農協おくりびと (9)学閥、グループ、師匠と弟子


 祐三は叔父の子分にあたる。

農家は目には見えないしがらみの中で、お互いが風雑につながっている。

同じ農業高校を卒業した先輩と後輩の場合、生きている限り、終生変えようのない

厳格な上下関係が存在する。

農業で生きている限り、後輩は先輩にまったく頭があがらない。

年功序列をひたすら重んじている、何処かの政党派閥とまったく同じだ。


 同じ野菜を育てている者たち同士の、ゆるやかなグループが有る。

好きこのんで集まったわけではない。

同じ作物をまとめて出荷したい農協の意向で、生産組合として組織されただけのことだ。

したがって強制力や、罰則はほとんど無い。

生産品目上のライバル同士が、手をつなぐというのはどこかに無理がある。

呼ばれたときにときどき集まり、無言で酒を酌み交わし、来年もよろしくと簡単に挨拶して

無難に1年が終る。


 野菜造りを通して、師弟関係が生まれるケースがある。

農家に生まれた後継者といえども、最初から野菜を育てるプロというわけではない。

卓越した技術をもつ農家の先輩や知人に、教えを乞うことになる。

どこの世界にも優れた技術を持つ、名人や達人は居る。


 農業は、変りやすい自然と天候を相手にしていく、スケールの大きな職業だ。

2年や3年で、満足のいく農産物が作れるはずがない。

積み上げてきた長年の経験が、なによりもものをいう世界だ。

数々の試行錯誤と失敗から学び、はじめて価値のある野菜がつくれるようになる。

早く一人前になりたければ、先人から仕事を学ぶ。

農家はそうした謙虚さや姿勢も必要とされる、地味な職業なのだ。


 ある意味、農家の仕事はギャンブルのようなものだ。

何を作るかは、農家の自由だ。

トマトだろうが、ナスだろうが、スイカだろうが、キュウリだろうが、

好きなものを好きなように作ればよい。

しかし。作った野菜が、安定して売れなければ自分が困る。

みんなと同じものを、同じように生産していたのでは値段が上がらず、埒があかない。


 農家の仕事も、先を読む力や先見性がモノをいう時代になって来た。

叔父が普及をすすめている有機農法も、そうした背景の中から誕生してきた。

叔父は、有機農法でキュウリを育てている先駆者だ。

有機農法は農薬を使いすぎた反省から生まれたものだが、同時に、差別化を図る

意味合いも含まれている。

元気で健康的に育てられた野菜と言うのが、最大のセールスポイントになる。


 元気な野菜を育てるためには、元気な土壌が必要になる。

堆肥(たいひ)や、厩肥(きゅうひ)などの有機質肥料をつかい、土の力を高め、

病虫害に強い健康な作物を育てていく。それが有機農法の考え方だ。


 大量の農薬を使い、大量の化学肥料をあたえれば、野菜はすくすくと育つ。

見かけもよく、形も揃うため長い間、こうしたアメリカ式の化学農法がおおいに

野菜農家のあいだで横行してきた。

しかし大量の農薬と肥料を使いすぎた結果。土は痩せ、地力を失い、土壌は荒れ果てた。

無理もない。土の力に頼らず、むりやり栄養だけくれて野菜を太らせてきたからだ。


 水田からホタルが消え、用水路からメダカやシジミが消えたのもそのためだ。

昭和の時代に、農薬を大量に使い過ぎたため、田舎のほんらいの自然が姿を消した。

土が荒れてしまえば、そこから育つ野菜もまた病弱になる。

そうした反省をふまえて登場したのが、有機農法だ。

言葉は1971年に生まれていたが、本格的な普及がはじまったのは

1990年に入った頃からだ。



 「お前。このあいだ、こいつの乳と尻を触ったろう」


 開口一番。叔父がいきなり祐三を追い詰める。

キュウリを握り締めたまま、図星を刺された祐三がギクリと身構える。


 「こいつはなぁ。すこぶるの恐妻家だ。

 酔っぱらうたびに、あっちこっちの女に手を出すもんだから、いまでは

 すっかりカミさんに頭があがらねぇ。

 普段はおとなしくてまじめな良い男なんだが、酒を飲むとタガが外れる。

 へへへ。良いのか祐三。このあいだ、この子の胸と尻をたっぷり触ったと、

 カミさんの清ちゃんに、告げ口しても?」



(10)へつづく

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