第19話 使命を抱く娘
「あの、オペラ氏とアポ取れました! 今から議員宿舎で待つとの事です」
「でかした! うまくいったな! キャリー」
キャリーとオレンジは男達から逃げのびた後、出版社に戻ってきていた。
オレンジが聞き出した情報をキャリーがセルゲイの秘書に伝えると、難なく話し合いの場を取り付けることができた。
言うまでもなく、セルゲイ側もこの事実を公表されたら面倒になると、そう焦っていたのだ。
「それじゃあ、あの、これからまた議員宿舎ですね」
「そうだなぁ。さすがにこのテープを聞かせたら、オペラも黙っていられないだろう。今日こそは、とうとう特ダネが掴めるかもしれないな」
オレンジは録音したレコーダーを再生する。
そこにははっきりと、武力団体がセルゲイと関わっていると証言している内容の会話が録音されていた。
「早速行くか! キャリー。準備しな」
「はい!」
二人は会社を後にして再び議員宿舎へと向かう。
この時はまだ、セルゲイの思惑を知る由も無かった。
*** *** ***
宿舎の受付に着くと、セルゲイはまだ来てないらしいが、話は通してあったらしく、二人は受付嬢に丁重に会談に使う部屋に通された。
キャリーとオレンジはそこで出されたコーヒーを飲みながら、セルゲイが来るのを待っている。
部屋の中は塵一つ見当たらない程に手入れがされており、厳粛な空気が流れている。
窓からはグラミーが一望でき、ここから世界を動かしていると連想させる。
「あの、オレンジさん。まずは何を聞くんですか?」
「とりあえずレクイエムの内部について話してもらおうかな。仕事の話からだ」
キャリーは不安そうにオレンジを見つめた。
「あの、お母さんのことも……」
「慌てるなよキャリー。それも勿論ちゃんと聞きだすさ。俺の目標でもあるんだから」
二人は出されたコーヒーを飲み終わるまで待たされ、やっと扉が開いたと思ったら、部屋に入ってきた人物はセルゲイではなかった。
スーツ姿の中年と、青年。
二人組の男が入ってきたのである。
「えーと、どちら様ですか? 秘書の方……ってわけじゃなさそうですけど」
突然知らない人物が入ってきたのでオレンジが尋ねる。
「失礼、我々はオペラ氏の……、まあ、言ってしまえば側近です。本日、オペラ氏が急用で来れないとのことですので、代わりに我々がお話を伺いにまいりました」
セルゲイはレクイエムの最高顧問であると同時にグラミーの議員を務めている。
公務で時間がとれないのをオレンジもキャリーも知っていた。
だが、話が違う。
なにより、二人の出す敵意にオレンジは警戒を強めた。
「お二人はある武力団体とオペラ氏が繋がっている証拠を掴んだと窺っていますが」
「ええ、証拠は今日持ってきていますが、オペラ氏がいないんじゃあ、残念ながら渡せませんね」
オレンジは強気に出た。
こいつらに話してもしょうがない。
オレンジとキャリーの知りたい情報は、セルゲイが持っているんだから。
当人がいなければ交渉の余地などなかった。
「ですが、やはりモノを確認しないとあなたがたをオペラ氏に会わせることはできかねます。嘘か真か、まずはそこからかと……」
中年の言うこともまたわかる話だった。
一介の記者の取材を受けるほど、セルゲイは暇ではない。
なにより立場上敵は多い。
面会させてもよい者かどうか。
まずは証拠を見てからというのが、黒服の話の本質だった。
それを理解しているオレンジは仕方なしにレコーダーを取り出し、例の会話を再生する。
聞き終わると、静かに、スーツ姿の中年は口を開いた。
「なるほど。確かに。では、あなたがたはオペラ氏に何を要求するおつもりですか? 金ならば――」
「いーや、金は要りません」
オレンジは手のひらを中年に向け話を遮った。
「この情報を世間に公表されたくなくば、レクイエムについてちょっとお話しいただこう。というだけなんですよ。我々は記者なんでね。どうです? 悪い話でもないでしょう」
中年はそれを聞くとにやりと笑い、スーツの内ポケットから手帳を見せた。
それは、持ち主が警察であると証明するものだった。
「おい! 恐喝の現行犯だ! 逮捕しろ!」
中年がそう言うと、オレンジの手に青年が手錠をかけた。
「へ、へえ。やられたねえ。あんたら、オペラに金を積まれた回しもんってことかい?」
オレンジが質問しても中年は答えず、青年に「調べろ」と指示する。
青年はオレンジの体を探り、録音中のレコーダーを発見した。
取引の際、オペラが口を滑らす事を見越しての仕込みであったが、その手を黒服は見抜いていたのだ。
キャリーは何もできず、ただそれを見ていた。
「キャリー、巻き込んで済まない。おまえは早く会社に戻れ」
オレンジはそう言ったが、当然、許されなかった。
「おい、そこのお嬢さんもだ。俺はオペラ氏に連絡をとる」
中年がそういうと手錠を持った青年がキャリーに近づく。
「おいおい待てよ。その子は関係ねえだろ? ただの付き添いだ」
オレンジはキャリーを庇おうとしたが、レコーダーの中身を知っているキャリーを逃がすわけがない。
二人は持っていた身分証明書を奪われ、警察を名乗った男はキャリーとオレンジの身柄を確保したとセルゲイに伝えていた。
結局、二人は警察車両に乗せられ、抵抗むなしく男たちに連れていかれたのである。
*** *** ***
二人が連れていかれたのは拘留所であった。
逮捕された犯罪者はひとたびここに入れられ、そして裁判が行われる。
そこで刑期を決定して、ようやくレクイエムへと送られる仕組みである。
牢に入れられたキャリーとオレンジ。
鍵をかけられ、荷物を全て取り上げられた二人は、外への連絡が取れなかった。
「あの、私たち、これからどうなるんでしょう?」
「悪かったなキャリー。でも安心しろ。裁判になったら、お前だけは無実にしてみせる」
オレンジはキャリーに申し訳なさそうにそう言った。
だが、逮捕されたといってもまだ望みはあったのだ。
オレンジは全ての罪を自分で背負おうとしていたのである。
せめてキャリーだけでも守ろうと。
「いえ、あの、私も記者ですから。……間違ったことはしていませんよ」
一方キャリーはどんな判決だろうと、受け入れる覚悟が出来ていた。
二人が拘留所で数時間過ごすと、数人の男が歩いてくる。
その一人、予想外の人物の顔を見て、オレンジは驚く。
その人物の正体はセルゲイ・オペラ。
会談の場を望んでいた相手と、やっと話せる機会を得たが、それはオレンジが望んでいた形ではなかった。
「これはこれは。今朝ぶりですな。忙しいんじゃなかったのかい?」
オレンジがニヤリと笑いセルゲイに話しかけたが、セルゲイはそれを無視してキャリーに話しかけた。
「私は、君と少し話がしたい」
キャリーはそう話しかけてきたセルゲイの手を見る。
けがをしているらしく包帯が巻いてあった。
朝、議員宿舎で見かけた時には巻いていなかった包帯である。
「あの、私にですか? 何の話でしょう?」
セルゲイは男に門を開けさせ、キャリーだけを外に出した。
「ついてきたまえ」
セルゲイは男たちをその場にとどまらせ、一人で拘留所の奥へと歩いていく。
オレンジに目配せし、キャリーもその後を追った。
やがて階段に行き当たり、二人は暗い地下へと進んでいく。
「彼らから君達を捕らえたと迅速果断な報せを聞いた後、少しトラブルがあってね。それで、代わりと言うわけでもないのだが、少し頼みごとがしたいのだ」
セルゲイは階段を下りながら話し始めた。
「あの。オペラ氏は私のことを知っていたのですか?」
「ああ、よく知っている。聞かされていた。会いに行くたびにね」
「聞かされていた? あの、頼みたいっていうのは、一体どういうことなんでしょう?」
「君に殺してもらいたい女がいるのだ。レクイエムにいる『シシー・ゴシック』という女だ」
キャリーは全身から血の気が引いた。
――殺す? この男は何を言ったんだ。
あまりに自然にセルゲイが口にしたものだから、一瞬遅れてキャリーはその言葉の意味を理解した。
「そ、そんなこと! 私がするわけないじゃないですか!」
「いいや、君は必ず引き受けるだろう」
セルゲイは階段を下り切ると、そこにあった扉を開く。
その先は通路が続いていて、左右に牢屋が向かい合わせになっていた。
牢屋の中には生きる気力をなくしたような、そんな眼をした囚人達が入れられていた。
その眼から、およそ長い年月をここで過ごしていると容易に想像できる。
だが、数人は捕らえられたばかりなのだろうか。
キャリーとセルゲイの姿を見ると、縋るように懇願してきた。
「助けて! セルゲイ様! 私は何も知りません! 何も話しません! ここらから出してください!!」
「そこの君……。ちょっとこっちに来て」
「セルゲイてめぇ!! ふざけんな!! ここから出しやがれ!!」
囚人の一人に話しかけられ、手招きされるがままにキャリーは恐る恐る近寄る。
セルゲイが振り向き、気付いた時にはもう遅かった。
セルゲイの目に入ったのは、一人の囚人が牢屋の隙間から腕を出し、キャリーの服を鷲掴みにし力の限り引っ張っていた光景だった。
「キャアアアア!!」
キャリーは慌ててその腕を振りほどいた。
「軽率な行動は慎みたまえ。長い投獄生活でここにいる大半の人間は精神に異常をきたしている」
「あ、あの! なんですかここは!?」
「事情があり、裁判を行えなかった者たちだ。レクイエムに入れることも、かと言って外に返すこともできない。自然に老衰するのをひたすら待っている者どもだ」
セルゲイは冷たくそう言い放った。
捕らえられていたのは、要するに、事情を知ってしまった者たちである。
裁判に出すと、政府側に不利なことを言い出すかもしれないため裁判ができない。
しかし安易に外に戻すわけにもいかない。
裁判さえできれば刑を被せてレクイエムに入れ、処刑することができた。
だがここにいる者どもは、その事情によりそれができず、仕方なくここで飼い続け、自然に死んでから医師に死亡届を書かせ、消していたのである。
ララやシシーなどの腕途刑を持たないものは特別であった。
ララの場合はレクイエムで生まれた為、世界に存在していた記録が残っておらず、そのままレクイエムに入れたとしても問題ない。
シシーの場合は自らの手でその存在を抹消していたからだ。
政府でも、レクイエムに簡単に人を落とせるわけではなかった。
しかし手間はかかるが、やむを得ず武力団体に消させるよりは、足がつきにくく、これは確実で効率的な手段だったのである。
「私たちも。あの、ここに入れる気なのですか?」
「その答えは君の選択次第だな……」
セルゲイはそう言うと牢屋の一つを指さす。
その先には牢屋。
周りの囚人と同様に入れられていたのは、十年前に逮捕されたキャリーの母親、パルマ・ポップに間違いなかった。
「お母さん!」
キャリーはパルマに駆け寄る。
記憶に残る母の面影は、やつれ、年を重ねたパルマからは感じられなかったが、それでもキャリーには彼女が母親であるとすぐに認識できた。
パルマはキャリーの顔を見るとゆっくりと身を起こす。
「あなた……、キャリー……なの?」
「お母さん! 今まで、ずっとここにいたの!?」
「キャリー、……あなた、……どうしてここに!?」
「そこまでだ」
十年ぶりの親子の再開に、セルゲイは割って入った。
「キャリー、どうだろう? 私の頼みを聞いてくれる気にはなったかな?」
「私がその人を……。……その人を殺したら! あなたはお母さんとオレンジさんを解放してくれますか!?」
セルゲイはゆっくりうなずいた。
二人の会話を聞いてパルマも状況を察する。
「駄目よキャリー! その男は絶対に約束を守らないわ! 早く逃げなさい!!」
パルマはキャリーを止めたが、キャリーの中ではすでに結論は出ていた。
これだけ厳重な警備の中、逃げる事など万に一つも成功しない。
どちらにせよ、自分がなにもしなければ、パルマもオレンジも、そしてキャリーも永遠にここで過ごすことになるのだ。
「私、レクイエムに行きます」
泣き叫ぶパルマの声もむなしく、セルゲイはにやりと笑った。
キャリーは耳を貸さなかった。
もし経った数秒だけでも、キャリーにそれをする時間があったなら、運命はまた別の道を辿っていたに違いない。
このたった数分の会合が、後の三人の運命を大きく左右する事になる。
*** *** ***
キャリーはその後、ほんの数時間の裁判であっさりと二十年の判決を下され、そのままレクイエムへと連れていかれた。
セルゲイから告げられたことは二つだけ。
一つはシシーには実の娘をレクイエムに送る事を伝えてある事。
タイミング的にキャリーがシシーの娘であるとレクイエムで公言すれば、彼女に会える確率は高くなるだろうと言う事だった。
セルゲイは、ララの身柄によりシシーをおびき出すことに失敗したが、そうは言ってもシシーとて人の子である。
確実に実の娘に会いに来るだろうと、セルゲイは予想していたのだ。
もう一つは誰にも正体をばらしてはいけないという事。
もしキャリーがシシーの娘でないとばれたなら、用心深いシシーには会えないだろう。
もしそうなったら二人の命はない。
セルゲイはキャリーにそう伝えた。
キャリーは本来ならばレクイエム入口からオラトリオまでは護衛し、送られる予定であったが、その直前に計画は破棄される事になる。
政府が入口付近に、偶然にもキリシマというサムライがいることに気付いたからであった。
キリシマは今は呑気にレクイエムに投獄されてくれてはいるが、その気になれば、彼の刀は政府を脅かすと、レクイエムの監視員に注視されていたのである。
腕途刑のGPSでキリシマが入口周辺にいるとわかれば、女好きの彼がキャリーを助けないわけがない。
セルゲイの指示により、最も自然な入獄を政府は選んだのである。
キャリーは無実だった。
パルマと、オレンジを助ける為の使命を与えられるまでは。
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