第5話 Last love song-her side

―飲み会の帰り、電車に揺られる。


私の仕事は休みがバラバラだ。結婚なんか、夢のまた夢…周りはどんどん結婚・出産とトントン拍子に、エスカレーターのようにスイスイと進んでいく。なりふり構わず仕事に没頭した結果、気付けばアラサーに辿り着いてしまった。


“結婚はいつするの?”

“早いうちに産んでおいた方が楽だよ”


…なんて言葉を聞かされるのは、日常茶飯事。ましてや、酒の席になれば上司や異性の同僚から投げられる。男はいいな、仕事を続けられて…


結婚に対しての“憧れ”がない訳ではない。幼い頃の夢は『結婚して、お嫁さんになること』だった。15、6の頃だと、なんだ簡単に叶えられる夢じゃないか、なんて甘く考えていた。その普通すら難しい世の中で、結婚を急かされるのは実にストレスだ。


「おいしいお酒が飲めると思ったのになぁ…」


ポツリと呟く。幸いにも、乗客は私だけ。


「期待するなんて馬鹿だったなぁ…」


更に漏れ続ける独り言。誰にも不審に思われない、好き放題に叫び出しそうな勢い。


「今日も先に寝てるだろうなぁ…寂しいなぁ…」


彼と付き合って7年が経つ。一緒に暮らし始めて3年。自営業の彼は、早く仕事が終わるため、いつも一通りの家事をこなして帰りを待ってくれている。…あれ、ひょっとしたら私よりも女子力が高いのでは?てか、最近ご無沙汰なのもあってか、甘えたい衝動に駆られてしまう。



親友と飲んでいても、決まって毎回婚期の話に必ずなる。彼女にも恋人がいて、お互いに結婚を考えているそうだ。この前一緒に飲んだ時にふと、彼女がこんなことを嘆いていた。


『結婚する気はあれど、タイミングなんだよね…』


「毎回言ってるじゃん、タイミングタイミングって」


『あんたこそどうなのよ?』


「あー…私には結婚願望はあれど、向こうにあるかどうか定かじゃないのよねー」


『どうしてよ?一緒に住んでるんでしょ?』


「住んでるけどさぁ…休みだってバラバラだし?向こうの方が女子力高くて…結婚のケの字も出ないの。タイミングすら合わない」


『タイミングねえ…わかるわかる。お互いの都合も考えないと籍も入れられないしね…結婚って面倒臭い』


「わかるわかる!本当に面倒臭い!」


『さっきさ、彼の女子力って言ってたけど…』


「あ、あれね。今日のご飯は、カフェ飯やで!とか意気揚々と作って出して来るし…あと、家事もめちゃくちゃこなしてるし…そこまで行くと女子力高いってなる…こっちはガッツリ食べたいのに、カフェ飯とか…」


『女子力ねぇ…昔からあんたの方が男っぽいというか…いいじゃん、それなら養っちゃえば!』


…男っぽいねぇ…余計だなぁ。


「いやあね、世の中そんなに上手くいかないんですよ…私が養えたらね、どんなに楽か」


『何、向こうの親御さんは?なんか言ってる?』


「早く結婚しちゃいなさいって。うちの息子をもらってくれ、なんて逆に頼まれてるくらい」


実際、挨拶らしきものに行った時に開口一番にそれを言われた身としては…なんだか複雑な気分だった。今なら笑い話にできるけど、その日は少しだけショックだった。


『わお…性別逆転してる…』


「私は結婚したいんだよ!でも、家庭に入るとか子どもがいるとか想像つかなくて…向こうの方がお母さん向きというか、なんというか…」


『なら、こっちからプロポーズしちゃいなよ?』


「んえ?私から?恥ずかしいよ…」


『どうしてそこだけ乙女なのよ…あんたの彼、頼りなさそうだし…ずっとリードしてきたのはあんたでしょ?ここまで来たらって感じでさ!』


「考えとく…」


『確か、来週で付き合って丸7年だっけ?』


「ん、まあ…その日は職場で飲み会だけど…一応中堅?だから、強制参加だし?仕方なく行くけれども…」


『その日にサプライズで…』


「サプライズねぇ…喜ぶかなぁ…」


彼はサプライズがあまり好きではない人。サプライズがいかに迷惑で、いかに無遠慮なものかを語るような人だ。そんな人にサプライズでプロポーズは“違うやろ?”と言って責められる可能性が高い…どうしたものか…


「まあ、やってみるよ」


『はっはー…やったらちゃんと報告よろしくね!』


「わ、わかった…」


本当に彼女は昔から押しが強い。私は真逆で押しに弱い。だから、頷かざるを得なかった。






そんな先週のやり取りを思い出しているうちに、あっという間に、最寄駅に到着する。微妙に酔いが残っている足取りで家路に着く。マンションが見えて来る。


―こんな時間に電気が点いてるなんて、珍しい…


少し浮き足立って、子どものように鼻歌を歌いながら気分よく帰宅する。


「ただいま…」


『おかえり、お疲れ様』


「今日もさ、飲み会疲れちゃったよ…はふぅ…やっぱり家は落ち着くわ…てか、暑い…」


勢いよく鞄を投げ捨て、ヒールも勢いよく脱ぎ捨て溜め息を吐く。言わなきゃいけない言葉を言うのって、案外勇気がいるんだな。


『水、持って来るわ』


彼は気の利く人だ。私の行動を矢継ぎ早に予測して、何でも用意してくれる。


『はい、どうぞ』


「ん、ありがとう…」


喉が渇いている訳ではなく、緊張で喉元がグッと締め付けられる感覚がどうにも苦手で、水を欲する。手渡されたグラスから冷たい水を飲み干す。


「…っはぁ…冷たい水はおいしいね…」


『何、また上司になんか言われたんか?』


「うん…酒の席だからって…“いつ結婚するの?”とか“若いうちに産んだ方が楽だよ”とか謎のアドバイスばっかされたし…」


「でき婚するんで、いきなり“辞めまぁす”って言う新人よりはまだ良心的じゃないですかぁ…って返しといたけど…面倒臭いね、なんか…アラサーで結婚してなくて、子どももいなくて働いてると、ご丁寧に婚期の心配までされるんだから…」


笑いながら、酔いが回っている振りをしながら話す。本当に結婚という制度に対しての面倒臭さや煩わしさ、その他諸々は実際に感じている。でも、この人と一緒にいたいという気持ちだけはなぜだか変わらないし、そのためなら煩わしい手続きも難なくこなせるんだけどな…それを言いたいのに。素直じゃないから言い出せない。つくづく天邪鬼な自分の性格を恨む。


『まあね…つくづく面倒臭い社会だって僕も感じるよ…“早く結婚しろ”だの“孫はまだか”だの、こっちだって色々な事情だったり、ペースだったり。ちゃんと計画があるのに、急かされるだけ急かされて…』


「だよね!本当に面倒臭い!」


…え?結婚する気なんてないの!?私だけが舞い上がって、期待して…なんなのよ…


「なかなかさ、想像つかなくてねー」

「子どもがいて、共白髪になってとかさぁ…」

「結婚ってさ、難しいよねー」


こうなったら、とことんふざけてやる!たくさん支離滅裂なことを言って、困らせてやる。彼はボーっと相槌も打たずに話を聴いてくれている。…少しくらい反応してよ、もう…


「ねえ、聞いてる?」


『…結婚しよ?』


さ、先を越された…


「は?」


何なんだこの人は。私の言動が読めてるの?エスパーなの?


『だから…一緒にいたいから、結婚してほしいんよ…』


…やめてよ、私が伝えたかったことを先に言うなんて。ズルすぎる。


「…っ……」


『こうやって愚痴を聴いたり、いらない世間話とかくだらない冗談とかで笑ったり…そうやってできるのはさ、一人じゃないからだよ…』


『それを分かってほしいから、結婚って制度がある訳で…一緒にいるためだけの口実みたいなものであって…』


『と、とにかく…何があっても味方やし、確約されてるか定かじゃないけど…味方になったり、頼ったり頼られたりできるくらいの器じゃないかもだけど…一人じゃないから、ずっと一緒だからって分かってほしくて…』


何でこんな時だけ男らしくなるのよ!?…悔しいなあ、もう…嬉しい、嬉しすぎるんだけど…


『今さ、右に指輪してるやろ?外して渡してくれへんか?』


「…むくんじゃって抜けないかも」


体質的にお酒を飲むとむくみやすい。いつも指輪を外す時は四苦八苦している。少し痛くて外しにくいし。


『大丈夫、ゆっくり外そうか』


ちらりと見えたのは、ずっと前から欲しかった指輪…ちゃんと覚えててくれたんだ。


『はい、左手出して』


左薬指に付けられた新しい指輪。サイズまでピッタリ。


「これ…欲しかったやつ…プレゼント?」


『違う、婚約指輪…プレゼントじゃなくて…今日は何の日か覚えてる?』


「付き合って7年目の記念日…」


『話の流れからして、単なるプレゼント…って思われたらかなりショックやな…』


「昨日思い付いて買いに行った訳じゃないよね?」


なんか、負けた気がして、試しに冗談を言ってみる。


『んな訳ないやろ?まあ…ずっと前からちゃんと計画しててんか…よかった…』


「私、まだ返事してないよ?」


返事?決まってるじゃん…もう言いたいことも、伝えたいことも先を越されて、全部言い尽くされてしまったんだから。あとは、こう言うしかないでしょ?


「…こちらこそお願いします。私みたいなのでよければ」


不本意ながら、涙声で答える。

本当に私みたいなのでよければ。

女子力が低い代わりに、男勝りで…

世の中の女性みたいにしおらしくないけど…


『ありがとう…』


彼も泣いている、明らかに涙声。お互いに顔を一瞬見合わせて笑う。やっぱり泣き顔を見られたくないのだろう。突然きつく抱き締められる。


「苦しいよ…」


『ん…』


「でも、このあたたかさが好きだからいい…」


そんな貴方だから、一緒にいたいって思うの。これが最後のラブソングじゃなくて、これからもずっと続いていくラブソング。二人だけじゃなくて、三人になっても、四人になっても、続いていくラブソング。ずっとずっと回り続けるプレイヤー、終わり時のない、回り続け、詞が変わっていっても聴き飽きないラブソング。


Inspired, theme from 『Gothic Ring (sang by TRICERATOPS)』『Last love song (sang by Yuri Nakamura belongs to GARNET CROW)』

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