第20話「無関心の代償」
この連載もめでたく20回を数え、今後も骨髄移植について散発的なネタは発生するかもしれんけど、手術も終わったし手紙の内容も書いたし、そろそろ終わりにしてもええやろうということで、今回を最終回とさせてください。イエーイ。
さて。読者諸氏は覚えていらっしゃるでしょうか、最終同意後に吉村の父が、「これは貸しじゃけーな」と言い放ったこと。私はコレについて、しつこく怒っているのです。吉村は穏やかな性格ですが、一回怒るとネチネチと怒っていられるのです。
父は私がドナーをすることに反対だった。父はただの田舎のオッサンなので、調べて知識を得るとか、理論立てて反論するとかが苦手。だもんでこういう点では私の方が優れてて、最終同意前にペラペラとまくし立てた。田舎のオッサンは、反対だけど議論すると勝てないと思っただろうし、そもそもドナーは一般的にイイコトと言われており、感情的に反対するのも大人気なく、また最終同意の席で骨髄バンクがちゃんとしてるのを目の当たりにし、サインをしてくれたのであった。彼の心情は「反対」のままである。ただ、勝てない、と判断したからサインしたのだ。
感情的に反対し、サインしなければ自分の希望通りになるところを、自分の気持ちを曲げてサイン「してやった」、彼の感覚はコレで、そういう背景で「これは貸しじゃけーな」と言えるのです。私のワガママのために折れて「やった」と。
私は、自分がやりたいからドナーやりました。健康で30年余り、入院に興味があったし、仕事休める手っ取り早い口実にもなった。全くボランティアではない。バンクにもドナーにも身に余るお礼を言われて気まずいくらいだ。だから、結果的に私は患者を助けたかもしれんけど、私の感覚としては誰にも何も貸してなくて、自分が楽しんだだけなのよね。仕事すら、「職場に申し訳ない」などと微塵にも感じていない吉村である。
故に、「何でテメーが貸してるコトになってんだよ。」
いわれなき借金を押付けられたよーな気持ちだ。気持ちよく楽しいドナー生活を終えた今、唯一の汚点です。借りてねーっつの。ヤツにそこらへんをわからせてやらねば。あの思いあがった頭に鉄槌食らわせてやらねば…!
私は嫌がらせの天才だ。田舎のオッサンなんぞ敵ではない。
父、職業、市議。ホラッ!嫌がらせしやすい公人!他人のメンツ潰す嫌がらせが得意なので、今回もコレでいきましょう!田舎のオッサンなら尚更メンツ潰されるのイヤでしょうし!最終同意前に私は父にチラッと、以下のよーな提案をしたのです。
*****
「ドナーは基本的にボランティアで、交通費と入院するときに5,000円の準備金もらえるだけなんじゃ。そげーなん私みてーな独りモンなら充分じゃけど、幼ねー子供がおったり介護せにゃーいけんかったりする人が移植を断るんよ。せーでな、自治体によっては独自にドナーに助成しょーるんよ、介護のヘルパーさんやこう呼ぶのに使える金を。県内じゃったら総社市がやっとる。そーゆーのがありゃーもっとドナーしやすうなるんじゃねーかと思うんよ。治る人をそげーな理由で死なすのは勿体ねえが。パパンの仕事じゃ!」
*****
これは黙殺されました。よーく覚えているよ、私は嫌がらせの材料になりそうなコトは忘れないヨ!自治体によるドナー助成を、イチ市民として私が提案しようじゃないか!彼のライバル議員にお願いしたらいいかな?それとも古くからパパんの同僚である現市長かな?
こういう目的で地元市のHPを眺めていると、ククク…、目安箱的なシステムがあるじゃないですか!ソッコー応募方法の確認、資料集め、善意のボランティアであるかのような提案書の作文!HAHAHA!悪意しかねーのに!!HAHAHA!!悪巧みたーのしー!!
バレると困るのでここには本文は載せませんが、内容はというと、自分がドナーやったことを明記し、平日に数回指定病院に通う手順の説明、地元市にバンク指定の病院が無いから地元市のドナーの負担は重いヨネと強調て助成の必要性を説き、ついでに「家族に骨髄移植への理解が足りてねかった!理解足りてねかった!」と臭わせつつ、一人でも多くの患者が助かることを願っておるのですよと締める私!完璧だっ!!
連絡先は実家のものにしといて、ウキウキ投函すると3日後、役所から実家に連絡があった。「健康課(仮)の丹下課長(仮)から連絡があったんじゃけど、アンタ何したん?」と母が取り次いでくれた。昨年まで役所で働いていた母は、自分の知り合いに私が無礼を働かないか心配しているようだ。あははは、大丈夫ダイジョーブ、私がホワイトボランティアであればあるほど父が恥をかくことになるから大丈夫!さー電話するぞーい!
「お世話になります。先ほどお電話いただきました、吉村アリスと申します。」
「丹下です。この度は――お父様とお母様には大変お世話に――」
ああ、都合のよいこと。嫌がらせに成功してると思うと嬉しくてたまらんね。いくつか訊きたいことがあるというので連絡をくれたらしい。いつも通りの、ドナー登録の動機については「友人が骨髄移植必要な病気に罹ったからです」、患者さんとの遣り取りは「匿名で手紙を交換しました」と、教科書通りのボランティア。
丹下課長は私の提案書が込み入ってて驚いている様子。そりゃそーか、HPにある雛型はA4の半分くらいが記入場所であるのに、私はそこに「別紙参照」、骨髄移植の説明とドナー助成の提案をA4にビッシリ2枚書き(これでも随分端折った)、参考資料として総社市(岡山県内)と愛媛県東温市(地元市と似たような規模)の助成要項や申込書を計5枚添付してやった超大作。仕事で似たよーな書類を作成しているので、完全にプロの犯行です。要項なんかを取り寄せて添付してくれたのだろうかといぶかしむ丹下課長。いえ、ネットで調べただけです。バンクのHPから助成の自治体わかりますし、ウィキペディアで市町村の規模を調べつつバンクの助成リストと照らし合わせ自治体のHPを――。説明してて、私、すごい、オタクっぽい…。
バンクのHPはおろか、ドナーや患者のブログまで散々読んだ吉村、物凄い詳しいつもりでありましたが、丹下課長からは私の知らんことを教えられてビックリ。最近岡山県でも骨髄移植推進の連絡協議会が発足したとか。知らんし盲点ナリ。何するトコか見当もつかねーぜ。それから、県内に患者団体もあるようです。「全く無関係です。私は私の一存で提案しました」、嫌がらせにそんな絶体絶命団体を巻き込めねーだろ。私はドナーをオススメするけど、患者の側にもバンクの側にも立たないよ!
行政手続きなんかもあるからすぐにとはいかないけれど前向きに検討すると、文字にすると役所のテンプレ通りの回答でも、丹下課長は丁寧に親身に対応してくれたし、そちらに届いて2日なのによく調べてくださったわね!とちょっと仕事速くて私ビックリしたのです。自分がきっかけで他人がイロイロ調べてくれるのって、ちょっと嬉しい。
母「で、何じゃったん?」
アリス「ドナー助成制度の提案書を書いて目安箱に送りつけたから、その回答」
母「何、ソレ」
あ、そうか、親父に提案しただけで、オカンには何も言ってなかったっけ。育児や介護やバイト生活の人でもドナーしやすいように自治体でドナー助成制度やっとるトコがあって、地元市でもそーゆーの、やったらどーかなーって。ドナー活動1日あたりで日当出すトコあるんよ、1万とか2万とか、上限あるけどね。
母「アンタ育児も介護もしてねかろう」
アリス「う、うんwww」
母「神戸市はあるん?」
アリス「えw多分無いwww」
母「何でそげーんことを」
アリス「え…、目安箱面白そうだったから、ちょっとやってみた、だけ」
真の目的なんぞ、言えるわけもなく、目が泳ぐ。電話でよかった。
母「どうかなー。白血病の患者が地元市民で、それを助けられるんなら2万でも3万でも出しゃーええけど、それで助かるのがどこの誰かわからんのんじゃろう?地元市が金出して、倉敷(←岡山県内第2の都市、全国区の工業地帯や観光地を抱える)みてーな都会の人が助かるかもしれんのんじゃろう?そりゃー難しいで。」
オカンwww
団塊世代(公務員人気が地に堕ちてた頃)の公務員のテンプレ通りでwww
逆に嬉しいネタ美味しいwww
田舎自治体のルサンチマンもイイカンジだwww
アンタと役所が同じ考えなら、地元市はつまらん街じゃなwww滅びろwww
私は、患者のためにってより、ドナー登録してる人が折角ドナー候補に選ばれたのなら、私が楽しかったんで、誰かが楽しいことをする機会なんだから、それを助けてあげてよって言いたい。可哀想な人を助けるんじゃないよ、ドナーの楽しみを、助けてあげてよって。
後日文書で回答が来ました。県の協議会と連携して啓発に取り組むだの何だの、ああ、やる気無いのねって回答です。正直ドナー助成についてはどうでもよいのではあるが、この結果は更に利用させていただく。
アリス「つまらん市じゃし、そろそろ住民票を神戸に移したい」
母「ちょっと、もうすぐ選挙で!」
アリス「知るかいな」
地元市から人が離れることに悩む両親は、成人した娘が政治に興味を持たず選挙権をほとんど行使しないことよりも、住民票を移すことを嫌がるのである。数十票で当落が決まるかもしれない市議の家族なら尚更だ。神戸だって無関心だろうが、実際に市議に相手にされず、家族にも興味持たれず、目安箱に超大作放り込んで何もナシなら神戸市民になる理由にもなろう。ささやかだけれど、これが無関心の代償だよ。もう決めた!
こんなトコで、私の骨髄移植ドナー関連は終了です。お読みいただき、ありがとうございました。質問あれば答えられる範囲でお答えします。私としては、「文学ッ!」と自画自賛したいくらいの、カヲル君への手紙を晒したい。
クズが骨髄移植のドナーをやった話 吉村アリス @AliceYoshimura
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