第4話 Everlasting-his side-

付き合い始めて7年が経つ。

一緒に暮らし始めて、3年が経つ。


周りはバタバタと結婚ラッシュ、妊娠出産ラッシュ…その波に乗らずに、のらりくらりとかわしつつ今日まで一緒に居続けてきた。


周りは『長く付き合ってるんだからいつ結婚するの?』としつこく尋ねてくる。正直もう慣れっこだ。そんな質問を投げて来る人ほど、会う度相手が頻繁に変わっている印象を受ける。




―ある人は恋愛を飲み物に喩える。

“恋愛は水のようだ。毎日飲んでいても飽きない。そんな相手が理想だ”


―ある人は恋愛をガムに喩える。

“ガムのように味がなくなれば、吐き捨ててしまう。それでも噛み続けられるのは、元の味を知っているから。つまりは、ガム自体が好きだから。”


じゃあ、僕達はどれなんだ?冷静に考える。


『水みたいに味がなくても、少し冷えてるだけでおいしく感じられる。室温の生温さも新鮮に感じられる。味のないガムだって、ずっと噛んでいても苦にならない。意外と噛み心地がよくなってきて、口の中にいい感じに馴染む』


…まあ、そんなものだ。


長く続く秘訣?

『妥協すること、詮索しないこと』

たったそれだけ。


…にしても、今日は帰りが遅い。せっかくの記念日なのに、ちょっとしたサプライズを用意しているのに。 緊張しているのか、ソワソワ・ザワザワと心が動いて仕方がない。


じゃあ、ベランダで一服…


「ただいま…」


一服しようとした途端、帰って来た。


『おかえり、お疲れ様』


「今日もさ、飲み会疲れちゃったよ…はふぅ…やっぱり家は落ち着くわ…てか、暑い…」


鞄を投げ捨て、ヒールも勢いよく脱ぎ捨てる。


『水、持って来るわ』


『はい、どうぞ』


「ん、ありがとう…」


渡したコップからグビグビと水を流し込む。男性さながらに喉を鳴らしながら、おいしそうに一気に飲み干す。


「…っはぁ…冷たい水はおいしいね…」


彼女に少し明るい表情が戻る。


『何、また上司になんか言われたんか?』


「うん…酒の席だからって…“いつ結婚するの?”とか“若いうちに産んだ方が楽だよ”とか謎のアドバイスばっかされたし…」


「でき婚するんで、いきなり“辞めまぁす”って言う新人よりはまだ良心的じゃないですかぁ…って返しといたけど…面倒臭いね、なんか…アラサーで結婚してなくて、子どももいなくて働いてると、ご丁寧に婚期の心配までされるんだから…」


帰って来て早々、愚痴をこぼす。聞いたところによると、女性は1日に6,000単語以上話さないとストレスが溜まるらしい。だから、会社では話せない飲み込んだ言葉の数々を僕に向ける。


『まあね…つくづく面倒臭い社会だって僕も感じるよ…“早く結婚しろ”だの“孫はまだか”だの、こっちだって色々な事情だったり、ペースだったり。ちゃんと計画があるのに、急かされるだけ急かされて…』


「だよね!本当に面倒臭い!」


アルコールが入っているためか、饒舌になる彼女。…余程溜め込んでいたんだな。


「なかなかさ、想像つかなくてねー」

「子どもがいて、共白髪になってとかさぁ…」

「結婚ってさ、難しいよねー」


…おっと、支離滅裂になって来てる。酔いが回っている証拠じゃないか…早くしないと、急がないと…これじゃあ、計画がおジャンになってしまう…


「ねえ、聞いてる?」


『…結婚しよ?』


我ながら唐突すぎると笑いそうになる。明らかに顔は焦って真っ赤になっているけど…


「は?」


彼女が驚くのも無理はない。結婚について言及されることの面倒臭さについてひとしきり語った後に、求婚されるんだから。


『だから…一緒にいたいから、結婚してほしいんよ…』


「…っ……」


『こうやって愚痴を聴いたり、いらない世間話とかくだらない冗談とかで笑ったり…そうやってできるのはさ、一人じゃないからだよ…』


『それを分かってほしいから、結婚って制度がある訳で…一緒にいるためだけの口実みたいなものであって…』


『と、とにかく…何があっても味方やし、確約されてるか定かじゃないけど…味方になったり、頼ったり頼られたりできるくらいの器じゃないかもだけど…一人じゃないから、ずっと一緒だからって分かってほしくて…』


いきなり目に涙を浮かべて泣き出しそうになっている彼女…酔っ払っている時にする話ではないと分かっていても、本当は今日伝える筈だった言葉を紡いでいく。


『今さ、右に指輪してるやろ?外して渡してくれへんか?』


「…むくんじゃって抜けないかも」


『大丈夫、ゆっくり外そうか』

『はい、左手出して』


指輪をゆっくりと回転させながら、外す。無事に外れると指輪を受け取り、代わりの指輪を左薬指にはめてやる。


「これ…欲しかったやつ…プレゼント?」


『違う、婚約指輪…プレゼントじゃなくて…今日は何の日か覚えてる?』


「付き合って7年目の記念日…」


『話の流れからして、単なるプレゼント…って思われたらかなりショックやな…』


「昨日思い付いて買いに行った訳じゃないよね?」


『んな訳ないやろ?まあ…ずっと前からちゃんと計画しててんか…よかった…』


「私、まだ返事してないよ?」

「…こちらこそお願いします。私みたいなのでよければ」


目に涙を浮かべながら満面の笑みで返事をしてくれた。…愛おしくてたまらない、この笑顔をずっと守っていきたい…


『ありがとう…』


もらい泣きしてしまい、僕まで涙を浮かべてしまう始末。涙を見られたくなくて、きつく抱き締める。


「苦しいよ…」


『ん…』


「でも、このあたたかさが好きだからいい…」


そんな風に笑ってくれる彼女は、水のように感情や表情豊かな女性だ。ガムのように味がなくなっても、噛み心地がよくずっと留まっていても苦にならない。そんな相手と一緒にいられるなんて、僕は幸せ者だ。



Inspired, theme from 『Gothic Ring (sang by TRICERATOPS)』『Last love song (sang by Yuri Nakamura belongs to GARNET CROW)』

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