第21話 孤独を抱く少女
連れ去られたララが目を覚ましたのは、冷たいコンリートの上だった。
縦横四メートルほどの真四角な部屋。
ドアの隙間からわずかに明かりが入り込み、部屋の形を浮かび上がらせている。
周りを見渡し、ララは部屋から出ようと脱出を試みたが、ドアにはカギがかけられており、窓一つも見当たらなかった。
ララは結局、その場にうずくまる事しかできなかった。
うずくまり、そして血を流し倒れるドドを思い出して、静かに泣いた。
いつも通りの一日だった。
決して人に恨まれる様な事はしていない。
なんであんなことに。
ララは何度も何度も考えたが、結論など出るはずもない。
ララが一人泣いていると、ドアの外からカツカツと人の歩く音がする。
ララは怯えながら、部屋の隅にピットリと張り付いた。
ゆっくりとドアが開いて光が大きくなる。
ララはその光のシルエットで一人の男が部屋に入ってきたと理解した。
男が部屋の電気をつけると、顔がしっかりと見える。
男は六十代くらいだが、威圧感を感じさせる老人だった。
老人はララにチラリと目を落とすと、なにやら右手に付けた機械を操作しだし、次にはその機械に向けて話しかけた。
「貴様の娘はこちらで確保した。少々弊衣蓬髪に見えるが……。可愛らしい子じゃあないか」
『…………』
老人が話しかけても機械からは何の返事もない。
老人は小さく舌打ちすると、今度はララに向かって語りかけた。
「これに向かって自分の名前を言いなさい」
老人はララに右手を近づける。
ララを睨み付ける老人の目は徹底的に冷酷で、怯えるララはそれに従うしかなかった。
「ララ……。ララ・ゴシック……」
ララに名乗らせると、老人は再び機械に話し始める。
「娘の命が惜しければ、今すぐあれを返してもらおうか」
ララが状況を理解するにはあまりに時間が足りなかった。
母はもう死んだと、ドドにそう聞かされていたララは、その言葉を疑っていなかったからだ。
暫くの沈黙の後、機械から静かに声が聞こえた。
『これは絶対に渡さないわ。その娘は好きにしなさい』
機械からは冷酷な返事が返る。
ララは恐る恐る尋ねた。
「もしかして、おかあさん……なの?」
ララが話しかけても返事は返ってこなかった。
返事をせぬ機械に代わり、老人がララに答える。
「ああそうだ。お前の生みの親だ。だがかわいそうに。こいつは君の事を何とも思ってないらしい」
老人は機械の先にいる女を挑発するようにそう言い放ったが、それは無駄だった。
女の決意は娘の命がかかろうと変わる事はなかったから。
対して、ララにとっても顔も覚えていない母親が今更生きていたとしてもどうでもよかった。
自分の親はドド唯一人。
ララは長年そう思ってきており、それは今も変わらなかった。
「まあいい。渡さないと言うのならもう用済みだ。お前の娘には死んでもらおう」
そう言うと老人はなにかを思いついたのか、不気味な笑みでニヤリと笑った。
「レクイエムの中でな」
老人はそう言い終わると機械を操作する。
どうやら、女との通話を切ったようだ。
「あなたが……。あなたがドドおじさんを殺したの? なんでこんな事をしたの!? ねえ! 私達が何をしたの!?」
ララにとっては、機械の先にいる相手などどうでも良かった。
老人が誰であろうと、それすらどうでも良かった。
ただ、大切な人が奪われた理由だけは何としてでも聞き出したかった。
ため息をつくと、老人は悪びれもなく答える。
「君の母親をおびき寄せるために君が必要だったからだ。結局、君に一声千両は無かったがな」
「な、なんだそれ! ドドおじさんも私も関係ないじゃない!!」
ララは老人の手に思い切り噛みついた。
油断していた老人の手からは、一、二滴、ポタポタと血が流れ出る。
「なにをする!」
老人はララを跳ね飛ばし、部屋から出ようとした。
「待て! 私をここから出せ!」
叫び、再び噛みつこうとしたララを再度跳ね飛ばし、男は部屋の外で待機していた男に話しかける。
「こいつを入れるのは後だ。先にあいつを入れる」
「ハッ!」
待機していた男は部屋から出た老人に敬礼をし、部屋を固く閉ざすと鍵を閉めた。
生まれた時からララは母親に何もされてこなかった。
それならまだしも、こんな事態に巻き込み、さらには自分の命を簡単に見捨てた母親を、ララは嫌悪した。
老人の機械の先にいた女は、ララにとって肉親であろうとも、同時にドドを殺した親の仇であったのだ。
ララは悔しさと悲しさで気がおかしくなりそうだった。
今まで二人が積み上げてきたものが、歴史が、思いが。
自分の母親を呼び出すなんて、そんなどうでもいい事の為に一夜にしてすべて壊され、踏みにじられた。
許せなかった。
だがしかし、ララには復讐する力など無かった。
部屋の隅でララは泣き続ける。
ドドを思い出し、そして泣きつかれ、眠りにつき、また目が覚めると、ララの頭は少し冷静になっていた。
ララにはもう何も残ってなかった。
この部屋の外に出てもすることがない。
行くところがない。
知っている人間もいない。
ララにとってドドが世界の全てであり、それが失われた今、ララには何を希望に生きていけばいいのか、皆目見当もつかなかった。
数時間後、部屋の扉が空き、また知らない男が中に入り食料をララへと渡す。
彼らはここではなく、レクイエムの内部でララに死んでもらわなければ後々面倒だと知っていた。
故にララにはちゃんと食事を与え続けたが、生きる気力を失ったララはそれらを口にすることは無かった。
*** *** ***
ララが部屋に入れられてから四日が過ぎる。
気付けばララは男たちに連れられて部屋の外へと出されていた。
栄養を取っていなかったララはふらふらと何度も倒れ、その度に男たちはララを無理やり起こす。
部屋の外にはひたすら長い廊下が続いていた。
その廊下を歩いて行くと小さなドアに行き当たる。
男がドアを開けると、これまた長く、暗い通路が先まで続いていた。
ララは男たちに支えられながら、ひたすらその通路を歩まされた。
息が詰まるほど狭く、気が遠くなるほど長く、先が見えないほど薄暗い通路の終点。
小さな扉の前にララは立たされていた。
男の一人はぽそりとララに話しかける。
「わ、悪く思わないでくれ。……命令なんだ」
ララはそれを聞いても何も考えず、何も答えなかった。
自分は殺されると、本能的には感じていた。
だが別にそれでもいい。
その方が楽になれる。
ララは本気で、そう思っていた。
扉が開き始める。
大きな音が鳴り響き、扉が開ききると男は辛そうに口を開ける。
「さあ、行け!」
ララは男に背中を押され、ふらふらと扉の外へと歩き出した。
すると、外へ出たララを確認したかのように扉は締まり始める。
背後から「すまない」と聞こえたが、ララは振り向きもせず歩き続けた。
見上げると空は暗く、星が出ていた。
ララは死に場所を求めて前に進み続ける。
連れてこられた場所はレクイエム。
あらゆる凶悪犯罪を犯し、投獄された受刑者達。
その受刑者達を管理する無慈悲な刑殺官。
さらに刑殺官ですら手が出せない三人の要注意人物。
見渡す限り危険人物だらけのこの国で、母のいない少女は出会う。
ワフク姿に刀をさげた天下無双の用心棒と
二丁の拳銃を構え何者も寄せ付けない復讐者に。
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