第9話 憎悪を抱く青年
本陣を一人離れ、作られた市街地を駆け抜けるハーディが探したのは、敵の大将レイラではなく、一兵士に過ぎないエルビスの姿だった。
ハーディがレイラに攻撃した瞬間、その時点で勝敗は決しこの模擬戦は終了してしまう。
確かに勝利は確定するが、その前に散々小僧と呼ばれたツケをハーディは清算しておきたかったのだ。
ハーディからすれば自分が負けるという事はまったく頭にない。
先程軽く勝利をおさめた状況に、十四の少女と名も知らぬ男が一人加わっただけなのである。
それも無理からぬ話ではあった。
走り続けるうちにハーディは武器を構える敵の集団を見つけた。
しかし構うことなく、足を止めずに集団へと一人切り込んでゆく。
「おい! いたぞ! ハーディだ!!」
「よし全員取り囲め!!」
「逃がすな! さっきの屈辱を返してやれ!!」
青の軍勢はハーディの姿を見つけるとそれを迎えうった。
だがしかし、ハーディに攻撃を当てることはやはり叶わず、両手に持った銃により、一人、また一人と放たれるペイント弾に沈んでいく。
ハーディは集団が目に入る度、それを殲滅し続けたが、目当てのエルビスはなかなか見つけることができなかった。
敵陣に乗り込み、殲滅し続けると、いよいよ青の勢力に出会う事すら難しくなってくる。
今までに倒した人数から考えれば、青陣営はもう数人しか残っていないだろう。
これだけ敵陣に切り込んでいても、レイラを守る護衛、偵察に使うグループがないことに違和感を感じたハーディは直感し、来た道を引き返した。
自陣まで引き返すと、目に入ったのは壊滅状態の赤陣営だった。
青の軍勢はほぼ、ハーディ一人で殲滅してしまっていたはずなのに。
何が起きているのか、ハーディには理解できなかった。
「やめろお!! こっちにくるなああああああああああ!!」
近くから悲痛な叫び声が聞こえてきた。
ハーディが駆けつけると、赤陣営の一人の男が、エルビスとレイラに追いやられていた。
即座にハーディは男を助けるように駆け寄った。
「おい、無事か!?」
「畜生……。皆、やられちまった……」
追いやられていた男はがっくりと肩を落とした。
それを庇うようにハーディは男の前に立ち、レイラとエルビスを睨む。
「遅かったな小僧。どうする? 残る赤陣営は小僧とそこの男だけだぞ」
「探したぜ、おっさん。どうやら考えてることは同じだったみてぇだな?」
エルビスはレイラに目を配らせるとにやりと笑う。
「同じ? 俺と小僧の何が同じなんだ?」
「味方に頼らねぇってことさ。腕の立つ二人で敵陣営に乗り込み、雑魚どもを殲滅する。使えねえやつらは置き去り。……餌だ」
「はっはっは。小僧、おまえは、なあんにもわかっちゃいねえ」
「何言ってやがる? だがしかし、おっさん。あんた一人でここまでやるとは結構いい腕してるみてえだが、一体何者なんだ?」
「誤解してるみたいだからまず言っておく。俺はなんにも手を出してねえ。ガキの模擬戦で本気になっちまったら、面白みがねえからな」
エルビスはレイラの頭にポンと手を置いた。
「こいつらをやったのはレイラ一人だ」
ハーディは耳を疑った。
ハーディには届かないといっても、それでも日々訓練を受けた見習いの群れである。
一般の人間に比べたら一人ひとりがそれなりの実力を兼ね添えていた。
しかも彼らを指揮するのは、成績優秀なコレシャ・コラールである。
それを十四の少女が一人で殲滅させたなど、信じられる話ではなかった。
「いやぁ、たまたまですわぁ。堪忍してや。えるびすはん」
そう言ったレイラの笑みはひどく不気味に見えた。
だが、それでも。
それだからこそ、ハーディの言い分の方が正しく聞こえた。
「つまりは、そのガキがめちゃくちゃ強くて、後はいらねえって話だろ? それが俺と同じだって言ってんだ」
エルビスは「くっくっく」と笑い出す。
「自分の駒を捨てた小僧と、自分の駒を最大限に生かした俺の違いがまだわかんねえか?」
「なにわけわかんねえこと言ってやがる。結局俺とそのガキのどっちが勝つかって話だろ。とっととかかってきやがれ! 大将戦だ!!」
――パン
突然、聞こえた銃声。
庇われた赤陣営の男により撃ち出されたペイント弾は、完全に油断をしていたハーディの背中に塗料をぶちまけた。
「……!?」
「まだ何が起きたかわかんねえって顔してやがんな。これが戦略だ。小僧」
一瞬固まったハーディだったが、すぐにエルビスを睨み付けた。
「汚ねぇぞ! てめぇ!!」
「汚い? 小僧は受刑者相手にもそう言い訳するつもりか? 最も、今の瞬間小僧は死に、そんな口叩く時間はないだろうがな」
エルビスは模擬戦が始まると同時に、自軍になるべくハーディを引き付けておくように指示を出していた。
ハーディの訓練を見ていた事と、直前にあれだけ煽っていた事で、エルビスにはハーディが直接乗り込んでくることが手に取るようにわかっていたからだ。
その後はレイラとともに、ハーディと鉢合わせない様に赤陣営に侵入し、レイラに片っ端から壊滅させた。
レイラの実力を知っていたエルビスは、この段階が終了した時点ですでに勝利を確信していた。
指令室でのハーディの返答を聞いた時に、エルビスは直感していた事がある。
ハーディは周りの人間から恨みを買っていたと。
そこまでわかれば後は簡単だ。
『俺の指示に従えばハーディを撃たせてやる』
模擬戦中にエルビスは一人の男の心を掴んでいた。
先の一戦でエウロアを助けに来たように、後はハーディがのこのこ助けに来るのを待つだけだった。
この男に演技させてやれば、ハーディは簡単に背中を見せるだろう。
エルビスが手を出していたならば、さらに勝利は確実で、簡単であった。
だがそれをしなかったのは、ハーディに学習させたかったからだ。
レイラという天才の存在をと、慢心しきっているハーディでも、実戦ではまだまだ子供扱いされるレベルであるという事を。
「小僧。お前は確かに強い。だがレクイエムの住民からしてみれば、お前は未だただのガキにすぎん」
ハーディはなにも言い返せなかった。
つい先ほど口に出してしまったセリフが恥ずかしくて悔しかった。
犯罪者相手に汚いなどと言ったところでなんの意味もないのである。
例えどんな手だろうと、負けた事実はもう覆らない。
レクイエムで負けたのならばどんな言葉にも意味はない。
実戦ならハーディは死んでいたのだから。
「おっさん。あんた、いったい何者なんだ?」
「俺の名はエルビス・ブルース。レクイエムで刑殺官の官長をしている」
「エルビス、ブルース……」
ハーディもその名は何度か耳にはしていた。
レクイエム創立時からいるメンバーであり、現職の刑殺官最強の官長。
その名をハーディは二度と忘れない。
初めて自分より優秀な男に会えたのだから。
*** *** ***
後日、ハーディは再びエルビスに呼び出されていた。
指定された部屋に入ると、エルビスがコーヒーを入れてハーディを出迎えた。
「よう、久しぶりだなあ。小僧。まあ座れ」
「急に呼び出して。いきなり何の用だ? おっさん」
ハーディは態度こそ悪かったが、内心ではエルビスに会える事を喜んでいた。
退屈な見習い生活でやっと出会えた本物の男。
いつの間にかハーディはエルビスの事を尊敬し、親身に感じていたのだ。
「喜べ。小僧の特進の報せだ。俺が推薦しておいた」
「あ? どうゆうことだ?」
「しばらく俺についてまわれ。鍛えてやるぜ? 小僧」
本来であればレクイエムにこんな制度はなかった。
だが、エルビスにかかればそれくらいの自由は簡単に利いてしまう。
ハーディを気に入ったエルビスは養成所に自分が預かると言って出た。
最初こそそんな権限はないと言われてはいたが、元々煙たがられていたハーディである。
他の見習いの意欲をそぐだとか、自分の手元で実戦をつませるだけの実力は持っているだとか、そんな話で役員を丸め込み、エルビスはあの模擬戦から一週間もしないうちに話をまとめてしまっていた。
「まあ、小僧に断られたら、それで終わる話なんだが。どうする? お前次第だ」
エルビスと共にいれる。
ハーディが答えを見つけるにはそれだけで十分であった。
元々見習い生活に退屈と無意味さを感じていたハーディは、その場でついていくと答え、とうとうレクイエムに入ることになる。
*** *** ***
右手に腕途刑をつけられ、ハーディはエルビスと共にレクイエム入り口へと向かった。
暗く、長い通路の終点にあった扉を開けると、そこには廃ビルが立ち並んでいた。
その足で二人はオラトリオへと向かう。
途中、収容されている犯罪者に出くわしたが、彼らはエルビスの顔を見るとすぐ去っていった。
オラトリオについたハーディの第一印象は予想していたのと大分違っていた。
レクイエムはもっと殺伐としたものだと、ハーディは思っていたからだ。
「油断するなよ小僧。今は俺の顔が利いちゃいるが、小僧一人になった途端、完全に舐められるぞ」
「ああ。……わかってる」
「いいか、犯罪者に決して慈悲をかけるな。舐められたらその時点で刑殺官失格だ」
ハーディはエルビスの一言一言を胸に刻み込んだ。
「今日はここ、オラトリオから要人を護衛するよう依頼が来ている。まずはオラトリオで人探しをするならうってつけの場所があるから、そこから教えてやる」
エルビスはレクイエムの仕組みを一つ一つ教えながらハーディを案内する。
初めて知るレクイエムの内情に、ハーディはただ、真摯に耳を傾けた。
やがて二人が辿り着いた先は、でかでかとした看板を掲げる情報屋だった。
――カランカラン
店のドアを開けるとドレッドヘアーの黒人が出迎える。
「これはこれはエルビスの旦那ぁ! おや? 今日は一人じゃないんで?」
「久しぶりだなポール。こいつは俺の部下のハーディだ。覚えてやってくれ」
「俺っちはここで情報屋をしてるポールっていいまさぁ。エルビスの旦那の付き添いならひいきにしなくちゃいけねぇ。なんでも聞きに来てくださぁ」
目の前の受刑者に調子を崩されながらも、ハーディは頭を掻きながら「おう」と静かに返事をした。
「ところでポール。例の仕入屋はまだきてねえのか?」
「ああ。最近入ったっていう仕入屋ですかい? 俺っちもまだ会ってないんでねえ。顔がわからねえんでさあ」
「そうか、それなら自分で探すしかないな。邪魔したなポール。また来るよ」
エルビスとハーディは、結局欲しかった情報は得られず、そのままマーリーから広場へと出た。
ハーディは店を出ると街を見渡した。
受刑者たちが楽しそうに酒を呑み交わし、手入れの行き届いた街並みは一見普通の、平和な光景に思える。
その光景を壊すように、突如けたたましい警告音が遠くから鳴り響いた。
「行くぞ! 小僧!!」
警告音を聞くや否や、唐突に走り出したエルビスをハーディは追った。
その音が鳴り響く先にいたのは、エルビスがオラトリオを離れる間、警備を頼まれていた刑殺官見習いと、大きな馬車に乗った少女と中年、そして、それを取り囲んでいた受刑者たちであった。
受刑者たちは駆け付けたエルビスの顔を見ると顔を青ざめていく。
「なんでエルビスがここにいるんだよ!!」
「今はこいつがオラトリオを仕切ってるはずだろ!?」
「かまわねえ! やっちまえ!!」
エルビスはハーディの肩にポン、と手を置いた。
「わかったろ。平和そうに見えてもこいつらは全員元犯罪者だ。力を緩めると舐められる。その結果はいつだって、こう禄でもねえ」
「エルビスさん! どうしてここに!?」
囲まれていた刑殺官見習いの男は、エルビスに気づいて安堵した様だった。
エルビスは男に軽く目配せし、再度ハーディに語り続ける。
「わかるか小僧。トラブルを解決できれば一人前ってわけでもねえ。トラブルを起こさせない事こそ刑殺官に求められる仕事なんだ。そのためには――」
「ああ。こいつらに舐められるなって事だろ? おっさん」
ハーディが冷たく言い放った答えに、エルビスはにやりと笑い背中を叩いた。
すぐさま銃を取り出し、警告音を鳴らす受刑者たちにむかってハーディは発砲したが、その弾で男たちが倒れることはなかった。
身体に仕込んだ防弾チョッキが、弾丸が肉体に到達する事を許さなかった為である。
ハーディが連日繰り返してきた訓練であればそこで終了だった。
だが、実戦においては、命ある限り争いは終わることはない。
それを見てエルビスは馬車に乗っていた中年に話しかけた。
「仕入屋さん。頼んどいたもの、今ありますかね?」
エルビスに言われると中年は頭を下げ、馬車を降りると荷台から、二丁の銃を取り出し手渡した。
エルビスはその銃で犯罪者たちの胸元を容赦なく貫いていった。
ハーディは先ほどは平気で耐えていたと言うのに、今度は対照的にバタバタと倒れていく受刑者をただじっと見つめ、後に残ったのは静寂だけだった。
「おい、若いの」
「は、はい! なんでしょうエルビスさん!!」
「おまえさんはもう戻っていい。葬儀屋に連絡だけしておいてくれ」
エルビスに指示を受けると見習いの男は走り去っていった。
その背中を見送ると、エルビスはハーディに持っていた二丁の銃を手渡す。
その銃は鉄の塊を想像させるほどズシリと重く、片方は黒く鈍い光を放ち、もう片方は銀色に太陽の光を反射させていた。
「じじい。これは?」
「ここでは普通の銃なんか頼りにならん。前もって小僧の為に注文してやったんだ。ありがたく使え」
ハーディは手渡された銃を見つめる。
「正確に当てたければ黒い方のデイトナ。速射が得意なのが銀のハロルド。時間のある時に特徴のあるこいつらの癖を掴んでおけ。まあ、仲良くするんだな」
ハーディはデイトナの銃口を覗く。
通常の銃と比べあまりにも大きかった。
エルビスは平然と扱って見せたが、それは並みならぬ反動を手首に伝えると想像させるには容易かった。
「それともう一つ。犯罪者相手に躊躇はするな。次は殺されるぞ」
エルビスの言葉はハーディの心に重く突き刺さった。
横たわる囚人はもう動かない。
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