第16話「術後」

人工呼吸器から酸素マスクになり、ベッドに仰向けのまま手術室から病室に、来た通路を戻ります。麻酔醒めきらない吉村の意識はまだハッキリしていない中で、手術フロアの通路の天井に妖精とかのイラストが描かれてるのに気付きました。吉村は入院する病院のHPをガッツリ読みまくってまして、このイラストが小児病棟の壁のものと同じだと気付きました。ウッカリ和むわー。


病室に戻っても右腕の血圧と脈拍測定、左手の点滴、酸素マスクは続行です。つまり、両腕と顔に器具が付いてる状態。左手の点滴は結構丈夫に固定されてると後に知るのですが、この時点で何か点いてる→動かしたらアカンと思い込んでまして、何も出来ない状況です。まだぼーっとはするものの、話しかけられたらシャンとして返答は可能。でも人工呼吸器入れてたせいで喉がイガイガし、声を出すのは億劫でした。


「トイレは手伝いますから言ってください。で、今11時前だから、これから3時間、仰向けネ」


看護士サンがそう言って退出し、吉村はそれで術後はじめて現在時刻を知りました。一応手術室で押えて止血はしてあるものの、ドナーは手術後3時間、自分の体重で傷を圧迫して血を止めることになってます。これが結構キツかった。両手塞がって頭も動かせず、視界に時計は無く、人生最長の3時間のはじまりです。寝返りうてないのがキツくて、どうせぼーっとするのなら眠ってしまえと思うのだけれど、「動いてはいけない」てプレッシャーからか一向に眠れない。


傷口の痛みは、姿勢を変えなければ、無い。変えてもチクチクするだけで痛いとは思わない。骨をガスガスやってるので微熱は出て(よくあることらしい)、脚が暑くて汗だくで、2回目のナースコールで脚の布団をめくってもらいました。こんなことにナースコールしていいんだろうか…。ナースコール判断基準すら、健康な人には難しいものです。看護士サンにトイレ行きたいことを申し出ると、「いいですよ、します?ベッドで。」というサドい答えが返ってきたので我慢することにしました。手伝いますって、そういう意味かよ!!


12時前にコーディネーターの本田さん(仮名)がいらっしゃいました。何でも言ってくださいね、とのことですが、言うのが面倒な状況で私ロクに喋らず、ただ「テレビ点けてください、NHKで。」とだけ。時計代わりです。その後、予め実家に連絡するようお願いしておいたので、電話かけてくれて、帰っていかれました。どこからいらしてるんか知らんけど片道2時間とかゆーてたな…、これだけのために来てもらって何か申し訳ない。


NHKのお昼のニュースや連続テレビ小説を聞き、14時前、やっとのことで起き上がる許可をいただき、即、茶を飲み、自力でトイレに行けました。しばらく尿量を測れと計量カップを渡されたので測ります。これは内臓がちゃんと起きて動いてるかどうかの確認らしい。この尿量を測るのがかなり面倒でして。起きる頃には右腕の血圧と脈拍測定の器具は外してもらえたのだけど、左手の点滴は術後24時間続けなきゃいけないらしく、強粘着ビニルシールと一緒にガーゼや紙テープでも止めてある。これに尿付いたらイヤだなってんで、絶対死守、全部右手だけで済ます!!


手術室に行く際は上下別の病衣だったのが、術後に着せられていたのは上下繋がった浴衣タイプ。汗でドロドロでも点滴付きでは着替えられない。点滴は移動可能な竿に吊り下げられてて、だから私も移動は出来るんだけど、ベッドの反対側にウッカリ降りるとやっちまったなってイラっとするし、トイレの戸は点滴コードのせいで完全に閉まらないし、食事のトレーは運べない。移動時は必ず片手で引っ張らなきゃなんないんで、コンビニ行くのに財布と点滴と商品は同時に持てないから、点滴の竿にバッグとカゴをぶら下げてと、点滴1つついてるだけでやたら不便を味わいました。


錠剤と座薬の痛み止めは処方されていましたが、吉村は全く使いませんでした。座薬イヤだから使わなかったんじゃないヨ、実際要らなかったヨ。骨髄移植というと「痛い」というイメージが世の中にはあるようですが、「刺す・切る」では注射以上の痛みを感じたことはありませんでした。その注射も普通に針を刺すだけの注射です。痛みの範囲を広げるなら、浣腸→下痢の腹痛ですかね。その程度で済んでます。


これは個人差が大きいらしく、だいたい吉村はカヲル君が小柄で傷が2つで済んでますからね、楽な方だと思います。ネットで調べたところ、腰痛のよーな鈍い痛みで起き上がるのももたれるのもしんどいという人もいます。穴の数と痛みは比例関係にもあるよーな無いよーなってカンジ。「吉村さんみたいに2ヶ所までならOKヨ」でドナーするのは不可能で、最終同意後に患者のプロフィールを教えてもらえるので、サインするまで年代すらもわかりません。ドナーやるなら6ヶ所の覚悟をしておくのがよいでしょう。他には尿道カテーテルを抜くのが痛かったてのがネットでチラホラ見えます、主に男性のドナー。私も抜き差しされてるはずですが、全て麻酔中の出来事なので何も知りませんし、排尿時の違和感もありません。


私の感覚からすると全身麻酔は睡眠には含まれないみたいです。麻酔が効いている時間は眠れなかったのに、切れて寝返りうてるよーになるとリラックスしたのか眠くなり、昼寝。朝から浣腸と下痢で疲れたし。看護士サンが何回か様子見に来てくれて、その度に目は覚めるんだけど、適応能力のあるダメ人間吉村、「いいや、寝よう」と一瞥くれるだけで惰眠を貪ります。


夕方に昼寝から目覚めたら爽快で、喉の調子は8割くらい回復して普通に喋れそうだったので、とりあえず実家に連絡、無事終わりまして今昼寝から起きたところです。


「そうなんかwよかったなァw」

何かオカンの語尾に「w」が見えるんだけど…。

「昨日から○さんと△さんと□さん(全部遠い親戚)と3人立て続けに亡くなってなぁ」

「うわ、そうなんか。大変じゃなぁ」←オカンは葬式の手伝いをせなならんかも

「それで昨日までは覚えとったんじゃけど、アンタの手術のこと、今日はすっかり忘れとったんよwwwコーディネーターさんから電話が昼頃あって思い出したんじゃwww」


あ、そう…。ええけど。実家ってこんなモンよね。その他、上司とヴァイオリンの先生にもメールで簡単に挨拶しておく。


吉村の身体は卑しいことに、仰向け3時間直後からガブガブ飲めたし、19時の夕食の粥もアッサリと平らげただけでなく、「これ、もう、全力で食べていいってことですよね?」と血走った目で看護士サンに詰め寄り、コンビニで夜食を買い漁って食べました。内臓の麻酔が醒めきらないで飲食すると気持ち悪くなったりする人いるらしいよ。無かったね。21時からスープスパゲッティとクラムチャウダーとシュークリームとドーナツをペロリ。これ、私が大食いなんじゃないから!この日朝昼食ってないだけだから!その分!


昼寝したから眠れない夜を過ごしても、入院3日目の朝は問答無用でやってくる。検温、血圧と脈拍の測定、朝刊の配達、朝食、医師による診察。少し独りになると二度寝を試みるも、いいタイミングでどんどん新手がやってくる病室。夜更かしはアカンね。入院て食っちゃ寝で規則正しい生活をするコトなんやね。


待ちに待ったというカンジで11時前に点滴が取れました。ワーイ自由の身!手ぇ洗うぜ!着替えるぜ!あったかいタオルもらって全身拭くぜ!手鏡持って眉毛抜くぜ!!眉毛抜く程度のことでも、管が付いていると面倒なのですよね。


右の眉だけ思う存分抜いたとき、「入るでー」という聞き慣れた声。うぎゃっ、上司っ!顔の左右でビフォーアフターなんですがwww


神戸在住の上司が見舞いにきてくれました。入院する前は面会謝絶だと見舞拒否の意思表示をしていた吉村ですが、彼の手には手土産なるおケーキ様がぶら下がっており、日に何度もコンビニに行きおやつを買って食べる吉村としてはよくぞ来てくださいました!と手のひら返して大歓迎である。「オレが営業先で泊まるホテルより豪華やな…」という個室の感想です。これでもこの病院の個室ランキングは下から数えた方が早いヨ!


昼から本社で会議とのことで、イイカンジに短い時間の滞在で帰っていきました。早速包みを開けるとヒョオオオ一口サイズのフルーツタルトォォ!ありがとうございますありがとうございます!見舞いとは嬉しいものですね!!


昼食、タルト、左の眉も抜き、退屈な午後を過ごし、夕方には友人が観光に来てくれました。東京出張の帰りだそうで、お土産の人形焼き、やったー!お菓子やったー!!吉村の友人です。本人が「大丈夫やろ」と言っておけば素直に受け取り余計な心配をしないし、見舞いじゃなくて観光においでと言えばホントに観光に来ます。彼女も元気者なんで大病院や病室なんかも無縁です。コンビニ、エントランス、土曜なんでガランとしている外来の診察室などを一通り案内し、部屋で喋っておやつ食って、夕食の膳を見物して友人は帰りました。「確かに、少ないね」ホラ!私が特別大食いではないのだ!実際少ないの、だ!


このあたりになると私の厚かましさも絶好調で、骨髄を抜いた後で絶対医療関係者に訊いておきたい疑問があったのよね。看護士サンに血圧測ってもらってる間がチャンスだ!ナウ!


「麻酔ナシで骨髄液抜くとショック死しますかね?」


なるしまゆり『原獣文書』第1巻(漫画)、看護士友能まきをの「麻酔ナシで骨髄液抜くぞコラァ!」という台詞、背景の「ショック死の覚悟が必要です」とセットで、「ホントか?」と確かめたいところであった。ドナー候補や手術を控えてこんなコトを医者やコーディネーターに問うと、トンチンカンに怖がってるのかと呆れられそうで、手術終わったこのタイミングが丁度良いのだ。ドナーやった甲斐があるというもの。


看護士サンは苦笑しながらも、起きてる人に骨髄液あるトコまで針を刺せるのはかなり難しい、痛くて飛び上がるから普通無理、刺せたらスゴイ、ショック死ってのは出血多量的なヤツだからこれじゃない、でも死ぬほど痛いと思うヨと答えてくれました。ありがたやー。まきをちゃんの台詞は「本気で痛い目に遭わせてやろうか!」という意!

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