第8話「最終同意」

最終同意とは、ドナーやりますよって最後にサインすることで、ドナー本人、その家族、第三者のもと、バンク担当者と医師の五者面談になります。医師つっても誰でもいいわけじゃなくて、血液内科の専門医師であり、自然、血液内科のある大病院で席を設けてもらいます。


私は親同席になるので帰省です。地元市にはそのテの大病院がなく、今回セッティングしてもらったのは倉敷中央病院です。岡山県の北西田舎地域から重病人がなだれ込む大病院です。


ところで、ドナーには最初の検査段階から、交通費が支払われています。吉村が再検査くらっても、交通費はしっかり請求出来ます。…何となく申し訳なくて再検査分は請求してないが。私の場合は三宮までは定期があって、そこから片道250円の医療センターなので微々たるモンですが、今回の倉敷中央病院は、私のワガママ、こっちの事情でバンク事務局を振り回してんなーと申し訳なく思わないでもなく、交通費請求出来たとしても実家から倉敷中央病院までの交通費のみ請求しようと考えていたのです。両親と3人で車で行くので安いはずだ。


「いいえ、新幹線代も払わせてください。これくらいしか出来ませんから。東京から帰省する方もいらっしゃいますし、大丈夫ですよ。」


関西支部のコーディネーターの本田さん(仮名)ではなく、中四国支部のコーディネーターの山室さん(仮名)とやり取りしてて、抜け目なくこう言ってくださる。抜け目なく、です。私、日頃から「相手に気を遣わせる気遣いは最低」と思い、そうならないよう心がけて生活しとるつもりですが、ここにプロを見たわ。バンクってすごいわ。「これくらいしか出来ませんから。」って、「これくらいはやりたいんです。」ってことやん。隙の無いコーディネーター、そんなん言われたら、受け取るしかないよ!


というわけで、帰省片道6,000円の交通費の大部分をバンクからもらえることに。…。ただでさえ周囲には私のボランティア精神を激しく疑われているので、せめてこの交通費くらいは身を切って、イザというときに「アタシだってボランティアしてんだヨッ☆」の材料にしたかったんだが、ね…。


ちなみに、交通費は出るけど日当は無い。休業補償、介護費、ベビーシッター代なんかも出ない。イザ骨髄採取の入院に、入院準備金として5,000円もらえるのだったかしら。入院費はバンク持ちです。バンク持ちってのも、バンクが払うのか、バンクが患者負担を立て替えてるのか、調べてもよくわからん…。


帰省してみると、両親はドナーに賛成も反対もハッキリしてなくて、最終同意の席で話きいてから判断する構え。ハンドブックは読みかけて投げた母と、何もしていない父。強固に反対しているのは祖母、「でーれーこと思いついたもんじゃ」と田舎老人の頑迷さでもって大反対です。私は「そりゃー事故に遭うけー車に乗るなゆーもんじゃ」と、なるべく岡山弁で喋ります。地元の人には地元の言葉のが印象はよいのです。「撃たれるけーアメリカへは行くなゆーもんじゃ」「指を切るけー料理するなゆーもんじゃ」等のバリエーションがあります。


で、父。職業、市議会議員。


「ドナーは基本的にボランティアで、交通費と入院するときに5,000円の準備金もらえるだけなんじゃ。そげーなん私みてーな独りモンなら充分じゃけど、幼ねー子供がおったり介護せにゃーいけんかったりする人が移植を断るんよ。せーでな、自治体によっては独自にドナーに助成しょーるんよ、介護のヘルパーさんやこう呼ぶのに使える金を。県内じゃったら総社市がやっとる。そーゆーのがありゃーもっとドナーしやすうなるんじゃねーかと思うんよ。治る人をそげーな理由で死なすのは勿体ねえが。パパンの仕事じゃ!」


反応は、無い。この市議ぁーアカンな。クズが!


倉敷中央病院に20分前に到着すると、既に山室さんは待ち合わせ場所の中央玄関口で、ハンドブックを掲げて待っていらっしゃいました。この方も中年の物腰最上級に丁寧な女性です。私はホワイトドナーやる気満々なので、最上級に丁寧な対応、本日はよろしくお願い致します。


父母を紹介すると名刺交換になり、ああ、やっぱり父も名刺を出すのね…。父の職業に山室さんは驚いてらっしゃいました。そこにおるの田舎ヤクザですよ、ボランティアとか公共の福祉に興味のあるマトモな政治家じゃありませんよ。お嬢さん(つまりアリス)はよくできたホワイトドナーだけど、このホワイト性は突然変異であって遺伝じゃないですからそこんトコ是非よろしくお願いします、少しでも胡散臭いと感じたらコイツはサイン拒否しますから!父は基本的に憮然と構えてカンジ悪いし!!


山室さんに案内されて、血液内科エリアに行くと、面談室とコーディネーター控室があって、面談室に入ると骨髄移植に関するポスターが貼られてる。ドナーや、たぶん患者のための専用の部屋っぽい。いいぞ、親の中で「ちゃんとしてるポイント」が貯まってる!


最初に交通費を清算して、医師の小西先生(仮名)が来るまで山室さんが、ドナーのためのハンドブックに沿って説明をしてくださる。「お父様お母様は、こちら、お読みいただきました?」と優しく問い、母が「少し…。」と視線泳がせ冷や汗かくのに対し、「では、最初から説明いたしますね」ニッコリと、嫌味全くなく言ってくださるのでホンマカンジいいわー。でもあんまりカンジいいと、コイツらは「作りすぎ感」によって胡散臭いと感じるようになるからテキトーに人間味も残しておいてね、どうかどうか。


途中から小西先生が参加し、専門家の立場から説明してくれます。この人ホンマに医師なんかってくらい、喋り慣れてる感すごくて、まぁ勿論医療現場の人って雰囲気もあるのですが、正直「そんななんでもかんでも出来る人でなくていいよ」と吉村はビックリ。「たまにある最終同意の仕事」ではなく、「吉村アリスの人生初ドナーのための仕事」てオーダーメイド感がすごい。胸ポケットのPHSが何度も呼び出してて、あまりに回数多いのでこちらから「あの、電話取ってください」と言いだすも、大丈夫です、と無視して我々を優先してくれました。これは親がコロっといくでぇ。


ハンドブックに沿って最初から説明してくれて、要所要所でその都度質問を受け付けてくれるのに、親は読んでないモンだから、順を追えば後で説明されるよーなコトを質問し、「では先に、そちらからご説明しますね、○頁をご覧ください」と山室さんと小西医師が説明の順番を変えてくれる。こんーな薄っすい冊子読んでないって、ちょっともうなんかもう、私は恥ずかしくなるくらいなのに、全くイヤんな顔しないのがすごい。頭が下がる。


親が最も気になるのはドナーの危険性です。ドナーは全身麻酔し、採取量にもよりますが、尻の上あたりを1cm幅に2~6箇所切開し、一番デカい骨である腸骨(骨盤らへん)に何十回も針を刺し、骨の中にある骨髄液を取られます。既往症や特殊な体質だかでお亡くなりになった人も極まれにおり、死なないまでも、針を深く刺しすぎたことによる内出血や、麻酔下で仰向けからうつ伏せにひっくり返される時に何か捻った的なヤツ、果ては院内感染で肝炎まで、まぁイロイロ後遺症はあるよね。


痛みや痺れが残るとかで、それを証明出来ない場合はバンクと病院に放置されるんじゃないか、ここに書かれている以外にも事故があるのではないかとの質問に対し、山室さんは、ハンドブックにはこれまでにバンクで行った移植1万7,500件のうちの全ての事故事例を載せていて、バンクの仕事とは事例を全て網羅して開示することだと言い切りました。決して「移植を成立させること」ではないというその姿勢に、親は信用する気になったようです。私と両親は骨髄採取に同意し、同意書に署名捺印しました。ヤッタネ☆


その後、移植後に発覚するかもしれない遺伝子レベルの病気についての説明。移植後の患者さんの検査から、私の血についてもそういう病気が発見されるかもしれんくて、その場合に知らせてほしいかどうか考えておいて書面で回答してほしい、とのことです。知らせないでほしい、全て知らせてほしい、治療法がある場合のみ知らせてほしい、の三択で、私は迷わず、全て知らせてほしいにチェックを入れてその場で提出。「しっかりしたお嬢さんですね」と、あまりの迷いのなさにその場全員驚いてました。知らんよりは知ってる方が絶対よいのは私の基本方針です。


ドナーは約1%の確率で、採取に際し入院、通院の必要な事故に遭います。親はその1%に当たるかどうかを心配しています。でも私は、残りの99%に滑り込む心構えではなくてね、1万7,500件と今後も増える事例の中で、第1位の優良ドナーを目指してやっているんです。言われたことを理解する、事務手続きがはやい、カヲル君は助かる、ドナーの回復は最速、ついでに周囲への啓発も出来たら完璧じゃーん!


倉敷駅まで送ってもらって私は神戸に帰ります。別れ際に父が、「アリス、これは貸しじゃけーな!」と言いました。ドナーやるのに反対だがアリスが強く希望するから折れてやったんだ、という意味です。誰が何を貸すというのか、馬鹿馬鹿しい。父が亡くなった人、失踪した人、そもそも居ない人。いろんな家庭の人は知ってて、一般的にはウチの父とかよく出来た方に解釈されることが多いんだけど、この台詞を吐く人間が父って、私残念でならないよ。


ま、サインさえしてもらえばあとはアイツら関係ねーもんな!気を取り直してドナー生活ヒャッホイするもんねー!

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