第7話 西を目指して
オラトリオ西門から街の外へと出た二人は、ひたすら西を目指し歩き続けていた。着た時同様、周囲には見渡す限り廃ビルが立ち並び、鴉が死者を探している。
キリシマの背中を追うキャリーが尋ねた。
「あの、キリシマさん。レクイエムって、ずっと廃ビルが続いてるんですか? 昔だれか住んでたんですかね」
レクイエムは所在地すら公表されていない。故に、世界のどこかにある巨大刑務所として大衆は認識している。あるいは砂漠の中、山の中、もしくは無人島。様々な憶測が憶測を呼ぶ。しかし廃ビルが立ち並ぶレクイエムは、キャリーの想像だにしない世界だった。
「いや、廃ビルがあるのはオラトリオの周りだけさ。レクイエムの四大都市周辺はそれぞれ違う地形になってる。意図的なものかわからないが、どこにいても大体の位置がわかるようになってるのさ」
「へえー。あの……、じゃあ、残りの三都市の周りはどうなってるんですか?」
「オラトリオの周りには廃ビルが立ち並ぶ。アラベスクは周りを砂漠に囲まれてる。コンツェルトは山に覆われてて、坂道ばっかで一番行くのが苦労するなあ」
「へえ、レクイエムって結構広いんですねえ」
「なんせ世界中から犯罪者が送られてくるからな。まあ人工の地形だと思うけど。でも良かったな、カンツォーネはオラトリオから一番行くのが楽だぜ?」
「廃ビル、砂漠、山ってことはー。森ですか?」
鋭いキャリーの名答にキリシマは親指を立てた。
「正解。林道を進むだけで辿りつくぜ。まあ楽っつっても森の中には山賊が結構いるけどな」
ただの山賊なら金品を奪われるだけで済むだろう。だがここはレクイエムだ。彼らの狙いは命そのものであると容易に想像できる。
「山賊……。うぅ、私ちょっと怖くなってきま――!!」
キャリーはビルの陰から唐突に出てきた集団を見て話を止める。
ぞろぞろと武器を持った男が七人出てきた。彼らははにやつき、やがて真ん中に立つ男が話しかけてくる。
「その恰好に、ニホントウ……。お前キリシマだな?」
「いかにも。俺がキリシマだ」
「あんたをやれば俺ら全員釈放だぜ。いかにお前でもいきなり七人同時に相手は無理だろう?」
「いーや、全然。正直七十人でも余裕だ」
「強がってんじゃねえ! お前を殺してそこの女で景気づけだぁ!!」
男たちはへらへら笑うキリシマに襲い掛かった。
キリシマは心配するキャリーを下がらせると前に踏み込み、
斬った。 斬った。
斬った。 斬った。
斬った。 斬った。
まるで舞でも踊るかのように。美しい舞だった。男たちの攻撃はかすりすらもしない。ただキリシマは避け、
斤 た
車 っ 。
男たちは一人残らずゆっくりと倒れこみ、そして黙り込んだ。
キリシマは刀に突いた血のりをピッと振り払い、静かに鞘に収める。人を殺すとは思えない動作。キリシマの身のこなしはただただ美しかった。
「す……すごい!」
ハーディのような荒々しさは無かったが、それでもキャリーはキリシマの人間離れした強さが感じ取れた。人を殺すのが得意……ではなく、上手いと感じたのが率直な感想だ。
「キャリーちゃん。恐怖心、少しは和らいだか?」
「あの……、強すぎます!」
「俺の刑期はレクイエム中に知れ渡ってるからな。よほどの馬鹿はこうやって絡んできやがる」
奴らがキリシマに襲い掛かるのも無理はなかった。この男を一人殺しただけで、全員の刑期は満了し、それでもおつりが出てしまう。
キリシマの刑期をレクイエム中に言いふらしたのはポールだった。悪意があってやったわけではなく、本人からそうする様に頼まれたのだ。真意はより強い人間に狙われたいが為。レクイエムに住む多くの受刑者はその苦労あって、刑期は四百年をゆうに越えていると耳にする。
「俺はなあ、キャリーちゃん。俺より強い奴と戦いたくてレクイエムに残っている。外の世界でわざわざ探すより、ここで待ってた方が楽だし早い」
「え? あの、それだけのためにですか?」
ポカンとするキャリーにキリシマは笑って答える。
「武者修行ってやつさ。キャリーちゃんにはわからないかもしれないけど、俺クラスの強さになっちまうと相手を探すのも一苦労なんだぜ?」
「えー? あの……、それなんか意味あるんですか?」
「もちろんあるさ。俺より強い奴を斬る。……その瞬間、俺は高みに近づくのさ」
キリシマはそういうと天を仰いだ。
「私にはよく理解できそうにないです。あの、そんなに強いのに、もっと強い人なんているんですか?」
「いるさ、ごろごろと。少なくとも一人は確実に。とりあえず――」
キリシマは再び歩き出した。
置いていかれないように、キャリーもその後を小走りで追いかける。
「レクイエム三人の要注意人物だな。こいつらを斬るのが目標だ」
「あ! それリップさんが言ってました。絶対に喧嘩を売っちゃいけないって」
一般人にとっては喧嘩を売ってはいけないに該当する三人だが、キリシマにとっては喧嘩を売らなくてはいけない三人に該当していた。
キリシマの目指す高み。そこに到達するには真剣勝負しか手段が無いと感じていたからだ。
「そう、刑殺官が殺せなかった程の三人だ。楽しみだぜえ! それにもう一人、楽しみができた」
「あの、それってもしかして……、ハーディさんの事ですか?」
「なんだキャリーちゃん。あいつに会ったのか?」
「キリシマさんに助けられた後、私はハーディさんに連れられて、オラトリオまで行けたんです」
「ああ、なるほどねえ。へぇー、あいつがそんなことをねえ。……ん? ……てことはあれか?」
(なるほどな、あん時ルーキーの死体が無かったのはそうゆうことか)
キリシマは妙に納得したかのような顔を見せる。
シシーが見た、入所狩りをかいくぐり駆け抜けていったというルーキーは、恐らくハーディの事だったんだろうと予測したからだ。
「え? あの、キリシマさん? どうしたんですか?」
「いや、なんでもねえ。それよりキャリーちゃん。気を付けな、人の声がするぜ」
キリシマはそういうと人差し指を口に当てた。
キャリーもそのジェスチャーを見ると口を押える。二人は声が聞こえる方向へと静かに歩いて行った。
〇
ビルの陰から集団を覗き見ると、大勢の男が一人の女を囲んでいる。
その傍らには男の死体が転がっていた。
キャリーをその場に隠れさせ、キリシマはその集団に近づく。
男達はキリシマの姿に気が付いた。
「なんだぁおまええええ!?」
「構わねえ、さっさと殺しちまえ!」
「ま、……まて、こいつキリシマだ!」
「うっわやべえ逃げろ!!」
相手がキリシマだと気付いた男達は慌てて逃げていった。やはりどこかでポールの流した噂を聞きつけていたのだろう。
「おい大丈夫か? お嬢ちゃんよ」
キリシマは女に近づき手を差し伸べた。
すると女はその手を払って笑いながら返した。
「あーぁあ……、邪魔しやがって……」
「なんだ。意外と元気なんだな。心配して損したぜ」
「ただ黙って襲われてたわけじゃねえよ。薬を仕込んでてね……、入れたら二日と生きられない」
女はにやつきながら小瓶を取り出して見せた。
「そいつぁ恐ろしいな。俺でも殺されそうだ。それで……、そこで死んでる男はだれだ?」
キリシマは近くに転がる男の死体に目をやった。
「私の彼氏。まあ奴らを釣る、餌みたいなもんなんだけど」
こんなビル群を若い女一人で歩いていても怪しまれる。実に不自然だ。その為、この女は適当な男と隣町に行くふりをし、自ら男たちに襲われる事で刑期を稼いでいたのだ。
「それにしても、まあ雑にやりやがって……」
女はビリビリに破けた服をヒラヒラさせる。
それを見てキャリーがビルの陰から出てきた。
「あの……、よかったらこれ使ってください」
キャリーはバックパックから替えの服を取り出し女に手渡す。
「助かるよ。いくらだい?」
「そんな。あの、刑期は大丈夫です」
慌てて手を振るキャリーに女は目を丸くした。
「あっそ。んじゃ遠慮なく貰うわ」
女は人目も気にせずその場で着替え始めた。
キャリーは目を逸らしたが、対照的にキリシマは凝視した。
「あんたどうすんだ? これからオラトリオまで帰るのか?」
「もう廃業だよ。あんた達のせいで顔を見られて逃げられちまったんだ。あいつら全員私に刺したわけじゃねえ。もうここで商売は無理だよ」
「私たち、あの、今カンツォーネを目指してるんですけど、行先がないなら一緒に来ますか?」
「カンツォーネェ? 今あそこは入れないよ」
「なんでだ? 山にいる山賊の話か?」
「いーや山賊じゃねえ。もちろん山賊だってやばかったけど……。今はそれがほぼ壊滅しちまってる」
「山賊が壊滅!? あの、一体なにがあったんですか?」
「いつもはアラベスクに滞在してるビズキットの別動隊がカンツォーネに向かったらしいぜ。自分たちの縄張りを広げるためにな。今頃森だけじゃなく、カンツォーネ自体もあいつらに支配されてると思うぜ?」
「あの……、そんな!!」
「なんだおまえ、そんなにカンツォーネに行きてえのか? やめといたほうがいいぜ。ビズキットファミリーは今レクイエム一の超大型組織だ。目をつけられたら間違いなく死ぬぞ」
キャリーは歯をグッと噛みしめた後、キリシマにこう言い放った。
「キリシマさん! あの、私、それでも母のところに行きたいです!」
「わかってるよ。そんなの関係ねえ、どうせビズキットは俺が斬る予定だからな」
キリシマはキャリーの頭にぽんと手を置いた。
「おまえら正気か!? ビズキットを私は見たことがあるが……、あれはもう人間の強さじゃねえ! 刑殺官以上だ! それに奴の手下たちはレクイエムの人間一割にも及ぶって言われてんだぞ!? 勝てるわけがねえ!!」
レクイエムに入れられた人間の数は数えきれない。世界中から犯罪所をかき集めた場所である。その人数の内、約一割が今やビズキットの下についていた。
ビズキットファミリーと呼ばれる彼らは、普段は仲間の証明である焼き印を体に入れ、戦闘禁止区域の一つのアラベスクを占拠している。カンツォーネも落ちたとなれば、四大都市の内二つをビズキットが手に入れたことになる。当然ながらファミリーに入る受刑者も増えるだろう。そうなっては、このレクイエムの覇権を握るのは時間の問題とも言えるのだった。
「いいねえ、楽しくなってきた!」
「急ぎましょう、キリシマさん!」
「わりいな、そういうわけだからもう行くわ。気をつけて帰れよ」
振り向き、去ろうとしたキリシマの手を女はつかんで離さない。
「馬鹿かあんた……。あーもう! 私も連れてけ!」
「どうゆう理屈だよ」
「理屈じゃねえ! あんたが私の稼ぎ場をつぶしたんだ! 責任もって私も連れてけ!」
「行きましょう! 私はキャリー・ポップと言います! よろしくです!」
キャリーは手を差し伸べ、女はそれに応じた。
「私はララル……ララル・ポルカだ」
「俺はキリシマ・エンカだ」
「お代は向こうに着いたら体で払う。好きにしろ」
「おいおい、俺はまだ死にたくねーぞ」
ララルには行き場所が無かった。
止めても聞かない二人についていこうと決めたのは、まだ服と助けられた礼を返していないから。ララルにとってはそれは重要な事で、どうしても理解できない事だったからである。
〇
一行は一人の同行人を増やし、再びカンツォーネへと向かい歩き出していた。その道中、幾度となく他の受刑者達に襲われたが、特に説明することもないくらいキリシマはあっさりと敵を倒して見せた。
「おっまえ、強いんだなー。そういえばあいつらも逃げてたけど有名なのか?」
「おまえもしかしてカンツォーネの住民か? オラトリオやコンツェルトじゃあ俺の名前を知らないほうが珍しいぞ?」
キリシマはほとんどカンツォーネには訪れなかった。
コンツェルトを愛するキリシマだったが、カンツォーネはそのコンツェルトとは地理的に正反対であるから。
「ああ、実は最近オラトリオに来たんだ。入所して廃ビルつたって隠れてたら森に出てさ……、あたしはそのまま最初にカンツォーネに行ったんだ」
「まじかよ!? たくましいんだな……。入口からカンツォーネまで結構かかるだろう!?」
「森に着くまで餓死しそうだったけどな。へへ……、森まで着いちまえば食い物なんかいくらでもあるぜ? 私は森育ちだったからな」
ララルはニシシと笑う。
それを見てキャリーは苦笑いした。
「ええぇ……。あの、私だったら絶対無理です」
「おまえはなんかひ弱そうだもんな。でも大丈夫、これを使えば相手がどんな男でも勝てる!」
ララルはポケットから一つの小瓶を出し、コルクを開けて説明し始めた。
「こいつを×××の中に塗って、男に入れさせたら薬が相手の睾丸に……」
「やーめーろ! 聞いてるだけでぞわぞわしてくる! はやくしまえしまえ!」
キリシマがララルに薬をしまう様に言うと不機嫌そうな顔をして返した。
「なんだよー。親切で言ってるのにー。結構たけーんだぞこの薬」
「あのー、私そうゆうのはちょっと……経験無いんで……」
キリシマがぶんぶん手を振ってキャリーを黙らせた。
女好きで知られるキリシマであったが、だんだん女性不振になりそうだった。
〇
日が傾き、そして暮れようとしていた。歩けども歩けどもビル群は抜けず、昨日と合わせてキャリーの疲労はピークに達していた。
「速いけど今日はこの辺にして暖を取るぞ」
三人は適当な廃ビルの三階へとあがる。
市場で購入していた食料をキリシマが配り、三人は簡素な夕食を取り始めた。
「あれ? キリシマさん。それだけでいいんですか?」
「ほんとだー。おまえ絶対足りないじゃん」
分配された食事はキリシマの分だけ少なかった。なぜならば、もともと二人分の食料しか用意してなかったため、三人に増えた今、どこかで削らなくてはカンツォーネまでは配分できないのである。
「お前らは気にすんな。武士は食わねど高楊枝ってやつさ」
「えーと、どうゆう意味ですか?」
「よくわかんないけど、本人がいらないって言ってんだからいいじゃん! 食べよーぜ」
キリシマはますます女性が苦手になりそうだった。
「そういえばララル、ビズキットを見たって言ったけど、どこで見たんだ?」
「見たっつってもほんの数分だけどなー。カンツォーネの中さ。あいつ、いきなり人を殴り殺して刑殺官見習いを呼び出したと思ったら、駆けつけたそいつまで殴り殺しやがった」
「ほう、それはそれは……。どうやら噂は本当みたいだな。楽しくなってきたぜ」
「あの刑殺官を……」
キャリーは戦慄する。レイラの事を思い出したからだ。あの場、ハーディがいたから良かったものの、下手をしたらドンはあっさりと殺されていただろう。冷酷さもさることながら、人並み外れた身のこなし、プロの殺し屋。その刑殺官を下に見る人物とは一体どれほどの凶悪者なのか。
「今思えばあれは偵察だったんだ! カンツォーネを支配するためのな。その後なにもしないでアラベスクに帰ったと思ったら……、今度はいきなりこの襲撃さ!」
「ビズキットが今カンツォーネにいないんだったらそんな騒ぐことじゃねえぜ? 所詮強えのはビズキットだけだろう?」
「キリシマ、あんたも化け物だよ。森にいるやつらは平気かもしれない。でもな……、正直ビズキットはレベルが違う! もしカンツォーネにいるビズキットの手下共があんたの事を報告して目をつけられたら……」
「俺はあいつと戦えるわけだ」
キリシマ嬉しそうに笑い、ララルはそれを聞いてゴホゴホとむせ返った。
「こいつ狂ってる……」
「あの、私にもキリシマさんのそうゆうところよくわかりません……」
〇
夕飯を食べ終えた三人は寝ることにした。日は沈み、もう暗くなっている。
キリシマだけは壁に背を向け、寄りかかるように座っていた。敵がいつ来ても対応できる様、幼いころから教え込まれた休の姿勢だ。
疲れを癒すキャリーの寝息が聞こえてきた頃、キリシマの目の前に人の気配がした。目を開けるとララルが目の前に立っていた。
ララルは何も言わずキリシマの顔を両手で掴み、口づけをしようとしたが、キリシマはそれを刀の鞘で止めた。
「ララル、なんのつもりだ?」
「それはこっちのセリフだ。おまえ、私をタダで送るばかりか自分の食事まで寄越して……、一体何が目的なんだ?」
ララルにはキリシマの行動がさっぱり理解できなかった。利害で言えば害がはっきりと、損得で言えば損がはっきりとしている。二人には何のメリットもない事に疑問を抱いていた。私を黙って連れていくのはなんでなのか。何が目的で連れていくのか。
レクイエムでも、外の世界でも、ララルに無条件に親切にした人間はいなかった。親切に見えて、皆、体が目的だった。キリシマが受け取れば、納得に足る理由が出来る。
「今は薬は効いてねえ。あんたがよければ、さっさと体で礼を終わらせたいのだけれど」
「そんなもんいらねえ」
「じゃあ何が目的なんだ? キャリーもそうだ。私に服を渡して……」
その問いにキリシマは答えない。
「なんであんたは、私に優しくするんだ? なんで……、こんな私に……」
「一合取っても武士は武士ってやつさ」
「なにそれ。意味わっかんねーよ……」
ララルはそう言ってキリシマの胸に顔をうずめた。初めて人に親切にされたことが、そんな何でもない事が、一人で生きてきた彼女にとっては我慢できないほど嬉しかったのだ。
廃ビルから外を見上げると、そこには満点の星空が輝き世界を照らしていた。
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