第11話 憎悪を抱く青年3
後日、他の道がある事を知ったエウロアは刑殺官の訓練生から外れ、他の管理人を育成する養成所へと部署を移した。
元々、レクイエムに入れれば目的が達成されるエウロアにとって、その道の方が遥かに近道であったのは言うまでもない。
ハーディはと言うと、次の命令が下るまでの間、特にすることもなかったので、暇つぶしがてら見習いたちの訓練に参加していた。
周りの見習いたちは一年ぶりに帰ってきたハーディの顔を見ると、ひそひそと話し合っていた。
ハーディはそれを気にも留めなかった。
一人を除いては。
「なんでてめぇがここにいる?」
「おひさしぶりですなあ、はーでぃはん。いやうちな、えるびすはんに言われて学年が上がったんや」
ハーディの目に入った人物はレイラだった。
エルビスは同学年に好敵手がいないレイラに配慮し、ハーディをレクイエムに入れた直後にレイラを飛び級させていたのだ。
しかしそれでもレイラの状況は変わらなかった。
「はーでぃはん。えるびすはんは今何してはるんですか?」
「レクイエムで仕事中だ。しばらくは帰ってこないだろうよ」
レイラはハーディの答えを聞いてしょぼくれた。
エルビスを信頼し、そして尊敬していたハーディ。
レイラも同じ心持であった。
逆に言えばレイラには、エルビス以外に心を開ける人間などいなかった。
「なんだハーディ。レイラと知り合いなのか?」
ハーディは急にコレシャに声をかけられた。
コレシャからみたレイラは不気味の一言につきる。
急遽組まされた模擬戦で敗北した後、突然飛び級をしてきた上に、実務成績は常にトップクラス。
まるで消えたハーディの生まれ変わりのようだとコレシャは思っていた。
「コレシャ。ああ、昔ちょっとな」
「羨ましいですわはーでぃはん。うちもえるびすはんについていきたかったなあ。こんな訓練意味ないんやし」
レイラはにやりと笑う。
その一言に反応したのはコレシャだ。
「意味がないとは、いったいどういうことでしょうか。レイラ」
「そのまんまの意味や。雑魚用の訓練をしたとこで、腕なんかあがるわけない」
レイラからしてみれば学年が上がろうが退屈な養成所生活に変わりはなかった。
なぜなら、周りの人間の年齢が上がろうが、レイラと比べれば取るに足らない存在の集まりに変わりはなかったからである。
レイラはエルビスがハーディを選んで連れて行ったと聞いて、心の底からそれが羨ましくて仕方がなかった。
「雑魚用の訓練だと……?」
コレシャはふるふると震えた。
今まで真剣に打ち込んできた訓練がそんな言われ方をして、心底頭に来ていた。
「あんたにはわからへん。でもなぁ、はーでぃはんならわかるやろ?」
言う通り、ハーディもレイラ側の人間だった。
そしてエルビスと共にレクイエムで過ごしたハーディは、訓練というのは、ただの練習に過ぎないのだと、いやというほど思い知らされていた。
ハーディはチラ、とコレシャを見つめた。
「なんだ!? ハーディも訓練なんか意味がないというつもりなのか!?」
ハーディは頭を掻き、何も答えなかった。
「せや、はーでぃはんはうちと同じ人間。自分らとは違うんや」
「分かった。では私が次の訓練でわからせてやる!!」
コレシャは怒りながら立ち去って行った。
「ほな、うちもこれで。はーでぃはんにあたるん楽しみにしてますわ」
対照的にレイラは笑いながら立ち去って行った。
次の訓練の内容は個人による決闘だった。
各々の得意とする武器を使い、相手に参ったと言わせるか、自由を奪うまで戦う。それだけのシンプルな内容である。
訓練の重要性を証明するため、コレシャはその場で二人に勝つ気でいた。
*** *** ***
ハーディの相手は名も知らぬ男だったが、男はハーディの事をよく知っていた。
二丁拳銃を扱うハーディに対し、男が選んだのは体をまるごと守れるほど大きな盾と、連射に特化したマシンガンである。
盾でハーディの攻撃を完全に無効化し、リロード中に仕留める作戦であった。
それは講習通り、拳銃の弱点をついた好手に思える。
加えて言えば使うのはペイント弾である。
ハーディがデイトナやハロルドから弾丸を発したのなら、盾は貫通していただろう。
だが、訓練用の武器を手渡された今、盾を持つ相手にハーディのなす術はないと思われた。
両者は向かい合って立たされる。
「ハーディ、武器を変えなくて平気なのか? お前がいくら打ち込もうと、この盾で防ぐのは容易いんだぜ?」
盾を構えた男は余裕そうにへらへら笑って見せた。
周りには一年ぶりにハーディの腕前を見物しようと、多くの見習いが集まっている。
なかには見習いではなく職員も見学に訪れていた。
皆一様に、エルビスのお供を務めたハーディに興味があったのである。
「はやく始めろ」
ハーディがそう言うと、審判役は持っていた旗を大きく下に向けて振り下ろした。
試合開始の合図である。
旗が振られた事を確認し、男がハーディに目線を戻そうとした時には、すでに後頭部に銃が突き付けられていた。
盾を持った男はともかく、周りで見ていた人間にすら何が起きたのか理解はできなかった。
静寂が流れた後、勝敗は決した。
「……まいった」
冷や汗をだらだらと垂らす男からハーディは銃を下した。
ハーディは試合開始とともに男の目を見、その目線が審判に配される一瞬。
つまり男の視線がハーディから外れた事を確認したと同時にとび上がり背中に回り込んでいた。
男からすればハーディが消えたように見えていただろう。
しかしそれは周りにいた人間、そして審判すらも言えることで、誰もが旗に注意した一瞬の行動は、あまりにも無駄がなく、あまりにも静かだった。
金髪の死神。
一年前の荒々しいイメージからは別人だと感じさせるほど、ハーディの身のこなしは落ち着いた立ち回りであったのである。
「お、おい。見たかよ今の」
「なんだあの動き。人間じゃねえぞ」
「エルビス様についてたって本当だったんだ……」
驚愕する人々の群れで、一人満足そうに笑う人間がいた。
「さすがやねえ。ほれぼれするわ」
*** *** ***
その後コレシャ、レイラ、そしてハーディは順調に勝ち進み、ついにコレシャは準決勝でレイラと当たることになった。
勝ち上がった者が次の試合で、先に決勝行きを決めていたハーディと当たることになる。
レイラは歯のつぶしてある細剣を、コレシャは表面の柔らかい軟鞭を手に取っていた。
両者は向き合い、それぞれを見つめる。
「別に、普通の鞭をつこうてもええんやで。なんやその鞭じゃ早くは振れへんやろ」
コレシャが普段扱う軟鞭は重く、長さで言えば中くらいであった。
鞭を使う人間は、数多くいる訓練生のなかでもコレシャただ一人だけである。
扱いが非常に難しく、敵に武器を取られやすい。
一見、利点が無いように見える武器だが、コレシャが鞭を選んだのには理由がある。
それは銃や剣と違い、誤って人を殺す可能性が低い為であった。
コレシャは相手が犯罪者だろうと命を奪う行為を悪と決めつけていた。
鞭という武器は見た目に反して、ひとたび振るえばその先端は音速を超える。
命を奪うことなく、激痛により相手を動けなくさせる事のできる武器を、コレシャは気に入っていたのだ。
鞭の名手であるコレシャがそれを振るえば、生身の部位であれば間違いなく骨まで届き得るだろう。
そのため、現在コレシャが持っている訓練用の軟鞭は、当たったところで外傷が残らないよう、周りをゴムで覆った長めの鞭であった。
「構わない。これは訓練だ。ついでに言えば、訓練を甘んじるやつにはこれでも充分すぎる」
レイラはにやりと笑い、対照的にコレシャはきつく睨んだ。
審判が旗を高く掲げ振り下ろす。
コレシャはレイラと距離を取るように後ろに下がり鞭を振るった。
鞭は手元から先端まで真っ直ぐに伸びているわけではない。
ギリギリで避けたと思っても当たる可能性がある。
レイラは飛んでくる鞭をにやにや笑いながら大げさに避けていた。
「あきまへんなあ。こないな攻撃、目つぶってても避けられるわ」
コレシャの鞭を避けた後、レイラは一気にコレシャに走り込み、細剣を突き出した。
鞭の間合いに入ってしまってはなにもできないとレイラは考えたのだ。
それは間違ってはいない。
通常鞭が真価を発揮するのは相手との間合いが十分にとれていた時である。
至近距離に入り込まれてしまっては、せっかくのリーチが生かせないどころか、鞭を振るっても速度も出ていない手元部分に当たることになる。
対してコレシャは鞭を上空に振りあげ、レイラの突き出してくる細剣に向かって走りこんだ。
予想外の動きにレイラは一瞬驚くが、そのまま剣を止めることはなく駆け抜ける。
コレシャは細剣をギリギリのところで避け、そのままレイラの背後へと回り込んだ。上空に上げられた鞭は輪っかを作り、落ちてきてレイラを囲った。
レイラの腕の位置まで落ちてきた鞭を、空いていた左手でコレシャは掴んだ。
コレシャの考えにレイラが気づいた時にはもう手遅れだった。
手に持った鞭をコレシャはきつく縛り上げた。
審判が試合終了の判決を下す。
周囲の見習いは大波乱に驚いていた。
呆けるレイラにコレシャは耳元でつぶやいた。
「この訓練の目的は、一対一の状況で相手を殺さずに拘束する事だ。ルールも相手に参ったと言わせるか、自由を奪うまでと言っている」
「はっ、それがどうしたんや。結局実戦では役にたたんやろ。殺した方がええにきまっとる」
「殺さずに済む命を助けるために……、訓練を積むんだ。レイラ」
レイラはふう、と息をついた。
「わかったわかった。はよこれほどき」
言われてコレシャは鞭を解き拘束を解いた。
結局、コレシャが伝えたかったことがレイラに届いたかどうかは定かではないが、勝負の勝敗は決した。
決勝戦に進んだ人間はコレシャとハーディであった。
「ハーディ、次はお前だ」そう言い残しにコレシャは去っていく。
どうやらこの一年で成長したのは自分だけではないらしいと、ハーディはわずかに口角をあげた。
その時、試合を見ていた四十代と思わしき一人の男がパチパチと拍手を送る。
「素晴らしい。いや、実に素晴らしい」
その場に居合わせた教官、職員ですらもその男をみて唖然とする。
普段は厳粛な上官が慌てふためく様を見習いたちはただ見つめていた。
「ど、どうしてあなたがここに!?」
「いやいや、少し用事があってね。新人の育成も視察しようと思っただけだよ。それより一つ聞きたいんだが――」
男はレイラとコレシャをチラと見た。
「なぜそんなおもちゃを使わせているんだ?」
「く、訓練ですので、訓練生にケガがないようにと――」
「そのような生ぬるい訓練では刑殺官は務まらん。腐敗堕落を防ぐ意味合いもかねて、……次の試合は全力でやらせなさい」
「で、ですがしかし!!」
「……やるんだ」
男が睨みを利かすとだれも反論をしなくなった。
コレシャも、ハーディもそれを聞いていた。
二人は教官に言われるがまま武器を用意し、決闘の準備をした。
*** *** ***
先程とは違い、コレシャは使い込んでいるだろう、黒い鞭を用意していた。
コレシャが長年愛用している、化学繊維で出来ている軟鞭であった。
よくしなり、先端までずっしりと重い。
もしコレシャが全力でこれを振ったなら、一撃で命こそとれるものではないが、当たったら当分起き上がれまい。
対してハーディが手にしたのはデイトナとハロルドである。
明らかに通常の拳銃より一回りも大きいそれが、生半可な代物では無いことを匂わせ、見習いたちは固唾を呑んでその威力を想像した。
二人は向き合い、そして審判はこわばった顔で旗を振り下ろした。
「遠慮するな、ハーディ。いい機会だ。全力で来い。この一年でどれだけ私が成長したか見せてやる」
ハーディはデイトナとハロルドをホルダーにしまった。
「ハーディ、なにをしている?」
「遠慮するな、コレシャ。いい機会だ。てめぇにレクイエムの世界を教えてやる。本気でそれを振ってみろ」
「馬鹿にするな! お前は知らないだろうが、当たればただでは済まないぞ!」
ハーディは何も言わず、コレシャの瞳を見つめていた。
「……わかった。何を考えているがしらんが、後悔したくなければ避けろ! ハーディ!!」
コレシャはハーディに向け、全力で鞭を振るった。
既に音速は超えたのか、コレシャの放った鞭の先端は見えなくなった。
しかしハーディは間合いを完璧に読み切り、鞭がぎりぎり当たらないところまで一瞬で下がる。
次の瞬間、その場にいた全員が絶句した。
コレシャの鞭の先端をハーディが片手で掴んでいたからである。
「嘘……だ……」
目の前で起きたことがコレシャには信じられなかった。
ハーディは音速を超える速さで動く鞭を、後から追うように手で掴んで見せたのだ。
そんな神業をあっさりとやってのけたハーディに力量の差を感じ、コレシャは膝からがっくりと崩れ落ちた。
ハーディは呆然と地面を見つめるコレシャにそっと呟く。
「コレシャ。訓練だけじゃたどり着けない領域なんだ」
「お前はいつもそうだ。いつも私の前にいる。訓練しても訓練しても。いつだって手は届かない」
悔しそうにコレシャは口に出した。
「だがな。私はいずれお前を超えて見せる。その為に、さらなる訓練を続けよう。審判員、今日のところは私の負けだ」
ハーディには敵わない。
それが当たり前。
持って生まれた才能は覆らない。
意識的にしろ、無意識にしろ、訓練生の誰もがそう思う中、コレシャだけは常にハーディを超えようと研鑽を重ねてきた。
きっと、これからもそれは変わらない。
「奴が例の?」
「ええ、ハーディ・ロックです。エルビスさんのお墨付きですよ」
決闘を見ていた男は教官に尋ねた。
その名を確認するとハーディに話しかける。
「素晴らしい。いや、実に素晴らしいよハーディ君。……ところで、君はなぜ銃を使わなかったのかね」
ハーディは話しかけてきた男を睨み付けた。
身分的にかなり上の立場の人間だと直感したが、ハーディの態度は変わらない。
「相手が弱かったからだ。使う必要はないと判断した」
その言葉はコレシャの胸に突き刺さった。
ハーディはコレシャを傷つけたくなかった。
だが、それに気づかれれば、この男はもう一度試合を続行させるだろうと、ハーディは勘づいていた。
それほど男の目は冷酷であった。
故にハーディとコレシャの間には絶対に埋まらぬ実力差があると見せつけ、男の興味を削ごうと考えたのだ。
ハーディが選んだ手段は、それを十分に果たしていた。
コレシャはハーディのその冷たいセリフの中にある、暖かい意図を汲み取り、エウロアが言っていたセリフを思い出していた。
「次からは手を抜かず全力でかかりなさい。そんな甘ったるい事を言ってると、君もいずれ死ぬだろう」
男はそう言い残し、職員に見送られる様に去っていった。
その後ろ姿が見えなくなると、コレシャは立ち上がり、ハーディに近づいた。
「すまないな。ハーディ」
「俺がレクイエムで学んだことをしただけだ」
以前のハーディならコレシャを叩きのめしていたかもしれない。
だが、こういう戦いの仕方があるのだと教えてくれた人物がハーディにはいた。
この直後、その人物が逮捕されるとはハーディには思う由もなかった。
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