第14話 一望を抱く強者
屋内で暴れらさせるわけにもいかない。
ジョンは部下にミュゼットファミリーを案内させる。二人は中庭に着くと、再び対角線上に居座り、それぞれの部下が守るように背後を覆った。
中庭には庭園が設けられており、植木師により丁寧に手入れされた植物が、権力を主張するかの様に作られた噴水の周りを演出している。死角が多いように見えて、あらゆる角度から監視カメラが設置されており、それらがここをただの豪邸では無い事を忘れさせない。星空の真下、両組織の前に二人づつの用心棒が歩き出て、四人がお互いの敵を確認した。
「ジョンさん。四人の内、先に一人が死んだ方の負け。それでいいですか?」
アミュゼの提案に、一抹の違和感をジョンは抱く。こういった決闘は裏社会では珍しくもない。だが、通例は先に二人共死んだ側の敗北である。加えて言えば、ジョンはファンに余裕があったとしても、得体のしれないキリシマが先に死ぬケースを危惧した。
「そんな半端受けれるか! きっちり二人――」
そこでファンはジョンの言葉を止める。
「安心してくださいボス。相手は雑魚だ」
ファンの言葉を聞いて、ジョンは「ううむ」としぶしぶ納得する。
ここでごねてミュゼットの気が変わったのなら、反対に儲け話を不意にするとも考えたのである。少々経ってから返事を出す。
「かまわねえ! 好きにしろ!」
「それじゃあ始めますか。このコインを投げて、下に落ちたら決闘開始です」
キリシマは腰を落とし、ファンは剣を強く握りしめ、イカルガは鎖鎌の鎖を回し始め、その隣の男は手に刃物のついたグローブをはめた。
男がグローブを握ると、その先に尖った刃が出る。
その奇妙な武具に、ジョンの近くにいた部下の一人が突然口を開いた。
「あいつ!? コウモリだ!」
「なんだおまえ。あの男を知ってんのか!?」
「……ええ。両手に変わったグローブを嵌める暗殺屋です。普段は顔を見せないですが……、あの武器は間違いありません! コウモリです!」
コウモリ、それは長年グラミーに巣食う都市伝説である。
数々の要人が彼によって命を落としたが、その正体は不明のまま。それは彼が暗殺の際、体全体を黒い布で覆い姿が見えないためである。その姿から、彼を見かけたものはコウモリと名付けた。
アミュゼは多額の金を支払い、この日の為にその暗殺者を手に入れたのである。
だが、その話を片耳に入れながらも、キリシマの眼中に入っていたのはイカルガだけであった。イカルガは同郷であり、一時は同じ依頼をこなした仲でもある。あの鎖鎌だけは厄介だと、キリシマは認識していた。
「ま、待てっ――」
ジョンが言いかけた時にはすでに、アミュゼは機を逃すまいとコインを空へと投げていた。宙に舞ったコインが放物線を描いて、いよいよ地面に落ちる。
――キーーーン
金属音が響くと同時に、ファンは掲げた大剣を振りかぶりキリシマに切りかかった。
キリシマはそれに反応し、剣を刀で受け止める。
激しい火花が飛び散った後、ギリギリとつばぜり合いをしながらファンは口を開く。
「よく反応したなぁ! さすがだぜ、キリシマァ!!」
「ファアアン!! てめえ! なにやってんだあ!!」
突然キリシマを狙ったファンに、ジョンの怒号が響いた。
開始直後、いきなりの同士討ち。
ファンに多少なりとも信頼を寄せていたジョンには予想のつかない行動だった。
「ジョン……、あんたより高い金を出されたんでねえ。俺はアミュゼについたんだよ!!」
にやりと笑うファンに続くように、ミュゼットが大声をあげる。
「ヒャハハッハ! これで三対一だぜ!? おいファン! さっさとそいつを殺せぇ!! 報酬は弾んでやる!」
アミュゼが兼ねてより練っていた計画は今満ちた。
以前より、ジョンの側近を務めるファンを取り込もうと動いていたアミュゼは、昼間のうちに仲間に引き入れていたのだ。
結果的にアミュゼはファンとコウモリに多額の金を支払ったが、シマが手に入ればそれはいくらでも取り戻せるというもの。先行投資と思えば安いものだった。
ファンが大剣へと両手の全力を伝える最中、つばぜり合いをするキリシマのもとに鎖鎌の分銅が飛んできた。
「――ッ! オラアッ!!」
キリシマは両手両足に瞬発的に力を込め、一気にファンを剣ごと押し飛ばし、真っ直ぐに向かってきた分銅をギリギリのところで避ける。
分銅はキリシマをかすめ、噴水を飾っていた彫刻を粉々に砕いて見せた。
次の瞬間、体制を崩したキリシマに切りかかったのはコウモリだった。
キリシマは刀でコウモリのグローブをいなした。
しかし右、左とコウモリは追撃を続け、同時にキンキンと刃物がぶつかる音が響き続ける。
「きたねえぞミュゼット!!」
ジョンはミュゼットに怒鳴り散らしたが、それは笑い声にかき消された。その姿を見て、ジョンは賭けに負けた事を確信した。頼みのファンが敵に回ったのである。嵌められた事への後悔と、ファンを失った事による絶望が入り混じり、ジョンはがっくりとうなだれた。
「終わりだ……、畜生……」
突き飛ばされたファンが大勢を立て直す。続けてコウモリの相手をし、両手が塞がれるキリシマに後ろから切りかかる。
キリシマは振り向きもせず、コウモリの両腕をいなしながら、今度はファンの腹を右足で蹴り飛ばした。
一瞬、片足が宙に浮き、コウモリが両腕を合わせて突きを繰り出し、刀の腹でそれを受けると、キリシマは態勢を崩す。
その隙を許さず、キリシマの右手にイカルガの鎖が絡みついた。
ガッチリと絡みついたそれを全身全霊の力を以てイカルガが引っ張りあげると、更にキリシマの自由は奪われ、コウモリとファンは作り出された一瞬の間を見逃さず、キリシマへと切りかかった。
「終わりだキリシマ!!」「死ねえええええええ!!」
二人がそう叫んだ刹那の時、コウモリの拳先から伸びる刃先と、ファンの大剣がワフクを捉えようとしたその時、キリシマは自由を失った右手から、投げるように左手へと刀を持ち替え、自身を拘束する鎖をぶった斬った。
あの長い刀が一瞬消えた様に見えた。
危険を察知したコウモリは後ろへ跳び下がったが、ファンはそのまま切りかかっていた。
キリシマはファンの振り下ろした剣を紙一重で躱し、刀の柄でファンの頭を力いっぱいぶん殴った。
頭を殴られたファンは、ただ一言も発さず、そのまま眠るように倒れ動かない。
深く息を吐き、キリシマが口を開いた。
「――おいおっさん。残った二人は殺してもいいんだったよな?」
その問に答えるものは一人もいなかった。
長くジョンの側近を務めたファンが一撃で沈められたのだ。
ファンの実力を神格化するジョンの部下たちは、一人残らず目の前のサムライに畏怖を抱き目を離せなかった。ただただ驚愕し黙り込むだけだった。
「……あ。ああ、かまわん」
長い沈黙の後、やっとの思いでジョンは口を動かした。
ジョンの台詞を確認したキリシマが刀を構えると、コウモリはゆっくりとアミュゼに近づいていく。
「アミュゼ、悪いが俺は、ここで降ろさせてもらう」
「なっ!? 何言ってやがる!?」
暗殺を生業としていたコウモリは、一瞬だけとは言え垣間見えた力量の差に、絶対に勝てないと直感的に判断を下した。この刀の男は、本来の実力を隠していると、長年修羅場を潜ってきたコウモリは見抜いたのだ。
説得するアミュゼの声もむなしく、コウモリはグローブを外しだす。
「ふざけんなコウモリ! 貴様にいくら払ってると思ってる!?」
「当然ながら金は返す。確かに惜しいが、死んだら使いようもない。では、さらばだ」
コウモリはそう言い残すと、風の様に、庭園の木々の間に走り去って行った。
「おいおい。なあ、どうするんだ? どうやらお仲間がいなくなっちまったみてえだが……、まだやんのかい?」
「――当たり前だぁ」
アミュゼは悪転した状況に頭を抱えていたが、イカルガは気にも留めず、斬られた鎖の先端に新しい分銅をつけながら、そう答えて見せた。
三対一から一対一への状況に変わった事で、アミュゼとは対照的に、ジョンはいつも通りの強気を取り戻していた。
「ハッハッハ! さっさとそいつを殺せぇ! キリシマ!!」
その大声を耳にしたのか、気絶していたファンが目を覚まし、ゆっくりと大きな体躯をあげた。
「貴様は後でかわいがってやる。俺を裏切ったやつの末路はよく知ってるよなあ?」
起き上がるファンにジョンはそう吐き捨てた。
ファンに構わずキリシマは腰を落とし、イカルガを睨み付ける。
一方で、イカルガは再び鎖を回し始め、キリシマを睨み付けた。
緊迫感に包まれ、今まさに、勝負が決しようとしていたその矢先、突如ファンの断末魔が響いた。
キリシマが振り向くと、ファンは自分の剣を自身の喉元に突き刺していた。
この試合が終われば、例えキリシマが勝ったとしても、ジョンに惨たらしく拷問されたあげく、無慈悲に殺されるだろう。イカルガに加勢したとしても、コウモリが抜けた今、キリシマには勝てる見込みはないと悟ったのである。
ファンは絶叫した後、再び倒れ込み、今度は、二度と起き上がらなかった。
「ど……、どうやら勝負は私の勝ちみたいですねえ」
アミュゼは、まるで予想のしてなかった顛末に困惑しつつも、なんとか言葉を絞りだした。
勝負は四人の内、誰か一人が絶命するまで続く。ファンの自決により、ジョンの敗北が決した今、キリシマは刀を鞘に納め、イカルガは鎖を回すのをやめた。
「キリシマ! おめーよー! 俺の大事な鎖斬ってんじゃねーよ!」
「はっは、わりいなイカルガ! でも、勝負事に手加減はいらねえだろ。前からお前とは一戦やってみたかったしな!」
イカルガとキリシマは、今の今まで殺し合いをしていたというのに、突然なにもなかったかのように笑って話し始めた。
周りの人間はただ楽しそうに会話をする二人に唖然としている。
「なーら最初にコウモリを斬っちまえばよかったじゃねーか。おめえ様子見てただろー?」
「いやあ、すぐに終わらせたら勿体ねえじゃねえか。せっかく手練れ三人まとめて相手にできるってのによ」
「――お前もグルだったのか? キリシマァ」
ジョンはキリシマに怒りの目を向けた。
アミュゼに対し、ジョンはこれから多額の清算をしなくてはならない。もしかしたらそれは、ファミリーの力関係を覆すほどの手痛い傷跡を残す事になるのかも。だと言うのに、楽しそうに笑っているその姿は、ジョンからすれば裏切り者にしか見えなかった。
「――イカルガ、お前も手加減してたんじゃないだろうな」
ジョン同様に、アミュゼもまた、イカルガを疑い始めていた。
本来であれば三対一と言う圧倒的に有利な状況下であったのにもかかわらず、それが一時とはいえ、結果的に勝利を掴んだとはいえ、焦らされた事に憤りを感じていた。
キリシマとイカルガが答える間も与えないまま、ジョンとミュゼットは互いの部下に向けて命令した。
「「おまえら! 裏切者を殺せ!!」」
今の今まで四人の決闘を傍観していただけの部下たちが、一斉に二人へ銃を向ける。
キリシマとイカルガは目を合わせ、にやりと笑い合った。
結局二人は、ミュゼットファミリーとザディコファミリーを返り討ちにした挙句、壊滅にまで追いやり、誰もいなくなった屋敷を後にしたのだった。
〇
「はっはっは! 見たかイカルガ!? あのおっさんの顔っ!」
屋敷を離れた二人は、街にあるバーに訪れていた。
久しぶりの再会にとりあえず一杯と、グラスを交わしに来ていたのだ。
キリシマはニホンシュを、イカルガはウィスキーを注文し、互いはそれを片手にカウンターに腰かけている。
薄暗い店内にはジャズが流れ、楽しそうに語る二人の姿は、今しがたグラミーの二大ファミリーを潰してきたとは、到底思えない。
「おめーは変わんねーなーキリシマ。まー、俺もあいつには吐き気がしてたから別にいーけどよー。相変わらずふざけたやつだぜー」
ほんの少し前まで本気の殺し合いをしていた。それは間違うことなく真剣だった。いざとなればお互いの命をとるつもりであった。それでもなお、生き延びたのだから、二人は笑って酒を酌み交わせる仲なのだ。それがキリシマとイカルガが身を置く世界なのである。
「ところでキリシマ。やっぱり、おめー行くんだろ?」
「ああ。もう……、あそこにしか多分いねえよ。頼みの綱も今日、お前のせいでなくなっちまったからなあ」
「なんだー? 俺のせいかよー! ……たく。ほら」
イカルガは胸から一枚の紙を取り出し、キリシマに見せた。
「ん? イカルガ、なんだこの紙切れ」
「俺の知り合いだから間違いなく信用できるぜー。行って来いよキリシマ。楽しいぜー? あそこは」
イカルガが手渡した紙には、レクイエムの仕入屋の連絡先が書いてあった。
「おお! 助かるぜ。ありがたく使わせてもらう!」
一時酒を呑み交わした後、バーを出るとイカルガと別れ、キリシマは紙に書かれた連絡先を目指した。そこは程近く、グラミーの中にあった。
イカルガが言うのだから信用できる。
キリシマは今持っている現金を全て仕入屋に払うと、刀を預け、その日の内に、ジョン・ザディコの屋敷の惨劇は自分の仕業だと警察に出頭した。
こうしてキリシマは、念願のレクイエムに入ることになるのであった。
〇
場所はオラトリオ。
キリシマはそこで、グラミーで段取りを取っていた仕入屋と待ち合わせをして、預けていた刀を受け渡された。
唯一の不安材料ではあったが、久々の刀との再会に手持ち無沙汰を解消し、まず向かった先は、街にある情報屋、マーリーである。
――カランカラン
キリシマがマーリーの扉を開くと、ドレッドヘアーの黒人が迎え入れた。
「いらっしゃい。おや、お兄さん、変わった服着てるねぇ。そんな服、俺っちも見たことねぇぜ?」
「ああ、俺の島の民族衣装でな。ワフクってんだ。まあ、気にしないでくれ」
キリシマがポールと談笑していると、再びマーリーの扉がカランカランと開いた。入ってきた女を見て、口が開きっぱなしになる。
「いらっしゃい。ポール、この人お客さん?」
ポールが返事をするより早く、キリシマの両手はリップの胸に置かれていた。
「――えっと、お客さん? これはどうゆうこと?」
リップは自分の胸に置かれたキリシマの両手を指さす。
顔はニコニコと笑ってはいるが、目は一切合切笑っていなかった。寧ろ怒っていた。いや、ぶち切れていた。と言うより、修羅の如くだった。
「……あ、すまん。つい条件反射で」
「つい、条件反射で。……で、すむかああああああああ!!」
リップはキリシマの顔面を思いっきりぶん殴った。
今日が記念すべき、初めてキリシマがリップに殴られた記念日である。
キリシマは鼻から血をダクダク流しながらポールに話しかけた。
「ポール、俺は人を探しに来たんだが……」
「……お、お兄さん、気持ちはわからんでもないが、リップは怒らせたら怖いぜぇ? で、誰を探してんだ?」
「ポール! こんな奴の話聞くことないわよ!」
「まぁまぁリップ、落ち着けって。一応お客さんだぜぇ?」
「――俺はな、強ええやつを探してんだ」
「強い奴って……、あんた変わってんねえ。一言で強いって言われたら……、思いつくのはやっぱ刑殺官だなぁ」
キリシマは以前よりイカルガの話を聞いており、ある程度レクイエムの仕組みを知っていた。
だが、確認の為ポールに訪ねた。
「そいつらにはどうすりゃ会える?」
「そりゃあタダじゃ教えられねえなぁ。俺っちも商売でね」
キリシマはオラトリオに着くまでに殺した数人分の刑期をリップに支払った。
「街ん中で自分より刑期の短いやつに暴行したら、刑殺官は一発で駆けつけまさぁ」
「ふうん。……なるほどな」
キリシマはそれを聞くとにやりと笑い、ポールのドレッドヘアーをポカリと思いっきり殴ってみた。
「いった! なんだ急に! あんた何すんだ!」
――ビーッ! ビーッ! ビーッ!――
突如、キリシマの腕途刑から警告音が鳴り出す。
ポールの頭を殴っただけで反応した事に、キリシマはどう言う仕組みだ? と感心するばかりである。
「やべえ! それが鳴ったら刑殺官が来る合図だ! 今すぐ出てってくんな!」
マーリーから追い出そうとするポールに、キリシマはへらへらと笑いながら言い残した。
「ポール。俺の刑期は四五零年くらいだ。ここに来たやつに言いふらしといてくれ!」
「ああ、わかったわかった! わかったから早く出てって死んでこい!」
キリシマはマーリーから広場へと追い出された。
その直後、銃声が響き、キリシマは自身めがけて放たれた弾丸を刀で弾いた。
「はっはっは! これは楽しめそうだぜ! ありがとよ! イカルガ!」
続けて目に入ったのは、右手に黒い拳銃、そして左手に銀色の拳銃を携えた金髪の男。キリシマが恋焦がれていた、本物の強者であった。
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