肩を落とした。


「着いたぞ。ここだ」


 男はそう言うと急に立ち止まった。

 そこは他の部屋と変わらず、鉄製の扉が静かに佇んでいる。


「シシー様の部屋だ。くれぐれも失礼のないようにな」


 扉を開けようとしたハーディの腕を掴み、キリシマが止めた。


「なんだ? キリシマ」

「キャリーちゃんとシシー、二人っきりにさせてやれ。俺たちがいたら話しにくいこともあるだろう」


 確かにキリシマの言う事にも一理ある。

 ハーディはため息をつき、数歩下がった。


「キャリーちゃん、行ってきな」

「あの……はい……」


 キリシマの気づかいに返事をするキャリーの声はか細く震えていた。

 ララも応援するようにキャリーに話しかける。


「キャリー、待ってるから」


 震える手で扉を開き、キャリーはその部屋へと入り、そして扉を閉めた。




*** *** ***




 キャリーが部屋の中に入ると一人の女性が背を向けていた。

 そのままキャリーの顔を見ずに、シシーは語り始めた。


「その、なんて言えばいいのかしら。まずはごめんなさい、かしらね」

「……」


 キャリーは答えない。

 だがシシーは構わず話を続ける。


「私のせいで、あなたの人生は最悪よね。その、許してもらえるとは思っていないけど、今まで本当にごめんなさい」

「いえ、あの……謝るのは私の方です……」


 キャリーの声を耳にしてシシーは振り返る。

 シシーの目には、知らない女が写っていた。


「え……?」

「私こそ許してもらえるとは思っていないけど、本当にごめんなさい。あの、シシーさん……」


 キャリーはポケットに隠していた銃、オラトリオでキリシマに買い与えられていたペレットミニを静かに取り出し、シシーに向けた。


「!?」

「私は! どうしてもお母さんを助けたいんです!」


――パンッ!!


 キャリーはそう叫び銃を発砲した。

 生まれて初めて撃った銃だが、その弾丸は外れることなくシシーの下腹部に命中した。

 反動の少ない小型の銃とは言え、キャリーの手はじんじんと痺れている。

 出血する腹部を抑えながら、シシーは何が起こったのかわからないといった表情をしていた。

 その光景を目にし、キャリーの背筋に冷たく嫌な汗が流れる。

 気づけば全身に震えが伝わり止める事が出来なかった。

 銃の音が外まで響いていたのか、キリシマとハーディが、それに続き男とララが扉を開け、勢いよく部屋の中に入ってきた。


「あなた、誰なの?」


 シシーはそう言うと床に倒れこんだ。


「おいキャリー! なにがあった!?」


 ハーディがキャリーに駆け寄り、手に持っていた銃をひったくった。


「キャリーちゃん、それは俺がオラトリオで買ったペレットか……!?」

「あああ、シシー様!! 大丈夫ですか!?」


 男はシシーに駆け寄ってケガの様子を見ている。

 威力のない銃とは言え、当たり所が悪ければ命に係わる。

 現にシシーの出血量がそれを物語っていた。


「おいキャリー!! 説明しろ!!」


 ハーディはキャリーの肩を掴み、問いかける。


「あの……私……お母さんを……」


 キャリーはそれだけ言い残し、ショックからふっと気を失った。


「おいシシー! 一体何があった!?」

「あなた……キリ……シマ……?」


 シシーは目に写ったキリシマに気が付いた。


「何があったって……その、それを聞きたいのは私の方よ……」

「なぜ撃たれたんだ!? キャリーちゃんはお前の娘だろう!?」


 シシーは男の手を借りてゆっくりと上体を起こした。


「何言ってるのよ……その、私の娘なわけがないわ。年齢が全然違うもの……」


 上体を起こし、シシーは自分に話しかけるキリシマの背後にいた少女を見ると、何かに気付いたのか、静かに口を開いた。


「なるほどね、受けた依頼は必ず成し遂げる……その、あなたやっぱり最高の用心棒よ……」


 キリシマがララを連れてきたのは全くの偶然だった。

 だが、シシーにとってはどうでもいいことである。

 目に写った少女。

 年齢、髪色、仕草。

 赤ん坊の時に取り上げられ、それ以来会ってはいなかったが、母親であるシシーには間違いようがなかった。


「その……今まで、辛い思いをさせたわね……。ララ」


 名前を呼ばれてララは気付く。

 この声を、一度腕途刑越しに聞いていたことに。


「おまえ、なんでララの名前を……」

「お母さん……なの……?」


 シシーはうつむき、目を伏せた。


「「お母さん!?」」

「その、あなたと会うのは十年ぶりよ。私がわからなくても無理はないわね……」


 ララは駆け寄り、苦笑するシシーを睨み付けた。


「悪かったわね。何度謝っても謝り足りないわ。その、こんな目に合わせてしまって……」

「私の事はどうでもいい!!」


 ララはシシーに怒鳴りつけた。


「あなたのせいで、ドドおじさんは殺された!!」

「ドド……、そんな……。あの人まで……」


 ドドはシシーの兄にあたる。

 当然ドドが死んだなど、レクイエムで長く暮らしたシシーには初耳であり、驚きが隠せないようだった。


「シシー様、話は後で!! 今は治療を優先します!!」

「下手に動かすな。こいつは見ててやるから医療道具と医者を連れてこい」

「ふざけるな!! おまえらの仲間がシシー様に手を出したんだぞ!? 信用できるか!!」


 怒りを露わにする男をシシーが止めた。


「大丈夫よ。その、悪いのは彼らじゃない……」


 シシーはキャリーの話しぶりから、キャリーがセルゲイに利用されていると見抜いた。

 ララがここにいることには説明が付かなかったが、自分を殺すための刺客として、娘を演じたキャリーをレクイエムに送ったのだろうと。

 キリシマも、ハーディも、そして本当の娘であるララですらそれに騙されていただけに過ぎないのであると。


「ですがシシー様、ですが……、くっ! いいかお前ら!! シシー様に手を出したらお前らは二度と太陽を拝めないと思え!!」


 痛みに苦しむシシーを見て男は決断し、部屋を飛び出していった。


「話を整理すると、だ。シシーの本当の娘はララちゃんで、じゃあキャリーちゃんは一体誰なんだ? なぜあんたの娘を語っていた!?」

「その……おそらくセルゲイにハメられたんでしょうね。その娘は、私を撃つ前に……母親を助けると言っていたわ……」


 セルゲイという名前を聞いてハーディの表情は曇る。


「結局、あの野郎の掌の中で踊らされてたってことかよ!!」

「キャリーちゃんが目を覚ませばわかることだ。どちらにせよ、意味もなくこんなことをする娘じゃないってのは、今までの旅でわかっている」

「あの時、話していた人がセルゲイ?」


 ララがシシーに話しかけた。

 シシーはゆっくりとうなずく。


「ララ、セルゲイに会ったのか!?」


 ハーディの問いにララは自分がシシーの持つある物を回収するためにレクイエムに連れさられたことと、その際、セルゲイの腕途刑越しにシシーと会話した事を話した。


「待て。エルビスの話じゃあ、てめぇは腕途刑無しでレクイエムに入れられたんだろ?」

「その、そうよ……。私は腕途刑を持つことすら許されなかった……」


 ララの話を聞き、ハーディには一つ引っかかることがあった。


「じゃあてめぇ、その時どうやってセルゲイと通話したんだ」


 シシーはポケットからそれを取り出した。


「な!? これは……」

「セルゲイが欲しがっているのはこれよ……」


 シシーが取り出したものはレクイエム計画の核。

 ハーディもキリシマも、ララでさえよく見てきたものでありそれとは違ったもの。

 外に持ち出されれば、セルゲイの計画が表ざたになる代物だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る