第11話「第二次検査」
入院日が決まったので、入院する医療機関で検査を受けます。第二次検査と書きましたが、正しくは採取前健康診断といいます。ドナーが気付いていない病気があったらマズいということで、コーディネーターの本田さん(仮名)も同席のもと、いろんな検査と手続きをします。どんだけ時間かかるかイマイチわからなかったので、吉村は会社を休んでます。イエーイ☆
最初は吉村の担当医である、坂本先生(仮名)の診察である。診療科は血液内科で、普通に診察室に行きます。これが、結構ヘヴィ。というのも、「血液内科」、医療とか病気に詳しくない吉村には内科って、緊急性のあるカンジじゃないよーな雰囲気なんですよ。血液内科自体は、そこにかかるってだけで相当ヤバいのは知ってはいるんですが、死ぬような病気でも「ジワジワ死ぬ」と「今すぐ死ぬ」みたいな分類が何となくあって、血液内科というと前者なのよね。というわけでナメてたトコがありましてね。
それが、診療待ちの椅子付近に「がんセンター」とか「移植・再生医療センター」とか「緩和ケア外来」て文字があるとね、川上未映子ばりに「ものすごい絶体絶命感」を肌で感じざるをえないのですよね。元気な吉村の圧倒的優越感と、ドナーとしての責任感と、死の近さにビビります。そう、ジワジワつったって、死はすぐ近いわけで。
ほどなく呼ばれ、坂本先生の問診と診察。坂本先生は小柄の女医さんで、年齢50くらい?この方も現場の方ってカンジです。パソコン画面にドナー情報が表示され、問診と診察で必要事項を入力していく。キーボードで打ち込むこともあるけど結構少なくて、多くはマウスで様々な項目をクリックしていく。
珍しいのでガン見しておりましたら、私のプロフィールに以前自己申告した「体重58kg」とあるのを発見し、これは、後日実体重バレる方が恥ずかしいと、恥を忍んでですね、「今結構太りまして、62~63kgはあると思います…ごにょごにょ」と自ら訂正。5kgは太りすぎだぜぃ…。多分この羞恥心基準、医療関係者にとっちゃ別にどうでもいいことなんだろうけど、一般人からしたら重大事項よ。この温度差よ。
そもそもドナーに血液疾患があるとアカンので、触診でリンパ節とか診察を受けました。「そこに横になってください」と言われた瞬間、本田さんがサッと診察室から退出し、またプロの仕事を見ましたね。あとは入院時の食事選択もココで。ドナーに食事制限は無いので普通食、というのは素人の考えでして、選択画面には普通食でもカロリー別の三択で、真ん中の1800kcalのヤツにしてもらいました。病院の情報化スゲーな。
その後は検査室をウロウロします。心電図、胸部レントゲン、採血、採尿、あと骨髄採取は全身麻酔下で行われ、そのときは人工呼吸器装着になるので肺活量も調べます。肺活量担当お姉さんの、「ハイッ、もっと吐いてもっと吐いて、まだまだぁ」「フッ!!と吐いてー」という感情労働といったら素晴らしいものでした。
一連の検査にあたり、吉村が自分のことちょっとイイなと思うことがあります。それは、趣味、献血でして、日頃から医師による問診や採血をやっていると、こういうトコ来ても平常心でいられるのですよね。人によっては、医師の前だと緊張して血圧が上がったり(「白衣高血圧」と言います)するらしいのですが、私はそんなことはない。注射針刺さるのにも緊張なく。慣れって大事だなーと思います。
私が検査受けている間、本田さんは別の検査の予約をしてくれたり、荷物持ってくれたりとサポートしてくださいます。おかげで私、次の検査が何で、どこに行ってってコトをロクに把握せず、ただただ付いて行くだけでした。ドナー楽すぐる。
また、入院手続きも同時に進め、本田さんから入院に関するドナー目線の気になる情報を教えてもらえます。1日74円かかる病衣を借りられるとか、24時間コンビニが開いてるとか、ドナーはたいてい「ヒマ」って言ってる、とか、寒ければ電気毛布、暑ければ氷枕、痛ければ痛み止めが出てくるから何でもすぐ言ってほしい、とか。王様だなー、ふぉっふぉっふぉっふぉっ。
「3泊4日の入院で、最初の日しかシャワー出来ないんです。入院は14時ですから、ご自宅で入浴してから来られると、石鹸やバスタオルといった荷物が少なくて済みますよ」
…。シャワーが1回しか使えないのなら、その1回を断固堪能すべく、石鹸やシャンプーやバスタオルを持参するに決まっとろうが!とは思うけど言わない。このドナーはボランティアじゃないんですよ、仕方ないからやるんじゃないんですよ。気分は観光客なのですよ。ホテルに浴衣があるなら自前でパジャマは準備しないでしょう!温泉があるなら入るでしょう!そういうノリなんですよ!
入院手続きは入院受付という専用スペースがあって、係員に呼ばれてブースで説明受ける。他人の入院の世話もしたことないので勉強になるわー。持ち物や病棟見取図や面会時間の書かれたパンフレットをいただきます。ダンジョンやな、ここ、デルクフの塔やわ。
「病室はどのタイプにされますか?」
ぼんやりしてる私に直接問われました。そうか、空いてるトコにテキトーに、じゃないのだな。慌てて「大部屋で」と答えたのだが、それにかぶせるように本田さんが「個室で」と。
「イヤイヤ、大部屋でいいですよ。」
「いえ、ドナーさんは個室ということになってるんです。坂本先生もご存知です。」
「あー…、そーなの、です、かー…。」
大部屋希望であった。今後一生、個室に入院する機会が無くとも構わない。大部屋を希望していた。それは、私が人間のクズであるからで、自分が元気で入院して、他人の病気を観察する気満々なのだ。別に「深夜ナースコールで危篤」とか「不治の病の可憐な少女」などというドラマチックな期待だけではなく、朝起きてどのように挨拶するのか、見舞い客はどのようなことを喋るのか、ハミガキに行くのにすれ違うといった些細な日常でも、私にとっては珍しい人間劇場でありましてね、
個室に隔離されたら全部おジャンやんかー!
(※「おジャン」という表現は、高知の浦戸湾の「孕みのジャン」という現象が由来じゃないかと物理学者寺田寅彦が言ってます。覚えておくと便利!)
個室に軽く絶望中である。大部屋がよかった。
後日本田さんに教えてもらえたことだが、吉村が入院するなら血液内科の病棟ということになり、その絶体絶命感溢れる大部屋だとドナーにとって重過ぎるという配慮から、個室を調達してもらえるらしい。入院したての患者さんが夜な夜なむせび泣くことがあるとか何とか。私はそれも娯楽として楽しむ自信はあるが、そこまで説明してくださるなら仕方ない、「何かありましたら変更は構いませんから」と諦めの悪い一言を放って個室を承諾しました。
ちなみに、吉村の見舞いは可能でして、私は近しい知人たちには骨髄移植のことをベラベラ喋っており、「見舞いも来たけりゃおいで、病院観光楽しいお」というスタンス。長時間居座られると私の観光の邪魔になるので、短時間でお願いネ。お茶出さないよ。あと、食器類はマグカップだけ持って行く予定なので、フォークとか要るケーキの持参はやめてね。冷蔵庫使用料馬鹿馬鹿しいから使わないつもりなんで要冷蔵もやめてね。てゆーか食っちゃ寝生活だから何も持ってくんなよ。生花は病院が禁止しているよ!それ以前に私が要らないよ!花ってガラじゃねーよ!手ぶらで来て患者コスをしてる私のカメラマンしてくれたら最高!と注文ばかりつけるつもりです。
いよいよだなぁ。患者の方も私の体調の心配をしていることと思います。私も患者の体調の心配をしています。顔も名前も知らない我々が、予定通りに移植を成立させるべく、お互い協力したいものです。頑張ってね!頑張ろうね!
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