第6話 消えた母の手がかり
「まぁ、そう言うわけで、それから俺はキャリーちゃんを探してたのさ。だが、廃ビル群をうろついても見つからねえ。もしかしたらそこら辺の犯罪者に捕まっちまったかと思ってたが、よくここまで辿り着け――」
「キリシマさん!!」
キリシマの話を遮ったのはキャリーである。無論聞きたいことはシシーの情報。その生死すら不明だった彼女の情報である。
「おっとお、元気だなぁキャリーちゃん」
「あの! 教えてください! 母は今どこにいるんですか!?」
「そいつはわからねえなぁ。なんせあいつは俺に依頼した後、すぐにどっかに行っちまったからなあ」
「ほんと使えないわね。キリシマ」
「うるせえおっぱいちゃん! 揉むぞ!」
キリシマはリップに向かって手をわしわししてみせた。
リップは胸を隠し、キリシマに向かって舌を出す。
静かに話を聞いていたポールが口を開いた。
「それにしても刑期満了までの護衛ねぇ。親心ってやつかぃ? 泣かせるじゃねえかぁ」
「そうじゃな。……キリシマは性格には難は見えるが腕は確かじゃ。きっとどこかでキリシマの腕を聞きつけたんじゃろうな」
「てゆうかキャリーの刑期は知らないけど……、この男と何年か一緒に過ごすの? 私だったら絶対嫌だわ」
「いーや。その必要はねぇ。リップ、頼む」
キリシマはリップに向かって左腕を突き出す。
シシーから刑期満了までの護衛と聞いて、キリシマはそれを思い描いていた。キャリーを何年も護衛し続けるより、自分の刑期の貯金分をそのまま移してしまった方が早い。即日釈放である。
「あ、そっか。なるほどね。まぁそのほうがいいかもね。この男とずっと一緒にいたらいつか絶対犯されるわ」
「俺には今ざっと七十年分の貯金がある。それだけあればキャリーちゃんの刑期なんざ、今日中に満了できるだろ」
「おぬしこの前還元したばっかじゃろぉ。一体どれだけの人を斬ったんじゃ……」
「レクイエム入口で、人数斬ったから稼ぎになっただけさ」
レクイエム入口でキリシマが斬った待ち伏せ組は、一人一人刑期は短かったものの、それでもあの人数を足せばそれなりの刑期にはなった。
キリシマはいつでも出所することができる。しかし、この牢獄の暮らしが気に入っていた。
「その気になればいつでも出られるくせに刑期をコントロールするなんて……、旦那は正気じゃねぇぜぇ」
肩をすくめるポールに笑いながらキリシマは答えた。
「何言ってんだポール、それを言ったらお前もだろ? そしたらおっぱいちゃん、俺の刑期をキャリーちゃんに仲介し――」
「いりません……嫌です」
キャリーは再びキリシマの言葉を遮った。
「私は母を見つけるまで、レクイエムから出ません」
やっと掴んだシシーの情報。キャリーにはそれしか見えていなかった。出所したらもう会うチャンスは残らない。危険でも、希望はか細くても母親を諦められなかったのである。
「ちょっとキャリー正気!? 大人しくキリシマから刑期を貰っとけば今日中にでもここを出られるのよ!?」
「ここはお前さんが思ってるほど甘い世界じゃないわい。大人しく――」
「大人しくここを出たら! ……出てしまったら……、私は一生お母さんに会えないんです……」
皆の忠告はとてもありがたかった。自分の身を心配して言ってくれてると、すぐにわかったから。だがそれでも、母親を諦めることなどキャリーにはできなかったのだ。母を思う決意はそれほどまでに固かった。
「すいません、ポールさん、リップさん。私、なにもできてないけどここを出なくてはいけなくなりました」
申し訳なさそうに頭を下げるキャリーに、ポールは笑いかける。
「気にすんなぁ! 別に強要してたわけじゃねぇ。それにキャリーのバニー姿が見れただけで俺っちは十分儲けもんさぁ! 言ったろ? 好きな時に出て行っていいって」
「キャリー、本当にいいの? 戦闘禁止区域外に出たら、命まで危ないのよ!?」
「そうじゃ。外はな、刑期欲しさに皆命を狙いあっとる。他の街に行くだけでも命がけじゃぞ」
心配する皆の声を聴いて、キャリーはニッコリ微笑んだ。
「大丈夫です。あの、きっとなんとかなりますよ。それじゃあ私着替えちゃいますね」
キャリーにはじっとしてることができなかった。一分一秒でも早くシシーを探しに行きたかった。干してあった自分の服を取りに戻り、部屋で着替える。母親を想い焦る気持ちで指が震え、着るのには時間がかかった。
〇
「キャリー、もう行くの!? 焦らなくても明日でいいんじゃない?」
準備を済ませたキャリーが部屋から戻ってきた。
「お世話になりました」と告げたキャリーを、思わずリップが引き留めたのも無理からぬ話だ。
「いえ、まだ日中ですし、あの、なるべく早く母を見つけたいんで……」
「せっかちだねぇ。まあ記者ってのは身の軽さが仕事のうちだからなぁ」
「それじゃあ、あの、皆さん本当にありがとうございました!」
キャリーはそう言い残し深々とお辞儀をしてマーリーを出ようとする。
その決意の固さを感じ取り、ポールは何を言ってもキャリーは出ていくだろうと見送っていたが、ずっと黙って考え込んでいた男がそれを止めた。キリシマだ。
「おい、ちょっと待てよ。キャリーちゃん」
「あの、キリシマさん。なんですか?」
「俺の受けた依頼はキャリーちゃんの刑期が満了するまでの護衛だぜ? 俺の刑期を受け取らねえってんならしょうがねえ」
キリシマは椅子から立ち上がった。
「俺も連れていけ」
キリシマ・エンカは一度交わした依頼を必ず完遂することで知られている。故に依頼は、外の世界にいた時から後を絶たなかった。それは出身である島国で受け継がれている信条であり、誇りである。今回も例外ではなかった。
「ええええ!! あの! キリシマさん! 本当にいいんですか!?」
「いいもなにもキャリーよぉ、それが依頼なんだから当然だぜぇ?」
「キリシマ、あんた絶対にキャリーに手出すんじゃないわよ」
「フォッフォ。そんなことをする未熟者の刀は二度と砥がんぞ」
「はぁ。俺ってホント信用ねえなぁ。ただしキャリーちゃん。一つ条件がある」
キリシマは人差し指を立ててキャリーに条件を出した。依頼だと言ってもいつまでもは付き合えないからだ。
「シシーに会ったらキャリーちゃんは俺の刑期を受け取って出所すること。それが条件だ」
これはキャリーにとっても願ってもない条件である。勿論即答した。
「はい! あの、お願いします!」
「よし、それじゃあ行くかキャリーちゃん」
キリシマはキャリーの隣に歩み寄った。振り向き手を上げ、見送りに別れを告げる。
「それじゃあ行ってくるぜ。皆、達者でな」
「あーあー、待ちなぁ。そういえばあんたに伝言を頼まれてたの。忘れてたぜぇ」
マーリーから外に出ようとするキリシマの姿を見て、ポールはついさっき受け取った伝言を思い出したのだ。ポールだけでなく、それはここにいる、キリシマ以外の全員が耳にしていたあの伝言である。
「俺に伝言? 誰からだ?」
「ハーディよ。あいつ受刑者になってレクイエムに帰ってきたのよ」
「はっは! あいつが帰ってきたのかよ! こいつは楽しくなってきたぜ! それで? あいつはなんて言ってた?」
ハーディの名を聞いた途端キリシマの表情が明るくなる。まるで仲の良い友達が傍にきたかのような反応だ。
「ハーディの旦那はキリシマの旦那に会えるのを楽しみにしてる。って言ってたぜぇ?」
「ああ、奴はお前さんに会いたがっておったぞ」
「そうね、あいつを見かけたら後ろから抱擁してやるといいわ」
「わかった! ありがとな! んじゃ行ってくるわ! 行くぞキャリーちゃん!」
「あ、あの、どうもお世話になりました!!」
ハーディが残した伝言と、三人が伝えた内容が違ったことに困惑しながらも、キャリーはキリシマの後に続きマーリーを出た。
外に出ると、レイラが顔を出した事により隠れていた人々が、また外を出歩き始めており、広場には賑わいが戻っていた。
〇
「それで? これからどこへ行くんですか?」
「とりあえず『カンツォーネ』だなぁ。シシーはそっちに向かって歩いて行ったぜ?」
「か……、かんつぉーね?」
オラトリオの存在を知らなかったキャリーである。当然カンツォーネと言う単語も初耳であった。
そんなことも知らないのか!? と言いたげな顔でキリシマはキャリーに質問した。
「えっとな、キャリーちゃん。レクイエムに戦闘禁止区域が何箇所あるか聞いたことはあるか?」
「いえ、あの。正直今どこにいるのかもわかりません……」
キャリーの答えにため息をつきながらキリシマは首を振る。
一体どうやってここまで来れたのか。キリシマには不思議でならない。大抵の受刑者は、入口より一番近いこのオラトリオまでたどり着かず死んでいく。この少女が五体満足で入れたことは奇跡と呼んでも差し支えなかったかもしれない。
「じゃあ俺が一から教えてやる。レクイエムには『北のオラトリオ』、『南のアラベスク』、『東のコンツェルト』そして『西のカンツォーネ』。この4大都市が点在している」
ふんふん、と聞きながらキャリーはメモを取り始めた。
マーリーでリップから貰ったそのメモに、キャリーは昨日から得ていたレクイエムの内情を書き留めていた。元記者としての本能がそうさせたのかもしれない。
「戦闘禁止区域はこの4大都市だけだ。それ以外は全部殺し合いゾーンになってる」
「なるほどなるほど、今は北のオラトリオにいて、これから西のカンツォーネに向かうんですね?」
キリシマは頷き、熱心に話を聞くキャリーの頭を撫でた。傍から見たら親子にすら見える。
「そうゆうこと。当然カンツォーネに行くまで戦闘エリアを通る事になる。ってわけで、まずはキャリーちゃんの武器調達だな」
「ええー!! 私! あの! 武器とか使ったことないですよ!?」
「安心しな。勿論その区間俺が護衛する。武器を持つのは万が一って事態の為さ」
「なるほど……、わかりました……」
一人で旅をするにはともかく、誰かを守りながらとなれば余裕がない時もできる。百戦錬磨のキリシマは自分の力を決して過信していなかった。
二人は食品市場にて食料を調達した後、オラトリオの武器市場へと歩き出した。
〇
「へええ、いろんな武器が売ってるんですねー!」
武器市場には古今東西、ありとあらゆる武器が並べられていた。中にはこんなの持てる人間はいるのか? と突っ込みたくなるような大きさのハンマーや、これでどうやって攻撃するのか? と突っ込みたくなるような形状の武器まで多種多様である。
初めて見る武器たちに、自分がそれを扱う不安感こそあったものの、キャリーは少なからず興奮していた。
「まあ、キャリーちゃんみたいな女の子が使うならオートマの拳銃だろうなあ」
キリシマはそう言って一丁の小さめな拳銃を手渡した。
「キャリーちゃん。ちょっとこれ持ってみろ」
キャリーはその拳銃を構えてみた。手の小さいキャリーにもしっくり収まるサイズの拳銃だった。
「『ペレットミニ』。装弾数は7発。威力は弱いが反動が小さくて扱いやすいと思うぜ?」
「私は拳銃はよくわからないので。でもあの、キリシマさんがおすすめするならこれがいいです」
「じゃあ決まりだな。まあ実は俺もそんな詳しくないんだけどな。おいおっさん。これくれよ」
「ペレットか、お目が高いねえ。料金は二ヶ月だ」
キリシマは店主と腕途刑をぶつけ合う。ある意味億万長者であるキリシマからしたら、なんてことない額だった。
「オラトリオからカンツォーネまで、キャリーちゃんの体力を考えたら三日ってところだな。他に買っときたいものはあるか?」
キリシマは基本外に出るときは何も持たない。いや、正確には刀一本しか持ち歩かない。自身の体力なら一日とかからず隣の町までは走り抜けられるし、腹が減っても我慢はきく。最悪そこら辺のものを食べればいい。食料を調達したのはキャリーへの配慮だった。
欲しいものはすべて手に入れたつもりであったが、キリシマは更にレディーへの配慮を怠らない。
「み……、三日ですか……。それならあの、替えの服を買っておきたいんですが……」
「おっと、そうだったな。じゃあ買いに行くか」
〇
キャリーの要望で二人は衣類市場へと向かった。そこにも武器市場と同様、ありとあらゆる国の衣服が並んでいる。
「キャリーちゃん、これなんかいいんじゃねえか?」
キリシマは肌の露出が多い服ばかり勧めてくる。
リップがキリシマを嫌う理由をなんとなく肌身に感じ、それを無視してキャリーは自分が気に入った服を一着だけ買ってもらい、背中に背負えるようバックパックも買って中にしまった。
二人が衣類市場を出ようとした時、キャリーがある店の前で立ち止まる。
「あの!」
「ん? どうしたキャリーちゃん? まだ何か買うのか?」
「えっと、その……」
キリシマは言いずらそうにもじもじしているキャリーを不思議に思ったが、すぐにその理由に気が付く。立ち止まった店の看板を見たからだ。そこは下着屋だった。
「おおっと、これは失礼。俺はそこで待ってるから行ってきな」
しばらくキリシマが待っているとキャリーが戻ってきた。どうやらお目当てのものは買えたらしい。
「金は? 大丈夫だったのか?」
「大丈夫です。入口からオラトリオまで歩いた貯金分で何とか賄えました」
自身の少ない貯金の殆どを支払ったが、キャリーは満足そうだ。
これで準備は整った。二人は早速オラトリオの西門まで向かう。
〇
「キャリーちゃん。ちょっといいかい?」
「はい?」
門の前に辿り着いた時、キリシマが声をかけた。
「答えたくなければ深くは聞かないが、キャリーちゃん。どうしてシシーに会いたいと思うんだ?」
答えなくてもいいと言われても、共に旅をしてもらうキリシマに事情を話すのが礼儀だとキャリーは感じた。
決まってシシーの話をするときのキャリーは気を重くする。
「お母さんは犯罪をするような人ではありませんでした。私は、あの……、お母さんの無実を証明して、そして助けたいんです!」
シシーはこの娘には会いたがっていない。キャリーにこそ告げなかったが、キリシマはそう感じ取っていた。
もし本当に会いたがっていたのなら、あれからキリシマと一緒にキャリーを探し、何としてでも娘を見つけようとするのが道理だと思ったから。
(シシーめ、いろんなやつの思いに応えないやつだな……)
「あの、それがどうしたんです?」
「ああいや、なんでもねえ。それじゃあ、いっちょ行くか!」
二人は西門からオラトリオの外に出た。
オラトリオに来た時同様、辺り一面は廃ビルで覆われている。
〇
「あの二人、本当に大丈夫かしらねぇ?」
リップは昼食を食べながら二人の安否を呟いた。テーブルにはポールの作った特製スパゲティが並ぶ。
「問題なかろう。キリシマがついておるんじゃからな。まあ、なんとかなるじゃろう」
「あの二人はまだいいとして、問題はハーディの旦那の方さぁ」
ポールはスパゲティをフォークで巻きながらハーディの安否を呟いた。
「あいつの方こそ問題ないでしょ。元刑殺官が普通の受刑者に殺されるわけないわ」
「普通じゃない受刑者の事じゃな? 昨日じゃったか。この街にもあいつの手下がうろついておったわ」
「実は俺っちもだぜぇ。ビズキット・メタルにハーディの旦那がいる事が知れたらまずいなぁ」
「ビズキットって、三人の要注意人物の一人?」
ポールは昨日の晩、街にビズキットの手下がいる事を確認しに行っていたのだ。そこで偶然、キャリーと出会う事になった。
リップの質問にポールは口に含んでいたスパゲティを飲み込んでから答えた。
「ああ、なんせビズキットには銃弾の類が効かねぇからなあ。ハーディの旦那じゃあ相性が悪い。勝ちようがねえぜぇ」
刑殺官時代から、ハーディにとってビズキットは天敵であった。仕事柄、否応なしに受刑者達から恨みを買う刑殺官。そして今や受刑者としてレクイエムに滞在している。最悪な事に、レクイエムへと帰ってきた噂が、ビズキットの耳に届くのは、そう遠くない未来の話であった。
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