第8話 ハーディ・ロック

「そっちに行ったぞ! 回り込め! 絶対に逃がすな!!」


 人工的に作られた巨大な市街地で、対立する二つのグループが争いあっていた。

 赤と青に色分けされた両者は、各々武器を手に構え、その形相は真剣そのものである。

 全身を青く染め上げた大群が、逃げようとする一人の赤い少女を追っていた。

 逃げまわる少女が手に持つのは一丁のライフルだった。

 後衛から見方をサポートしていた少女は、いつの間にやら回り込んでいた敵に囲まれ、一人孤立してしまったのだ。

 多数を相手にするのには、少女の持っていた武器はあまりにも頼りなかった。


 少女の名前は『エウロア・マキナ』

 十七と言う幼い年齢にして、刑殺官見習いに志願した女である。


「あ!!」


 逃げる先の細い路地からも青の軍勢が現れ、エウロアは足を止めた。

 走り続けたエウロアの健闘も虚しく、青の軍勢に先回りをされてしまったのである。

 前方からも、後方からもエウロアは囲まれ、すでに逃げ道など見当たらない。


「よし、撃て!!」


 青の軍勢は、唯一人だけ青いマントを羽織っていたその男の声とともに、一斉にエウロアへと銃を向けた。

 エウロアが覚悟を決め、手に持ったライフルを抱え目を固く閉じたその時である。

 道を形成していた住居の屋根から、対照的に赤いマントを羽織った少年が、エウロアの目の前に降ってきた。


「おいてめぇ。いい囮っぷりだったぜ」


 赤い少年を見た瞬間、取り囲んでいた青の軍勢が目の色を変えた。

 現れた少年の名はハーディ・ロック。

 エウロアとは違い、幼少期からこの十六を迎えるまで、刑殺官見習いの英才教育を受け続けたエリート中のエリートである。

 天性の勘と戦闘センス。

 そしてそれらを最大限発揮できる様鍛え続けた身体能力により、実技研修においては、すでにハーディの右に出るものはいなかった。


「大将自ら囲まれてくれるとはなあ! おまえら! やれ!!」


 青い軍勢が銃を放ち、一斉に襲い掛かる中、ハーディはにやりと笑い、両手に銃を構えた。


 エウロア・マキナとハーディ・ロック。

 これが二人の出会いである。




*** *** ***




「はぁ。こいつを入れたらチーム戦の意味がありませんよ。バランスが保てません」


 刑殺官見習い達の訓練を担当する講習員が、ため息と共に愚痴をこぼす。

 見習い同士を二グループに分け、先に敵の大将を捕った方が勝利するというシンプルな実技講習には、個々の能力より、暴動に対してのチームプレイを養うという目的があった。

 もちろん支給されるのは実弾では無いし、剣にも殺傷能力は無い。

 一回でも攻撃が当たりさえすれば、ペイントが施され、その時点で講習からは退場となる仕組みである。


「いやはや、あそこから勝利するとはなあ。なかなか優秀な小僧じゃねえか」


 偵察用の映像を見物していた男はハーディに対し、かなり高めの評価を下した。

 男は現職刑殺官官長として、将来有望な見習い探しに視察に訪れていたのだ。

 この講習で大将に必要とされるのは多くの人員への統率力と、相手の策略を予想する想像力、そしてどの味方を切り捨てるかという決断力。

 当然一人の部下を助けるために、大勢の敵が密集する地点に大将自ら一人で乗り込むなど、悪手にも程がある。

 だが、あれだけの集中砲火を受けながら、敵の攻撃はハーディどころか、彼のマントすら捉えることは出来なかった。

 ハーディとほかの見習いにはそれほど実力の差が生じていたのだ。

 つまり、大将をハーディが務める以上、そのチームが負けることなどあり得なかったのである。


「これからのレクイエムは安泰だなあ。あの子も来てるし……。よし、ちょっと会ってみるか」


 ハーディに興味を持った男は実際に会って、その底の見えない力を見極めようとしていた。

 映像を流していた講習員がそのうきうきとした表情に苦笑いを向ける。


「エルビスさん、あまりいじめないで下さいよ?」




*** *** ***




 模擬戦が終わり、ロッカールームで着替えをしていた最中、他の見習いの輩たちはハーディを周りからじとっ、と睨み付けていた。


「あいつがいると俺たちがいても意味ないじゃねーかよ。試合始まったら急に一人で走り出すしよ」

「個人戦じゃねーんだから大将役は後ろで構えてろよ」

「俺絶対実戦であいつと組みたくねーわ」


 周りから聞こえてくるその声は、ハーディの耳にすべて届いていたが、それでも表情一つ変えずに、ハーディは着替えを済ませた。

 一人ずば抜けた能力を持つ男に周りは嫉妬していたのである。

 敵だろうと味方だろうと、ハーディには友と呼べる人間などいなかった。

 ハーディから見たら周りは全て雑魚でしかない。

 相手をする気にもならず、ハーディはロッカールームから出た。


「えっと、さっきはありがとう。助けてくれて」


 ロッカールームを出た途端、待ち伏せをしていたエウロアにハーディが話しかけられる。

 突然話しかけられたものだから、一瞬たじろぎ、相手の目を見てしまい、慌ててそれをそらした。


「助けたつもりなんかねぇ。丁度敵の大将がいたから倒しただけだ」


 それは本心だった。

 ハーディは実戦開始からただひたすら駆け、そして目に映った敵を倒し続けていただけ。

 作戦も思惑も在りはしない。

 集団戦における究極の個人プレイ。

 ただそれだけの事だった。


「それでもうちは助かったんだよ! 君、強いんだねえ」

「別に。周りが弱いだけだ」

「ねえ! 君にお礼がしたいんだけど、この後一緒にご飯でもどう?」


 ハーディはため息をついた。


「ただの訓練だ。別に助けたとか――」

「ただの訓練だと思うなら、真面目に講習通りに行ってはいかがですか?」


 ハーディが言いかけた時、別の女が口をはさんできた。

 彼女は先程の訓練時、赤側に配属されていたが、ろくに指示も出さずに一人で突っ走った大将に不満を抱いたままだった。


「先程の訓練は集団戦だったはずです。勝手な行動をされては、こちらとしてはただの時間の無駄になってしまいます」


 ハーディはこの女が苦手だった。

 どこまでも真面目で、正義感の強い女の名前はコレシャ・コラール。

 後にアラベスクを管轄する事になる、鞭を得意とする刑殺官見習いである。

 ハーディは彼女と話し合うことを面倒くさがり、適当に流すことにした。


「ああ……、悪かった。次からは気を付ける」

「あなたはいつもそうやって口だけ返事して! 確かにあなたの成績は優秀ですが――」

「まぁまぁ、熱くならないで」


 納得していないコレシャをエウロアはなだめた。その時、


『ハーディ・ロック。至急、指令室にくるように』


 演習棟に設置されているスピーカーからハーディへの呼び出しがかかった。


「ふん。きっとさっきの模擬戦についてです。監督役もお怒りなのでしょう」


 コレシャの怒りに返事をせず、ハーディは一人指令室へと歩き出した。


「えっと、ハーディ! 今度絶対ご飯付き合ってよ!!」


 エウロアの声にもハーディが答えることはなかった。




*** *** ***




「見習い、ハーディ・ロック」


 指令室に到着し、自らの身分と名前を名乗ったハーディを待ち構えていたのは知らない顔だった。


「急に呼び出して悪いな、小僧」


 エルビスにいきなり子供扱いをされてハーディは不服の表情を見せる。


「さっきの訓練の映像を見ていてな……。いくつか聞きたいことがあるんだが」


 ハーディはこの時、新しい講習員が入ったのかと思った。

 そして先程コレシャに言われたことを、また指摘されるものだと覚悟をした。

 だが、その予想は大きく外れることとなる。


「あんた。俺の事を小僧と呼ぶ――」

「見事な腕だ」


 ハーディは年を重ねるごとに人から褒められることが少なくなっていた。

 この養成所にいる人間でハーディの事を知らない人間はいなかったし、それは誰からも良しとされていなかったからだ。

 故に、エルビスが放った久しぶりの賛辞に、一瞬体を固まらせはしたが、直ぐにいつもの調子を取り戻す。


「別に、普通だ」


 ハーディの返答を聞いてエルビスは「くっくっく」と笑い出した。


「おい小僧、おまえ、ここの連中をどう思う? 退屈してるんじゃないのか?」


 ハーディは別に刑殺官になりたくて養成所に入ったわけではなかった。

 孤児であったハーディの面倒を見るほど、世界に余裕がなかっただけである。

 他の見習いも大抵は同じ事情であった。

 志願する人間の多くは、やむを得ぬ理由を抱えてここにいた。

 養成所に来たばかりのハーディからすれば、周りの人間は全員同志であった。

 同じ傷を持ち、同じ境遇で、そして同じ生活を送っている同志。

 だが今は違う。


「雑魚の集まりだ。それと俺を小僧と呼ぶな。次言ったらぶっ殺す」


 ハーディは冷たくそう答えた。

 仲間について、人の能力を羨むばかりの無能の集団だと、ハーディの意識は変わってしまっていた。

 それらと一緒にされたくはないと、ハーディは常にトップで居続けた。

 しかし皮肉にも、その答えにエルビスは満足そうだった。


「面白い人間に合わせてやる。来いよ」


 エルビスに連れられてハーディは施設内を進んだ。

 見習いの訓練は年齢毎に分けられる。

 二人が着いたのは、ハーディにとっては馴染みのある、十二歳から十四歳までの為の施設だった。


「ここだ。入れ」


 エルビスはそう言って立ち止まり、目の前の扉を開けた。

 部屋の中には椅子に座った少女が一人いるだけだった。


「今年で十五になる。レイラだ」

「あれぇ? えるびすはん。この方は誰どすか?」


 レイラもまたハーディと似た境遇にいた。

 孤児だったレイラは、生活の為見習いに志願し、そしてその計り知れない潜在能力を披露する度、周りの見習いから恐れられてきた。


「レイラ。こいつはひとつ上の学年のハーディだ。お前と同じで、優秀すぎる小僧だよ」


 ハーディはそれを聞いて事態を理解した。

 だがそれよりも、ハーディには許せないことがあった。


「言ったはずだ。俺を小僧と呼ぶなと」


 ハーディはエルビスを睨み付ける。

 幼少期から自分の事はすべて自分で、だれにも頼らず生きてきたハーディ。

 それは外の世界で恵まれた生活を送る子供への憎悪からの行動であり、今までそれをしてきたことはハーディにとって誇りでもあった。

 だからなおさら、他人に子ども扱いされることが許せなかったのである。


「じゃあ小僧。 一つゲームをしようぜ」

「あ? ゲームだと?」


 エルビスの提案にハーディは怪訝そうな表情を見せる。


「そうだな。じゃあさっきの模擬戦を俺とお前でやろう。お前が勝ったら小僧と呼ぶのをやめてやる。俺が勝ったら小僧はレイラの言う事を一つ聞いてやれ」


 ハーディはそれを聞いて鼻で笑った。

 見ず知らずのこの人物に、百戦錬磨のハーディが負けるなんて考えられなかった。


「いいぜ。その生意気な口、黙らせてやる。俺とてめぇが大将ってわけか」

「いーや、違う。こっちの大将はこの子だ。俺はレイラの部下として戦う」


 笑いながら、エルビスは年端もいかぬレイラを指さした。


「はぁ。べつに構いまへんけど」


 ハーディは勝利を確信した。

 いくら優秀だといっても相手は十四の少女である。

 見つけ出した時点で試合は終わりだ。


「用意するから待ってろ小僧」


 エルビスはすぐさま放送を入れると、再びスピーカーで先程の模擬戦に参加していた者を集め、武器を持ち出すよう用意させたのである。




*** *** ***




 急なエルビスの収集にも関わらず、それが命令であるならば見習いは従う他ない。

 ハーディは再び赤いマントを翻し陣地についた。

 そこからは確認できないが、この市街地のどこかに確実にマントをつけたレイラとその部下役のエルビスがいる。

 試合が始まる直前、再び小言を言われまいとハーディはコレシャに指示を出した。


「コレシャ、大将命令だ。指示はてめぇに任せる」

「それは大将役の仕事をしている事にはなりません!!」


 コレシャは憤怒したが、ハーディは笑って答えた。


「これが俺の指示なんだ。黙って従え」

「ねえ、うちはどうしたらいい?」


 エウロアがハーディに近づいて聞いてきたので、適当に答えた。


「さっきみたいに敵を引き付けてろ」

「わかった! うち頑張る!!」


 あまりにも適当すぎる返事だったが、ハーディに直接指示を出され、エウロアはやる気を出したようだった。

 同様に、ハーディすらもいつにもなく、その心根はやる気に満ちていた。

 当然ながら、気に入らない男の無様な姿を見ることが出来る為である。

 コレシャはハーディに言われたとおりに一人ひとりに的確な指示を出す。

 といっても、こちらには守るべき大将がいないのだが。

 どうせハーディは一人でどこかに行ってしまうと知っていたコレシャは、味方をグループごとに分け、敵の大将を探すことに務めさせた。

 遠くから開戦を知らせるアラームが鳴り響く。


「行くぞ!!」


 ハーディはまたも一人で戦場を駆け抜けていく。

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