第9話「免罪符」

最終同意を経て、次のステージは第二次検査である採取前健康診断と、入院に向けた一直線の調整です。私は骨髄バンク関西支部のコーディネーターである本田さん(仮名)に、当初から家族の同意アリと宣言してあったため、最終同意の調整と同時進行で、入院する病院の調整も進めてもらっていました。ちょっと危なかったぜ…。


患者とドナーは基本、別の施設への入院になり、ドナーから採取した骨髄液は、公共交通機関で患者のいる病院に運ばれます。この骨髄液の賞味期限(?)もあるし、患者は移植前に無菌室に隔離されるから、それも含めて予定調整です。


これはコーディネーターの仕事である。ここいらの多くの病院では、骨髄採取曜日が金曜に設定されていて、前日入院の3泊4日、仕事は木金休みで、日曜に退院て流れです。流石に少数派の水曜採取病院は、仕事休む日数が倍になるのでそこだけ拒否し、その他はいつでもよい。


ドナーがやるべきことといえば、健康維持に尽きる。


移植に際し最優先されるのはドナーの健康なので、ドナーの健康に問題が起きれば骨髄移植は中止になることもある。無菌室で患者の毛が抜けよーが吐こうが、お構いなしにその時点で中止or延期、患者はそこから次のドナーを探したりするけど、ただでさえ低い成功率は更にキュッと下がる。最終同意のサインをした者としては、「もう自分ひとりの身体じゃない」って、何だか妊婦のよーな気分ですわ。


そうそう、吉村一応メスなので、妊娠もダメとされています。最終同意の席でこれを医師に注意され、「それは全く問題ありません、寧ろ暴飲の方に気をつけないと☆ホホホ」と場を和ませてやりましたが、笑えないウチの親。「寧ろ妊娠しろ!」というあいつらの心の声が聞こえましたわ。アハハ、ナイ、ナイ。


趣味で月イチくらいやってた献血は、ドナー通知もらった時から禁止令出てます。ミント神戸でONE PIECEを1回の成分献血で3巻ずつ読むのを楽しみにしてたというのに、残念なことです。移植終わったらジャブジャブ再開しちゃるからな!


飲酒はほどほどに。検査の前日は飲まない、くらいでいいらしいのですが、私歴代第1位の優良ドナーを目指しているので、ドナー通知が来た頃から酒量減らしてます。しかし、本社のお偉方には吉村、飲める人と認識されてるわけで、会社では神戸の事務所内には言ってあるけど、本社にまで公にする気はなく、職場の飲み会ではガンガン勧められて断る理由もなく困りましたねー。


更にツラいのは薬飲むな縛り。先ず、命綱ロキソニン様。私、生理痛は毎月痛く、ロキソニン様にはお世話になっておるのです。痛いつっても婦人科行くほどでなく、生理休暇取ってロキソニン飲めば回復して、午後からは漫画大人買いに出かけるくらいの脅威の回復力を誇ります。


コーディネーターに相談すれば飲める可能性高いとされるロキソニンですが、第1位の優良ドナーたる者、意地でも飲まん!と心に決め、ロキソニン断ちをしています。加えて検査や採取で仕事を休むことにもなるので、生理休暇は意地でも取らん!ということにして、腹痛に耐えテンション最低ですが演技力と意地を総動員して仕事をしています。全ては、私が自分で優良ドナーに認定する、自己満足のためなのです!


それから当然、風邪薬もアウト。風邪ひいたらこれもまた、意地という名の自然治癒力で治さなければなりません。既にサプリメント断ちもしているわけで、栄養のバランスの取れた食事、充分な睡眠、ストレスのない生活で、健康体でいなければなりません。全ては!カヲル君のため!!


…そのプレッシャーは、甘く、お脳をとろかし。


なんということでしょう、「カヲル君」という最強の免罪符を手に入れた吉村、「健康でいなくっちゃ☆」ということで、美味しいものを本能のまま食べまくるようになりましてね。


普段なら「この時間に食ったら太る」とブレーキかかるところでアクセル踏む。睡眠時間長く取ってるモンだから、食っちゃ寝とはまさに私。ストレスあるとよくないよね、仕事もあるんだし、と大好きなチョコをゲームや読書の合間に貪り、友人と集まるなら食べ放題企画しちゃうヨ☆食べなきゃね、元気でいなきゃね、だってカヲル君を助けるんだもんね!


ただでさえ三十路の体重増加に歯止めがかからんところ、更に上乗せされるカヲル愛、知らぬうちに60kgの大台を超え、自分でも顔に肉が付いたよーな気がしています。シ、シワを伸ばしてくれる善玉脂肪、の、は、ず…!


というカンジで優良ドナーたるべく涙ぐましい努力をする吉村に、本田さんから電話かかってくる。最終同意したので、患者のプロフィールをお伝えできるのですがお知らせしましょうかと。居住地と性別と年代くらいは教えてもらえます。が、吉村はカヲル君だと思ってるので「いいえ結構です」、ニュアンスとしてはノーセンキュー!イヤだ、キモオタとかオバタリアンとか頭悪いギャルとか、別に助けたくないもん!


「あと、自己血の採血なんですが、担当医師によると、しなくてもいいか、もしかしたら1回、とのことです。」

「?!?!?!」


自己血採血とは。骨髄液の採取って、殆ど血を取られるよーなモンで、その量は多い場合は1,000mlを超えるんですわ。一気にそんなに取られるとドナーが貧血になるので、前以て自分の血を取って保存しておき、骨髄採取のときに自分に戻してダメージを減らすのです。1,000ml以上の場合は400ml×2日で採血しておくのかな。


その量、骨髄液の採取量というのは、ドナーの血の濃さや体重から算出される量と(だから太ってもいいという甘えが大いにありました)、患者の必要量の、少ない方が上限とされ、患者の必要量ってのは基本的に患者の体重ベースなのよねん。それで私の自己血採血が、全くやらなくていいか、もしかしたら1回、ということはですね、


患者、ガキじゃん!!!


比類なき子供嫌いの吉村、テンションだだ下がりである。カヲル君がいくら細くても、いや、カヲル君はとにかく細いから、こんなもの、か…?もしくは小綾波みたく小カヲル君っているのか?小綾波がかわいくなさすぎて小カヲルのイメージも悪いぞ…。いやいや、素でカヲル君が、細いから。30kgなさそーじゃん。うん、カヲル君が、細い、軽い、うん、うん。


もー!!ただ捨てでいいからさー!!自己血400mlくらいは抜いてくれー!夢を!ドナーにも夢と希望を!うわあああああああん!無駄に太ったうわああああああん!!バカアアアアアアアア!!

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