第17話「一般人」

退院日の目覚めは6時20分、採血に起こされた。眠い。ただの検査用採血なのにいつもと違う場所を刺され、ミョーに痛い。目覚ましとしてはタチの悪い部類に含まれる。入院患者も大変だな…。2日間風呂入ってない身体はテラッテラして、それ以上に髪はポマード塗りたくった上で寝癖ボサボサ、退院してやりたいことのナンバーワンはシャワーですね。その他、カレー食べたい。ラーメン食べたい。焼肉食べたい。


8時過ぎに最後の病院食をいただく。バナナは腹ふくれるなァとホクホクご機嫌の食事中、医師団がやってくる。医師と2人の看護士である。ハイ診察しまーす、うつ伏せに寝てー、と膳をそのままにうつ伏せに寝てズボンとパンツずらして半ケツ状態になる。尻くらいではもう恥ずかしいとは思わんね!


!!!!


うつ伏せになって気付いた。テレビ、点けっぱなし。かかか、仮面ライダーが!流れとるじゃん!!違うんです、25年ぶりなんです。テレビだってロクに観ない人間なんです。「あらやだ、このコ、かわいいじゃない」とかゆってアイドル俳優を追っかけるよーなイタい30代じゃないんです私!!うああああああああ!!


ドナー、恥ずかしいランキング

浣腸>>>仮面ライダー>>>>>尻


傷の経過は良好なようで、パッド入りの絆創膏は、そこいらに溢れてる市販の小さい絆創膏に取り替えられ、家でシャワーして取れたらもうナシでもイイヨとの診断でした。押えると痛いけど、普通に歩く分には全く問題は無いし、自宅での手当ても服薬もナシなので、退院してしまえば完全に一般人となります。


仮面ライダーに懲りずにプリキュアを観て、題名の無い音楽会も観て(佐渡裕こんな仕事断れよ)ぼんやりしてたトコにコーディネーターの本田さん(仮名)が来て退院手続きをしてくださる、のだろう。多分。最初っから最後まで、ドナーは事務手続きとかお気楽なモンで、コーディネーターのおかげで大病院での検査や手続きといった煩わしさからは無縁でいられました。


既に荷物はまとめてあって、本田さんが持ってくれる。ナースステーションに挨拶をしたら、エレベータで玄関へ。エレベーターで降りたところでスリッパなのに気付いて、靴を取りに戻る私、カッコ悪いorz


道々に、「何事もなければお会いするのは今日で最後になります」と、本田さんは重ね重ねお礼を言ってくださいました。お礼ってな、もう毎回毎回、アンケート返信したらお礼、検査に吉村が現れたらお礼、あらゆる段階で最上級感謝ってカンジでお礼を述べられ、ブラックドナーである自分の居心地が悪い。私がこのお礼に応える必要はないのだ。私は私の目的でドナーをやっただけだ。善意でも、友情でも、ボランティアでもない。


実際に入院してみると、傷病者の不自由の一部を経験出来て、社会勉強にはなったとは思う。苦しくも痛くも無いが、恥ずかしい、不便、鬱陶しい、的なヌルい社会勉強である。だからといって一連のドナー経験が全て「社会勉強になりました☆」という殊勝な単語でまとめられるかというと自分では全然そんなカンジはなくて、懸賞に応募してた旅行にアタリました、タダで行ってきまーす☆て不謹慎なおめでたさもあり。


冒険、かなぁ。これが私にはピッタリ当てはまる単語です。患者サンサイドには不謹慎ですみません。ドナーはRPGの主人公で、自分のために集められたパーティ(骨髄バンク、医師)の協力のもと、最初のボスの職場、中ボス家族の説得をし、他の冒険者(ドナー候補)を蹴落として、ラスボスの手術に挑む!楽しそうじゃないですか?実際私は楽しかったよ。プロマシアミッションのようだよ。


骨髄バンクのドナー登録者数に対し、ドナーを実際に経験した人の割合は2%程度です。ドナー候補者になるのは結構あるらしいのですが、それから白血球の型の適合状況、DNAなんとかの検査、持病とかの検査、職場と家族の理解を取り付けて、移植するまで患者が死なないってのをくぐりぬけられるのがこの割合です。私ははじめてドナー候補者になり、そのまま2%に滑り込めた超ラッキーガール、キャハッ☆


ついでに割合の話をしておくと、ドナーが通院や入院の要る後遺症をくらう可能性が1%以下で、骨髄移植をして患者が治る可能性が平均で4~6割(本田さん曰く)、3割(倉敷中央病院の医師曰く)です。平均なんで、7割もらえる人もいれば1割でも移植に踏み切る人もいるそうです。


他人にオススメするかというと、しますよ。面白かったですもん。月給で働いてて有給休暇取り難い人にオススメです。他人の命は仕事を休む理由に充分です。言ってみたくはないですか?「人の命がかかってるんですよ?!」wwwww←クズ


バンクを通しての移植は、ドナーに2回まで認められてて、手術後1年間の登録保留の後、再登録か抹消かを選べます。私は再登録です。また仕事休みたいし、次は別の病院に入院してみたい。次までに時間が長く空くのなら、移植手順や設備の進化もまた、面白いポイントじゃないですか。浣腸という前時代の拷問がなくなり、人間の尊厳が保たれたままで手術出来るかどうか、楽しみにしています。自分で確かめられるなら確かめたい。夢のあることです。


ドナーを必要とする患者が、バンクでドナー検索した時点で、ドナー候補者分の費用は発生し、それはキツい闘病生活を送る患者側の負担だもんで、「本当にやるかどうかは後でも決められる」とか「拒否出来るからとりあえず」という登録には私は反対です。でも、だからといって、ボランティア精神に溢れるキラキラ善男善女だけがドナーであるべきとは、決して思わないのです。好奇心で、仕事休みたくて、アリと思います。バンクも患者も、ぶっちゃけドナーの人格よりHLAなどの型や数値のが問題なのであって、ドナーはクズでもよいのです。お礼にも応えなくていいし、賞賛にも値しなくてOK!私が証明しましたよ!


本田さんは最寄駅まで見送ってくださって、改札で私と別れて病院に戻られました。手続きがあるのでしょう。個人的な話を、全くしなかったなー。何故ドナー登録したのかとは、最初、会って2分くらいで問われて、「友達が病気になったんで」と答えたのだけれど、何故コーディネーターをしてるのか、気にしたことはなかったわ。移植延期にした点は置いといて、対応や言葉遣いではホワイトドナーの仮面を外さなかったつもりだけどどうだろう。仲良くはなりませんでした。ビジネスライクにスマートに、お互いにお礼を言って別れました。こういう関係も楽しいなァ。


本田さんから自分の荷物を受け取るとズシリと重い。薄い底の靴と駅の石畳で、歩を進めるたびに傷がチクチクする。フワフワのスリッパと病院の柔らかいカーペットでは何も感じなかったのに。


ハタから見ると健康な一般人で、健康だからこそドナーをやれたのだが、退院してみると弱点がある身体になっとる。電車では座るのが楽なの?立つのが楽なの?クソガキ君にどつかれたら悶絶せにゃならんのんやろか。ダッシュは怖い気がする。ひったくりに遭っても全力疾走で追いかけられないじゃないか(遭ったことない)。痴漢に遭っても格闘出来ないじゃないか(遭ったことない)。普通に生活する自信はあれど、ちょっとした「何か」を想定すると途端に不安になりますね。


こういう些細なことまで、私は想像すらしていなかったんで、面白い経験です。

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