ここまでのプレリュード

これまでのネタバレをほとんど含みます。

出来れば、ここを読むのは最後にしてください。


※レクイエム、プレリュードを読破して下さった全ての犯罪者様は、必ず最後までお読みください。



*** *** ***




2087年

セルゲイ・ワルツ(10)家、強盗により殺害される


2095年

セルゲイ・ワルツ(18)、グラミーに上京

グラミーにてスラムのリーダー、エルビス・ブルースと出会う(10)


2097年

セルゲイ・ワルツ議員当選(20)、最年少議員、一世を風靡する

エルビス・ブルースの交渉術を使い、セレナーデ家と親交を深める


2100年

大型刑務所『レクイエム』創立

責任者、セルゲイ・ワルツ(23)

エルビス・ブルース(15)

資金援助 セレナーデ財閥


2102年

世界中の犯罪者をレクイエムに移行終了

それに伴い各国の刑務所が閉鎖。

レクイエムは世界唯一の刑務所となる


2103年

セルゲイ・ワルツ(26)、マリア・オペラ(20)馴れ初め


2104年

セルゲイ・ワルツ(27)、マリア・オペラ(21)結婚


2105年

セルゲイ・オペラ(28)、妻のマリア(22)との間に第一子、ハルゲイを授かる


2110年

セルゲイ・オペラ(33)、レクイエム最高顧問に就任

エルビス・ブルース(25)、レクイエム刑殺官官長に就任


2115年

シシー・ゴシック(18)、レクイエムの研究施設にスカウト


ポール・レゲエ(18)、連続爆破事件でレクイエムに投獄、懲役200年

マリア・ワルツ(32)、事件に巻き込まれ死亡


2116年

ポール・レゲエ、オラトリオにて情報屋「マーリー」を開業


2117年

シシー・ゴシック(20)、レクイエムの特別技術担当に就任


軍人ビズキット・メタル(23)、軍の研究機関入り


2118年

メタル遺伝子。研究担当にシシー・ゴシック(21)が就任


2119年

ハルゲイ・オペラ(14)、シシー・ゴシック(22)と子供を授かる


パルマ・ポップ(32)グラミー内の留置所に収容


シシーゴシック(22)、レクイエムに収容


メロウ・セレナーデ(14)、仕入屋としてレクイエム入り


ハーディ・ロック(16)、エウロア・マキナ(17)、馴れ初め


ハーディ・ロック(16)、エルビス・ブルース(34)と共にレクイエム入り


2120年

シシー・ゴシック(23)、レクイエム内でララ・ゴシックを出産

その後にララ・ゴシックは外の施設に引き取られる


エルビス・ブルース(35)、ララを匿った容疑でレクイエムに投獄

ハーディ・ロック(17)がそれに代わり官長に就任

レイラ・チルアウト(15)ハーディの側近としてレクイエム入り


2121年

メタル遺伝子、人体実験開始


2122年

メロウ(17)、エウロア(19)、レイラ(17)、三つ巴のハーディ争奪戦


メロウ・セレナーデ(17)、父親ヴァンド(45)と和解


2123年

メタル遺伝子初の成功者、カルロ・ショーロ(11)

レクイエム計画、第3世代開始


エルビス・ブルース(48)、無期懲役


2125年

ガストロ・クラシック(18)、レクイエムに投獄 懲役730年、その後刑殺官殺害の為に無期懲役に変更


ララ・ゴシック(5)、ドド・ゴシック(32)に引き取られる


エルビス・ブルース(40)、解放軍を設立


2127年

ビズキット・メタル(33)、レクイエムに投獄、その後職員殺害の為に無期懲役に変更


2128年

グラミーの武装勢力、ザディゴファミリー、及びミュゼットファミリー、一夜にして壊滅

キリシマ・エンカ(26)、自首によりレクイエムに投獄 懲役456年


2129年

ハルゲイ・オペラ(24)、死亡 現役刑殺官官長による犯行


エウロア・マキナ(26)、死亡 死因は不明


2130年

ハーディ・ロック(27)、レクイエムに投獄、懲役1000年 最高刑期更新


キャリー・ポップ(21)、レクイエムに投獄 懲役20年


ガストロ・クラシック(23)、死亡


ビズキット・メタル(36)、死亡


コレシャ・コラール(26) 殉職


レクイエムから初の脱獄犯、

ハーディ・ロック(27)

キリシマ・エンカ(28)

キャリー・ポップ(21)

政府は国際指名手配に指定し、3人の行方を追う。


脱獄犯、反レクイエムを掲げる過激派、戦火のグレゴリオと接触


グラミーにて電波ジャック事件

脱獄犯による犯行と思われる。




*** *** ***




あとがき


※レクイエム、プレリュードを読破して下さった全ての犯罪者様は、必ず最後までお読みください。


 皆さまのコメント、応援、フォローに励まされ、無事プレリュードを書き上げることが出来ました。お読みくださって本当にありがとうございました。


 ところで、なぜこんなところにあとがきを書くことになったのかと言いますと、それを説明する際に、実は皆様に私から謝罪をしなければいけないことがあります。

 思わせぶりに書いていますが、小説を読むのが面倒くさい。だけど大雑把でもストーリーを知りたいと、いきなりこのページを開いてしまった不幸な方は、出来ればこの先を読まず、強制はしませんし、出来ませんが、お手数ですが最初から読んでいただいた方が楽しめると思われます。

 読破前に見つけてしまった方は、本当に申し訳ありません。


 ここからは、見てくださっている犯罪者様達がレクイエム、そしてプレリュードを全て読破してくださっていると仮定して話させていただきます。


 犯罪者シリーズは、主要人物たちの活躍について、プレリュードで過去を、レクイエムで現在を、そしてフィナーレで未来を描こうと思って書き始めた三部作です。

 ですので、これから先、登場人物の過去につきまして、今現在は詳しく書かないつもりでいます。


 ここまで読んでくださった犯罪者様達なら、そうなると、まだ語られていない過去があるだろう。と思われるかもしれません。

 ですが、小説投稿サイトでは必ず一話毎にタイトルを付けなくてはいけない為、どうしてもネタバレをしてしまい、それにより面白みが欠けてしまうと、プレリュードを書いている途中で判断した私は、急遽前作のレクイエムにおまけページを二話追加し、このように読んでくださっている犯罪者様達を混乱させてしまう手法を取らせていただくことにしました。


 それにより、この先を見られない方が出てしまうかもしれませんし、次の話が先に目に入ってしまう方がいるかもしれません。大変申し訳ありませんでした。


 ここまでつまらない話に付き合っていただき、ありがとうございました。一見さんも興味を無くしてページを閉じている頃だと思いますので、前置きが長くなりましたが、そろそろ本題に入らせていただきます。


 プレリュードのプロローグは、時を遡っていく構成を表現したく、通常の文法とは逆に、右下から左上へと書かれています。




*プロローグ*


。だ語物る至に幕開はれこ


女く抱を命使(キャリー)

男く抱を悪憎(ハーディ)

女く抱を独孤(ララ)

男く抱を語夢(セルゲイ)

女く抱を命運(メロウ)

男く抱を望一(キリシマ)


。るま始は語物、

時たっな重で点ういとムエイクレ、

が人六たっか無のずはう会出来本、

が人六いなもで者罪犯

。語物る遡を時はれこ、

ドーュリレプ



 お気づきでしょうか?

 もしかしたらスマホだとうまく表示されていないかもしれませんが、右下から左上にかけて、もう一人、隠されています。

 そして、『犯罪者でもない六人が』、『レクイエムと言う点で重なった時』、と書かれていますが、明らかにキリシマだけがただの犯罪者としてレクイエムに入獄しており、また、5話の『レクイエム』にもキリシマだけが登場していません。


 気付いていた方、今まで黙っていて下さり、本当にありがとうございました。


 最後の物語、開幕です。




*** *** ***




<第15話 エウロア・マキナ>


 十五歳の少女、エウロア・マキナは、グラミーに住むそこそこ裕福な家庭に生まれた。

 親の愛情を目一杯受けて育った彼女は、真っ直ぐ、優しい性格に育ち、両親と三人で絵にかいたような幸せな家庭を築いていた。

 長年積み上げたその幸せを、十数分で奪い去った強盗事件。

 この世界では珍しくもない凶悪犯罪により、エウロアは目の前で両親を奪われた。

 身寄りの無くなったエウロアは、それからは親の残した家を売り、一人悲しみに暮れながら細々と生活をしていた。

 目を瞑るとあの時の光景が浮かんでくる。

 数えきれないほどの眠れない夜を過ごし、枯れ果てるまで涙を流した。

 犯人は程なくしてレクイエムへと送られた。


 ある日、街で見つけたレクイエム職員募集の文字。

 レクイエムに入った人間が帰ってきた事例は少ない。

 それは管理者も同様である。

 世界一危険な刑務所に入りたがる人間など、食べることが精一杯で、他に選択肢の無い孤児か、多額の借金から逃げまわる者くらいしかいなかった。

 ほんの極一部、世界の為に身を粉にして貢献したいと考える者もいたが、どちらにせよ、レクイエムに入るという事は、自殺とほぼほぼ同義だとされていた。

 民衆は内部に無関心の一言だった。

 レクイエムが創立されてから犯罪は確実に減り、内部で何が行われていようと、誰が犠牲になろうと、自分の身には関係が無かったから。

 だが、エウロアは違った。

 自分の愛していた両親を銃殺した犯人が、中でどんな罰を受けているのか。

 再び外に出てきて犯行に及ぶことはないのか。

 気付けば、レクイエムと言う施設を自分の目で確認したいと思うまでになっていた。

 その思いは止められず、日々募るばかりである。

 学校の友人に相談することは出来なかった。

 止められるのが分かっていたから。

 一人の少女がその決断を下すのにどれだけの勇気が必要だっただろうか。

 エウロアは悩みに悩み、そして、決意した。




*** *** ***




 職員に志願したエウロアは、レクイエムについて一切公言しないことを契約書に署名し、後日船に乗せられ、レクイエムへと向かった。

 船でレクイエムへと送られたのは、やはり、エウロア以外は孤児だけであった。

 この子たちは、今から自分が何をさせられるのか、はたして理解しているのだろうか。

 エウロアはそう考えたが、言っても解決策はない。

 子供であろうと、勝ち取らなければ食事も満足に取れない程、この世界には余裕が無かったのである。

 レクイエムに行かなければ、いずれは餓死してしまうのが分かっているなら、船に乗るか、乗らないかを問われれば断る理由もないだろう。

 まるでその船自体が、どうしようもなくなった世界を表しているかのようだった。




*** *** ***




 レクイエムに船が到着すると、エウロアは生活を送ることになる部屋へと通された。

 部屋の中には大量の三段ベットが並び、その上には訓練生がそれぞれ好きなことをして過ごしている。

 エウロアはそのうちの一つ、ベットの三段目を与えられた。

 他の訓練生の冷たい視線がエウロアに降りかかる。

 孤児が入所することは多いがエウロアくらいの年の子が入ることは稀であった為だ。

 皆、警戒していたのである。

 梯子を上って荷物をそこに置く。

 そのベットの上だけが、これからエウロアが自由に使える唯一のスペースとなる。

 早くも帰りたい気持ちも芽生えるが、それでも、どうしてもレクイエムに入ってこの目で確かめたかった。

 決意を強めるが、エウロアはまだ知らなかった。

 刑殺官としてレクイエムに入るには、訓練を積み、そこから選ばれなければならないという事を。




*** *** ***




 エウロアが訓練生になってから一週間の月日が流れた。

 訓練生の生活はシンプルである。

 主に何をするのかと言えば、訓練。

 その一言に尽きる。

 日が昇り、朝目を覚ますと早朝の訓練が始まり、朝食後に午前の訓練、昼飯後に午後の訓練、晩飯後はそれぞれが好きに過ごす。

 それだけである。

 三食を確実に取れるというのは孤児からしてみれば破格の好待遇だ。

 空いた時間を使い、仲の良くなった者と話したり、自主訓練に励んだり、身の回りを整理したりと、皆自由に過ごしていたが、極まれに勉強がしたいという訓練生のために自習室も解放されていた。

 自習室には教材の外にも古今東西の書物が置かれていたが、利用しているのは一人の女訓練生だけであった。


 一週間も経ち、エウロアは訓練棟での生活に慣れ始めていた。

 その日も早朝訓練から始まり、朝食を取り終えると午前の訓練が始まった。

 訓練内容は訓練生同士を二グループに分けて敵の大将、リーダーの命を捕り合うというもの。

 命を取ると言ってもこれは訓練である。

 実際には攻撃が当たった時点で勝敗が決する。

 これは、レクイエム内で受刑者同士が結託した状況を想定しての訓練だった。

 各々が訓練用の殺傷能力のない武器を選ぶ。

 エウロアが選んだのはライフルだった。

 体力に自信のないエウロアは、遠距離からの狙撃を得意にしていた、わけではないが、他に扱えそうなものも無かったのだ。


 今まで、普通の女の子として生活をしていたエウロアにとっては仕方のない話だったが、それでも今は訓練生である。

 武器を扱えなければ刑殺官など務まるはずが無い。

 一週間をかけ、エウロアは敵に近づくことがなく、また、力を必要としない武器を扱えるように訓練を繰り返してきたのだった。


 青の軍勢と赤の軍勢に訓練生は分けられ、エウロアはと言うと、赤の軍勢に入れられた。

 実力を考慮し選ばれた、同じチームのリーダーを見る。

 金髪の鋭い目つきをした少年、彼は両手に銃を構えていた。

 このルールでのリーダーが選ぶ武器としては、やや失敗に思える。

 二丁拳銃では敵の攻撃は防げない。

 ましてや弾切れを起こしたらほぼ丸腰だ。

 なす術はないだろう。

 だがこれだけ大量の訓練生の中から選ばれた男である。

 きっとなにか作戦があるのだろう。

 エウロアはそう思い、訓練開始の合図を待った。


 配置に着きしばらく待つと、開戦を報せるアラームが、訓練地である市街地に鳴り響いた。

 その音がエウロアの耳に入った瞬間、我らが赤組のリーダーは颯爽と駆け抜けていったのである。


「まただよ。ほんと勝手な奴だぜ」

「いいよ。あいつはほっといてうちらはうちらでやろうぜ」

「マジで空気読めねえよな。練習にならないんだよ」


 周りからちらほらと愚痴が聞こえ始めた。

 監督役の説明では、それぞれのリーダーが、部下役に指示を出し合うものらしいが、そのリーダーが開始直後いなくなってしまったのだ。

 エウロアは途方に暮れた。


 やがて周りの訓練生が散らばりだしたので、エウロアもそれに合わせて移動する。

 適当に進み、前衛の訓練生を援護できるようにエウロアは一際高い民家の屋上に上った。

 銃を構え、スコープを覗き込む。

 青の軍勢を見つけるが、エウロアには撃つことができなかった。

 殺傷能力がないとは言え、もし目に入ったら失明の可能性だってあるかもしれない。

 相手の事を考えてしまうエウロアに、刑殺官など元々無理だったのである。

 エウロアはため息をつき、銃を下した。

 その時。


――パン!!


 近くから銃声が聞こえた。

 焦ってエウロアは周りを見渡す。

 隣の民家の屋根には、エウロアと同じく青の軍勢が銃を構えていた。

 気付かない間にエウロアは囲まれていたのだった。

 慌てて建物の中に入り、外に出る。

 仲間はとうに先に進み、エウロアは完全に孤立していた。

 死に物狂いでエウロアは路地を走った。


「そっちに一人行ったぞ! 回り込め!!」


 敵の勢力の怒鳴り声が聞こえてくる。

 振り向くと青の軍勢が武器を手に持ち、エウロアを追ってきていた。 

 その数は段々と数を増してくる。


「!!」


 逃げる先の細い路地から青の軍勢が現れ、エウロアは足を止めた。

 前方からも、後方からもエウロアは囲まれ、逃げ道など見当たらなかった。

 銃を向けられ、エウロアはあの時の事を思い出す。

 両親が、目の前で殺された時の事を。


「よし、撃て!!」


 青の軍勢のリーダーは追い詰めた獲物の命を刈り取る様仲間に指示する。

 嫌な記憶が脳内を駆け巡った。

 あの凄惨な光景。

 二度と思い出したくない過去。


 もう終わりだ、私もここで死ぬんだ……


 エウロアは全てを諦め、目を瞑った。


「いい囮っぷりだったぜ」


 目の前で発せられたそのセリフに驚き、エウロアは目を開けた。

 そこには赤の軍勢のリーダーがマントを翻している。


 私を助けに来たの? エウロアはそう思ったがそれどころではない。

 敵に囲まれ、逃げ場のない状況にリーダー自ら飛び込んでくるなんて。

 この時点で青の軍勢の勝利は確定したようなものだった。


「大将自ら囲まれてくれるとはなあ! やれ!!」


 案の定、敵軍のリーダーの命令と同時に青の軍勢が銃を放ち、剣を手にするものは一斉に襲い掛かかってきた。

 もうおしまいだとエウロアは腹を決めた。

 こちらのリーダーはというと、この絶望的な状況にも関わらず、ただにやりと笑い、両手に銃を構え、たった一人で立ち向かっていった。




*** *** ***




 訓練が終わると、エウロアはシャワーも早々に切り上げ、男子のロッカールームへと走り出していた。

 あの、絶体絶命な状況の後、我が赤組は勝利を納めた。

 リーダーの少年が、一人で敵の大将毎殲滅してしまったせいである。

 大将役は成績が優秀な者から選ばれるとは聞いていた。

 それにしてもあの強さは別次元だった。


 エウロアがロッカールームに向かったのは、勿論その少年に会うためである。

 会って、どうしてもお礼が言いたかった。

 訓練とはいえ、殺傷能力がないとはいえ、エウロアは敵に銃を向けられて、過去のトラウマを思い出し恐怖した。

 そんな中、助けられた事に恩義を感じていたのだ。

 しばらく待つとさっきの少年がロッカールームから出てきた。

 勇気を出してエウロアは話しかける。


「えっと、さっきはありがとう。助けてくれて」


 エウロアに気付いた少年はぶっきらぼうに返した。


「別に。助けたつもりなんかねぇ。敵がいたから倒しただけだ」


 多分それは本心なのだろうとエウロアは感じ取った。

 だがしかし、エウロアからしてみればそれでもよかった。

 それでも嬉しかったのである。

 できることなら、何か恩返しがしたいと、エウロアは思った。


「それでもうちは助かったんだよ! 君、強いんだねえ」

「周りが弱いだけだ」

「ねえ! 君にお礼がしたいんだけど、この後一緒にご飯でもどう?」


 少年はため息をついた。


「ただの訓練だ。別に助けたとか――」

「ただの訓練だと思うなら、真面目に講習通りに行ってはいかがですか?」


 少年が言いかけた時、別の女性が会話に入ってきた。

 エウロアは彼女を知っていた。

 貴重な、自分の時間を自習室で過ごす女性、コレシャ・コラール。

 訓練生の間では少し浮いた存在だった。


「先程のは集団戦だったはずです。勝手な行動をされては、こちらとしてはただの時間の無駄になってしまいます」


 そのしゃべりぶりから、彼女が真面目な優等生であることが伝わってくる。

 皮肉たっぷりに話すコレシャに、エウロアとしては少し苦手な印象を受けた。

 少年が面倒くさそうな顔を見せていたので、エウロアはフォローを入れることにした。


「ああ悪かった。次からは気を付ける」

「あなたはいつもそうやって口だけ返事して! 確かにあなたの成績は優秀ですが――」

「まぁまぁ、熱くならないで」


 納得していないコレシャをエウロアはなだめた。

 その時。


『ハーディ・ロック。至急、指令室にくるように』


 設置されているスピーカーから訓練生への呼び出しがかかった。


「ふん。きっとさっきの模擬戦についてです。監督役もきっとお怒りでしょう」


 コレシャのセリフから察するに、きっとこの少年がハーディ・ロックなのだろう。

 無言で立ち去ろうとするハーディに焦り、エウロアがハーディの背中に叫ぶ。


「えっと、ハーディ! 今度絶対ご飯付き合ってよ!!」


 エウロアの声にもハーディが答えることはなかった。

 彼はそのまま、一人で歩いて行ってしまった。

 取り残されたエウロアにコレシャが話しかけてきた。


「すまないな。どうやら、君の話の邪魔をしてしまったらしい」

「いや、いいんだよ。それよりコレシャ。ハーディと仲いいの?」


 「え?」と小さく漏らしたコレシャはエウロアに詰め寄る。


「あれ? うち、なんか変なこと言った?」

「今のを見ていて、なぜ仲がいいなどと勘違いするんだ? どちらかと言えば仲は悪いと思う。私もあいつが嫌いだ」

「えっと、そうなの? ごめんごめん」

「それともう一つ、なぜ私の名を知っている?」


 どうやらコレシャは自分がそこそこの有名人だと自覚していないらしい。


「自習室使ってるのって、あなたくらいじゃない? その、なんていうかそれで有名になってるよ?」

「な! そ、そうだったのか……。それは知らなかった。なあ君――」

「エウロア、だよ」

「そうか、エウロア。なぜ皆自習室を使わないのだろうな。私には不思議で仕方がない」


 自分から進んで勉強をしに行くコレシャの方が不思議で仕方がなかったが、エウロアはそれを口にしなかった。

 この日から、エウロアはコレシャと親睦を深めることになる。

 ハーディが逮捕される十一年前の出来事であった。




*** *** ***




 あの日以来、ハーディは訓練生のプログラムから外され、レクイエム内での勤務をすることになった。

 その噂は、エウロア達訓練生の間に瞬く間に広がり、養成所ではその話題で持ちきりになっていた。

 午前の訓練を終え、エウロアとコレシャは一緒に昼食を取りに来ていた。

 訓練生の間でも浮いていた者同士、二人は気が合い、気付けば、共に行動する時間が、日を追うごとに増えていったのである。


「ハーディ、今頃なにしてるのかなあ?」

「なんだエウロア、あいつの事が気になるのか?」


 コレシャはフォークを置いてエウロアの目をジッと見た。


「まさかエウロア、お前あの男の事を好いているのか?」


 唐突にそんなことを言われてコレシャは焦りを見せる。


「ちっ、違うよコレシャ! ただあの時のお礼できないままだったから!」


 コレシャは「ふうん」と、再び机に並べられた昼食を口に運び出した。


「エルビスさんに迷惑をかけてなければいいがな」


 ハーディは数か月おきにエルビスに連れられ、養成所に顔を出していた。

 その姿を見かけるたびにエウロアは話しかけていたのだが、一緒に食事をとれる機会が来たのは約一年後になった。

 その結果。

 その日、エウロアは刑殺官以外に管理者と呼ばれる職員がいることを知り、部署を移る事になる。

 エウロアの夢は確実に近づきつつあった。




*** *** ***




 レクイエムという刑務所の塀の外側、北東部に訓練所は建設されている。

 対して、北西部にはシシーが指揮を務める研究施設があり、そのちょうど中間が管理者用の施設となる。

 管理者に志願したエウロアであったが、慣れない建物に迷ってしまい、エウロアは研究施設まで進んでしまっていた。

 つまり、管理者棟を通り過ぎてしまったのである。

 エウロアはまだそれに気づかない。

 やがて一人の女性に話しかけられた。


「その、あなた。こんなところで何をしているの?」


 女性はエウロアにきつい目を向ける。

 その視線に一瞬怯むが、エウロアは今から管理者の研修を受けに行くと女性に告げた。


「その、管理者棟はすでに通り過ぎているわよ。引き返しなさい」

「ほ、本当? えっと、うちこの辺来たの初めてで……。えーっと、どれくらい引き返せばいいですか?」


 女性は呆れたようにため息をついた。

 ポケットからメモ帳とペンを取り出す。


「待ってなさい。簡単な地図を書いてあげるわ。その、こちら側は部外者以外立ち入り禁止なのよ。気をつけなさい」


 女性は簡単に見取り図を描いてみせると、それをエウロアに手渡した。

 エウロアはにっこり微笑み頭を下げる。


「どうも御親切に。ありがとう!」


 エウロアに「別にいいわ」と手振りをした後、女性は時計を見て焦りを見せる。


「その、それじゃあ私はもう行くわよ。あなたも早く戻りなさい」


 速足で駆けていくその女性を、エウロアは手を振りながら見送った。




*** *** ***




 地図を見ながら管理者棟まで引き返したエウロアは、遅刻はしたものの、なんとか管理者の登録に合格することが出来た。

 エウロアが選んだ職は仲介屋である。

 受刑者同士の取引の際、間に入って刑期のやり取りをする仕事だ。

 数ある仕事の中からエウロアがこの仕事を選んだのは、受刑者と話しをする機会が多い仕事であるから。

 数週間の講習の末、腕途刑を右腕につけられる。

 ついに、エウロアは先輩仲介屋に連れられ、レクイエムへと入ることになった。

 レクイエム入口まで行ったエウロア達を迎えたのは、オラトリオを担当していた臨時の見習い刑殺官だった。

 細く、暗い通路の終点。

 小さな扉をくぐり、目に入ってきたのは無数の廃ビルだった。


「なんだか、ちょっと不気味だね……」

「あら、エウロア、もう帰りたくなった?」


 先輩仲介人に言われてエウロアはムッとする。


「ぜーんぜん平気だよ。ただちょっと薄気味悪いとおもっただけだよ!」

「エウロア、まわりをよく見なさい」


 エウロアは周囲を見渡した。

 ただただ廃ビルが立ち並ぶだけである。


「確認できないだろうけど、すでに受刑者に狙われているわ。その右腕の腕途刑をよく見えるようにしておきなさい」


 それを聞いてエウロアはゾッとする。


「帰るときも私たち見習いを護衛にお呼びください。一人ですとやはり危険ですので」


 刑殺官見習いも念を押すようにそう言い足した。


「ところで、エルビスに代わってあなたがオラトリオを担当するの?」

「いえ、私も聞いた話ですが。次のオラトリオの担当、刑殺官官長は新人が務めることになるようです」


 先輩仲介屋はそれを聞いて目を丸くする。


「それはすごいわね。よほど腕の立つ刑殺官なのかしら?」

「ええ、エルビスさんが認めて付き人にしていたらしいです。私も会った事がありますが、あの目はタダ者じゃないですよ。武器は二丁拳銃だったとか……」


 そのセリフにエウロアが反応した。

 そんな人間二人といないだろう。

 ハーディの大出世にエウロアは思わずにやけてしまった。




*** *** ***




 入口から歩き続け、エウロア達は最初の街、オラトリオへと到着した。

 今までの雰囲気が嘘みたいだとエウロアは感じることになる。

 そこは普通の街と変わらない……いや、それ以上ににぎやかにエウロアの目に映ったからだ。


「エウロア、私は宿を予約してくるわ。あなたはここで待っていなさい」


 街中で一人にされたエウロアは、オラトリオの街並みをただまじまじと眺めていた。

 通行人の殆どは酒を片手にうろついている。

 本当にここは刑務所なのだろうか。

 もし、両親を殺した人間がこんなところでのうのうと酒を飲んでいたら。

 エウロアはそう考えるとやりきれない気持ちになる。

 そんな時、エウロアの視線を横切った人物、間違いない、ハーディだ。


「あれー? ハーディだ! なにしてるの?」

「てめぇ、ここでなにしてやがんだ」


 ハーディは今日をもって刑殺官官長に就任していた。

 手始めにオラトリオの街中を出歩いていたのである。

 エウロアは自慢げに右腕の腕途刑をハーディに見せつけた。


「研修だよ。私、仲介屋になるんだ!」


 エウロアはそう言うと、ハーディの隣にいた女性が首をかしげた事に気付く。

 ハーディの知り合いだろうか?

 それよりまずはハーディを祝福しなくては。


「それより聞いたよハーディ。オラトリオを担当するんだって!?」


 オラトリオの担当は官長の仕事である。

 それが決まったことをエウロアは祝福しようとしたのだが、先ほどの女性が割って入ってきた。


「なんやはーでぃはん、この女と知り合いなんか?」


 エウロアが気に入らなそうな女性の問いに、ハーディが面倒くさそうに答える。


「ああ、まあ昔ちょっとな」

「ちょっとって! 何よその言い方! 一緒にご飯食べたでしょ! 親友よ。し、ん、ゆ、う!!」


 エウロアは二人を見て少しムキになりそう怒鳴った。


「一緒にご飯て。なんやその程度の仲か。うちはこれからはーでぃはんとずっと一緒におんねんで。部下やもんな」


 ずっと一緒!?

 あのハーディが女の人とずっと一緒!?

 エウロアはショックを受ける。

 すでにその女性の顔も見ていられなかった。


「そんな! でもね、私もしばらくオラトリオにいるもん! 私にもチャンスはあるんだから!!」


 自分でも何を言ってるのかわからないセリフを残し、エウロアは走り去っていった。

 その後研修を終えたエウロアは、オラトリオで独り立ちをする事になる。

 対するハーディは、一緒にいた女性、レイラをコンツェルトの担当に任命した。

 エルビスの事件で印象が薄くなりがちだが、あの時、同時にコンツェルトの刑殺官も殉職したのだ。

 レイラの就任は悪く言えばそこの穴埋めという形であった。

 一見、エウロアを邪魔するものはいなくなったと思われた。

 だが、レイラに負けず劣らず、強力なライバルがエウロアの前に出現することになる。

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