農協おくりびと (17)司会者のこころえ

「君の仕事は、これ」


 いきなり上司から、葬儀査定と呼ばれる書類が手渡された。

葬儀査定というのは葬儀の際、司会者が読み上げていく原稿のようなものだ。


 「右も左もわからない来たばかりのわたしが、いきなりの司会ですか・・・」


 「来たばかりかどうかは、問題じゃない。

 君は辞めてしまった司会の女の子の補充として、ここへ配属されてきた。

 詳しいことは、その書類の中に詳しく書いてある。

 よく読んで明日までにきっちりと覚えてくれたまえ。じゃ頼んだよ」


 着任の挨拶と業務の引継ぎが、たったこれだけで終了してしまう。

「明日までに」という上司の言葉が、少し気になった。

「所長。明日までにということですが、それはいったいどういう意味ですか?」

と所長の背中に向って声をかける。


 「明日。葬儀の予定が入っている。君の記念すべき初舞台が、そこだ」

ときわめて冷静な声の、返事が帰って来る。

「葬儀司会用の音声トレーニングCDも有る。

もしも不安が有るようならそいつを聞いて、明日の本番にそなえるといい。

じゃあ、頼んだよ、よろしく」と所長室へ消えていく。

(明日、いきなり、わたしが葬儀の司会の初舞台!)さすがに、開いた口が塞がらない。

落胆したちひろが、葬儀査定に眼を落す。


 ◎一同着席 時間になりましたら、着席の案内をする


 「間もなくご葬儀の時刻となりますのでご着席願います。

  尚、携帯電話のスイッチはお切りくださるか、マナーモードに設定してくださいますよう

  ご協力をお願い致します。」

 「導師入堂でございます。皆様、合掌にてお迎えください」 

 「合掌おなおり下さい」

 

 ◎ 開式の言葉

 「本日はご多忙中のところを、ご臨席いただきましてありがとうございます。

 只今より、故◯◯◯◯様のご葬儀を執り行います。

 (故人の呼称は、社会的に高い地位にあったり知名度が高かったりする場合には

 肩書きをつけたり、「先生」などの敬称をつける場合もある)


 ◇ 葬送の辞 (導師より葬儀の辞がのべられる)


 ◇ 鼓鉢三通  (チーン ドン ジャラーン)

    「葬送の辞」が無い場合は、この時「皆様合掌、礼拝願います」

    終わってから、「合掌おなおりください」


 ◇ 授戒 (剃髪・懺悔・洒水・受戒)

    自宅での場合。授戒が終わったら

    「これよりしばらくは足を楽にしていただいて結構です」


 ◇ 読経がはじまる・・・



 まだまだ延々と葬儀の進行について、こと細かく書きこんである。

ちひろが、ああ・・・と、重い溜息を吐く。

着任した日が、ちょうど友引。

通夜の予定も入っていない。明日の葬儀まで、館内はしんと静まり返っている。

これならのんびりできそうだ、と油断したのも束の間。

途方もない大役が、いきなりちひろの身に降りかかってきた。

葬儀司会者の大役だ。


 困り果てたちひろが、膝を崩す。

ロービーの椅子に、力なくヘナヘナと座り込む。

(まいりましたねぇ・・・)ちひろが床へ視線を落としたまま、

自分の頭を抱え込む。



(18)へつづく

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