第19話「強くて優しい人」

私が「傷跡もう何ともない」と明言するまで、骨髄バンクのコーディネーターの本田さん(仮名)は毎週電話連絡をくれました。「押えたらチクっとする」程度でも「完治していない」と看做して気遣ってくれます。その他、アンケートが郵送されてきて、吉村はしつこく「浣腸があるなら早く言ってほしい」と書いて返送したり、交通費の清算があったり、何かと事務処理もありました。


そういった郵便によるバンクとの遣り取りが一段落したかにみえた頃、また封筒が届いた。本田さんの直筆メッセージが添えられた、患者側からの手紙が入っていた。


ぎゃあああああああ届いてしまったああああああああ


コレが届かないことを願っていた。バンクから封筒が届くたび、コレでありませんようにと祈りながら毎回開けていた。私はずっと、患者については「渚カヲル。絶対、渚カヲル」と妄想を楽しみ、移植後の経過が知らされないことをいいことに、「治ってるはず」ということにして、勝手に楽しかった思い出と解釈して過ごすつもり満々なのである。


だもんで、先ず恐ろしいのが「お星様報告」。「残念ながらカヲルはお星様になってしまいました」という報告を、わざわざ、わーざーわーざー、ドナーに書いて送ってくる患者の遺族が、これ、結構いるのだよ。ドナーは皆患者に復活してほしいと願っておるのでありますが、私の場合、患者の生死より自分の楽しみのが断然優先されるんで、そんな余計な報告で水を差されたくはないのです←クズ。また、何より「ウチの妻は」とかになると、人類補完計画が頓挫するじゃないですか!カヲル君は、男でなければならぬ!カヲル君でなければならーぬ!


吉村「というわけで、手紙が来ても読むかわからん。読まんかもしれん。」

友人「いや、そりゃダメでしょ、読まないと。」


手術前に友人とこんな話をした。友人が「コイツここまでクズやったんか」という顔で私を見たことを思い出す。手紙を読むのはタダだ。提供することを決めたのだから、相手の気持ちまで受け止めるトコがドナーの役目なのではないのか、くらいに考えているのだろうナ。


認識は異なるが、友人の吉村ポイントを下げたくはない。手紙は来てしまった。私はここではじめて、ボランティアをした気分になった。手紙を読むことが、この一連の骨髄移植イベントで、私がした唯一のボランティアだ。恐る恐る、開く。


「私の息子の――」

おおおお男の子だっ!!名前はカヲルだろう!知ってるぞ!

「経過も良く、退院も近づいて――」

生き延びてる!!カヲル君が!!サードインパクトを起こすよ!!


骨髄液の採取量が少ないことから、手術前からカヲル君が子供であることは予想していました。14歳でなければならなかった、その夢は採取量を告げられたときに破れておりましたが、それ以外の私の希望が叶えられたようです。患者は小学生の男の子で、手紙の主は親のようです。ココでは「ゼーレさん」ということにします。


カヲル君にはきょうだいもいること、経過は良好で、一時外泊で学校行事に参加出来たこと、退院して学校生活を送れる見込みがあること、そんで重ね重ね「ドナーさん」へのお礼、多大な負担をかけて提供してくれてありがとうございます、息子もまた、ドナーさんのように強く優しい心を持った人に――


…誰だよ。


患者の回復を願わないドナーはいません。私も少なからず回復を願っていたので、その報せがあったことは嬉しく思う。でも、読めば読むほど、このドナーさんは誰なんだろうって冷えてくる。ハッキリ言って、私は強く優しい心を持った人ではないのだよ!ゼーレさんわかってないよ!!


ドナー登録の動機は9割好奇心、1割意地みたいなモンで、ボランティア精神が入り込む余地はなかった。他人の生命で仕事を休み、観光気分で入院し、手術は爆睡してただけ。私の経過は順調で、痛みは手術直後から特に無く、退院日からヴァイオリンを弾き、翌日から職場復帰、約2ヶ月経過した今、傷跡は虫刺され程度です。私が患者側に言いたいこといえば、ヴァカンスの差額ベッド代をありがとうね、なのである。


この温度差よ…。ドナーの情報は、「関西在住の30代女性」というところまで、患者側が求めれば開示されることになっています。この「ドナーさん」は、この、手紙の文面から想像するに、ボランティア精神に溢れた、美人で優しそうな人、もしかしたら同じくらいの子供もいるのかもしれない、的な、菅野美穂、的な。私の妄想もたいがいだけど、ゼーレさんもたぶん暴走しとると思うで!


「叶うならお会いしてお礼を言いたい――」というくだり、バンクがそれを許さないことに心から感謝した。米国では術後1年してお互いがOK出せば会えるシステムになっているらしい。日本でよかった。会いたいと言われて断るのも精神力使うのだよ。私は会わなくていい。会いたくない。お互いに自分に都合のよい幻想を見続けたらいい。通じ合わなくても結果がよければそれでヨシ!


とまぁ私はそんなカンジで、「息子が回復してるヒャッホーイ」という内容を努めて冷静に丁寧に書いてある手紙を冷淡に読みました。そんで、その「ドナーさん」に宛てられた手紙を携帯電話で撮影して親に送ったし、職場でも公開したし、友人にも見せました。私があまりに軽く骨髄移植を楽しむので、私の周囲でもこれまで患者は置き去りでした。「患者サンはどんな人?」「知らんけど渚カヲル。」という遣り取りを何度したことだろう。だもんで、この感謝の嵐みたいなキラキラレターを見せられると、周囲は改めて、骨髄移植てスゲーイイコトなんやなと理解したようです。泣けてくるという人の親もおるくらいである。骨髄バンクの宣伝に一番効果があるのはコレやな。


私との温度差がものすごい面白いネタになるんで、ブログでも公開したいのはヤマヤマですが、特定されるとバンク的にマズいし、何よりお互いのためにもよろしくないので、やめておきます。リアル吉村と遣り取りが可能な方になら見せて笑うくらいはするつもり。←クズ


返事は、どーしよっかーなー。本音を書くとマズいので、少年の教育によろしい美文を作文してみようかなどと、誠意のカケラもないことを考えています。あと友人に、吉村字は狂気漂っているので必ず活字で出すようにと言われています。

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