農協おくりびと 16話から20話

落合順平

農協おくりびと (16)焼肉屋で大騒ぎ

 「推進ノルマと引き換えで、葬儀場のさくら会館へ行く?。

 何を考えておるんじゃ、まったく。正気の沙汰とは思えん決断じゃな。

 だが、決めてしまったものは仕方がない。

 そうか。次は葬儀場で仕事をするのか、お前さんは」


 昼のランチにやって来た最長老が、目を丸くする。

無理もない。自分から望んで葬儀場へ出向く農協職員など、いままで聞いたことが無い。

だが、ちひろはいたってのんびり構えている。


 「おジィちゃん、よく考えてみて。

 普通のお勤めなら土日がお休みですが、葬儀場にはもう1日、お休みがあるのよ。

 六曜というのが有るでしょ。結婚式は大安や友引の日でもいいけれど、

 葬儀だけは特別な事情が無い限り、友引の日を避けるでしょ」


 「なるほど。友引の日に葬儀は一切やらん。

 葬儀場なら土日の休み以外にも、開店休業の日が必ずあるという事か!」


 「土日の葬儀なら休出のお手当がつくし、週に一度は友引の日があります。

 おジィちゃんにはずいぶんお世話になったから、サービスをしてあげたいけど、

 葬儀場では、そういう訳にもいきません。

 せいぜい長生きをして下さいね。

 わたしがさくら会館に居る限り、おジィちゃんの葬儀は絶対に出しませんから」

 

 「嬉しい事を言ってくれるねぇ。

 老体に鞭打って、せいぜい長生しろということか。

 お前さんからは不思議なことに、なんだかんだと元気をもらうからなぁ。

 そうだ。お前さんの転職の前祝いをかねて、今夜あたりカラオケでも行くか」


 昼の焼き肉店に、農家のオヤジたちが目立つようになってきた。

マネージャーは、異動でやって来たちひろ効果だと陰で言う。

実際。野良着の男たちが、仕事の合間にひんぱんに顔を出すようになっている。


 「おなじ農協内の移動ですもの。転職するわけじゃありません。

 葬儀場は、人生の最後を飾る大切な場所です。

 まったく未経験ですから、どういう場所かはまったく想像がつきませんけどね。

 いいですねぇ。久しぶりのカラオケです。

 祐三さんや叔父さんも呼んで、みんなで盛大に盛り上がりましょうか!」


 「おう。お前さんもパンツを3枚、重ねて履いて来い。

 若いころは尻もプリンとしていたが、最近は歳のせいか、すこし垂れ下がってきたぞ。

 もう少し丈夫な生地で尻を上に持ち上げたほうが、いいんじゃないのか?」


 「大きなお世話です、おジィちゃんったら!」


 ちひろが移動するという話は、その日のうちにおやじたちの間にひろがった。

情報の発信元はもちろん、ちひろと会話をしたばかりの最長老だ。

ランチタイムが終る時間帯の、午後の2時。

焼肉屋の駐車場に、次から次に、軽トラックが駆けつけてくる。

最長老から連絡を受けたばかりの、ホウレンソウ部会のメンバーたちだ。


 「もうランチタイムは終わりですが・・・」としどろもどろで弁解するマネージャーを

鬼のような形相の男たちが、ぐるりと包囲する。


 「おい、てめぇ。誰のおかげで平和に毎日の生活がおくれていると思ってんだ。

 俺たち組合員が出資しているから、農協が成り立っているんだ。

 ちひろがいきなり、最後の勤務だと聞いた。

 今日を逃せば、2度と焼肉屋でちひろと会えなくなる。

 そういうわけだから、忙しいというのに、こうしてみんなでわざわざ駆けつけてきた。

 かまわねえから午後2時から、ホウレンソウ部会の貸し切りにしろ。

 2階の宴会場から、カラオケも降ろしてこい。

 みんなで盛大にちひろの最後の一日を、祝ってやろうじゃねぇか!」


 いきなり、予想外の大騒動が始まった。

ちひろには、パンツを重ね履きする時間も、こころの整理をする余裕もない・・・・

こうしてはじまった午後の焼肉屋の突然の宴会が、上へ下への大騒ぎになったことは、

あえてここで言うまでもない。


(17)へつづく

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