地獄に堕ちる

 本多先輩は部屋に全員そろっていることを確認すると上座にどかっと腰を下ろした。

「今日、みんなに集まってもらってたのは他でもない。徳田のことについてだ」

 しん、と空気が静まる。みんなその件で呼び出されたことに薄々気づいていたが、それでも改めて口にされると気まずい空気が広がった。

「徳田は自殺したんでしょ、今更何を話すことがあるんですか」

 井伊の言葉に本多先輩は首を横に振る。

「俺は自殺じゃないと思ってる」

「自殺じゃないって……じゃあ殺されたとでも言うんですか?」

「そうだ、その場合殺したのはここにいる俺達四人の中の誰かだろう」

 そう言って本多先輩は他の三人をぐるりと見回した。

 本多先輩の言葉は正しいと、僕は内心で肯定する。あれが自殺ではないことを僕は知っている。そして自殺でないならば犯人はこの中にいることも。

「待って下さい、警察も徳田は自殺だと結論づけてます。自殺じゃない根拠でもあるんですか」

 疑われた怒りからか酒井は強い口調でそう言ったが本多先輩は冷静に返した。

「ならお前は徳田が自殺する理由を説明できるか?」

「それは……」

「俺の知る限りあいつが自殺する理由なんてない。だがこの場にいる全員がそうだろうが、徳田が殺された理由なら説明できる。徳田の論文だ」

 その言葉に全員が黙り、目を伏せた。

「みんなも知っての通り徳田の論文とその資料が紛失していることがわかった。おそらく誰かが──徳田を殺した犯人が論文を横取りしたんだろう」

「でもあいつは首を吊って死んでたんですよ? 抵抗した痕跡もなかったって話です」

「徳田がいつも寝る前に酒を飲むこと、一度寝たら何があっても起きないことはここにいる全員が知っていた。眠った徳田を自殺に見せかけて首吊りさせることぐらいここにいるやつなら誰でもできるだろう」

 そう、そのことさえ知っていれば誰でも自殺に見せかけて殺すことはできる。しかしそれには問題が一つあった。

「でも徳田の部屋には鍵がかかってましたよね。警察も鍵は内側から全てかかっていたと言ってました」

「そうだ、それは第一発見者である俺とお前で確認してる」

「自殺じゃないとしたらそれはどう説明するんですか?」

 警察が自殺だと結論づけた理由の一つがこの鍵の問題だ。内側から全て施錠されていたので何者かが侵入して殺したとは考えづらかった。

「合い鍵とかなかったんですかね?」

 井伊がそう言ったが本多先輩は首を振って否定する。

「徳田の部屋は玄関の鍵にイタズラをされて鍵を交換したばかりだったんだ。交換したのは徳田が死んだその日だったから事前に合い鍵を作っておくことは無理だろう」

「なら、やっぱり自殺なんじゃ……」

 そう呟く井伊も自身の言葉を信じ切れていないようだった。本当は誰もが自殺ではないと思っていることが空気で伝わる。しかしこの中の誰かが犯人なのだと考えるのも嫌なようだった。

 沈殿する空気を振り払うように本多先輩が口を開く。

「とりあえずあの日の俺達の行動を整理してみよう。榊原、頼む」

 そう言われて僕はあの日のことを思い出す。そう、あの日はまず──

「僕と本多先輩で徳田の家を訪ねました。研究のことで話すことがあったので一時間くらい滞在しましたね」

「ああ、それは俺の記憶ともあってる」

「そのあと僕が徳田の家に資料を忘れてきたことに気づいたので、そこで本多先輩と別れて徳田の家に戻りました。徳田の家で資料を探して家を出るまで十分くらいだったかな? そのときも変わった様子はありませんでしたね」

「井伊と酒井が徳田の家を訪ねたのはそのあとだったな」

「はい、榊原さんが帰ってから一時間後くらいに俺と井伊で徳田さんの家に行きました。特に用事があったわけではなく遊びに行った感じですね。三人で軽く酒を飲みながら夕食を摂って、帰る頃には三時間ぐらい経ってたのかな?」

「たしかそれぐらいだったよ。俺達が帰るときには徳田は軽く酔ってたけど変なところはありませんでした」

 井伊と酒井の二人が帰った五、六時間後に死亡したと警察は言っていた。最後の目撃者である二人は警察から入念に調べられたが特に不審な点はなかったと聞いている。

「ところで本多先輩は榊原さんと別れた後は何してたんですか?」

 何気ない様子で井伊がそう訊いた。軽い口調だったが本当はお前が犯人じゃないのか、という不信感がにじみ出ていた。

 本多先輩はそのことに気づいていないのか気づいたのにスルーしたのか、何でもないことのように答える。

「榊原と別れた後は夕飯の買い物をして家に帰ったよ。ずっと一人でいたから証明はできないがな」

「……それを言ったら榊原さんも本人がそう言ってるだけで本当かどうかはわかりませんけどね」

「そうだな、ただお前ら二人が口裏を合わせているって可能性もある」

「なっ! 俺と井伊が二人で徳田を殺したとでも言うんですか!?」

「もうやめましょう!」

 たまらず井伊が叫んだ。

「こんな話をしたって意味ありませんよ。結局鍵の問題がある以上、徳田は自殺って考えるのが自然です。そうでしょう?」

 ……いや、違う。今までの話を聞いて僕は犯人が誰なのか気づいた。

「徳田は自殺じゃない。犯人もわかったよ」

 僕の考えを肯定するかのように、本多先輩がそう言った。


    ///


「犯人はお前だよ」

 そう言って本多先輩が指さした先にいたのは、榊原だった。

「俺と一緒に徳田の家に行ったとき、お前は徳田の家の鍵を盗んだんだ。俺と別れた後合い鍵を作り、徳田の家に戻ったお前は忘れ物を探す振りをしながら盗んだ鍵を元に戻した。そして夜中に合い鍵を使って徳田の家に忍び込み、自殺に見せかけた殺したんだ」

 本多先輩の言葉を榊原はうなだれたまま黙って聞いていた。調べれば犯行当日に榊原が合い鍵を作ったこともわかるだろう。榊原は観念したのか反論は何もなかった。

「……榊原、一緒に警察に行こう。自首すれば少しは罪も軽くなるさ」

 そう言って本多先輩が優しく榊原の肩を叩いた。

 自首? 罪が軽くなる? そんなの──許せるわけがない。

「うぐっ!?」

 榊原が胸を掴んでその場に倒れた。呼吸ができないのか口をぱくぱくと開けるその姿は酸欠の金魚のようで滑稽だった。

「榊原!?」

 慌てて三人が榊原を介抱するがどうにもならない。三人には僕の姿が──榊原の心臓をこの手でわしづかみにしている僕のことが見えていない。例え見えていたとしても邪魔などさせるものか。ずっとこの時を──僕を殺した犯人に復讐するこの時だけを待ち望んでいたのだ!

「────」

 信じられないようなものを見る目で榊原が僕のことを見た。死に瀕した人間は幽霊の姿が見えるようだ。弱々しく伸ばされた手を、僕は冷たく見下ろした。

 そんな恨みがましい目で見るなよ。お前はこれから地獄に堕ちるけど、お前を呪い殺した罪で僕も地獄に堕ちるんだ。おあいこってやつじゃないか。

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イリジウム 坂入 @sakairi_s

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