農協おくりびと (7)6月の憂鬱
農協職員は6月にはいると、なぜか全員が憂鬱になる。
6月は、ジューンブライド(june bride)の月。
ヨーロッパでは、『6月に結婚した花嫁は幸せになる』という格言が有る。
6月のヨーロッパは1年を通じて、最も雨が少ない。
復活祭が行われるため、ヨーロッパ全体がお祝いムード一色になる。
そうした背景の中、多くの人から祝福を受ける6月の花嫁は幸せになる、
という古い言い伝えが有る。
また、農作業の妨げとなることからヨーロッパでは3月、4月、5月の3ヶ月間は
結婚することが禁じられていた。
当然。解禁となる6月に、結婚式を挙げるカップルが多くなる。
待たされたぶんだけ祝福が多い。喜びもまた爆発をする。
ヨーロッパでは気候の良い6月なのだが、日本の6月は梅雨の真っ只中だ。
雨が続き、じめじめと湿気が増え、蒸し暑い日が続く。
こんなうっとうしい時期に、結婚式を揚げようというカップルは少ない。
当然の結果として、ホテルや結婚式場は予約が減り、閑古鳥が鳴く。
そのため、6月の売り上げはガタ落ちになる。
これをひっくり返したのが、ヨーロッパの言い伝えに目を付けたホテルの支配人たちだ。
ホテルの商業戦略が、日本にジューンブライドというあたらしい風習を
いつのまにか定着させた。
話を元に戻そう。
若い娘さんたちが胸をときめかせている6月だというのに、なぜか、
農協で働いている職員たちは、ほぼ全員が憂鬱になる。
『推進月間』という、厄介な時期に突入するからだ。
推進というのは文字通り、物事を目標に向かって押しすすめることを意味する。
農協は、推進と言う取り組みが特別に大好きだ。
農協が取りくむ推進には、2種類ある。
特定の部署で、年間を通して取り組むものものは、「恒常推進」と呼ばれている。
もうひとつ。「一斉推進」というものがある。
業務や部署に関係なく、全員一律で高額のノルマが割り当てられる。
これが一斉推進の最大の特徴だ。
新卒だろうが、女性職員だろうが、内勤者だろうが関係ない。
とにかく容赦なく、厳しいノルマが全員に課せられる。
その中で特に厳しいといわれるのが、6月におこなわれる「共済」の一斉推進だ。
農協の主な収益源は、3つある。
「肥料や農薬などの販売業」「保険業(共済事業)」「銀行業」の3つだ。
それ以外にもいろいろ事業展開をしているが、どれもあまり収益率は良くない。
組織を維持していくためには、それなりの利益が必要になる。
利益が目標に届かない時は、なんとかして利益を確保しなければならなくなる。
そんな時に必ず登場してくるのが、「一斉推進」だ。
推進の場合。保険業の「共済事業」が、もっとも手っ取り早く、
利益を生み出すのに適している。
共済事業には、べらぼうな利権がひそんでいるからだ。
10万円の共済契約をひとつ取れば、報奨金として4万円を超える金が農協へ入って来る。
この還元金は、実に美味しい。
農協の湯水の様にあふれる資金は、この、共済事業の推進から生まれてくる。
共済と言うのは、組合員たちで資金をたくわえ、病気や事故、災害に合った人が
お金を使えるようにしておくシステムのことだ。
一般の保険業務によく似ているが、組合員か準組合員に限るという部分に
きっちりと制約がついている。
一見、厳しいように思えるが、実は裏が有る。
1口あたり500円~10,000円の出資金をはらえば、誰でも簡単に農協の
組合員か、準組合員になることができる。
かくして梅雨どきの6月になると、職員総出による共済事業の推進が始まる。
この時期にローラ作戦を行うのには、ちゃんと根拠が有る。
雨が降れば農家は、野外での作業が出来なくなる。
当然、時間を持て余して、在宅している時間帯が増えてくる。
訪ねて行っても留守が多いようでは、推進の効率が落ちる。
したがって雨が多くなる6月が、ローラ作戦の絶好の実行時になる。
雨がしとしとと降り続く中、農協職員がズシリと重い共済のパンフレットを
抱えて、暗い田舎の道へ散っていく。
(8)へつづく
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