第3話「ホワイトドナー」


アンケートを返信して、週末をまたいで、電話来た!コーディネーターさんだっ!


吉村の職場は営業拠点で、営業マンの上司たちと事務の私しかいない状態。営業マンとは、少なくともウチの会社では、外回り故にある程度の公私混同がなし崩しに認められていましてね、営業の交通費でマイル貯めてみたり、車の中で寝てみたり(忙しい時期に遅くまで残業して翌日外回りだと、最悪事故るから黙認される)、チャイムに合わせて仕事をしているデスクワーク派よりかなりフリーダムな部署です。


ゆえに、吉村にも甘い。平日9時から17時の間にコーディネーターから電話かかってくるのわかってるんで、吉村は机の上に携帯電話を置きっぱなし、即取る構え。誰も何も言わない。日頃からメールだのツイッターだのやってっからな…。


骨髄バンクとは、移植する骨髄の種類を確保するためにドナーを募り、検査結果をデータベース化し、患者から移植の希望が出たときにドナーを検索し、ドナーと連絡を取り合って調整をするまでやるところ。各ドナーとのやり取りは担当が決まっていて、その担当者をコーディネーターと呼ぶ。


「はじめまして、私、骨髄バンクのコーディネーター、本田(仮名)と申します。」


私も電話対応の仕事してるからわかる。最上級の丁寧さを備えた上での、年季の入った流暢なトーク、無駄が無く、聞き取りやすい。コーディネート経験豊富な女性って、第一声から伝わってくるようだ。


「お世話になります。吉村アリスです。よろしくお願い致します。」


仕事スイッチ入ってる間の私用電話であり、また、電話対応の仕事やってる手前ミョーな対抗心燃やしてしまい、私の対応も最上級。なんやこれ、自分で面白いんだけど。素の私のトーク力は低く、詰まる、どもる、間違えるを繰り返すのだが、仕事となると定型文としての敬語をある程度反射出来るようになっており、その長ったらしい敬語の間に考えることまで出来ちゃう不思議。音声も地声より1オクターブ高いよ。


アンケート回答の確認、特に、家族の同意について。


患者は不可逆の治療をはじめます。いろんな病気あるやろから知らんけど代表として白血病ってことにしますね。血は骨髄で造られるんですけど、白血病は健康な血を造れなくなる病気で、つまり使いものにならない不健康な血ばかり造っちゃうんですわ。なので、移植が決まったら、自分の異常のある造血機能を化学療法かなんかで停止させるんですよね。んで限りなくゼロにした状態で、他人の健康な骨髄液を注入することで、造血機能が回復するんですわ。この化学療法には数日を要すため、ドナーの骨髄採取に先立ってはじめられます。髪抜けたりする、ものすごいしんどいやつです。そんなときに、ドナーやその家族が「やっぱ提供やーめた」って言ったら、患者は死ぬしかないんですよねー。


ドナー本人にはコーディネーターさんが何度も連絡を取るし、病院で医師から説明をしてくれるし、私みたいな独り身のドナーは自分の体への執着あまり無いからいいかもしれんけど、ドナーの家族はまた別の思考回路で心配したり反対したりします。見ず知らずの他人のためにアンタが危険なメに遭うんじゃないかって。理解が無ければ無いほどそういうことを言うんじゃないかな。骨髄を脊髄だと思ってる人いるくらいだし(過去のオレだ)。


ウチの親は、母は特に自分も登録しようかと思ったことがあるくらいだから理解はある方だと思います。気軽に返事してるのではなく、知った上で同意してくれていますので、大丈夫です、と本田さんに返事しました。


まぁ、ドナーになることについて反対されようモンなら、「ちゃんと自分の身になって考えて!妹が白血病になったとき、ドナーがいなかったら困るでしょ!」という、善良な市民向け、有無を言わさない「情けは人のためならず論」で黙らせる準備はしていますので大丈夫です。とは本田さんには言っていないけど。


…実際、医療関係の話が怖い妹には詳しい説明してないんだナ。あやつは献血で針を刺す話すら耳を塞ぎたくなるらしい。迷惑はかけないから訊かれたらOKしてくれたらいい、くらいの軽いお願いしかしていません。姉妹でも対極ですなぁ。


第一次検査の予定を立てるのに、「いつでもいいですよ。」という私。検査も採取も、基本的に平日行われます。「アンタその喋り口調やったら普通に勤め人やろ、いつでもいいってホントにいつでもいいんかいな?」という本田さんの疑問、雰囲気でわかる、わかるよ!家族の反対が最も高いハードルだけれど、仕事の都合で無理、という人も、これまた結構多いのだから。私のようにいつでも有給取れる人がどれほどいようか。


初めて電話かけ、今後の予定を調整してくださいとお願いするのに「いつでもいいですよー」と言う、その私、超絶ホワイトドナー!自分に酔える!私の努力ではどうにもならない理由で、ドナー下ろされるかもしれんけど、努力でどうにでもなることについて努力するのは簡単だ。扱いやすいドナーをやるからねー!


その翌々日には検査の日時と場所が決まり、今のところ最少日数でコトは進んでいます。ホワイトsugeeeeと自画自賛しています私。そういえば私、こんなホワイトなこと今までなかったわ。

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