悪徳

 上司Yの呼び出しから戻ってきた部下A1を見て部下A2は事態の深刻さを見て取った。

「どうだった?」

 半ば察しながらもそう訊くとA1は力なく首を横に振る。

「もうカンカンだよ。関係者全員処罰しろってさ」

「全員って、それはあんまりじゃないか。関与してないやつだっているだろうに」

「俺もそう言ったんだけどね、誰が関与してて誰が関与してないかわからないなら全員処罰するの一点張りでさ」

「それは酷いな……しかしそうなったら、こちらで関与している人間をどうにかして突き止めるしかないか」

 ことの始まりは年に一度、上司Yに各地から贈り物が届けられる行事でのことだった。今年も各地の代表であるL氏、M氏、N氏、O氏が盛大な贈り物を持ってきたのだが、その贈り物が盗まれるという事件が発生したのだ。

「事件が起きたのは贈り物が届けられた夜のことだったんだよな」

「ああ、例年通り贈り物を部屋に置いて、一晩経ったら全部なくなってたんだ」

 毎年、贈り物は建物の一室に保管されるのだが鍵などはかけていないためその気になれば誰でも盗むことは可能となっている。自分への贈り物を盗む不届き者などいないだろう、という上司Yの信用を裏切る結果になっただけに反動でその怒りも凄まじいのだろう。

「でも建物には警備の人間がいたはずだよな? そいつは何も見てないのか」

「ああ、P氏とQ氏が警備していたが二人とも不審者は見ていないそうだ。それどころか待ちきれなくなったYが勝手に贈り物を持ってったんじゃないか、って嘯いてたよ」

「それ、Yに言ってないだろうな?」

「当たり前だろ、そんなこと言ったら即処罰されちまう」

 A1とA2は顔を見合わせ、二人そろってため息を吐くと改めて犯人捜しを始めた。

「贈り物は箱に入れられて運ばれたが一晩の間に箱の中身はそっくりなくなっていた。贈り物の量と警備の二人が何も見ていないと言ってたことを考えると、贈り物はまだ建物の中にあるんじゃないか?」

「なるほど、いったん隠しておいてあとで取りに来るつもりってことか。そうなると箱ごと盗まなかったのは隠しやすくするためになるな。でも建物の中は既に捜索したが盗まれた贈り物は見つからなかったぞ」

「それだけ巧妙に隠したってことだろう。それより建物の中に隠したってことになると犯人は建物の中にいた人間ってことになる。あの晩、建物にいたのは誰だ?」

「まずさっきも言った警備のP氏とQ氏、あと贈り物を運んできた代表のL氏、M氏、N氏、O氏も慣習で建物に泊まることになってたから、建物にいたのはその六人だな」

「警備の二人に不審な動きはなかったのか?」

「特別そういうことなかったみたいだ。通常通りの仕事をしていただけみたいだな」

「なら代表の四人があやしいな。四人はその晩、何をしていたんだ?」

「贈り物を届けた後は四人で食事をして、その後はすることもないからそれぞれの部屋に戻って寝たみたいだな。夜のうちに部屋から出たものはいないそうだ」

「しかし贈り物が盗まれてるってことは何かしら物音がしたんじゃないのか? 誰もそれに気づかなかったって言うのか」

「それについては色々あって、まずL氏は贈り物が保管されていた部屋から一番遠い部屋に泊まっていたため何も気づかなかったと言っている。二番目に遠い部屋に泊まったM氏は物音のようなものを聞いたが気のせいかと思い確かめることはしなかったと言っている。三番目に遠い部屋に泊まったO氏は疲れていたので熟睡していて何も気づかなかったそうだ」

「どいつもこいつものんきなもんだな。それで、最後のN氏はどうなんだ? こいつもすやすや寝てたのか」

「いや、N氏は贈り物のある部屋に一番近い部屋に泊まっていたからか物音に気づいて音の正体を確かめようとしたんだ」

「ほう、つまり犯人を見たってことか?」

「残念ながらN氏は何も見ていない、何故なら部屋から外に出られなかったからだ」

「なんだって?」

「朝になってわかったことだが何者かがN氏のドアに外から突っ支い棒をして開かなくしてあったんだ。おかげでN氏は一晩中部屋に閉じ込められたってわけさ」

「N氏に気づかれることを考えて事前に対策してあったってわけか。その突っ支い棒は他の部屋にもしてあったのか?」

「いや、N氏の部屋だけだ。一番近い部屋だけで充分と思ったんじゃないか」

 それを聞くとA2は納得したように大きく頷いた。

「N氏の部屋にだけ突っ支い棒をした理由はそれだけじゃないな。とにかく、これで犯人が誰かわかったぞ」


    ///


「犯人はL氏、M氏、O氏の三人だ」

 A2の言葉にA1はショックを隠しきれなかった。

「まさか、それは……いや、しかしそれならN氏の部屋にだけ突っ支い棒がしてあった説明にはなるか」

「ああ、突っ支い棒をするなら全員の部屋にするべきなんだ。それなのにN氏の部屋にだけしてあったってことは、閉じ込める必要があったのはN氏だけと言ってるようなものだ」

「言われてみれば確かにそうだな……」

「それに、そもそも贈り物がまだ建物の中に隠されていると考えることに無理があったんだ。あれだけの量の贈り物を隠しきれるはずがない」

「じゃあどうやって建物の外に運び出したって言うんだ? 警備の二人は何も見ていないんだぞ」

「外には運び出していない。

「……どういうことだ?」

「彼らは空の箱を持ってきて中身が盗まれたと嘯いているんだけなんだ」

「しかしそれだと誰も何も盗んでいないことになる。じゃあN氏の聞いた物音はなんだったんだ?」

「空の箱を持ってきたのはL氏、M氏、O氏の三人で、N氏だけはちゃんと贈り物を持ってきたんだ。N氏が聞いた物音はN氏の贈り物を盗み出す音だったんだよ」

「そうか、N氏の箱にだけ贈り物が入っていると他の三人が初めから贈り物を持ってこなかったことがばれてしまう。だからN氏の贈り物を盗む必要があったのか」

「全部の贈り物を隠すのは無理でもN氏が持ってきた分だけなら隠すことはできるだろう。いや、それどころか捜索した人間と盗んだ贈り物を山分けすれば隠す必要すらなくなる」

「捜索したのは警備の二人だ……みんなでN氏の贈り物を盗んだとすると警備の二人がそれに気づかなかったのはおかしい。そうなると警備の二人もグルと考えた方が自然だな」

「つまり、贈り物を盗んだのはN氏以外の全員ってことか」

 あまりにも酷い結論に二人は目を伏せ、深くため息を吐いた。

「まさかここまで人の世に悪徳が満ちていようとは」

「これでは大規模な処罰は免れようがないな……」

 A1──天使angel1は怒り狂った上司Y──YHVHの御姿を思い出し、洪水による粛清は避けられないことを悟った。

「しかし唯一罪を犯さなかったN氏──ノアの一族だけは救って下さることを祈ろうじゃないか」

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