第12話 憎悪を抱く青年4

「まったく、相変わらずデタラメな男だな」


 訓練を終えたハーディとコレシャは養成所内にある休憩所に来ていた。

 試合後、実力の差を見せつけられたコレシャが話があると、ハーディを誘い出していたのである。

 休憩所で二人分の珈琲を購入したコレシャは、その一つをベンチに座るハーディに手渡し隣に座った。


「コレシャ、話ってのは一体なんなんだ?」

「いやなに、大した話でもない。ただレクイエムにいたハーディから見た感想を聞きたいのだ」


 ハーディはレクイエム暮らしを経験している。

 そんな人間にしかできない質問。


「私の実力で刑殺官は務まると思うか?」


 コレシャは先程の試合で自信を無くしていた。

 もし仮にハーディですら刑殺官を務めるのが辛いなら、今の自分の腕では到底務まらないだろうと感じてしまったのだ。

 ハーディがどう答えようと、コレシャは受け止める覚悟ができていた。

 実力不足だというならまた、それに見合うまで訓練を増やすまでだと、コレシャは考える。

 コレシャの信念と自信は、誰よりもひたむきに行ってきた訓練の時間で形成されているのだから。


「正直に答えてくれ。ハーディ」


 コレシャの腕は決して悪くはない。

 あのレイラを抑え決勝まで順当に勝ち進んだ位である。

 他の見習いと比べれば頭一つ抜けている。

 またコレシャはそれだけではなく、真面目に勉学に取り組み知識も豊富だった。


「……コレシャ、さっきの試合で俺になんて言ったか覚えてるか?」

「なんの話だ?」

「俺に避けろと言っただろう」


 コレシャの鞭がハーディに直撃していたら、間違いなく大けがを負わせていた。

 コレシャが避けろとハーディに言いつつも、鞭を振るったのは、ハーディの回避を確信しての事である。


「レクイエムであんな事したら、舐められて終わりだ」

「ああ……。そうだな。だがそれでも、私はだれもむやみに傷つけたくないのだ」


 もちろんコレシャの信条をハーディはわかってはいたが何も言わなかった。


「なあハーディ、もし私の正義が敵の暴力に屈することがあれば――」

「はーでぃはん、なにしてますの? こんなところで」


 コレシャの話途中で、偶然通りかかったレイラにハーディは話しかけられた。

 言いかけた言葉をなんとなく察したハーディはコレシャにその先を聞かなかった。

 レイラは学年が上がってからも親身な友人を作らず、訓練以外の時間はいつも一人で行動をしていた。

 他人に話しかける姿など、誰も見たことが無い。

 周りにいた訓練生はレイラの行動に驚いていた。

 レイラはハーディの試合を見て、ハーディがエルビスや自分と同じ天才だと認めていた。

 ハーディになら本音で物事を話せるやもと、思うようになっていたのである。


「別に。……なんもしてねぇ」

「珍しいな。レイラが人に話しかけるなんて」


 レイラの行動に驚いたのはコレシャも同様だった。


「自分、誰でしたっけ?」

「コレシャだ! コレシャ・コラール!!」

「あーあー鞭の。えらいはーでぃはんと仲良うしてるんやなあ」


 コレシャはふっ、と鼻で笑った。


「おいおいとぼけるなよ。自分が負けた相手の顔を忘れるわけがないだろう」


 レイラはにやけ顔のままだったが、目は完全に凍り付いていた。


「あんなお遊びの結果、いちいち覚えとらんわ。うちに勝ててそんなに嬉しかったんやろか? 凄いなあ。よかったなあ」


 バチバチと火花を散らすような二人の言い合いに、ハーディはため息をついた。


「レイラ、てめぇじじいから何も聞かされてないのか?」

「えるびすはんがなんやって?」


 レイラはハーディの問いに一旦コレシャとの言い争いをやめた。


「てめぇの刑殺官入りが決定したって話だ」


 ハーディがその話題を口にしたのは、その答えを本当に聞きたかったからではない。

 ただ、二人の言い争いが聞くに堪えなかったから止めさせようと、別の話題を振っただけだった。


「それは初耳ですなあ。そんで? はーでぃはん、この女の事はエルビスはんはなんにも言うてはりませんでしたか?」


 レイラは水を得た魚のようにコレシャをにやりと見つめた。

 その一言はハーディの意図と反し、逆に二人の言い争いを加熱させる燃料と化してしまう。

 周りの人間はレイラがこれほど人と楽しそうに話しているのを見たことが無かった。

 コレシャは悔しそうにレイラを睨み返す。


「優秀な人間は早めに選ばれてしまうんやなあ。ほんっま辛いわぁ。もっとここでぬくぬくしてたかったんやけどなあ」

「お、おまえは訓練に参加しても真面目にやらないからレクイエムに送られるだけではないのか? 私のような大器晩成型の人間は、しっかりと訓練を積んで、大器を練り上げてからお呼びされるのだ」

「ホンマは悔しいんやろ? 自分、正直に言ったらどうや」

「私はまだここで学びたいことがあるのでな。仮に呼ばれても断っていただろう」

「すまんなあ。言い過ぎたわ。うちのこ――」


――ビーッ!ビーッ!ビーッ!――


 二人の言い争いを止めるように大音量の電子音がその場に響いた。

 音の出所に即座に気づいたのは、ハーディ一人だけである。

 ハーディは右腕の腕途刑を見ると、そこに表示される通話中と言う文字が目に入った。


『あ、あー。聞こえるか? 小僧』


 腕途刑から流れてきた音声はエルビスに間違いない。

 あまりの音量に耳を塞いでいたコレシャとレイラはハーディの右腕に注目した。

 ハーディはその機械に向かって話しかける。


「ああ、なんだ? じじい」

『ちょっと不味いことになってな。小僧のレクイエム入りを早めることになった』


 養成所に戻ってきても特にすることのなかったハーディは、その突然の報告に驚きこそしたものの慌てはしなかった。


「かまわねえぜ。じじい、なにがあった?」

『今は何も言えねえ。直に小僧の所に人が向かうはずだ。それまで待機してろ』

「その声……えるびすはん?」


 二人の会話を聞いていたレイラは思わず話しかけてしまった。


『レイラ、お前もいたのか。ちょうどいい。お前のレクイエム入りが決まった』

「はあ。それならさっき、丁度はーでぃはんから聞かされましたわ」

『そうか。レイラが入るのは次の欠番が出てからだ。まずは見習いとして呼ばれると思う。いつでも出れる様準備をしとけ』


 レクイエムを統括するのは四つの街にそれぞれ配属される刑殺官と、それをサポートする見習いだ。

 エルビスに直接ついていたハーディはともかく、経験のないレイラはサポート役からのスタートとなる。


『小僧、レイラ。これからはお前らの時代だ。レクイエムを頼んだぜ』


 腕途刑がそう言い終わると通話は切れた。

 エルビスが改まってそう言ったものだから、ハーディもレイラも少し困惑していた。


「ハーディ、今のは一体――」

『ハーディ・ロック、レイラ・チルアウト。今すぐ指令室に来るように』


 コレシャが話しかけたと同時に、訓練棟のスピーカーが二人を呼び出した。




*** *** ***




 指令室についた二人は案内されるがままに来賓室へと連れられた。

 そこで二人を出迎えたのは、先程の訓練の時に現れた謎の男であった。

 男の周りには屈強そうな黒服がずらっと、彼を守るように控えている。


「ハーディ君、レイラ君。ご苦労。そこに座りたまえ」


 すでに豪華な椅子に腰かけていた男は、対面にあるソファに目を配らした。

 ハーディとレイラは何も言わず腰かける。


「ハーディ君。すでに聞いていると思うが、君には明日には官長としてレクイエムに戻ってもらう」


 すでにエルビスから聞かされていたハーディは、受け入れる様に頷く。


「レイラ君。君も明日にはレクイエムに向かってもらう。孜孜忽忽と剣を振る日々は今日で終わりだ。朝には出れる様準備を済ませておきたまえ」


 レイラはエルビスの話と違うことに驚いた。


「えるびすはんは、欠番が出てからゆうてはりましたけどなあ?」


 レイラの言葉に男はピクッ、と反応した。


「エルビスから連絡が入ったのか?」


 ハーディは腕途刑からだ、と言わんばかりに男に自分の右腕を見せた。


「なるほど。腕途刑か……まあいい」


 腕途刑の存在を知っている。

 そこからハーディが直感したのはこの男がレクイエム関連の政府の人間だという事。

 男は話を続ける。


「レイラ君がレクイエムに入るのが決定したのは、欠番が先程出たからだ。職員が減ったのでそのまま君を補充する」


 突然の欠番。

 それは刑殺官側の人間の殉職を意図していた。


「どうやら二人は面識があるようだ。とりあえずレイラ君はハーディ君につき、部下としてレクイエムの内部を教わりたまえ」


 ハーディとレイラは目を合わせた。


「話は以上だ。各々自室に戻り、明日に備えたまえ」

「一つ聞きたい。レクイエムで何があった?」


 ハーディは男にそう尋ねた。

 例え、暴動が起きたにせよ、中にはエルビスがいたはずだ。

 他の刑殺官も精鋭ばかり。

 殉職など考えられなかった。

 ハーディは並々ならぬ緊張感に違和感を感じた。


「刑殺官の一人が規約を破り、罪を犯した。我々はそれを捕らえようとしたところ、罪人を庇った見習いが一人死んだのだ」


 ハーディはエルビスについてレクイエムを回った。

 当然四大都市の刑殺官には全員会っている。

 規約を破る人間など、ハーディには思いつかなかった。


「一体誰が規約を破ったんだ。詳しく話せ」

「罪人はレクイエムで生まれた乳児を匿っていた。これは生まれてきた命を軽んじる重罪だ。まさに越俎之罪と言えよう」


 レクイエムでの受刑者同士の出産による乳児は、刑殺官により引き取られることになっている。

 それを庇ったり、または黙って見過ごしたとあれば、刑殺官としての規約違反に処される大罪だ。

 だがそれを聞いてなおハーディには心当たりがなかった。


「一体、誰がそんなことを――」

「罪人の名はエルビス・ブルース。我々はすでにやつを捕らえ、今後の裁判によりレクイエムに収容する予定だ」

「そんなん嘘や!!」


 それを聞いてレイラが急に叫んだ。

 信用し、信頼し、信愛してもらった人物が、罪を犯し逮捕されたなど、レイラには到底信じられなかった。


「全て真実だ。下らん情に流された哀れな男だよ」


 レイラとハーディはそれを聞き男を睨み付けた。


「えるびすはんをそないに言うな!!」

「じじいの悪口はやめてもらおうか」


 男はため息をつく。


「まあいい。もう下がりたまえ」


 話はもう終わりだ、と言いたげな顔を男はして見せた。

 ハーディとレイラは立ち上がり、出口へと向かう。

 先にレイラが部屋から出、後を追うようにハーディも部屋を出ようとする直前、男に振り返った。


「あんた、何もんなんだ? 政府の人間か?」

「これは失礼。まだ名乗っていなかったな。私の名はセルゲイ・オペラ。レクイエムの顧問をしている」


 ハーディ・ロックとセルゲイ・オペラ。

 後に、この二人によりレクイエムの存続が、いや、世界の在り方が賭けられた戦いが起こされるとは誰も知る由もない。




*** *** ***




 二人は無言のまま通路を進む。

 両者は必死で頭の中を整理していた。

 しかし答えの出ないレイラは重い口を開く。


「なあ、はーでぃはん。さっきみたいに、えるびすはんに連絡はとれへんの?」

「無理だな。出来たとしても俺はこいつの使い方を知らねえ」


 どちらにせよハーディの付けていた腕途刑からの発信はできなかった。

 なぜならば、ハーディがつけていたのは見習い用の腕途刑だったからである。

 自分の好きに発信するには、街を担当する刑殺官クラスの腕途刑が必要だった。


「えるびすはん、いまどこにおるんやろ?」

「多分裁判所だな。あの男の話が真実なら、正式に刑期が決まり次第、じじいは投獄されるだろう」


 レイラは立ち止まり、ハーディに向き直った。


「なんで……、なんでなん? はーでぃはん、なんでそんなに冷静なん?」


 レイラはズカズカとハーディに詰め寄る。


「なあ、自分えるびすはんと一緒にいたんやろ! なんか知っとるんか!?」


 当然ハーディにはなぜエルビスが罪を犯したのかわからなかった。

 静かに首を横に振り、俯いた。


「嘘や、あのえるびすはんが、犯罪者やで……笑えへんわ……」


 レイラはその場にペタンと座り込み目に涙を浮かべた。

 エルビスはレイラにとって、ただ一人の親友とも呼べる相手であった。

 そんな人物がわけのわからぬうちに犯罪者になったのである。

 これから刑殺官となるレイラからしてみれば敵と呼べる存在だ。

 レイラと言えど、幼い少女である。

 唯一の理解者がいなくなった事よりも、エルビスが敵対する側に行ってしまった事に耐えられなかったのだ。

 ハーディはレイラの頭に優しくポン、と手を置いた。


「泣くな」


 泣きたいのはハーディも同じであった。

 だが、それでもハーディは、刑殺官が人前で泣くことは許されないとエルビスに教わっていたのを思い出し、心を強く保っていた。


「じじいの事だ。なにか事情があったんだろう」

「うち、また一人になってもうた。もうなんも嫌や。わけがわからへん」


 ハーディはため息をついた。


「レクイエムでエルビスに直接聞けばいい」


 レイラは顔を上げハーディの目を見る。


「てめぇは俺の部下だろう。俺はレクイエムでじじいを探して話を聞くつもりだ」


 納得してないのはハーディも同じだ。

 レクイエムの仕組みを知っているハーディは、そこに投獄されるのであれば、エルビスに会うのは難しくないと知っていた。

 その言葉はレイラにとって希望そのものだった。


「会えるん? えるびすはんに?」

「少なくとも俺は会うつもりだ。あのセルゲイとか言う男、どうも信用できねぇ」


 ハーディはそう言い残し、自室に向かおうとした。

 レイラは慌てて立ち上がり、ハーディの腕を掴む。


「はーでぃはん、一年前の約束。覚えてはりますか?」


 似たようなことを最近エウロアにも言われた気がする。

 だが同じく、ハーディには思い出せなかった。


「模擬戦で勝ったら何でも言うこと聞く言うたやろ」


 ハーディはそれを聞かされて、エウロアの時とは違い、今度はなんとなくだが薄っすらと思い出した。

 それを言い出したのは他ならぬエルビスだったからだ。


「それがどうした」


 レイラはもじもじしながら、目に涙を浮かべてハーディに懇願した。


「はーでぃはんは……、うちの前から勝手にいなくならんといてや……」


 レイラはもう一人になる事に、孤独に耐えられなかった。

 それはレイラが一番に望んだ願い事だった。

 ハーディはただ黙って頷いた。

 それを見たレイラは安心したのか、そっとハーディの腕を離した。




*** *** ***




 翌日。

 腕途刑を官長用の物へと付け直したハーディと、新規にそれをつけ、ハーディから大雑把にレクイエムの仕組みを聞かされたレイラは、共にレクイエムの入り口に来ていた。

 扉が開き、二人はレクイエムへと入る。

 レイラは辺りを見渡し、ハーディに話しかけた。


「なんや想像してたんちゃうわ。ずっと廃ビルが続くんどすか?」


 ハーディはオラトリオと言う街について説明した。

 刑殺官の官長はオラトリオを管轄する事になっている。

 それは、大抵の受刑者が初めてたどり着く街の為、レクイエムに慣れない受刑者が暴れやすいからだ。

 つまりはそこで、まずは圧倒的な力を見せつけ、受刑者の心に鎖をする必要があったのだ。

 エルビスの跡を引き継ぎ、ハーディは二代目の官長としてオラトリオに向かった。


 オラトリオに到着したレイラは更に驚く事になる。

 そこでレイラは囚人が自由に生活をしている光景を目の当たりにしたからだ。

 ハーディの時と同様に、それはレイラの予想を遥かに裏切った。

 オラトリオを二人がうろついていると、一人の女が話しかけてきた。


「あれー? ハーディだ! なにしてるの?」

「てめぇ、ここでなにしてやがんだ?」


 その女はエウロアだった。

 エウロアは刑殺官見習いから外れ、管理者育成の講習を受けた。

 彼女はその一環として、先輩仲介屋につき、オラトリオで研修を受けていたのだ。

 エウロアは自慢げに右腕の腕途刑をハーディに見せつける。


「研修だよ。私、仲介屋になるんだ!」


 仲介屋?

 慣れない単語にレイラは首をかしげる。

 エウロアは希望が叶ったようで満足そうだった。


「それより聞いたよハーディ。オラトリオを担当するんだって!?」


 エルビスがオラトリオの担当から外れた噂は、すでにレクイエム内で広まっていた。

 しかし後継人は金髪の死神である。

 エルビスがいなくなっても、街の平穏は残り続けていた。


「なんやはーでぃはん、この女と知り合いなんか?」


 楽しそうに話すエウロアの姿を見てレイラが割って入ってきた。


「ああ、まあ昔ちょっとな」

「ちょっとって! 何よその言い方! 一緒にご飯食べたでしょ! 親友よ。し、ん、ゆ、う!!」


 ハーディの答えにエウロアはプリプリと腹を立てた。

 それを見てレイラも黙っていない。


「一緒に食事って。なんやその程度の仲か。うちはこれからはーでぃはんとずっと一緒におんねんで。部下やもんな」


 エウロアはショックを受ける。


「そんな! でもね、私もしばらくオラトリオにいるもん! 私にもチャンスはあるんだから!!」


 エウロアはそう叫ぶと走り去ってしまった。

 ハーディは何ムキになってんだ、と勝ち誇ってるレイラを眺めていた。




*** *** ***




 エルビスがレクイエムに投獄されたのは、ハーディとレイラが刑殺官に就任してからたった二週間後の事であった。

 ハーディはその日、オラトリオを見習いに任せて、レイラと共にレクイエム入り口まで、入所するエルビスを迎えに行った。

 扉の前で二人がしばらく待っていると、ゆっくりとそれは開き、両手を拘束されたエルビスが歩いて出てくる。

 久しぶりに見たエルビスは少しやつれたようにも見えた。

 いつも右腕にしていた腕途刑は外されており、それの代わりに左腕に新しく腕途刑が課されている。


「えるびすはん!」


 レイラが駆け寄ると、扉の内から鍵が投げ出され、

 扉は再び重厚な音を立て締まり始めた。


「レイラ、小僧。……やっぱり来ちまったのか」

「久しぶりだな、じじい。一体なにがあったんだ?」

「罪を犯したなんて嘘やろ? 誰かにハメられたとかで――」

「いや、俺は子供を庇った」


 必死に同意を求めていたレイラの言葉をエルビスは遮った。


「じじい、本気で言ってるのか?」

「ああ、だがな、遅かれ早かれ、こうなるのはわかっていた。俺の予想よりは大分早かったがな」

「えるびすはん。なに言うてはりますの?」


 困惑するレイラの頭に手を置いてエルビスは話し続けた。


「お前らも会っただろう。セルゲイという男に」


 言われてハーディとレイラは来賓室で会った不吉な顔を思い浮かべた。


「あいつと俺は昔からの知り合いなんだが、最近トラブっててな。やつはずっと俺を落とすきっかけを探してたのさ」

「ならそれをちゃんと申告すれば……」

「俺がその気になればレクイエムからはいつでも出られる。まあこっち側にいないと出来ないこともあるさ。しばらくは受刑者としてここにいようと思う。まあそういうわけだから、そんなに心配するなよ」


 エルビスは笑いながらそう言った。

 確かに、エルビスの戦闘能力を考えれば、刑期がどれだけあろうともそれを零にするなど容易かった。

 しかしエルビスは、その刑期自体を無くされるとは夢にも思っていなかった。

 この時点でエルビスは、現状を軽く見すぎていたのである。

 だが、それを知る由もない。

 ハーディはさも当然に語ったエルビスの話に笑い出した。


「ハッハ。じじいらしいぜ。捕まることまであんたの計算の内かよ」

「まあ、心残りはあるけどな。肩の荷が下りた気分だぜ。しばらくは自由にさせてもらうさ」


 エルビスが言った心残りとは新人の育成の話だった。

 セルゲイが思ったより早く動いたために、エルビスはそれを成し遂げることができなかったのだ。

 しかし、思っていたよりも現状が深刻ではないと悟ったレイラはホッ、と胸をなでおろした。

 エルビスは二人の肩に手を置いて、顔をまじまじと見た。


「これからはお前らの時代だ。レクイエムを頼んだぜ?」

「任せとけ、じじい」

「安心しいや、えるびすはん」


 ハーディとレイラが笑ってそう返すと、エルビスは人目につかないよう、カンツォーネに向かって歩き出した。

 その背を二人は黙ったまま、見えなくなるまで見送り続ける。

 ハーディは今後、十年近くにわたりレクイエムで官長を務めることになる。

 その先に辿った結末は、皮肉にも尊敬する上司と同じ結果に終わるのであった。

 唯一つエルビスと異なるのは、その際に抱いた物が、希望でも理想でもなく、抱えきれない憎悪のみであった点である。

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